第百八話 封鎖
第百八話 封鎖
サイド 剣崎 蒼太
「すみません。うちのツレになにか?」
話しかけると、男二人組は振り返るなり強く睨みつけてくる。
「なんだよ、お前には用はねえよ」
「引っ込んでろ不審者」
「今時ナンパしている奴に不審者呼びされたくありませんが?」
「その前にツレってなんですか。相棒ですよ。連れられていません」
いやほんと、ナンパが文化扱いされたのは昭和までだからな?令和でそれやったらよっぽどじゃないと変質者だぞ?
「うるさい。お前、この子の弱みを握っているんだろ?」
「それで無理やりに一緒にいるんだろ!」
「はぁ?」
意味の分からない発言に眉間に皺を寄せて明里を見ると、あちらも疲れた顔で肩をすくめた。
「何度も言いますが、私は弱みを握られた覚えはありません。というか、弱みなどこのパーフェクト美少女にありません」
「強がらなくっていんだよ?」
「安心してくれ。俺の兄貴の友達の親戚が弁護士だから!」
「いやそれ他人では?」
思わずツッコミをいれるが、全然話しが通じない。
「お前、どうせ弱みを使って色々と要求してるんだろ!」
「そうだ!あの胸で『ピー』とか『ピー』とか『ピー』な事を!」
「ピーピーうるせえわ!こちとら童貞じゃい文句あっか!」
わざわざピーと口で言ってくるとか、煽ってんのか!?
「私に同情……?この程度の奴らが?助ける?なま言ってくれるじゃないですか……」
見ろ!明里の額に二本ぐらい青筋たってるぞ!これたぶん見学が楽しみだから我慢しているだけで普段だったら既に殴ってるレベルだ。ワンチャン銃を抜いている。
……あれ、本当の危険人物こいつでは?
「え、あれ俺普通に喋ったはず」
「信じられるかよそんな事!」
「うるせー!俺だって好きで童貞ちゃうわ!」
もう本当にこいつら首根っこ掴んで交番に引きずっていってやろうか。
そう思い始めた所で、突然スピーカーからアナウンスが流れてくる。
『職員に通達します。西棟地下一階の研究室からパターンαです。至急指定された場所に移動してください。ゲストの方々は食堂、あるいはホールにてお待ちください。繰り返します』
「パターンα?」
え、なにごと?
「み、みなさーん!申し訳ありません。火災報知器のトラブルのようです!危険はありませんが、念のためここでお待ちください!すぐに戻りますので!」
そう大声で言って食堂を出ていくガイドさん。見れば、木山教授もどこかへ消えていた。
「いったいなにが」
「おい、俺は誤魔化されないぞ」
「こっち向けや。話は終わってないぞ」
「ああ、もう……!」
こんな明らかに非常事態でもそれか。面倒な。
一瞬誰かに脳みそでも弄られたのかとも思ったが、第六感覚的にこいつらは自分の意思でこうしている。なんてはた迷惑な。
たぶんこれ、どうせ大した事じゃないって思い込んでいるパターンだ。危機感を感じられない。
「ちょっと失礼」
いつの間にか俺の方に近づいていた明里が、突然俺のマスクに手をかける。
「ちょっ」
「今はこれが手っ取り早いので」
そう言ってマスクをはぎ取られ、伊達メガネまで外されてしまう。
「なっ……」
「綺麗だ……」
途端に騒がしかった二人組は感嘆の声をあげて、陶然とした様子でこちらを見ている。
「これでも私の隣にいる人間として不服ですか?まあ、私は容姿だけで彼を選んだわけではありませんが」
明里の声も耳に入っていない様子の二人組に、慌ててマスクと伊達メガネをつけなおす。
「明里……」
「緊急事態ぽかったので」
「まあそれはそうだが」
「そのうち借りは返しますので、今はこの状況を確認するとしましょう」
自分の今生の容姿はかなり整っている自覚はある。というか、整い過ぎている。
なんせ邪神特製だ。一目ぼれなんて言葉があるが、自分の場合それよりもっと酷い事になりかねない。
高校に入学して少ししたらクラス中が変な視線を向けてくるし、中学の友人達などかなり暴走していた。
イケメンなのは嬉しいが『魔性の美』もいきすぎれば凶器だなと思う。絶対あの邪神は面白半分でこの顔にしたぞ。
どうせなら美少女や美女にだけモテる感じにしてほしかった……!
呆けている男達から離れ、食堂を見回す。あの二人組は静かになったが、見学客たちはむしろ騒がしくなっている。当たり前だ。研究所を回っていたら突然先のアナウンスなのだから。
「で、どうする」
「どうもこうも、普通にここで事態を見守るつもりですが……なにかやばそうですか?」
「正直、勘だけど」
だが自分の勘が馬鹿に出来ない事を、誰よりも俺はわかっているし。
「では行きますか」
明里はその次ぐらいにわかっている。
「で、どういうルートで行く?」
「とりあえず他の人達に出ていくのを見られるのはまずいですね」
たしかに。誰かがこの状況で外に出たら、必ず他の人達も『自分も』と動き始める。全員ではないだろうが、何人かは絶対に出るだろう。
「あ、そうだこれをそこのトイレで塗ってきてくれ」
「それは?」
肩に提げた鞄から出した小さいプラスチックの箱を明里に差し出す。
「特製の日焼け止めだが、魔法で色々効果を盛っている。防護服代わりにはなると思う」
塗り合いっこを想定して二人分しかないが、バケツで作ってくるべきだったな。
「それはどうも。ちょっと行ってきます」
食堂と繋がっているトイレに向かった明里を待ちながら、周囲をもう一度観察する。
皆慌てているが、パニックになるほどでもない。これなら変な行動に出る人もいないと思いたいが、あいにくその辺の分析能力など持ち合わせていないのでなんとも言えない。
一応スマホを確認。当たり前みたいに圏外になっている。外の情報を知る事も、新垣さんへの連絡もだめそうか。ついでに言えば食堂にあったテレビもいつの間にか電源が落ちている。
襲撃に備えて体内で魔力を循環させていると、不思議な魔力を感じ取る。
「っ……!?」
懐かしい様な、あるいは忌まわしい様な。不思議な感覚。だが一つだけ言える事はある。
「嘘だろ……」
かなり強い。なんだこの魔力量は。明らかに人の域を超えている。いいや、人外だとしても規格外だ。これではまるで自分達のような……。
これは本格的にまずい事態になったらしい。自然と頬に冷や汗が流れる。
「お待たせしました。なんだか、変な魔力流れていませんか?」
「ああ。よくわからんがまずい」
戻って来た明里とそう話していると、スピーカーからノイズが流れ始める。
あ、嫌な予感。そう思い、明里を連れてこっそりと食堂のドアを出る。今なら皆スピーカーの方へと視線がいっている。白い壁や天井に乳白色の床。LEDのライトがそれらを照らしていた。
『ガッ……ガガッ……緊急閉鎖を行います』
数メートル進んだ所で、突然窓という窓にシャッターが下りてきた。後ろの食堂から悲鳴が聞こえてくる。食堂のドアからも施錠音がしたのを確認。
状況は未だ不明だが、ただの薬品や機械のトラブルでないのだけはわかる。
一瞬明里に食堂の彼らに暗示をかけてもらうか迷ったが、あいにくそれ用の魔道具は持って来ていない。彼女独力だとあの人数は無理がある。
その明里は進行方向上にある扉横の機械にカードを使っているが、エラーが出たらしい。まさか緊急時だとゲスト用カードは使えないのか。
「ちょっと待っていてくれ」
とにかく食堂にいる人たちに最低限の守りを用意しなくては。
カバンから中に薄緑色の液体を入れた小瓶を取り出す。結界用の魔道具。念のために持ち歩いている物だが、こんな事なら血を使っておくんだった。日焼け止めといい普段からもっと色々持ち歩くべきなのか?
これを食堂の入口に置いておこう。ないよりはマシなはずだ。強い衝撃には紙みたいな強度だが、飛沫や空気中に散らばる毒ていどなら多少は防げる。
そう思って扉の方へと向かおうとすると、そこにアロハ姿の男が立っていた。
「佐藤さん!?」
「はい?」
驚いて声をあげると、何故か逆に驚かれた。こう、『なんで驚いているんですか?』みたいな目で。
「なんで外に」
「いや取れ高だと思って」
「えぇ……」
首から提げた新品のカメラを手に言ってくる佐藤さんに顔が引きつる。緊急時に何やってんだこの人。
「まあまあ。私は役に立つヨー?その結界を展開したら話すヨー」
「なっ」
この小瓶を見ただけで結界を張る道具だってわかった?というか、そういう単語がこのタイミングで出るという事は。
「魔法使いですか……?」
「かじった程度だけどねー。まあ仕事がら」
ニコニコと笑うこの男に内心で警戒心をあげる。少し後ろで聞いていた明里も身構えるのがわかった。
「待って待って!今は争っている時間はないじゃなーい?信じて!佐藤、仲良し!君達、仲良し!」
胡散臭い。胡散臭いが、言う通りではある。
とりあえず意識は向けながらも扉の前でメモに魔法陣を描いて千切り、床に置いてから小瓶を置く。
すると薄い緑の膜が出来上がり、それが扉を包み込む。
「ほおほお。凄いねー。コストに対して効果が凄い!」
「それはどうも」
それでも三万円ぐらいかかったけどな、これ。しかも使い捨て。
人命には代えられないと自分に言い聞かせながら、佐藤さんへと向き直る。自分と明里で挟み込むような形だ。
「うんうん。君達は私の正体が知りたいんだね!なら教えようとも!高らかに!華々しく!」
やたら大仰に振る舞い、彼は舞台俳優のように手足を動かし表情をつくる。動きと顔がやかましい。特に顔。
「ある時は真実を暴くジャーナリスト!ある時はどんな契約も結んでくる営業マン!そして今の私はぁぁぁ!」
クルリと回って名刺を出して来た。両手でそっと、腰も綺麗に曲げながら。
「こういう者でございます」
『私立探偵 佐藤三郎』
「探偵?」
名刺を受け取りながら彼の様子をうかがう。嘘は言っていない。言っていないのだが、何故かひっかかる。
というか、なんだこの人。テンションが安定しないというか、情緒不安定というか。
「そうそう。それに加えて魔術もちょーっと使えてね。けど専門はどちらかというとこ・ち・ら」
そう言ってポケットから取り出したのはUSBメモリといくつかのアダプターやケーブル。そしてやたらデコられたスマホ。
「スマホ、忘れたって言っていませんでした?」
「緊急事態につきその辺の子からパクッてね。お詫びにクレジットカードをポケットに入れておいたよ。まあボスの名義なんだけどね!」
「貴方そのうちボスって人に殴られますよ……?」
「それはそれで本望だね!」
無駄にドヤ顔をしてから、佐藤さんはドア横の機械のカバーを手早く外すと、ケーブルをスマホと繋げ、スマホとUSBをアダプターで接続。
明里は止めようとしていたが目で制する。第六感覚的に害意はない。
「うんうんやっぱり。これ、壊して通るのはやめた方がいいねぇ」
「……理由を伺っても?」
「一カ所壊れたら他のシャッターもぜーんぶ開く。外まで完全に吹き抜けになるね。万一ウイルス系のトラブルなら大惨事さ」
「はあ?」
普通逆では?
だが第六感覚的に嘘を言っている様に思えないし、明里に視線を向けるがあちらも判断がつかないらしい。
「それは酷く単純明快な理由があるとも。それは道すがら説明するとして、だ」
小さく電子音が鳴ると、ドアが開いていく。廊下の窓におりたシャッターに変化はない。
「プリンスあーんどプリンセス。君達はこの事件を解決したい。私は取れ高が欲しい。目的はそう違えないと思うんだが、どうだい?」
慇懃無礼に笑う男に、出そうになるため息を噛み潰す。
はっきり言って怪しい。もう怪しいを擬人化したんじゃないかと言いたいぐらい怪しい。
だが先の話しが第六感覚の判断通り真実であった場合、力技で扉を壊していくわけにもいかない。
信用はできない。だが手を組むしかない。なんせ、この状況に時間的猶予があるとは思えんのだ。ただの勘でしかないが。
明里と視線を合わせ、小さく頷く。
「わかりました。よろしくお願いします、佐藤さん」
「ええ!この佐藤三郎!誠心誠意尽くしますとも!」
「はいパース」
「うん?うんん?これは?日焼け止め?今からハワイにでも?」
明里が取り出した日焼け止めの残りを投げわたされ困惑する佐藤さん。
「そちらも道すがら話すという事で、とりあえず塗ってください」
「ああん。では二人ともあっち向いてて。はずかちぃ」
うっぜ。
くねりながら裏声を出すおっさんに怖気が走りながら、明里と扉の先を窺う。今の所これといって遭遇はなし。
手早く塗り終わったらしい佐藤さんから空の容器を受け取り、小さくため息をはく。
まさか研究所の見学にきただけでこうなるとは。一度お祓いに……だめだわ。悪化する気しかしない。
そうして、自分達三人は研究所の探索に乗り出した。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
特に本編に関係ない情報
※剣崎の精神分析能力は初期値に毛が生えた程度です。第六感覚は「自分や仲間への危険」や嘘以外にはそこまで高性能ではありません。




