第百四話 悲劇な喜劇はそろそろ終わり
第百四話 悲劇な喜劇はそろそろ終わり
サイド 茂宮 市子
「………」
無言で部屋の――いや、神殿の方を窺う。
あの後は結局グールに遭遇する事もなく移動していくと、三回ほど道を曲がってたどり着いたのがここだ。
不思議な場所だ。基本的に汚いし臭い地下空間なのだが、ここだけやけに掃除がされている。
更に言えば、私はそういうのに詳しくないものの『雑多』な印象を受けるのだ。
ぱっと見ギリシャ風なのだが、所々日本の神社みたいな意匠があったり、かと思えば南国っぽいのも見える。
だがそんな事はどうでもいい。その場所に二人、男の人がいるのだ。
片方はちょっと頭頂部が怪しいひょろりとした金髪の白人男性。インドア派にしか見えないのにやたらツナギを着慣れている気がする。なにやら本を手に奥の大きな扉にぶつぶつと呟いていた。
もう片方は真っ赤な全身鎧。映画やアニメに出てくる西洋鎧っぽいのだが、どこかメカメカしい。右手にアサルトライフルって言うのだったか。それに銃剣をくっつけて持っている。腰には大きなナイフと拳銃も提げていた。
幸いあのシャーマンみたいなグールはいないし、数はこちらが多い。だがこっちで戦えるのは恵美子ちゃんだけなので、普通に負けている。
どうしたものか。そう思って三人で入口の陰に隠れながら様子を窺った後、顔を引っ込めて作戦会議をする。
「まず手榴弾を投げるわ。その後銃を撃ちまくる。二人はここまでで十分よ」
「け、けど」
「私も戦います」
何かできる事はないかと考えていたら、双葉がやけにはっきりと手を上げた。
「双葉?」
「あの本を読んでからやけに体が軽いんです。それに変な呪文も頭に残っています。グールぐらいの強さはあると思います」
「……なら、バックアップをお願い」
「私っ、私は?」
「「さがっていて(ください)」」
「はい……」
残念ながら足手纏いである。悲しい。こんな事なら何かスポーツやっておくんだった。
というかあのやばそうな本を読んで体に変化って、双葉大丈夫なの?
「じゃあ合図は――」
「なあー、作戦会議はまだ続きそうかー?」
「!?」
神殿から突然聞こえた声に、肩をびくりと震わせる。
「そろそろ時間がなさそうだからさー。来ないならこっちからいくぜぇ?」
赤い鎧だ。奴がライフルを肩にのせながら首を回している。その視線は兜越しでもこちらを見据えているのがわかった。
『Wrt$#jrtれふぁvんhyrた!“$%&‘&%$!?』
金髪の方が何かを言っているが、早口の英語なせいでわからない。
「落ち着けよエド。あいつら日本の学生みたいだからたぶんお前の訛りがひどい英語わかんねえよ」
『W$%&YDH“$%Y”$%&!W%“$T&&”%$!』
鎧の男に金髪が怒っているのはわかった。
だがどうする。奇襲するつもりが完全にバレていたなんて……!
「……作戦通りにやるわよ」
「はい」
「う、うん!」
恵美子ちゃんが何かの注射を取り出して突然自分の首筋にうった。中身の液体は緑色で、見るからに体に悪そうだ。
「ちょ、恵美子ちゃん!?」
「いくわよ!」
空になった注射を投げ捨てて手榴弾を取り出してピンを外すと、彼女は神殿の中に投げ込んだ。
「おっと」
飛んできた手榴弾を横に蹴り飛ばした鎧。それを気にした様子もなく恵美子ちゃんは銃を構えて引き金を引く。
続けざまに放たれる銃声。それが数秒ほど爆音で遮られる。
「あっぶねえなぁ」
金髪の盾になって銃弾を受ける鎧。その表面で火花が散るが、大して怯んだ様子もない。
『QE$%&%#G$EY$”!?』
「落ち着けよ。元でもプロだろ」
「サイ・パーコス!エド・ウルージ!」
慌てた様子の金髪と呑気に話す鎧。それに対して恵美子ちゃんが叫ぶ。目は血走り口角から唾を飛ばしながら、叫び声をあげて銃を撃ちながら走り出した。
「恵美子ちゃん!?」
「くっ、私も行きます!」
その辺で拾ったこぶし大の石を握って双葉も走り出した。
「エドぉ。そっちのおもらしは頼むな」
「おもらし言うな!」
鎧が恵美子ちゃんの方へと向かってくる。そして金髪の方は苦々し気に顔を歪めながら、懐から小瓶を取り出して地面に投げつける。
するとなんという事だろう。半透明な黒い触手がうねうねと地面から生えてきたのだ。一本一本が人の腕ほども太く、吸盤がついていてタコみたいなのが四本。何故か見ているだけで悪寒がはしる。
「きもい!」
率直な感想を叫びながら石を投げる双葉。甲子園球児かと言いたくなるような剛速球で放たれた石は、しかし二本の触手に受け止められてしまう。
「サイぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!」
「熱烈なラブコールじゃねえの、恵美子ちゃぁぁん」
ねっとりと喋りながら恐ろしい速さで踏み込む鎧、サイ。突き出された銃剣を屈んで避けた恵美子ちゃんが足払いをしかけるが、脛あてにぶつかりびくともしなかった。
「くっ!」
それに舌打ちしながらも躊躇いなく横に転がる彼女にサイの左拳が振り下ろされる。
空ぶったそれが地面を砕くなか、恵美子ちゃんは至近距離で発砲。硬質な音がするだけで、サイは気にした様子もない。
「どうしたどうした!もっと頑張れよ!命かけろよ!俺に人生の全てを捧げてくれよ!」
「この、クソ野郎!」
至近距離で鎧の関節や顔面に銃弾が撃ち込まれるが、サイは気にした様子もなく銃剣を振るう。
それを左手で引き抜いたナイフで受け流す恵美子ちゃん。激しい音と火花を散らせながら、彼女は懸命に銃剣をさばいていく。
「お前を!お前たちを殺すために私は!」
「ああ、知ってるよ!お前『たち』がどういう風に生きてきたかは、毎年ちゃんとチェックしていたさ!十四人の子供たちで今も生きているのはお前だけ!本当にうれしいよ、恵美子ちゃん!」
「わけのわからない事を!」
「愛してるって言っているのさ!」
「死ね!」
素人の私にはわからないが、きっと恵美子ちゃんの技量は高いのだろう。激昂をあらわにしながらも、その動きはとても滑らかで。まるで山の小川で流れる木の葉みたいに軽やかだ。
だが眼前の激流には逆らえない。人間離れした動きで繰り出される突きや薙ぎ払い。拳や蹴りも交えたそれらが、一方的に恵美子ちゃんを追い詰める。
「がぁああ!」
『♯%HT$“%”&NH%&!』
そして、双葉の方も苦戦を強いられていた。
普段の彼女からは考えられない程声を荒げ、獣のように手足をフル活用して走り、跳び、襲い掛かっている。
しかし攻撃は触手の一つを削るだけで止められて、別の触手がからめとろうとするのを避けるので精一杯。しかも、回避をしているうちに攻撃を受けた触手が再生してしまっている。攻めきれない。同じような光景が何度も繰り返される。
だがその状況を打開する一手はこちらではなく、相手の掌に。
はたから見ていた私だから気づけた。『五本目』の触手がゆったりと金髪の背後から生え、地を這うように双葉の後ろへと移動しているのに。
「双葉うしろぉ!」
「えっ」
慌てた様子で振り返った双葉が触手の先端から吐き出された白い粘液を回避。だがその隙に振るわれた別の触手が彼女の頭を殴りつける。
「がっ……!?」
「双葉!?このぉ!」
石を拾って自分も投げつける。少しでも金髪――エドとやらの注意を引かなければ。
だがそれはあっさりと触手ではたき落とされてしまった。だがそれでも気は逸れたらしい。
「があああ!」
『っ!?』
走り出した双葉がエドに殴りかかる。何故かその爪は鋭く伸びており、まるで刃物みたいだ。
それが触手二本を深くえぐり、自重を保てなくさせ再生する前に切断させる。
しかし、それが限界だった。
『S“%T!』
残り二本の触手が彼女を突き飛ばす。片方は右の額を、片方は左の脇腹をだ。鈍い打撃音がこちらまで聞こえてくる。
まるでトラックにでも轢かれたみたいに、双葉の体が宙を舞う。
「あ、あああ!?」
全力で足を動かす。掃除はされていてもヒビだらけの変な材質をした地面は走りづらいが、それでも走る。
普通にいったら間に合わない。体を前に跳び込ませ、空中で体を反転。普段使わない筋肉がビキビキと悲鳴をあげるが知った事か。
「ぐぅ!」
双葉と地面に挟まれて肺の中の空気が押し出される。内臓まで口から出るかと思った。なんとか後頭部をぶつけるのだけは耐えたけど、ちょっと目の前がチカチカする。
「い、っちゃん、先輩……?」
「ふたば、大丈夫……?」
頭から血を流しているようだが、焦点はしっかりしているようだ。それに少しだけ安心する。
それはそれとして背中がめっちゃ痛い。これ骨とか折れてないよね?肩も変な事になってないよね?
「双葉、帰ったらダイエットして」
「私の体重の半分は胸だからセーフです……!」
「それはそれで病院に行け」
軽口を言い合うも、体が動かない。あ、これもしかして足首いった?気にしだしたら痛くなってきた。
「双葉、動ける?」
「なんとか。というか、私はなにを……?」
さて、ここからどうしたものか。これ無理では?
そう言えば銃声が止んだ気がする。恵美子ちゃんはどうなったんだ?勝ったのなら情けないが、ちょっと手助けしてもらえるとありがたい。
仰向けのまま顔を仰け反らせ、逆さになった視界で恵美子ちゃんの方を見やる。
「……は?」
血が、流れていた。
一瞬状況が飲み込めなかった。彼女の左足はどこにいった?右耳はどこにいった?背中にいくつも穴が開いている。右手を掴まれて吊るされている姿は、まるで肉の解体場に吊るされる家畜のようではないか。
「恵美子ちゃんっ!!??」
「うーん、惜しいなぁ」
赤い鎧の男はこちらの声が聞こえていないかのようにそう呟く。
「依頼で戦闘データを、って言われたからこれ着て戦ったんだが、無粋だったよなぁ。同じ条件で戦いたかったなぁ……」
何を寂し気に言っている。早くその手を放せ、クソ野郎……!
「双葉、ちょっとどいてて……!!恵美子ちゃんを助けないと……!」
「せん、ぱい……ごめんなさい。どこに、いますか?」
「双葉?」
ぐったりと力が入っていない後輩に声をかけるが、返事がない。彼女の体に手を回して揺らすが、反応すらない。
どんどん自分の顔が青くなっていくのがわかった。そんな、さっきまで意識ははっきりしていたのに!?
「双葉、双葉しっかりして!」
「せんぱい、なにか言ってください……もっと大きな声で……声が、ちっちゃくて、よく……」
「双葉!」
「うるせえなぁ。こっちは感傷に浸ってんだよ。静かにしてくれよ」
煩わし気にそう言ってくるサイ。くそ、どうすれば、病院、救急車……!
「……そ……ぁ……」
「うん?」
「恵美子ちゃん!?」
意識がある!?まだ生きている!
希望はある。彼女があの状況から逃がれる瞬間。どうにかして私が援護しないと……!そしてあわよくばこっちも助けてもらおう!いやかっこつけてついて来たけど普通の女子高生には無理ゲーが過ぎるなって!
心のどこかで、浮かれていたのかもしれない。非日常に巻き込まれて、物語の登場人物になった気でいた。だが違うのだ。これは現実で、自分はただの凡人だ。少なくとも、プロの傭兵を相手に勝ち目なんてなかったのだ。
今は三人で生き残る事だけを考えよう。もう、それしかない……!
「なんだい?恨み言か?それとも愛の言葉?」
「私は、薬で体を強化している……」
「ああ。そうみたいだな。嬉しいよ、命を使い潰すつもりできてくれたんだから」
「顎の力だって、すごい……」
「うーん?まさか噛みつく気か?それはちょっと意味がなさ過ぎるなぁ」
「だから、こんな事もできる……!」
彼女が左手に何を持っているのか、一瞬わからなかった。
パイナップルを濃い緑にしてこぶし大にした様なそれ。普段はテレビでしか見ないけど、今日だけで何度も見たそれは――。
「だめ!恵美子ちゃん!」
「――へぇ」
「せめて一人だけでも連れていく!」
『SAI!?』
私の声も、エドの伸ばした触手も間に合わない。
歯でピンを引き抜き、手榴弾をサイの首に押し付ける恵美子ちゃん。彼女が一瞬だけ、こちらに振り返った。
その目はどこまでも優しくて、慈しみにあふれていて、どこか遠くを眺める様なものだった。
違う。違うんだ。私達と貴女は遠い存在なんかじゃない。本当なら、もっと一緒にいたんだ。同じ学校に通ったかもしれない。同じ部活で練習したり、買い物にいったり、たくさん、出来る事が……!
「恵美子ちゃ――」
「どこ見てんだ?」
酷く冷淡なその声が聞こえたと思ったら、彼女の左腕は消えていた。肘から先がなくなり、斬り飛ばされた側は空中で手榴弾もろとも触手に包まれて、小さな爆音だけが聞こえてくる。
「あ、がああああああ………!」
「なんで最期の瞬間に他の奴に目を向けるかなぁ……」
唸るような悲鳴をあげる恵美子ちゃんに、サイは悲し気に首を振る。
「やっぱ俺の真剣さが伝わっていないのが問題か?というかエド。そっちはお前の守備範囲そうだから回してやったんだ。ちゃんと見てろよ」
そう言って顎でしめされたからか、エドがこちらを向く。
彼の目を見た瞬間、ぞくりと生理的嫌悪感を覚えた。私達の体をつま先から頭のてっぺんまで舐め回すように見た後、胸や足で何度も視線が往復する。特に、私の上で気絶している双葉をじっくりと見ている気がした。
「……日本語、は、苦手、だが」
たどたどしい言葉を発しながら、エドがこちらに歩いてくる。
「これは、尋問。尋問、だから。その、手段だから」
「いや……!」
双葉を抱えたまま、片手で体を引きずって逃れようとする。だが二人分の体重を移動させるには私の力はあまりにも非力で、痛む肉体はそれを際立たせる。数センチ動く事すらままならない。
「あ、そうだ」
こっちの様子など興味がないと、サイがあっけらかんと声を出す。
「恵美子ちゃん。君はもうすぐ失血死する。だからね」
そう言って、奴は兜を脱ぎ捨てた。
「君が死んだ瞬間、俺はこいつで後を追う」
アサルトライフルをどうやってか腰の後ろにホールドすると、サイは拳銃を引き抜いて自分のこめかみにあてた。
『W“$G#H#T#!?』
「止めねえでくれ、エド。『インクイジター』の試しも十分だろう。どうせデータは勝手に送られるんだ。向こうも俺らがここで死ぬのは想定内だろう。じゃあいいじゃねえか」
撃鉄を上げ銃を自分に付きつけながら、サイは恵美子ちゃんの右手を掴んだままクルクルと踊り出した。彼女の血が宙を舞い、それが私の顔にまでべったりと飛んできた。
まだ温かいそれが、もういつ冷たくなるかもわからない。それがたまらなく怖かった。
「恵美子ちゃん……恵美子ちゃん……!」
「恵美子ちゃん!最期の瞬間まで俺を見てくれよ!?そうしないと後を追わないからな?俺を殺したいなら死ぬ瞬間まで俺を見てるんだ。大丈夫。君がそうしてくれるなら俺も死ぬから!」
私の声をかき消すように、高らかにサイは叫ぶ。近くでエドが早口の英語を怒鳴り散らしていてもお構いなしだ。
「そろそろかな?薬で強化されていてもそろそろだよな?カウントするか?よししよう!テーン!ナイーン!」
誰でもいい。誰か助けて。私達を助けて。
神様。これからはもっと真面目に勉強します。家の事も手伝います。お参りだって毎日いきます。なんだってします。だから、だから……!
「セブーン!シーックス!」
「助けてよ、神様ぁ……!」
なんの意味もない神頼みだなんて、私が一番わかっている。普段これといって信仰心なんてもっていないくせに、こんな時だけ縋っても誰だって助けてくれない。
そのはず、だった。
「ファーイブ!ふぉ」
轟音が響き渡る。それが壁の一部が砕け散ったのだと気付くのは数秒後で。
「……おいおい」
『W%T%#YQ%Q%!!??』
今はこの、私達を庇うように立ち、手の中で手足を失った彼女を抱きかかえる『王の背中』を見つめる事しかできなかった。
「こいつは驚いた。まさかこんな所でお目見えするとはねえ」
左手の内側からダラダラと血を流すサイが、右手にライフルを握りながら笑う。
「ええ?『蒼黒の王』様よぉ!」
* * *
サイド 剣崎 蒼太
手掛かりかと思って火薬と尿の匂い追ってきたらとんでもない状況に出くわしたんだけど、なにこれ?
ハイになっている変な鎧の男。顔を真っ青にしてヒステリックに叫ぶ男。なんか死にかけてる女の子。そして要救助者と思しき女子高生二人。
……いや本当にどういう状況?
読んでいただきありがとうございます。
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