第百二話 剣崎蒼太は猥褻物
第百二話 剣崎蒼太は猥褻物
サイド 茂宮 市子
「人語を喋るグール……!」
銃を構える恵美子ちゃんに、しかしグール達は余裕の様子で喋り出す。
「かかっ。人間が使う花火の筒か。若い者達には効くかもしれんが、儂らには玩具にすぎぬ」
「ぬかせ!けだものが人の言葉を喋るな!」
言いようのない不安をかき消すように発せられる三回の銃声。
しかし、放たれた鉛弾はグール達の眼前で制止していた。
「なっ……!?」
「不思議か、人のメスよ」
五体のうち中央にいるグールが左手を掲げる。
それは汚れた杯だった。大昔に西洋の王様が使っていたような金の杯だったのだろうが、赤黒いなにかでべったりと汚れ、掲げた拍子に黒い液体が少しこぼれる。
「我らが五十年間。あの忌々しい『使徒』どもから逃げながらも準備した呪具よぉ。そのような玩具、なんの意味もない」
「しと……?」
なんの気なしにそう呟くと、そのグールがぎょろりとこちらを睨む。
「そうだ!我らの住処を次々と滅ぼすあの使徒ども!海辺の地下にいた者達は食い殺された!都市の地下にいた者達は悪戯に体を継ぎ接ぎされ、ここ数カ月は気づいたら隣の集落が燃え尽きておる!」
「ひっ」
そのあまりの迫力に喉から悲鳴がもれる。だがそれが聞こえていないように、そのグールは怒鳴り散らす。
「貴様ら人間が呼び寄せたのだろう!そうでなければああも我らばかりを狙うはずがない!特にここ最近見つかる同胞達の亡骸。どれも斬り殺されるか焼き殺されるか!生き残った者はおらず、皆殺しにする執拗さ!」
「ここに集まった我らの同胞達も既に大半が死んだ」
「この日に備えて集まったこの国にいる同胞千五百。もはや我らの存続はできまい」
「貴様。貴様だ人のメスよ。お前だけは許さない」
次々に喋り出すシャーマンみたいな恰好のグール達の目が、全て恵美子ちゃんに集まる。
「族長の一人が死に際に念話で伝えてきた。『悪魔の王』が来たのだと。蒼と黒の悪魔が殺しにきたと!」
「その髪、無関係だとは言わせぬぞ」
「いかな贄を用意して召喚に成功したかは知らぬが、楽に死ねると思うな」
「復讐だ!我らの同胞に捧げる復讐だ!」
怖い。怖い。こわい!
ねばつくような殺意が浴びせられる。どうやって殺そうか。どうやって嬲ろうか。どうやって身も心も壊してやろうか。そうした視線が私達の体の上を動き回る。自然と双葉と手を取り合って震えていた。
「ははっ……」
だが、そこに笑い声がほんの一つまみ。
「何がおかしい、人のメス!」
「我らを侮るか!」
「貴様の傍にあの悪魔はいない。制御はできぬようだな、未熟者め!」
口々に悪意をぶつけるグール達に、恵美子ちゃんは嗤う。
「私が復讐『される側』か。いいよ、殺しにくればいい。どちらが先に復讐をはたせるか、競争といこうじゃない……!」
心底馬鹿にした笑みをうかべ、銃を構えなおす恵美子ちゃん。その姿は、何故かとても儚く思えた。
「……かっかっかっか!」
それを嘲笑うように、杯をもつグールが声をあげる。
「そうやって人間どもは我らを侮る。いつまでも進歩のない愚物と思い込み、気づかぬ間に足元を掬われる」
「なに……?」
「何故わしらがこうして長話をしておると思う?」
「っ!?」
「もう既に勝利が確定しているからに他ならぬ。どうやら貴様ら人間は我らが神の召喚を目論んでいると勘違いしているようだが……その必要はないのだ」
神?いったいどういう事だろうか。私達の視線を気にした様子もなく、グールは見せびらかすように杯を揺らす。
「随分と数を減らされてしまった。もはやこの国に残る同胞は我らしかおらぬ。だが、減ったのならば増やせばいい」
「っ、まさか!?」
「そう、そのまさかよ!」
大仰に手を広げ、グールは高らかに宣言する。
「召喚の儀は半ばまでで構わぬ!その術式を流用し、この杯の力をもって日本の地下にいる人間全てを我らの同胞に変える!それらを率いて、国盗りだ!いつまでもこの星を己が物と思うなよ、痴れ者どもめ!」
地下にいる人たち?まさか、国中の地下鉄や地下街の利用者全員という意味なの?
この二十一世紀。地下だって色々な公共機関が整備され、それに合わせて商売をする人たちもたくさんいる。それが全部、あの化け物たちに変えられる?
ぞっとする。人々が突然この化け物に変質し、地上へと溢れて街中で暴れる姿を想像し、背中に冷たい汗が伝う。
「遠き国の者達も、この国の為政者どもも!我らを侮り、我らに喰われるのだ!」
「そんな事、させると思うか!」
続けざまに引き金がひかれ、弾丸が放たれる。だがそれら全て空中に縫い付けられる。
「かかか!無駄、無駄よぉ!さあ足掻け、苦しめ!我らの味わった苦しみを味わうがいい!」
「このっ……!」
リロードしてまた発砲する恵美子ちゃんだが、まるで効いた様子がない。
「先輩っ」
その時、双葉がこちらの手を引いて魔法陣の壁へと駆け寄る。
「双葉!?」
「さっきの本にあった言葉、それを使えば……!」
彼女の口から意味の分からない言葉が紡がれる。それは聞いているだけで不安を掻き立てられる歪な言語で、言いようのない不快感を覚えた。
だが、先ほどまで動く様子のなかった壁が左右に開かれていく。
「ば、馬鹿な!その呪文は尿を浴びた状態で魔導書を読み、排泄物で濡れた手で触れなければ発動できないはず!」
「人間のメスがそうも衛生管理とやらを疎かにしているとは……!」
「よもやあのメス、我らの仲間か!?」
「聞いた事がある。取り換えっ子というやつか?」
「五月蠅い化け物ども!」
なんか、うん。どんまい、双葉。
「よくやったわ双葉!ミスおしっこ!」
「ぶん殴りますよ!?」
発砲しながらさがってくる恵美子ちゃん。グール達の犬みたいな顔に焦りが浮かんだような気がした。
「お、おのれ!ならば見るがいい。この杯の力を!」
「ミスおしっこ!早くこの扉を閉めて!」
「黙ってください!」
双葉が手をかざせば扉が閉じていく。杯のグールは謎の呪文を唱えているが、どうにか先に扉がしまった。もしかしたらあのバリアー的なものを出している間は動けないのかもしれない。
『ふはははは!その扉を作ったのは誰だと思っている!さあ、鬼ごっこを始めようではないか!命がけのなぁ!』
「くっ、『蒼黒の王』よ、どうか私に御身の加護を……!」
恵美子ちゃんが自分の髪に触れながら、祈るように呟く。
『受けよ、我がひじゅ――ガアアアアアアアッ!?』
扉越しにあのグールの声が聞こえてくる。ダメだ。アレには勝てない。
「逃げるわよ!悔しいけど、今はそれしかない!」
「う、うん!」
三人で走り出す。背後からはグール達の未知の言語と雄叫びが聞こえてくる。それに混ざって何かが溶ける様な音や炎が勢いよく燃えている音が聞こえてくる気もする。きっと『秘術』とやらに違いない。
振り返るが、奴らは追ってこないようだ。それだけ余裕があるのだろう。実際、恵美子ちゃんの銃が効かなかった段階で私達にはどうしようもない。
それにしても、まさかそんな恐ろしい計画が進められていただなんて。
想像する。自分の家族が生きたまま食い殺される姿を。想像する。学校の友達が化け物へと姿を変えられる様を。
……逃げていいのだろうか。この事を知っているのは私達だけじゃないのか?もし、もしもそうだとするのなら……。
止めなければならない。絶対に……!
* * *
サイド 海原 アイリ
「とりあえず彼は視線をどうにかすべきですね」
「一理あるわ」
「むしろ万理ありますね」
宇佐美さんの車で移動しながら、私達は九条さんが出してくれたアイスティーを飲みながら某人物について話していた。それはそうと『アイスティーしかないけど、いいかな』と九条さんの口調が崩れていたがなんだったのだろうか。
ちなみに、現在その某人物がいる場所に車は向かっている。どうして場所がわかったかと思えば、なんだか名探偵みたいに新城さんが推理してみせたのだ。SNSとかの書き込みから導き出したとか。うん。よくわからん。
「普段から街を歩けば男性から顔や体をじろじろと見られる事はありますが、彼はもはや性犯罪者もかくやですからね……」
「顔が異能レベルでよくなかったら捕まってるわね」
「見た目はいいのに口と目のせいで三枚目感が凄いですからね、あの人」
そう、某人物とは剣崎蒼太の事なのである。な、なんだってー!
いやうん。私達三人そろって彼の視線について思う所があったわけだ。最近では『見るハラ』?なるものが話題になっているとテレビで聞いたのだが、大丈夫なのだろうか。
「童貞を拗らせた中年男性のねちっこさと中高生の獣性と二十代の息の荒さが伝わってくるんですよね、視線で」
そうため息まじりに呟く新城さんに頷く。
「剣崎さんはエッチな人ですから」
ことあるごとに人の胸を見てくるし、いや、いい人だとはわかっているのだが。それだけに残念さが際立つというか。
「一応本人も見ているのがばれていると理解しているのか、意識してこちらの目を見ようとしてくれますけど……」
「露骨に顔をガン見されるのも気まずいんですよねぇ……」
二人そろってため息を吐く。
はー、まったく。あの人の家臣をやろうなんて物好きは私しかいませんね!あれ、何故でしょう。お婆ちゃんに『油断するな馬鹿孫』と稽古の時投げられた記憶が唐突に?
「そうね……私も剣崎君には常々言いたい事があったわ。スケベすぎるって」
うんうんと頷く宇佐美さん。
「彼は思考もだけど体も性的すぎるのよ」
………なんて?
「服の下は下着だけで、その下は全裸。これが彼に許されるのかしら」
「このお嬢様とんでもない事言い出しましたよ」
戦慄した様子の新城さんに、宇佐美さんは逆に驚いた顔をうかべる。
「え、だって彼、エッチじゃない?」
「視線の話ですよね?」
「ええ、つい見てしまうわね。性的に」
「保護者ー!!」
「はい私です」
「九条さん!?」
え、そこでメイドさんが保護者を名乗り出るの!?
「どういう教育しているんですか。これ本人に言ったら逆にセクハラ扱いされますよ」
「本当に、本当に申し訳ございません。私の教育がいたらぬばかりに……」
あ、そのまま話し続けるんだ。
「待ってちょうだい」
貴女はもう黙った方がいいと思う。
「なんですかお嬢様。なにか弁解が?」
「私の知る限り彼は同性にまで性的に見られていたわ。つまり、彼がエッチな体なのは紛れもない事実ではないかしら?」
「お嬢様」
「なにかしら」
「後でお嬢様のやっているゲームについてお話しがあります。主に年齢制限に関して」
「私二十歳!?二十歳よ黒江!?」
「黙りなさいこのポンコツ駄牛」
「駄牛!?」
何やら主従漫才を始めた二人に苦笑しながら、隣の新城さんに話しかける。
「なんというか、ちょっと驚きましたね……」
「ええ。見た目は大人、中身はポンコツのマスコットかと思っていましたが。とんでもない爆弾でしたね」
「あはは……けど宇佐美さんの言う事も少しわかります」
「……はい?」
「剣崎さんってエッチな匂いしますよね!」
「 」
私の体質もあると思うのだが、彼は妙にいい匂いなのだ。こう、歩く媚薬というか。誘蛾灯というか。
前にどうやって髪や体を洗っているのか聞いたら『近所で売ってる一番安い石鹸とシャンプー』と答えられた時は信じられなかった。
「そう思いますよね、新城さん!」
「え、もしかしてこれ私がツッコミ役するんですか?」
何故だろう。新城さんが凄く遠い目をしている。
「だから、剣崎君の乳輪は絶対大きいって言っているでしょ!」
「お嬢様。そろそろ口に石詰めますよ?」
「剣崎さんの匂いって香水にできないのかなぁ」
「蒼太さん……貴方の同盟者は、今がたぶん一番助けを求めていますよ……」
読んでいただきありがとうございます。
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Q.グール達への攻撃について一言
A.
アバドン
「ガア」
魔瓦
「芸術家としてたくさんの種類の素材を知るべきかなって」
剣崎
「人を襲う人外はとりあえず燃やしますが?」




