第百十話 ありえざるモノ
第百十話 ありえざるモノ
サイド 剣崎 蒼太
あれから慎重に進む事『三十分』。自分達は未だに西棟にすら到着していなかった。
「またか……」
目の前にある『黒い肉塊』が扉を塞いでいた。
これで十カ所目。施設全体に張り巡らされたダクト。そこからこの肉塊があふれ出るように廊下に出ており、それが広がって扉や通路を塞いでしまっている。
なんとなくだが、気配がニードリヒに似ている。もしかしたらこれもアバドン関係かもしれない。
「うーん……これ、西棟に近づけないように肉塊が配置されていますね」
パンフレットの地図にバツをいれながら、明里が唇にペンを押し付けながら唸る。ペンになりたい。
「蒼太さん。この肉塊どうにかできます?」
「下に扉があるんだよな?それだとそれまで壊しかねない」
通路にあった肉塊は一度壊したのだが、中途半端に頑丈なため気を使いながらの破壊は難しい。熱線や斬撃が勢い余って向こう側に届きかねない。
「佐藤さん、どうにか一部壊したら全部開く設定を変えられませんか?」
「うーん、難しいね」
佐藤さんに問いかけるが、両手でバツマークをつくられてしまう。
「道すがら話したけど、この仕様はおかしい。普通逆だからね。となると、あえてそうしたわけだが、その理由は十中八九『なんらかの物体を広める』事のはず」
なんらかの物体。どう考えても碌な物ではないのだろうな。
「普通ならすぐさま報告・修正されるシステムな分、がっちり隠されているね。一般のパソコンでは侵入できない。所長とかのパソコンでもないと無理じゃない?」
「所長のパソコン、ですか」
食堂で出会った木山教授の事を思い出す。
所長のパソコンからならアクセスできるという事は、彼がこの事件に関わっているのではないか?
なぜ彼がそんな事をする。国立の研究所の所長など、かなり恵まれた地位にいるだろうに。研究者としても十分に権威をもっている人が。
『親が子との再会を望むのは、間違っているだろうか』
彼からの問いかけが思い浮かぶ。
「……木山教授にお子さんっていたんですか?」
「うん?」
少しためらった後に、口を開く。
「さあ?私はその辺興味ないし」
「……たしか、十五、六年前に小学生の娘さんが亡くなっているはずです」
「そうか……」
唐突なこちらの問いかけに察したのか、明里が眉間に皺をよせながら頭をかく。
「その口ぶり。蒼太さんは『木山教授が死んだ子供のために何かをしようとしている』と思っていると?」
「確証は、ない」
どうか違ってほしい。そう思いながら答える。
「情報が少なすぎますね。ですがこの状況で無関係とも思えません。黒よりのグレーと考えて動きましょう」
「うんうん。疑うって大事」
「ちなみに私は佐藤さんも疑っています」
「なんでぇ!?」
「このスーパーパーフェクト美少女アイが不審者認定しました!」
「なんとぉ!!」
……たぶん、悩んでいる自分を励まそうとしてくれているのだな、明里は。佐藤さんは知らん。
「行きましょう。目標地点を西棟の地下一階から所長室に変更でいいですか?」
「賛成ですね。こうなっては壁をぶち抜いていけるぐらいにしないと、迂回し続けるはめになります」
「だねぇ」
明里に先導してもらいながら進んでいく。その途中、またヒタヒタと音がしだした。こちらに向かってきている。
「蒼太さん。数は?」
「たぶん一体だ」
手の内は大まかだがわかった。次はもっと周囲に被害なく倒せる。そう意気込んで前に出ようとするが、そっと腕を掴まれる。
「なら一度美国に戦わせてください。確認もしておきたいので」
「……わかった」
十分に戦えるとは思うが、フォローできるうちに確認するのは大事か。
「では……」
小さく明里が息を吸い込む。
「美国、ウェイクアップ!」
「えっ?」
「ミッション、スタート!」
「えっ?」
深紅の眼光を空気中に引きずりながら、美国が前に出る。そんな機能つけたっけ?
通路の先からニードリヒが一体現れ、雄叫びを上げながらこちら目掛けて走り出す。
『ァァァアアアアア――!!』
それに対し、当然と言えば当然ながら美国は冷静に銃を構える。半身になりサブアームの盾を押し出しながら、両手で握ったヒートガンから熱線が放たれた。
短く響く『ジッ』という音が三度。一発目は避けられ、二発目は右手に防がれる。だが三発目が奴の左膝に着弾。
バランスを崩したニードリヒの眼球目掛けて四発目の熱線が飛んでいく。崩れた体勢と緩んだ右腕の防御。結果、見事金の瞳が蒸発する。
『アアアアア!!??』
左手で泡立った眼球を押さえながらも、ニードリヒは触手の片方を動かす。高速で突き放たれたそれは十数メートルの距離を一瞬で詰め、美国を貫かんと迫った。
だがそれは大盾によって阻まれる。表面を流れる魔力に衝突直前に勢いを減衰させられ、重い音と共にぶつかるもほんの微かな傷をつけただけ。
盾でせき止められた触手が、勢いのまま折りたたまれるように盾の前で重なっていく。
ズンッ。と左足を床に埋めながら耐えた美国。その足元にもう一本の触手が突き立つ。急速に巻き戻されるそれは、本体に戻るのではなく逆に引き寄せていく。
新幹線もかくやという速度で接近したニードリヒが右腕を突き出す。電撃をおびた六本指を、美国が盾を跳ね上げる事で軌道をずらした。
一瞬の空白。超至近距離となった両者。先に動いたのは美国。
鋼鉄の左手が怪物の頭を鷲掴みにし、捩じ上げる。首をコマ結びにされた鳥のような声尾をあげるニードリヒ。
その顎下に銃口を突きつけ、下から上に熱線が二回。出力を絞られたそれは貫通せず、ただ中身だけを焼いて煮詰めて蒸発させた。
脱力するニードリヒを突き飛ばすように投げ捨て、美国は更にその胸へと二発。死亡を確認する。
「勝ちましたね」
「そりゃあ全力で強化したし」
なんなら転生者が攻め込んできても撃退ないし撤退は可能なぐらいを目指したからな。その領域までいったかわからないが、俺の血を惜しみなく突っ込んだし。
というか、だ。
「もしかしてだけど、射撃のシステム組みなおした?」
「はい。少しだけですけどね」
俺が作った場合よりも射撃精度や速度が上がっている気がする。
「明里……お前、魔法使いだったのか?」
「今更ぁ!?」
「あ、ごめん。だってヘッポコのイメージが強くて」
「けつにショットガン突っ込みますよこの野郎」
「ひんっ」
だって未だにイメージが血のりで召喚魔法しようとするなんちゃって魔法使いだし。
「私だって日夜努力はしているんですよ。パーフェクト美少女ですよ?」
「お、おう」
頬を膨らませて怒る明里。可愛い。
「もしかしてだけど、そのロボットはプリンス君が作ったのかい?」
「……一応ですが」
佐藤さんの問いかけに小さく頷く。あまり大声で肯定したくない。
「すごいじゃぁないか!世紀の大発明だよ!」
「いえ。貰い物みたいなものなので」
「うん?作ったんだよね?」
「ええ。けど貰い物です」
そこは譲れない。所詮これは貰い物の力であり、貰い物の技術である。
もしもそれを忘れてしまった時、碌でもない終わりがくるのだと思うから。
「とりあえずこの先にある警備室に向かいましょうか」
「警備室に?所長室に行くんじゃ」
「勿論行きますが、その前に監視カメラがどうなっているかを知りたいですね。電波は遮断されていますが、電子機器が壊れたわけではなさそうですし」
確かに、スマホは圏外でこそあるが他の機能に問題はない。であれば監視カメラは動いているはずだ。
「蒼太さん。焦る気持ちはわかりますが、急がば回れ。確実に進んでいきましょう」
「……わかった」
明里の言葉に従い、この棟の二階にある警備室に向かう事にした。
* * *
「ここですか」
あれから一回の戦闘があったものの、難なく討伐し損害はない。
だが気がかりなのは、戦闘音に引きつけられてこちらを襲いにくる様子がない事か。
好戦的な性質が予測されるというのに、大きな音に引き寄せられるわけでもない。また、ここまで群れで行動する個体はいなかった。
楽と言えば楽だが、気は抜けない。状況が次々切り替わる事など日常茶飯事だ。
「あいたよぉ」
佐藤さんに扉を開けてもらい、二人を後ろにさがらせる。第六感覚が中に敵がいる事を告げていた。
扉を勢いよく開けて中へと踏み込む。こちらに背を向けてうずくまっていたニードリヒに跳び込み、奴が振り返るより先に首を刎ねる。
ぐらりと倒れた体に念のため剣を突き刺してから、周囲を確認。
「っ……」
ニードリヒが立っていた場所の少し前。そこに赤い血だまりと変色した元は青かっただろうボロ布。
そして、見るも無残な死体が一つ。辛うじて人間だったとわかるが、それ以外は年齢や性別すらわからない程に損傷している。
「……どうやら、肉食みたいですね」
傷口を見た後斬り飛ばしたニードリヒの首に視線を向け、明里が小さく呟く。
監視カメラのモニター前に置かれた椅子。そこにかけられた上着を手早くあさり、めぼしい物はないのを確認してから死体にかけようとする。
「あ、ちょっと待ってください」
そう言って死体に屈もうとした明里の肩を掴んだが、そっと手ではがされた。
「お気遣いには感謝を。ですが蒼太さんは周囲の警戒をしてください。役割分担はするべきです」
「……わかった」
死体の確認を明里に任せ、自分は周囲に意識を張り巡らせる。いつの間にか佐藤さんが椅子に座り監視カメラを見ていた。
そして部屋の奥。電子錠とアナログ錠の二つで厳重に閉じられた扉がある。死体の向きから、亡くなった人はあそこに向かおうとしたのかもしれない。
「とりあえず何かの鍵とカードキーが見つかりました」
白いワンピースを赤黒く汚しながら立ち上がった明里が、部屋奥にある扉へと向かう。
「開けます。注意してください」
「ああ」
警備室の入口は美国に任せ、明里に続き奥の扉へ向かう。
目で合図し合った後ロックが外されると、すぐさま自分が突入する。
第六感覚でわかってはいたが、中には誰もいない。代わりに、ただの研究機関ではありえない光景が広がっていた。
「これは……」
部屋中に設置されたウェポンラック。そしてそこに並べられた大量の武器弾薬。
「サブマシンガンにアサルトライフル。あっちにあるのはRPGですか。どう考えても警備室にある装備じゃありませんね」
後から入って来た明里が室内を見回す。
「明里。ここは任せる。俺は周囲の警戒に――」
戻る。そう言おうとした瞬間、第六感覚に反応があった。
「っ!人だ」
慌てて入口に戻ると、銃を構えた美国と、廊下に蹲る人影が一つ。
「大丈夫ですか!?」
「ちょ、プリンス君」
美国の脇を通って跪けば、それが施設見学のガイドさんである事がわかった。
「あ、ああ……ああああ」
呻き声をあげながら、彼女は虚ろな目で虚空を見つめていた。制服は血で赤黒く汚れ、左腕がない。明らかに致命傷だ。
すぐさま指輪の魔力を使い、治癒の炎を浴びせる。
「落ち着いてください。もう大丈夫ですから、安心を……」
言葉が途切れる。傷が癒えない。
確かに魔力は正常に流れ込んでいるし、治癒の炎は発動している。手足が千切れた程度、瞬く間に完治させるはずだ。
本来なら。
「ガイド、さん?」
おかしい。ありえない。『その者を正常な姿に戻す』力があるはずなのに、何故治癒しない。
出血だけが止まり、しかし傷口が塞がらないまま、ガイドの女性は口からダラダラと涎を流し始める。
「ああ、あああああああ!」
「なにがっ」
変化は、突然だった。
瞳の色が金色に変わり、眼球がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、人体の限界を迎えてもなお開かれた眼球が『一つになる』。
バキバキと骨が折れる音を発しながら、しかし再構築されるように骨格が広く、巨大な物へと置き換わる。
内側から衣服を突き破り、露になった皮膚は黒に近い灰色で、どこかゴムみたいな質感をしている。
ぎょろりと大きい金色の一つ目が、自分を見下ろしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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産まれた場所死んだ時は違えど今は仲良くおもちゃ箱。
Q.アバドンに喰われた三人は雑魚?
A.一応三人とも魔瓦よりは強いです。けど魔瓦と違って逃げられない理由があるから死にました。特に自称伊達男は見ず知らずの子供を庇っていなければ普通に初期アバドン倒していました。ある意味アバドン被害者にとって戦犯。こいつを食べてかなり強化されたので。
三人が生き残っていた場合剣崎と同盟を組んで魔瓦台パンルートに入っていました。その後何故か戦隊モノを四人で始めます。




