第百一話 洗われぬ手
第百一話 洗われぬ手
サイド 剣崎 蒼太
何故だろう。どこかで新垣さんが泣いている気がする。うん、第六感覚の誤作動だな。あの人が『もうやだおうち帰る』とか言う姿なんて想像できないし。
それはそうと、本当にここはどこなんだろうか。体感だがもう三十キロ以上歩いた気がする。
焼け焦げたグールの臭いに辟易としながら歩を進める。
ここにくるまでにあっちこっちに人の遺骨があるは、汚物まみれた場所だらけだは、何故か台座の上に汚物が祀られるように置かれていたりで、もう……本当に……。
本来なら明里と一緒にキャッキャウフフでムフフな時間を過ごしているはずだったというのに。
巨乳、いやあるいは爆乳と言ってもいいJCと!それも物凄い美少女と!デート(願望)ができるはずだったのに!!!
はあ……とりあえず汚物は全て焼却。遺骨はできる範囲で破壊されづらい位置に移動。本当に疲れる。
ついでにやけにグール多くない?なんか千いってない?とりあえず全部斬るか焼いたけど。そういえば去年の十二月を終えてからグールの集団をよく燃やしている気がする。
それはまあどうでもいいのだが。
これ、行方不明の女子高生達が心配だな。こうもグールが多いという事は彼女らが怪物に遭遇する可能性が高い気がする。幸い銃を持っているようだが、それでも不安だ。
明里から時々鉄砲や爆弾について講義を受けるのだが、たぶん彼女らが持つのは拳銃のはず。薬莢の位置と撃たれたグールとの距離から中々に腕がいいのだろう。拳銃って命中率が低いらしいのに、弾丸はきちんと胸に当たっていた。
あくまで第六感覚による勘でしかないが、かなりの努力を積んだ銃撃な気がする。なんなら怨念みたいなものさえ感じた。
まあ彼女らがどれだけ腕がたとうと、拳銃ではすぐに限界がくる。すぐにでも合流しなければ。
だがどうしたものか。道がわからない以上、やはりここまで通りしらみつぶしに――。
「うん?」
第六感覚に反応。しかし遠い。
なんだかわからないが左手側の壁。そこからかなり遠い所で何かが起きている気がする。
理由は不明。状況も不明。だがあちらに攻撃した方がいい気がする。とりあえず左手側の壁に剣で切り込みを入れてから蹴り砕く。
だがまだ遠い。壁が何枚分だろうか。
とりあえずこれを使うか?そう思って腰の後ろから『銃』を取り出す。形状はやたらカクカクとしたメタルシルバーの拳銃に、棒状の物が銃身みたいに突き出して先端に紅い宝石が銀の輪で固定されている。
魔法に関係のない人がみたら玩具の拳銃に宝石がついている奇怪な物に見えるだろう。しかし、これでもれっきとした魔道具である。
先端の宝石部分は俺の血である。これは高校の一件で破損した杖の一部を使った物だ。木製部分が完全に炭化していた事もあり、持ち運びも面倒だなと思ってこの形状に。
正直明里から貰った杖を使い捨てみたいにするのは心苦しかったが、あの子の方から『はあ、いいんじゃないですか?』と言ってくれたので彼女からアドバイスを受け拳銃っぽい形に。ついでに『美国』の装備候補として作った試作品でもある。
この愛の結晶を使うか?だが要救助者のいる場所で遠距離武器を使うのは憚られる。誤射が怖い。
だが本当にあっちの方がやばい気がする。いや本当に気がするだけなんだけど。うーん、だが……。
よし、やはり地道に壁を壊して進もう。もしかしたら射線上に撃っちゃいけない人がいるかもしれないし。誤射してしまう可能性は万に一つ。だが誤射は本当にしたくない。
……あ、なんかこの先に今回の元凶がいる気がする。
「なんかわからんが死ねぇぇぇえええええ!!!」
両手で構えた魔道拳銃の引き金を絞り魔力の導線をつなげ、銃口部に魔力を集中。指二本分の太さをもつ熱線が放たれる。
「おんどりゃぁこんちくしょおおおおおお!」
貴様らのせいで彼女とのデート(メイビー)をドタキャンし、明里を泣かせる事になった(パーハップス)んだ!死んであがなえやぼけぇ!
あとなんとなく人外っぽいから人権もねえぜヒャッハー!
「ふう……」
二十発ほどぶっ放してちょっと落ち着いた。なんか色々とあったストレスが少しだけ晴れた気がする。
魔道具の銃身下部にある四角い部分が下方向に開き、排熱を開始。いや本当はいらない機能なんだが、かっこいいからつけた。明里も、
『絶対につけるべきです。こういう武器はかっこよさが最優先されます』
と言っていたので。
ドロドロに溶けた壁を十枚ほど跨いでいくと、なんか焼け焦げたグールの死体らしきものが三十ほど転がっていた。
それはさておき、射線上に人はいなかったのでよし。女子高生を探す作業に移ろう。
……なんか、言葉にすると俺が凄い不審者っぽいな。女子高生探し。
* * *
剣崎の銃乱射の少し前。
サイド 茂宮 市子
「そ、そんな……」
通路を歩いていると、恵美子ちゃんがそんな声をもらす。
「どうしたの?」
「ここに、ここに通路があるはずなのに……なんで……」
壁を撫でたり叩いたりして確認する恵美子ちゃん。その姿に猛烈な嫌な予感を覚える。
「ま、まさか迷った……?」
「ちょっと待って。確かに情報屋から買った地図には……!」
腰の後ろにあるポーチから折りたたんだ地図を取り出し、地面に広げてライトで照らす。
この地下空間を書きだしているのだろうそれは乱雑に線がいくつも書き込まれていて、私からしたらとても読めた物ではなかった。
「え、これ読めるの?」
「一年かけて読み込んだもの。薬まで使って全部頭に叩き込んだわ」
「く、薬!?」
「ええ。手に入ったのは今年の四月頃だったけど。魔術を使って作られたものだそうだわ。体にいいものではないけどね」
愕然とする私達をよそに、恵美子ちゃんは地図を指でなぞっていく。
「おかしい……確かにここに通路があって……こっちに壁が……地図が間違っている?けどここまでは合っていたし……」
「……その、迷ったんだったら一度引き返しませんか?電車のあった所まで」
「双葉?」
隣を向けば、彼女はどこか思い詰めた顔で恐る恐る恵美子ちゃんに語り掛けていた。
「道がわからない状態で進むのは危険です。だったら戻って、救助を待ちませんか?駅員の人達だって電車がいつまでもこなかったら不審に思うはずですし、警察や自衛隊だって」
「言ったでしょ。奴らは色々な所に潜んでいるって」
「けど、ここまで大事になったら隠蔽なんて!」
「戻るなら貴女達だけで戻って!」
恵美子ちゃんの怒鳴り声に二人そろってビクリと体を固まらせる。
「……今日しかないのよ。私の復讐をとげられるのは」
「あ、えっと。けど本当に危ないよ。ここで迷子になっちゃったら。命あっての物種って言うし。復讐が、その……正しいかはわからないけど。それでもまた別の日に」
「だめなの」
正直双葉と同じ意見だったので説得しようと言葉を選びながら呼びかけるが、きっぱりと切り捨てられる。
「命あっての物種。けど、私は今日までしか生きられないの」
「え?」
そう言って彼女が髪をかき上げて首筋を見せてくる。右の首筋には親指ほどの小さな魔法陣みたいなのが刺青みたいに刻まれていた。
「奴らを殺すには、素面でなんて無理。あっちは何人も殺してきた奴らで、グール達まで従えている。だったら薬でもなんでも頼るしかないの」
「そ、そんな……」
「今の私なら奴らを殺せる。けど副作用でもう長くない。たぶん、戦えるのは今日まで。明日の朝日を見る前に死ぬと思う。それ以前に、復讐を遂げられないなら死んでいるのと同じよ」
「どうして、そこまで」
「どうして?」
顔をこちらに向けた恵美子ちゃんは、泣いている様な笑みを浮かべていた。
「パパを拷問して笑っていた奴も!その横でママとお姉ちゃんに覆いかぶさって楽しんでいた奴も!壊れてしまった皆をグールに食べさせてそれを肴に酒を飲みながら見ていた奴も!私はクローゼットの中から見ているだけだった!」
彼女はくしゃりと、青いメッシュの入った髪を握る。
「消えていくのよ……五年ぐらいまでははっきり覚えていたのに、今はもう皆の声も思い出せない。その時の事が、どんどん頭から消えていく……復讐心を忘れてしまう!」
「それは……」
言葉を詰まらせる双葉の横で、私は小さく深呼吸をした。
「それは、いけない事なの?」
「……なんですって?」
「いっちゃん先輩?」
どろりと睨みつける彼女の目を正面から見据える。
「私には恵美子ちゃんの事情も、ご家族の事もわからない。けど、忘れて前に進む事が駄目なことなの?貴女の命を使い潰してしまうのに?」
「いいわけない!私は見ている事しかできなかった!助けられなかった!なのに、皆の事を忘れてしまったら……本当に……!」
「復讐が正しいのか間違っているのか。それはわからない。けど、恵美子ちゃんはそれでいいの?」
歯ぎしりの音が聞こえたかと思ったら、胸ぐらを掴まれて眉間に銃を押し付けられていた。
「いっちゃん先輩!?」
慌てて恵美子ちゃんに組み付こうとする双葉を手で制する。
必死にすました顔をしているが、内心冷や汗が止まらない。だが、それでもここは引きたくなかった。
「他人のくせに、私の人生を語るな!私の死に方に横から口を挟むんじゃない!」
「じゃあなんで泣きそうな顔しているの?」
「っ!?」
こちらの胸ぐらを放して、彼女は反射的に自分の目元に触れていた。
「死にたくないんでしょ?だったら、生きようよ……」
私みたいな普通の女子高生が、命の重さを語れるとは思えない。しかも相手は小さい頃に家族を目の前で殺された女の子だ。自分と彼女では命に対する経験が違う。
だが、それでも知ってしまったから。脱線して止まった電車。そこで襲い来る化け物に怯える人を見た。勇敢にも挑みかかる人も見た。そして、私達は逃げた。彼らの命を背に、逃げたのだ。
あんなに死ぬのが怖いなんて知らなかった。こんなに追われるのが恐ろしいなんて知らなかった。
死にたくないって、こんな風に思ったのは初めてだった。
「死ぬのは恐いよ。きっと誰だって。だから、死なないでよ、恵美子ちゃん……」
「……なんで貴女が泣くのよ」
「だって……」
今まで堪えていたものが溢れてくる。視界がぼやけ、しゃっくりみたいに声がひきつる。
「ひっく……死にたくないよ。死なせたくないよ。もう、いやだよぉ……」
「いっちゃん先輩……」
左手に暖かい感覚が伝わる。双葉が手を握ってくれているのだと見なくてもわかる。
「貴女がここで何を言おうと、私の寿命は変わらない。もう、どう残りの時間を使うかという段階なの」
「病院に、ひっく。行こうよ。きっと、お医者さんにみせれば……」
「ありがとう。私の死に泣いてくれる人がいるってわかっただけで。もういいの」
涙を拭って視界を確保しようとする。だが次々でてくるせいで一瞬しかよく見えない。
そのほんの一瞬で、彼女が穏やかな笑みを浮かべているのがわかった。
「……途中までは送ってあげる。私も少しだけ引き返して、また奴らの居場所を探すから」
「で、でも……!」
「え、えっと。けど、なんでその地図とここが合っていないんですかね。本当ならここに通路があったんですよね?壁が――」
双葉が空気を変えようとした様子で壁に近寄り、先ほどまで恵美子ちゃんが触れていた場所に手を当てる。
その時だった。がこん。という音がしたと思ったら、重い音と共に壁が押し込まれた後横にスライドしたのは。
「え、ええ?」
「双葉、貴女なにしたの!?」
「い、いや。私にもさっぱり……」
混乱する中、恵美子ちゃんが何かに気づいたようで手を叩く。
「そうか。グールにとって汚物ほど喜ばしいもの。むしろ汚れていて当たり前」
「……え、まさか」
双葉が顔を引きつらせる。
「双葉の手にまだおしっこがついていたのよ!それに反応したんだわ!」
「嘘だ……嘘だぁ……!」
壁に触れた方とは別の手で頭を押さえる双葉。そう言えば、壁に触れた方はさっき『いたした』ペットボトルを握っていた手だっけ。蓋をしめずに走っていたから、手にかかったのだろうな……。
「ありがとう双葉!貴女のおしっこのおかげよ!」
「やめてください……本当にやめてください……」
「照れなくていいわ。これでもかなり感謝しているのよ?こんな状況でおしっこしようなんて普通思わないもの!」
「 」
「どれだけおしっこが早いんだって話だもの!その発想にすらいきつかなかったわ!」
「 」
「やめて恵美子ちゃん。双葉の心はもう瀕死だよ……!」
乙女としての尊厳がぐちゃぐちゃである。
「とりあえず進みましょう。まだこの地図は使えるわ。これなら途中で貴女達を安全な所に逃がす事もできるかも」
そう言って中に入れば、そこには古びた机やボロボロの本棚。そしていくつかの本が散らばっていた。
「えっと……?」
「まさか、二重ロック……!双葉、手を貸して!」
「もう、好きにしてください……」
双葉の手首を掴んだ恵美子ちゃんが、奥の魔法陣が書かれた壁をぺたぺたと触らせていく。
だが今度は反応もなく、うんともすんともいわない。
「おかしいわね……双葉、もう一度おしっこしてくれる?」
「勘弁してください……」
なんかもうあの後輩泣きそうである。がんば。
ふと気になって、床に散らばっている本を見やる。埃をかぶっている上に外国語のようで、題名すらもよくわからない。
「恵美子ちゃん。この本ってなにかわかる?」
先ほどの事もあり少し気まずいながらも問いかけると、彼女も一瞬目をそらしてからこちらに歩み寄ってくる。左手に双葉の手を掴んだまま。
「さあ……もしかしたらあの扉に関係があるかも。少し調べてみましょう」
「そうだね」
「帰ったら……帰ったらちゃんと全身洗うんだ……」
三人でそれぞれ手分けして本を手に取る。私が手に取った本は動物の革なのか。表紙の手触りが少し変な本だった。
開けて読んでいくのだが、あっちこっち虫食いだらけで全然わからない。しかも英語、なのか?けど文法が変な気もする。まあ英語の成績はあまりよくないので自信はないのだが。
ただ読めないし読みづらい物を無理に読もうとしたからか、なんだか気分が悪くなってきた。吐きそう。
「市子……吐く時はあの魔法陣に吐きましょう……なにか効果があるかも……」
「う……わかった」
私と同じで気持ち悪そうに顔を歪める恵美子ちゃんに頷く。
そう言えば双葉はどうしたのだろうか。あの子は勉強もできる子なので、英語もある程度辞書なしで読めるのではないだろうか。
そう思って彼女に目を向けるが、あちらの視線は本に固定されたまま。
「双葉?」
ペラペラと、普通ならありえない速さで彼女はページをめくっていく。目は見開かれ、口は半開きで涎まで垂れている。
え、待って。呼吸してない!?
「双葉!」
慌てて肩を掴めば、その衝撃で彼女の手から本が滑り落ちる。
「かひゅっ、ごほっ!ごほっ!」
「大丈夫?あんた息してなかったよ!?」
せき込む彼女の背中を撫でてやる。彼女のホットパンツに染みが広がっていっているが、気にしている余裕はない。
「い、いっちゃんせんぱい……?」
「ゆっくり呼吸して。私の口を見て、同じペースで」
「すぅ……はぁ……」
昔弟が過呼吸になった時、お母さんがしていたのを思い出す。状況は違うだろうが、他に参考もない。
幸いな事に双葉の呼吸は正常に戻った。ただし、その顔は青白いままだ。
「なにがあったの?」
「わかりません。あの本を読んでいたら聞いた事もない言葉がたくさん頭に浮かび上がって……何故か目を離す事もできなくって……私、私一瞬だけど……」
人の肉を食べたいって思ってしまったんです。
そう呟いた双葉の目は、どこかこちらをなめまわす様なものの気がした。
「ほお、それはよい。同胞はいつでも歓迎するぞ」
「「「っ!?」」」
突然聞こえてきたその声に、慌てて入口の方を振り返る。
そこから少し離れた所に三十ほどのグール達がいた。だが今まで見てきたような者達とは違い、先頭の五体の様子がおかしい。
いや、おかしいというか……装飾をつけているのだ。汚らしいボロ布を体に巻き付け、ここからでも刺激臭がする。なんでさっきまで気づけなかったのだろうか。もしかして、私も双葉みたいに本に魅入られていたのか?
色合いや汚さ以外は映画で見るシャーマンの様な格好をした五体のグール。その後ろに従うように、二十以上のグール達が整列していた。
読んでいただきありがとうございます。
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復讐へのけじめのつけ方って難しい……。




