第百七話 善悪
第百七話 善悪
サイド 剣崎 蒼太
『国立海洋博物研究所:人工島ゆりかご』
面積は東京ドーム30個分。働いている研究員の家族も含め人口は500人。下手な孤島よりも遥かに賑わいを見せるこの島は、海に囲まれた日本が海洋資源の研究をする為に工事が決定した。
そこから気象の変化による今後の航海についてや、アバドンなどの特殊生物による海の生態系の調査。新種の生物はいるかなど、実際に島が運用されるようになる頃には随分と手広く研究をする場所になっていた。
潤沢な予算と人員を投入されたこの島は世界でも有数の海に関する研究機関であり、日夜日本の将来をよりよいものとする為に邁進している。
「へー」
と、配られたパンフレットに書いてあった。
何やら凄い所なんだなー。と色々と書かれている研究成果その他に、気の抜けた感嘆の声をあげる。
いや、凄いんだな。としかわからんし。ぶっちゃけ自分の地頭はあまりよくないのだ。前世ブーストで優等生やっているだけだし、今はバイトも忙しい。
それはともかく、島内をぐるりと回るバスにのせられて各所を見た後研究所に。
なんというか、でかい。研究所の隣には人工衛星を上げるためのロケットまであるらしい。研究所自体も地上四階、地下二階の合計六階建て。東西南北に分かれた棟があり、一つ一つが結構な大きさをもっている。
「ではこちらのカードをお受け取りくださーい」
残念な事にガイド衣装に戻ってしまったガイドさん。まあこれはこれでいいのだが。
そうして配られたカードは『ゲスト用』と書かれている。
「ここ、海洋博物研究所は濃硫酸をはじめ危険な薬品を扱う区画もありますので、安全のため一部のドアは電子ロックで施錠されております。今お配りしたのはゲスト用の物で、見学ルート上の扉を開ける事ができます」
そう言いながら、ガイドさんが自分の首から提げているカードを扉横の機械にかざす。電子音が響き、扉が自動的に開いた。
「では皆さん!改めましてようこそー!」
研究所内の見学。正直言って、最初自分には大した興味もなかった。明里に騙されて来ただけである。
なにやらありがたいお話を聞き、『ためになったねー』と一時的に自分の頭が良くなった錯覚を覚えるだけだと思っていた。隣で目をキラキラとさせている明里が満足してくれればそれでいいかと。
しかしその認識を改める事となる。
「こちらの研究室では最近発見された新種のタコについて調べております!いやぁ、元気ですね!」
「ガイドさん巻き付かれてる!めっちゃ巻き付かれてる!エロ同人みたいになってる!」
「ここは昨今の海の気象について研究をしている所であり、これからの天気予報に関する情報を編纂する所でもあります。少しお話を聞いてみましょう!」
「一昔前までのデータが最近使い物にならなくって草生える。……もうやだぁ」
「ご覧ください!ここでは海底で発見された特殊な海藻を使った新薬の研究がされています。がん治療への新たな光明としてテレビでも扱われているのは皆さんもご存じですよね!?」
「え、ご存じない?またまたそんなー……え、本当に?」
そんなこんなで面白おかしくガイドさんが説明するので飽きる事もなく、珍しい機械やら普段知らないような事を教えてくれる事もあり、思った以上に楽しく見学をする事ができた。
「では休憩時間でーす!皆さんこちらでごゆっくりどうぞー。一時間後に見学を再開しますので、お昼ご飯もここでとれまーす」
そうして案内されたやたら広い食堂。研究所の中だと言うのに堅苦しい雰囲気はなく、おしゃれな喫茶店をそのまま大きくしたような印象を受ける。
「明里、俺が並んでいるから席とっといてくれ」
「いえ、この人数なら席取りは必要なさそうですよ」
「あ、そうなの?」
そんな会話をしながらでかでかと『おすすめ!!!』と書かれた天丼を注文。500円のわりにのっている天ぷらが豪勢だ。
窓際の席で外を見ながら食事をとる。角っこを取れたので、他の席に俺の顔が見られない位置取りに明里が座ってくれた。
「すまないな、明里」
「いいですよー。そのうち私の方が美しくなるので、その時は壁役お願いします」
「ははっ、ああ。任された」
うん。衣もサクサクだし身も大きくプリッとしている。かかっているたれも美味しい。
こんな定食屋が近所にあったら、と思うが、こういうのは大きい所の食堂以外だと高いんだよなぁ。前世通っていた大学の学食も美味しく安かったが、店で同じ量と味を求めると三百円は確実に高くなるだろうし。
そんな事を考えながら、明里の分の食器も持って片付けに。遠慮されたが、これくらいはさせてほしかった。
お盆と食器を戻して明里の方に合流しようかと思ったが、視界の端で白衣姿の人を見かけた。
その人は自分達が座っているのとは反対側の窓際に座っており、食事もとらず外をぼおっと眺めている。
なんというか、見るからに不健康そうな人であった。
茶色がかった髪はぼさぼさで、無精ひげも生えている。白衣だけはピシッとしているが、下のスーツも革靴もよれよれだ。目も虚ろだし酷いクマもある。
ここの職員さんだろうか。徹夜明けかな?見学した研究室はそんなブラックな感じは……いや、気象に関する所は修羅場だったけど。
つい見過ぎてしまったらしい。その職員さんと目が合ってしまった。彼はこちらを見て驚いたように目を見開くと、そのまま視線を固定させてきた。
え、こわっ。
だが敵意は感じない。無視してもいいのだが、なんとなく気になって話しかける事にした。
「えっと、何か用でしょうか?」
少しためらいがちに声をかける。
伊達メガネとマスクはちゃんとしているから、こちらの顔で変な精神状態になったとは考えづらい。というか、これらを突破しはじめたら本格的に外を出歩けなくなるのだが。
「……いや、すまない。知り合いと雰囲気が似ていた気がしてね」
「は、はあ」
思ったより普通のかえしがきて逆にビックリする。
「そ、それならこれで」
「なあ、君はどう思う」
「はい?」
なんとなく気まずくなったので明里の所へ戻ろうとしたら、何やら語りだした。彼の視線は窓の外へと向いている。
「親が子との再会を望むのは、間違っているだろうか」
そうして視線を追えば、島内にある公園に向けられているのがわかった。
この距離だと普通の人にはぼんやりとしかわからないだろうが、自分には楽し気に笑う子供たちと、それを見守る親たちの姿がはっきりと見てとれる。
「……間違っては、いないと思いますよ」
自分に、そんな事を語る権利があるかわからないが。なんせ前世において親より先に死んだ親不孝者だ。
「では、その為なら何をしてもいいのか?」
「いいわけないでしょう。他人に迷惑はかけるべきではない」
それははっきりと言える。間違っていない『動機』があっても、その『行動』まで正当化されるかはケースバイケースだ。
男性の視線がまたこちらへと向けられる。
その瞳はやけに綺麗な色をしていた。まるで子供のような無垢を感じるし、夢を追う純粋なものにも思える。
なのに、何故か危うい光に思えてしまう。
「だが、子供だって親に会いたいのではないのか?」
「それは……親子仲に、よるかと」
「君はどうなんだ?」
「俺?」
無言で頷き、答えを促す男性。
随分と踏み込んでくる。初対面だというのに。だが、その質問を無視するのは強いひっかかりがあった。
本音を、少しだけ語ろう。
「……あくまで個人的意見ですが、会いたいですよ。それは」
前世の両親。もう一度会えると言われれば、きっと自分は迷うだろう。いいや、それが他人に不利益を被らせるものでなければ一も二もなく頷くと思う。
振り切ったつもりでいた。死んでから十五年も経つのだ。その思いも、去年の十二月にほじくり返されてしまったが。
両親の顔を再現した、かの邪神。それを自分は焼いて潰した。それが頭の奥にこびりついてはがれない。
あの選択が正しいものだったと今でも思う。この世界を全て犠牲にしてまで叶えるべき望みではないと、俺の理性は結論出している。
それでも、思いは。この感情だけは。
「感情だけで述べるのなら、なんとしてでも会いたかったですよ」
「――そうか」
ストンと、男性の体から力が抜けるのを感じる。
「それでも、手段は選ぶべきだと思います。貴方がどういう事情を抱えているのかわかりませんが、きっとよく考えた方がいい。間違った手段で会おうとして、後悔する事にならないように」
「ああ……ありがとう。よく考えたよ。長すぎる程に」
「?……それは、どう」
「木山教授!?」
問いかけようとした言葉が後ろから聞こえた大声でかき消される。
なんだと思って振り返れば、食堂にいた見学客の大半の視線がこちらを。いいや白衣の男性に向けられていた。
「木山教授……あっ」
思い出した。そう言えばパンフレットに書いてあったここの所長の名前がそんなだった気がする。
いやけど写真とだいぶ違うような……あ、けど髪と髭をどうにかしてこけた頬もちゃんとすれば、本人かも?
「木山教授!私大ファンで!」
「先生!実はずっとお聞きしたかった事が!」
「わっ、とっ」
押し寄せてきた十数人を避けて、あっという間に出来上がった人の壁から逃れる。
「わー!わー!所長!所長のお話しは見学ツアーの最後だとあれほどー!」
ガイドさんが頭を抱えながらあわあわと人の壁に向かっていく。
それを見送って、先ほどの彼との会話を思い起こしていた。お互いに嘘偽りは言っていない。含む所も大してない。そもそも彼と自分は敵対関係にない。
だというのに、何故か彼とは無性に話さなければならないと思った。もっときちんと話し合わねばと。
しかし、背後から肩を叩かれる。
「なんですか、佐藤さん」
「へーいプリンス君。あんまりプリンセスちゃんから目を離してはいけないよ?ほら、変な虫が群がってる」
「っ」
振り返れば、何やら二人組の男が席をたった明里に話しかけていた。露骨に迷惑そうな彼女を無視して、何やら喋り続けている。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ。二人が並んでいると絵になるからねー。ボスもきっと喜んでくれるよ。美男美女っておっとくー」
「写真はやめてください」
短く言い捨てて明里の下へと早足で戻る。
一度だけ振り返ると、人垣の向こう側に一瞬だけ木山教授が見えた。その瞳はこちらを向いているわけでもなく、周りの人たちに向けられているわけでもなく。
窓の向こうに見える、遠くの公園にだけ注がれていた。
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Q.剣崎はなんでそんな顔を隠すの?
A.顔が良すぎて相手の人生狂わすから。わりとガチで。
バタフライ伊藤産の転生者は全員AP●が人間の限界値か、それをちょっと超えかけているうえに『使徒補正』まではいるので見ただけで人間は精神力で対抗ロール。失敗すると魅了されて精神になんらかの影響が現れる。しかも時間経過で対抗ロールが複数発生するうえに難易度が上昇するので、魔術で精神防壁をはるか、極まった精神力が必要。
顔出しして黙ってつっ立っていれば都市規模でハーレム(老若男女問わずの)を作れるのがバタフライ伊藤産転生者達。剣崎の場合それはちょっと怖いので顔を隠している。




