第百三話 友の手を取る者達
第百三話 友の手をとる者達
サイド 茂宮 市子
「はあ……はあ……!」
いつくるかわからないグールの襲撃。それがいっこうに来ない。ほんの少し前まで巡回するグール達がいたのに、今は酷く静かだ。
それが余計にこちらの恐怖を掻き立てる。
「っ……一度、休みましょう」
「け、けどいつ襲われるかわかりませんよ!?」
「落ち着いてミスおしっこ」
「離していっちゃん先輩。こいつ殴れない」
「おちついて双葉ぁ!」
「いつ襲われるかわからないと逃げ続けるより、どこかで一呼吸いれた方がいいわ」
そう言って壁に背中を預ける恵美子ちゃん。よく見れば息が切れている事に気づく。
ここまで元陸上部の双葉よりも体力に余裕がありそうだったのに、脂汗をだらだらと流して、必死に酸素を肺へと送り込んでいる。
「恵美子ちゃん?」
「ちょっと、疲れただけよ……」
力なく笑う彼女に駆け寄るが、そっと手で制される。
「……悪いけど、ここからは二人で行って。大丈夫、あいつらは今私に夢中みたいだから」
「けど……」
「いいの。復讐者になるって決めた時、復讐される側になるってわかっていたから」
そう言って彼女が地図を渡してくる。
「道はあっちこっち変わっていたけど、大まかになら変わっていないはずよ。だから、行って」
受け取ろうとしない私に業を煮やしたのか、地図が乱雑に押し付けられる。
「……恵美子ちゃんはどうするの」
「出来る限りをするだけよ。パパとママ、そしてお姉ちゃんの仇をとる。貴女達には関係な」
「関係あるよ!」
驚いたように目を見開いた後、彼女はこちらを静かに睨みつけてきた。
「どこが?まさか、ほんの少し一緒にいたからって関係者面するつもり?だったら不愉快よ。やめて」
「違うよ。さっきのグール達が言っていた事もう忘れたの?」
「それは……」
奴らは言っていた。日本の地下にいる人を全員グールに変えてしまうと。そして街の人達を襲うのだろう。
私の家は駅近くのマンションだ。そう大きい駅ではないけれど、ほんの二年前に地下街みたいな物ができた。つまり、そこが奴らの被害にあうかもしれない。
家族も、友達も。みんな怪物にされるか殺されるかもしれないのだ。
「家族を失う恐怖、恵美子ちゃんなら私なんかよりよっぽどわかるでしょ?」
「……なら、どうするつもり?」
「こうする」
そう言って恵美子ちゃんの左手をとって自分の肩に回させ、こちらの右手で彼女の腰を支える。
「私は恵美子ちゃんみたいに戦えない。けど、移動の体力を少しでも節約させる事はできるよ」
「……死ぬわよ」
「死なないかもしれないじゃない。私も、恵美子ちゃんも」
互いに横目で相手の顔を見ながら、言葉を――『妄言』をならべる。
「もしかしたらもう自衛隊や警察が奴らを倒しているかもしれない。予想より早く戦いは終わって、恵美子ちゃんを病院に連れていけるかもしれない。もしかしたら、恵美子ちゃんの体も病院で治るかもしれない」
「なによ、それ」
「可能性なんて、どんなものでもゼロじゃないんだ。ゼロになるのは、諦めた時だってどこかで聞いたよ」
苦笑をうかべる恵美子ちゃんに、精一杯ニヒルな笑みを返してみせる。
「私だってこんな事をしている奴らを倒す理由はある。だから、無関係なんかじゃないよ、恵美子ちゃん」
「………はぁあ」
ほんの数秒無言で考えた後、彼女はこちらへと無遠慮に体重を預けてきた。
「貴女、馬鹿でしょ」
「よく言われる」
「もう色々あーだこーだ言っているのもやってられないわ。好きにしなさい」
「うん。好きにする」
だが、後輩は巻き込めない。そう思って双葉の方へと視線を向ければ、いつの間にか彼女も反対側で恵美子ちゃんに肩を貸していた。
「双葉?」
「その理屈なら私だって無関係じゃありません。手伝います」
「ミスおしっこ……」
「帰ったら絶対にぶん殴ります……!」
「双葉……ううん、ミスおしっこ」
「先輩!?」
敵は魔法使いに化け物達。対するこちらは女子高生二人とそう歳の変わらない子が一人。こちらの最大の武器は効かず、最強の戦力も今にも倒れそうだ。
状況は最悪。なのになぜだろう。今なら、負ける気なんて一ミリもしなかった。
* * *
サイド エド ウルージ
「ど、どうするんだよサイ!」
魔導書を取り落としながらそう叫ぶが、ナイフを磨いていた元同僚は煩わしそうにこちらを見て、また手元のナイフへと視線を戻してしまう。
「なんだよ大声出して。今刃物使っているんだから静かにしてくれよなぁ」
「なにを呑気に言っているんだ!グールの族長たちと連絡が取れないんだよ!誰ともだ!一人二人の話じゃない!全員だ!」
「おー。グールを『人』でカウントする奴初めて見た。なに、家庭もつとその辺変わるのか?」
「今は言葉遊びをしている場合じゃないだろ!?」
「まあ落ち着けって」
まるで物わかりの悪い子供にでも接するように、サイは肩をすくめながら億劫な様子で立ち上がる。
「慌てたってな、俺たちゃここを離れるわけにはいかんだろう。なんせ儀式の用意が終わっていないんだからな」
「ふざけるな!もうそんな場合じゃない。今すぐここから逃げないと!」
「だぁから。それは契約的にだめだろって」
全然話しが通じない。こうなったら僕一人で逃げるべきか。
そう思い魔導書や自前の道具を鞄にしまっていく。
「契約って言ったって、もうグールどもは全滅しているじゃないか!無効だ無効!」
「おいおい忘れたのか?依頼主はグールじゃなくって『企業』だぜ?」
その言葉にびくりと肩を震わせて振り返れば、サイはニヤニヤと笑っていた。
「契約はまだ続行だ。俺達は儀式を続ける義務がある。続行不能な場合を除いてな」
「そ、それはもう儀式なんて無理……」
「無理じゃねえ。贄もなく、術式も不完全でも、『失敗前提の儀式』ならできる」
「そんな無茶苦茶な!」
「……本当に腑抜けたなぁ」
どこか呆れた様子でサイは契約書を取り出すと、指先に魔力の籠った火をともす。
「あちらさんも隠す気はなかったんだろうな。じゃなきゃこんなわかり易い方法使わねえよ」
そう言ってひらりとこちらの足元へ飛んできた契約書を拾い上げれば、今までなかった文言が記されている。それも魔術による制約は発動し、展開中の術式つきで。
「こんなわかって当然の仕掛けに気づいていないとはなぁ……」
「そ、そんな……」
「なあ、もう腹くくろうぜ?かっこいい所見せようじゃねえの、お前の『三十人以上の子供たち』にさ」
「……は?」
三十人?妻との子供は二人だ。いったい何を言っているんだ?
「あん?もしかしてお前、『知らない』のか?」
「なにを言っているんだ。ふざけているのかサイ」
「ふざけているのはお前だよエド」
するりと、馴れ馴れしくも肩を組んでくるサイ。
「?……ひっ!?」
ひたりと、先ほどまで奴が研いでいたナイフが僕の股間にそえられる。
「な、なにを……!」
「俺はてっきり今まで産ませた子供は全部認知して、毎年クリスマスカードぐらい送ってやっていると思っていたんだぜ?だってお前は『堅気』になったんだから」
「だ、だから、なんのことを……!」
「お前だろぉ、商売女じゃ味気ないから街の適当な女を襲おうって言い出したのは」
「っ……!」
確かに現役時代そう言って、三人で適当に見かけた一家を襲った事は何度もある。けどそんなの昔の話じゃないか!
「表の世界で大きな会社に所属している奴らはしらねえが、俺達傭兵なんぞ普段は盗賊とおんなじさ。それが『はいやめました。今までの僕とは関係ありません』なんて通用するわけないだろ?お前は忘れても、相手はきっと覚えてくれているぜ?」
「だ、だからって……というか、数えたのか……!?」
「もちろんさ。俺は命ってやつに敬意をもってる。生まれてくる命に祝福を。死にゆく命に弔いを。浪費する命には喝采を。それが俺のポリシーさ」
「ふ、ふざけるな。今更善人面か……!」
僕たちの中で一番頭がおかしいのはお前じゃないか!
せっかく『まだ使えた』……じゃない。殺す必要のない女子供まで殺したりグールに食わせたり……!命を粗末に扱っている奴が何を言うのか。
「善人なわけねえだろ?俺もお前もさ。それに、個人的には今すごく楽しみなんだよ」
「楽しみ?」
「そう。蒔いておいた種の一つが芽吹きそうなのさ」
にっこりと笑みを浮かべてナイフを鞘に戻すエド。それに気が抜けて数歩後退る。
「十年前さ、日本に三日だけ寄った時ダーツで決めた家を襲ったの覚えてるか?」
「覚えてるわけないだろ、そんな昔のこと……!」
「ひっでぇなぁ、アバドンを見かける少し前だよ。その時さ、クローゼットの中にまだ子供がいたのさ。あの歳ならお前の守備範囲内かな?」
「は?」
「わざと見逃した。仕事の日じゃなかったからな、別にいいだろ?」
「お、お前」
それがどれだけリスキーな行為かわかっているだろうに。自分どころかこっちまで危険にさらされるじゃないか!
「で、同じように見逃したガキが合計十四人いるんだけど、めでたくその一人が俺らを殺しにきたのよ!今日!」
「ま、まさか今回の計画を……」
「その子供に届くように情報屋を使ってな。ついでに地図も」
「ふざけるなぁぁぁぁあああ!」
彼我の戦力差なんて知った事か。奴の胸ぐらを掴んで睨みつける。
「お前のせいで今ピンチになっているんじゃないか!」
「それに関してはすまん。だが、日本のエージェントが来ているのは別件だぜ?いやぁ、大半は無能だが一部には優秀な奴がいたらしい」
割れ物でも扱うようにこちらの手をほどき、こいつは石造りの天井をうっとりと見上げる。
「あー、楽しみだ。きっと人生の全てをかけて俺に会いに来てくれるんだろうなぁ……これほど熱烈な愛の告白ってあると思うか?ロミオとジュリエットも目じゃない大恋愛さ」
「狂ってるよ、お前は……」
もうどうすればいいのだ。契約上、ここで逃げれば呪詛で死ぬ。かといってこのままだとグールどもを殲滅する復讐者か、あるいは日本のエージェントがやってくる。ヨナからも連絡が来なくなっている。恐らく……。
くそ、なんで僕がこんな目に……そもそもエドが強引に連れてきたんだから僕を無事に逃す義務があるだろうが、こいつには……!
「狂ってる?そりゃそうさ。だって俺は人間だもの」
クルリと回った後、踵を揃えて胸に手を当て一礼するサイ。その顔はいつもの軽薄な笑みが浮かんでいた。
「この頭のおかしい世界で一番多く生活しているのは人間だぜ?みーんな狂っているに決まっているだろう?」
芝居がかった仕草で、心の底からサイは告げる。
「一緒に出迎えようぜ、俺の花嫁をよ」
僕の死刑宣告を。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
はて、それにしてもこのグールどもは何をしていたのだろうか。
剣の切っ先で焼け焦げた死体を探る。つい先ほど『今撃たないといけない』と思ったのだが、原因がわからない。
まさか近くに要救助者がいたのだろうか。そう思いながら探していると、足元からパキリと音が鳴る。
「パキリ?」
視線をおろすと、なにやら杯だったと思われる物体を踏み砕いていた。うーん……まあいいか。大した魔力も感じないし、なんか汚いし。
「うーん……」
近くの小部屋に入るが、そこには燃え移ったのか焼け焦げた机や本の残骸。奥には魔法陣の描かれた壁がある。
魔力の流れと第六感覚からこの壁にしかけがあると思い、剣で斬りつけてから蹴り破る。なんとなくだけど手で触りたくなかったので。
「これは……当たりか?」
この隠し通路は僅かにだが他より人の気配が濃い気がする。
他にあてもないし、とりあえずその中を進んでいった。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.グールのAさん
「儂らが美少女じゃないから殺すんですか!?」
A.通りすがりの使徒
「いや、人に害がないなら別に。けどお前ら意思をもって人を襲ってるじゃん」




