第百話 アマルガム・トルーパー
第百話 アマルガム・トルーパー
サイド 新垣 巧
「クリア」
「クリア」
「よろしい。前進だ」
もはや迷宮と言っていい地下空間。地面に作ったばかりの赤い水たまりを踏みつけて、ゆっくりと進んでいく。本当は避けて歩きたいが、あいにくと隙間がない。
それにしてもとんでもない数だ。ここまでで既に百は射殺している。残弾にまだ余裕はあるが、これは思った以上の数がいるらしい。もしかしたら日本にいるグールの大半が集まっているのではないか?
そもそもこの地下空間がこうも入り組んでいるのは、建設に関わった県知事が『都合のいい時以外は地上に出てこないでほしい』という思惑とグール達側の無計画な拡張工事が重なった結果だ。
つまり、ここの正確な地図など誰も持っていない……はずだ。
どうも嫌な予感がする。もしかしたら……いや、間違いなく。ここに来ている傭兵は地図を持っている。
ここにくるまで罠らしい罠もなければ、効果的な奇襲もなかった。それが逆に怪しい。まるでそう、もっと威力を発揮できる場所を知っているかのようだ。
「各員、警戒を怠るな。陣形を崩すことなく、訓練通りにいけ。そうすれば勝てる」
「「「了解」」」
となれば手堅くいくとしよう。それも相手の狙い通りかもしれないが、こちらとしては班員と自分の命を軽率にかけ金へ変えるわけにもいかない。
個人的な伝手で得た情報から、米国より派遣された傭兵は三人。
一人は『サイ・パーコス』。
魔術師ではあるが専門はなく、浅く広くの半端者。どの分野においても二流か三流どまり。
だが代わりに『軍人』としての戦闘技術は非常に高く、かつてはあの『シールド』にも所属していたとか。ただし、捕虜への違法な拷問や命令無視もあって不名誉除隊となった。もっとも、裏向きの事情でもっとやらかしているのだが。今は『企業』の飼い犬だ。
二人目は『エド・ウルージ』。
サイとは逆に魔術。それも召喚に関する物に特化しており、一流とまではいかずとも準一流程度の腕があると予測される。
十年前に裏の業界からは引退したらしいが、今回サイからの要請で戻って来たらしい。今は真人間を装って生活しているが、今も昔もこいつは『けだもの』だ。娘には近づけたくない人種である。
……まあ、それを言い出したら裏側の人間は全員近づけたくないが。
そして三人目――。
「Bの2」
素早く二手に分かれ壁際に体を張りつけ、前方に銃を構える。
「おお、おお。いい鼻してるじゃねえの。猿どもがよぉ」
魔術で眼球を強化。薄暗い地下通路を、進行方向の曲がり角から半身を出している影を捉える。
それは一見コスプレのようにも見える全身鎧だった。中世風の鎧は青く彩られ、頭部にはトサカの様な飾りまである。
だが関節は異様に膨らみ、硬い摩擦音が微かに聞こえてくる。
そしてその武装。盾と籠手を融合させた様な両腕には三本の鋭利な突起があり、背中から伸びているサブアームには右側にサブマシンガン。左側は一瞬しか見えなかったが……グレネードと思しき物が装備されている。
「なるほど、君がヨナ・リーか」
「ふはっ、俺の事を知っているのか?もしかしてファンか?」
「いいや。だが有名人だからね」
悪い意味でだがな。
詳しい経歴は不明だが、こいつの『趣味』は有名だ。それ自体はこの業界では珍しくない『拷問』である。
だがこいつが悪い意味で有名なのは病気のせいだ。
拷問とは本来『相手から情報を引き出す』『見せしめとして恐怖を突き付ける』などの目的がある。
しかしヨナは違う。『拷問の為の拷問』。意味もなく相手を痛めつけ、嬲り、心も体も徹底的に破壊する。
いかれたリョナ趣味のクソ野郎だ。ついでに言うと慢心家。
だがそんな三流の脳みそを持っている彼がここまで生き残れている理由は二つ。悪運とその戦闘能力に他ならない。
「そうかいそうかい。で、日本の猿どもがなんのようだ?ここは動物園じゃないぜぇ」
「実は迷子でね。案内をお願いできないかい?お礼はバナナでいいかな?」
あちらも流石に全身をこちらにさらすような馬鹿はしないか。狙うとしたらあの辺か?
そっと後ろ手にハンドサイン。
「いいぜ!お前にはとっておきのツアープランをご用意だ。そう、じご」
「撃て」
「くへって、マナーがなってねえなぁ」
奴の右肩につけられたサブマシンガンが角からこちらに突き出された瞬間、細川君の弾丸がそれに着弾。銃身を破壊する。
「っと、いい腕だなおい。だがよお」
ヨナはすぐさまサブマシンガンをパージすると、あろうことか角から飛び出してこちらに走って来た。
「俺が得意なのは接近戦でなぁ!」
「趣味の間違いだろう!」
両手の盾を掲げなら走り、更に左肩のグレネードを放ってくる。こちらの眼前で炸裂するそれは煙幕だったようで、元々悪かった視界を最低にまで引き下げる。
こちらも迎撃するが狙いが定まらない。いくつかは当たったようだが、サブマシンガンの弾では装甲に弾かれて火花を散らせるだけだ。
「行けよグールどもぉ!」
『『『ガアアアアッ!!』』』
そして、煙幕の中から飛び出してきたのはヨナではなく大量のグールだった。その数、およそ十五。自分を盾に奴らを接近させたか。
「竹内君!」
「了解!」
だがそれらが囮なのは一目瞭然。自分の眼前に突っ込んできた青の巨体が放った拳を仰け反るようにして避ければ、横からヨナにタックルが仕掛けられる。
「ぐおっ!?」
吹き飛ばされ壁にめり込んだヨナだが、中々に性能がいい鎧らしい。大したダメージは見受けられない。
「いってぇ……なるほど。それが噂に名高いオリジナルってやつか」
小さく響く駆動音。鈍く光るダークメタルグレーの各所を覆う鎧に、その下の真っ黒な衣服。関節からは魔力仕掛けのモーターがうなりを上げ、ただそこにいるだけで強い威圧感を放つ。
体表の魔力は循環し、まるで海を纏っているかのようだ。右手にサブマシンガン。左手に特別製の強化ライオットシールドを携えて、『アマルガム・トルーパー』が立ちふさがる。
トルーパー装備の竹内君を横目で確認しながら、それ以外で密集陣形をとりグールを迎撃する。
どうやら追加が来ているらしく、最初の十五体を倒した後も後続が襲い掛かってくる。
「ははっ!そいつを持ち帰れば報酬はいくらになっかなぁ、おい!」
「戦闘を開始します」
殴りかかるヨナ目掛けて竹内君が発砲。連射される九ミリ弾は並みの鎧であれば簡単にハチの巣だが、青の鎧は盾以外の箇所が受けても僅かなへこみしか受け付けない。
「そんな豆鉄砲が!」
放たれるジャブ。それを竹内君は盾で受けるが、拳銃弾までなら数発は耐えられる特殊改造済みのそれが一撃で大きくひしゃげ、続く左手の拳で吹き飛ばされる。
「おせえ!」
更に距離を詰めての右拳。フックで顔面狙いをしてきたそれを、竹内君は『掴んで止めた』。
「なっ」
ギシリと止められた腕に、ヨナの体が不自然に固まる。その隙を逃さずに至近距離でサブマシンガンが乱射された。
立て続けに発せられる火花が薄暗い通路を照らし出し、弾が発射される破裂音と鎧にぶつかる硬質な音が響き渡る。
「ぬぅめるなぁ!」
ふらつく体だろうに強く地面を踏みしめて耐えたヨナが、小刻みな左拳を突き出す。
それを相手の盾を放しながら離れた竹内君から、ヨナが全力で距離をとる。
大方接近戦は不利と踏んで下がり、来た方向にあるだろうキルゾーンに誘い出したいのだろう。彼の右手の盾が指の形にへこんでいるのだ。それに気づけたのなら誰だって接近戦は不利と悟る。
だが彼は一つ思い違いをしている。
「このっ!」
躊躇なくこちらに背を向けて走るヨナ。だが左肩のサブアームは後ろを向き、その銃口を見せてくる。
既に竹内君の脹脛にあったローラーは足裏へとスライドし、回転を始めている。
「ふっとべよ、猿ども!」
けたたましい音をたてて、トルーパーが、『騎兵』が駆ける。
煙幕から実弾に切り替えられていたのか、爆風と破片が散らばる。だがそこには既に騎兵はいない。背後の爆風さえ加速の一助とさせ、青の鎧に肉薄する。
「は、はやっ」
咄嗟に放たれた裏拳。それに竹内君が振るった大型ナイフが衝突する。
「――は?」
拮抗は一瞬。竹内君のナイフは振りぬかれ、ヨナの左腕は斬り飛ばされた。
「んだ、よ!」
それでも止まらなかったのは流石この業界を二十年近く生き抜いたプロと言った所か。
ヨナは斬り飛ばされた腕には目もくれず、反動さえも利用して体を反転。右の拳を竹内君の左胸目掛けて放つ。
だがそれは彼の左手を挟みこまれて受け止められる。轟音が響くも腕は胸につく事はなく、しっかりと拳を受け止めていた。それも、遠目だがダークメタルグレーの籠手に傷一つついていない。
「うそ、だろ……!?」
跳ね上げられる右腕。そして竹内君の蹴りがヨナの左膝を横から刈り取り、関節のモーターごと破壊する。
「が、あああああ!?」
そうされれば立っている事もできない。ヨナが崩れ落ちるように倒れた所に、竹内君が彼の右腕を踏み潰す。
「殺しますか?」
「ま、待て!話す!殺すな!」
こちらも最後のグールを仕留めた所だ。煙と銃声で耳と鼻が馬鹿になりそうだが、生き残りや伏兵に警戒しつつ彼らの方へと歩み寄る。
「クライアントの事もなんでも話す!この装備だって気になるだろ?だから」
「やりなさい」
「はい」
竹内君のナイフがするりとヨナの首を落とす。ごろりと転がった頭から兜を引っぺがしてから念のため眼球に二発。よし、死んだな。
「『死人に口なし』と言われるが、うちの業界なら死体の方が饒舌だと君だって知っているだろう?」
足元に転がるヨナにそう言ってから、小さく息を吸う。
「竹内君。ご苦労。トルーパーの調子はどうかね」
「良好です。攻撃を腕で受けてしまいましたが、装甲、駆動部ともにダメージありません」
「君自身は?」
「問題ありません」
「よろしい。各員、状態の報告」
異常なしの報告を聞きながら、手に持っている青い兜にチラリと視線を向ける。
たしか……『インクイジター』だったか?錬金術を正しく導く異端審問官だったかな、この機体の由来は。
上に提出したトルーパーのデータがアメリカに引っこ抜かれ、それをベースに作られた機体だと知り合いの情報屋からは聞いている。なんでも一機作るのに日本円で一千万から三千万ほどかかっているとか。
正直、データが海外に流出するのは想定内だ。うちの国にそこまでの防諜能力があるなんて期待していない。むしろ、現物を盗まれたり堂々と『取引』されたりしないだけ御の字だ。上も頑張ったらしい。
だが、データだけではこの辺が限界か。
焔……『蒼黒の王』が作り上げた魔導の鎧。魔力仕掛けのこのパワードスーツは、人間に人外の力を容易に与える。そのうえ表面を循環する流体魔力はライフル弾であっても装甲を傷つけるのは難しい。
それが装着難易度は鍛え上げた自衛官や警官なら誰でも装備可能。魔力消費も少なく、常人でも一時間以上は連続戦闘が可能。形状も鎧なので、既存の武器を持たせる事もできる。一緒についてきた大型ナイフにいたっては異常な切れ味と強度だ。
ヨナ・リーは決して雑魚ではない。問題児だが裏の業界でも有名なだけはある。だがそれがこうも簡単に、正面からの勝負で人間に負ける。それがトルーパーの性能を物語っていた。
残念ながら今の日本ではこれのコピー品すらまともに作れない。この分だと、海外もここまでの性能は出せていないか。
流石にこんな傭兵に海外で使わせたのだから、これが限界ではないのだろう。だが、ここから数段上とも思えない。
「ふむ」
彼の、『蒼黒の王』の力には遠く及ばないか。あちらもトルーパーが全力の品だったとは思えないし。
……それはそうと、こっちとしては情報が漏れるのは想定内なのだが。その辺、かの王はどう思っているのだろうか。
いや、だって職務中に受け取った報酬だから、上に提出しないわけにもいかないし。そもそもこんな代物着服したら絶対に命を狙われるし。じゃあもう上に投げるしかないじゃん?こっち公務員だよ?
けど……もし、もしもだ。これがあの王にとって特別な意味があった場合。
『ほう。人間風情が我のくれてやった褒美を粗末に扱うか。であれば、貴様らの魂も同様に扱っても構わぬな?』
うーん。ぽんぽんいたい。
だ、大丈夫だ。話した感じ向こうもこうなる事は想定済みの雰囲気だった。だからセーフ。セーフのはず。
けどなぁ……この業界って強い者ほど突然豹変したり裏の顔があったり、こっちが気づけてないだけの狂暴性とかあるんだよなぁ。
「ふっ、諸君。それでは仕事を続けよう。気を抜かず、かといって気負い過ぎないようにね」
あー、もう全て投げ出して娘とハワイ行きたーい。貯金はもう三回人生を仕事しなくていいぐらい稼いでいるんだから、退職したーい。
はい。だめですね契約があるうえに後任が『蒼黒の王』関係でやらかしたら世界終末ですもんねわかってるよ畜生め。
……あ、やばい。なんか胃から変な音聞こえてきた。
読んでいただきありがとうございます。
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実際の剣崎
「え、トルーパーの情報が流出した?はあ、それは大変ですね」
蒼黒の王
「死ぬがよい」
新垣
「ぽんぽんいたい」




