プロローグ
プロローグ
サイド 茂宮 市子
「今日のライブよかったよねぇ」
地下鉄に揺られながら、隣にいる友人兼後輩にそう話しかける。
六月に入り蒸し暑い季節になったが、電車の中は空調が効いていて快適だ。ライブの余韻に浸るのにちょうどいい。
「もういっちゃん先輩、それ五回目ですよ」
ジト目でこちらを見てくる後輩、『茂野双葉』に笑みをうかべる。
「何回話しても語りたりないよ。やっぱ『やわらかデスメタル』さん達は最高だね」
今日は同じ高校に通う軽音部の双葉とバンドのライブを見に行ったのだ。一時期活動を休止していたのだが、この前から再開したのだとか。今日が再開はじめのライブだった。
それを見逃すわけにはいかないと、同じ部活であり同じバンドを推している仲のいい双葉と一緒に足を運んだわけだ。
「もうあの歯ギターどうやってやってるのか教えてほしいよねぇ」
「ですね。けど個人的にはエアギターの方も教えて欲しいです」
「それそれ!私、何も持ってないはずなのに本当にギター壊しちゃったって思ったもん!あの素振りで!」
「ちょ、先輩声が大きいですよ」
「あ、ごめん」
休日の車内だが、人はまばらだ。偶然にも座れたのは幸運だったが、それでも騒いでいい理由ではない。
「もう、いっちゃん先輩はがさつなんですから」
「なにを~?胸と一緒で生意気ですなぁ双葉ちゃんや」
「胸は関係ないじゃないですか……!」
後輩の後輩にあるまじき胸をジロジロと見ながら、指でつつこうとしてはたかれた。
「いった~」
「もう、あんまりふざけないでくださいよ」
「え~、私と双葉の仲じゃ~ん」
「時と場所を考えてください」
「はーい」
そんないつものやり取りをしていたら、自分達の座る席の前に人がやって来た。
しまった、騒ぎすぎたか?
「あ、すみません。うるさくしちゃって」
「いいよいいよぉ、おじさん若い子がそうやって仲良くしているの好きだからさぁ」
うっわ酒くさ。このおじさん顔も赤いしどう見ても酔っぱらってる。
「は、はあ」
「おじさんも混ぜてよ。若い子とお話ししたいなぁ!」
「すみません私たち次の駅で降りるので。いこっ、双葉」
後輩の手を取ってドアに向かう。本当はもう一つ先だが、こういうのは関わらないに越した事はない。
だがおじさんは私達の前に立ちふさがってきた。
「え~、さっき前の駅でたばっかじゃん!逃げないでょ~」
「いや、本当に勘弁してくださいよ」
「なんだぁ、馬鹿にしてんのかぁ!!??」
「してないですって」
唾まで飛ばして怒鳴ってくるおじさん。うわぁ、なんでこんなのに絡まれちゃうかなぁ。
もう車掌さん呼んじゃおう。そう思った所で声がかけられる。
「そこの人、おやめなさい」
「ああ?」
割って入ってきたのは、見るからに真面目そうな七三眼鏡スタイルの青年だった。
「黙って見ていればあまりにもマナー違反。それ以上は警察沙汰ですよ。ご自分の為にもお止めになったほうがいい」
おお、流石『ザ・委員長』という見た目だ。言っちゃえ言っちゃえ。
いやぁ、まさかこうして助けがくるとは。今の若者も捨てたもんじゃありませんなぁ。なんて、私も高校生なのだが。
「マナー違反だぁ?電車で騒いでいるそいつらだってそうだろうがよぉ」
「それは本当にすみませんでした」
うん。その事に関しては申し訳ない。けど口頭で注意にとどめてほしいんだ。少なくとも絡んでくるのはやめてくれ。
「彼女たちはいいのですよ」
「ああ?そんな不公平な」
「百合でしか得られない栄養もあるんです」
どうしよう。もっとやばいのに絡まれたっぽい。
「……は?」
「いいですか?女学生百合カップルというのは決して触れてはならない禁断の花園。そこに踏み込むのはマナー違反です」
いや百合カップルじゃねえよ。
「カップルだなんて、そんな……」
そして双葉も顔あからめんな。え、まさかそっちなの?
「間に挟まりたい。その気持ちは分かりますとも。ですが、その様な蛮行、たとえ神が許そうとこの僕が」
「うるせえ!!」
「がはっ」
「え、きゃああああ!?」
嘘、おじさんが突然庇ってくれていた青年を殴り飛ばしたのだ。
そこまでやるか普通!?
「くっ、突然の暴力とはなんという危険人物。そんなにも百合カップルの太ももを舐めたかったのですか……!」
「お前だって危険人物だろうか!」
……いや突然暴力にはしるよりは、見ているだけな分マシでは?どっちも近づきたくないけど。
どうしよう。この場から立ち去りたいが、ここで自分達がいなくなると後で七三眼鏡さんが警察の相手で困るかもしれない。さすがに庇ってくれた人を放置するわけにもいかないし。
ずれた眼鏡をかけなおしながら、七三眼鏡さんが立ち上がる。
「暴力に訴えるのであれば仕方がありません。こちらも相応の対応をしましょう」
「はっ、やろうってのかお坊ちゃん。俺は通信空手初段だぞこらぁ!」
それは凄いのか?
「ふっ、僕が編み出した48のセクシー拳法。お見せしましょう」
絶対に見たくない。なんで48にしたよ。
「双葉、いったん離れよう。そして車掌さんにこの事伝えよう」
「え、今時の電車って車掌さんいるんですか?」
「……さあ?」
その時だった。突然甲高い摩擦音が響いたかと思ったら、とんでもない衝撃が襲ってくる。立っていたのも災いし、体が前方につんのめって倒れ込む。
「双葉!」
咄嗟に後輩に抱き着いて頭を胸に抱える。そして目をつぶって衝撃に備えたのだが……。
「あれ?」
痛くない。かなり勢いよく倒れたし、その後もぐわんぐわん揺れたはずなのだが。
薄っすらと目を開ければ、紅い膜の様なものが一瞬だけ見えた。それはすぐに消えてしまったのだが、自分達を包み込んでいたような気がする。
起き上がって周りも見回したら、うめき声をあげながら立ち上がる他の乗客達にもこれといった外傷が見当たらない。どういう事だ?
『ザザッ……現在線路に異物が……ザザッ……緊急……』
アナウンスが流れるが、ノイズだらけで何を言っているのかよくわからない。線路になにかあったのか?
「双葉、大丈夫?」
「は、はい。いっちゃん先輩こそ」
「大丈夫。なんせ先輩だからね」
「なんでそうなるんですか」
二人で立ち上がると、少し離れた所でさっきのおじさんと絡み合った七三眼鏡さんが『尊い』とかこっちを見て呟いていた。うん、大丈夫そうだな。
「これ、いったいどうしたん」
『ぎゃあああああああああああ!!!!』
「えっ!?」
先ほどまで上手く聞き取れないながらも落ち着いた様子で流れていたアナウンスから、突然悲鳴が聞こえてくる。
『ば、化け物!……ザザッ……く、くわれ……いやだぁぁああ!』
化け物?いったいどういう事だろうか。
疑問符を浮べていると、ドアの方に別の乗客が歩いて行くのが見えた。
「え、勝手に開けていいんですか?」
その乗客がドアを開けようとしていたので、咄嗟にそう呼びかける。
「こっちはこの後大事な商談があるんだよ。こんな所で立ち往生してられるか」
休日なのに大変だなぁ……じゃなくって、いいのかこれ。
止めるべきか悩んでいる間にその乗客がドアを開けてしまった。彼はおっかなびっくり外へ降りて、スマホのライトで足元を照らす。
「まったく、なんでこの忙しい時によりによって」
そうぶつくさと言っていた男の人だが、何かを見たのかギョッとした顔で車内へと戻って来た。
「ひ、ひぃいい!?」
「え、どうしたんですか」
車内に戻ろうとしたのか、開けられたドアの淵を掴む男性。だが思ったより床が高いのか登れない様子だ。
「も、戻してくれ!早く!」
「いったい何が」
そう言いながら七三眼鏡さんが近付いていくと、男性が大声で怒鳴る。
「化け物がくるんだよ!早く助けてくれ!」
直後だった。男性の体が浮き上がり、車内へと放り込まれたのは。
「ぎゃぁ!?」
「うわっ!」
咄嗟に受け止めた七三眼鏡さんが、男性諸共吹き飛ばされて倒れ込んだ。
だがそちらを気にしていられない。べちゃりと、そんな音をたてて一体の『なにか』が上がり込んできたのだ。
『ぐひっ……』
それは犬みたいな顔をしていた。猟犬を彷彿とされるシャープな顔立ちながら、ブルドックみたいに潰れた顔立ち。
しかし体毛はなく、ゴムみたいな皮膚が露出している。猫背ぎみながらその背丈は天井に届きそうなほど高く、手足の先にはクマみたいなかぎ爪が生えている。
どう見ても仮装の類ではない。この腐った生ごみみたいな臭いは間違いなく本物だ。
見た事も聞いた事もない化け物が、目の前にいた。そいつは口元から涎を垂れ流しながら、私達を舐め回すようにみている。まるでそう、獲物をどうやって食べるか考えているように。
「逃げろ!走れ!」
そう声をあげたのは七三眼鏡さんだった。彼は意識のない男性を脇にどかせると、怪物に向かって掴みかかった。
それと同時に、車内を悲鳴が包み込む。たぶん他の車両からも聞こえているのだろうが、今は自分が悲鳴を上げているのかもわからない状況だ。
どうする、どうすればいい。双葉の手を固く握りながら、視線を巡らせる。
まだタコが出来たばかりの手をした後輩を守る為にも、私がしっかりしなくては。
「こっち!」
「せ、先輩!」
七三眼鏡さんと揉み合っている怪物の脇を抜けて、電車から跳び下りる。よろめく双葉を支えて、スマホを取り出して足元を照らした。
「いっちゃん先輩、外には化け物が他にも」
「いいから、こっち!」
あの狭い車内じゃ逃げ場なんてない。あんなどう見ても肉食の怪物に人が接近戦で勝てるわけがないのだ。
最初に運転手さんがあげたと思しき悲鳴。そこから大した間をおかずに自分達の車両だけでなく他からも悲鳴があがった。つまり、化け物は複数いる。
だがこのタイミングで化け物が乗り込んできたという事は、きっとあいつらが電車を止めたんだ。きっと乗客を食べるために。
だったらあそこから離れないと。奴らが次々と押し寄せてくるに違いない。
……最低だ、私。他の人達を囮にして逃げようとしている。けどせめて、後輩は守らないと。
「あっ」
「きゃぁ!?」
だが暗い中を走ったのが悪かったのか、双葉が転倒してしまい手をつないでいた自分も引っ張られるように転んでしまう。
「いったぁ……」
「すみません先輩!」
「いいよ、それよりに逃げ、後ろ!」
「え?」
転んだ時に手放したスマホのライトが、双葉の後ろにいた怪物の姿を暗がりに照らし出す。
まるで人間みたいに嗤いながら、怪物が右腕を大きく振りかぶっていた。
「双葉!」
呆然とそれを見上げる彼女に、怪物の腕が振り下ろされる。その時。
「伏せて!」
凛とした声が響いたかと思ったら、大きな破裂音が二回。本能的にその音に体を固めていると、怪物がゆっくりと後ろ向きに倒れ伏した。
「こっちだ。こい!」
「あ、え?」
「立って、走って!」
双葉を引き起こして声のした方へと走る。スマホを落としたままだが、そんな事は無視だ。
慌てて走っていくと、突然光に照らされて目を細める。
「ここに入れ。隠し通路だ」
「は、はい」
何か重い音がした後、促されるまま跳び込む。重い音が今度は後ろでした頃、ようやく目が慣れてきた。
「あ、貴女は?」
肩で息をしながらそう問いかければ、黒髪に蒼いメッシュをいれた女の子がこちらを睨む。
「……別に。ただの復讐者よ」
私とそう変わらない年齢のその女の子は、びっくりするぐらい冷たい声でそう吐き捨てた。
* * *
少女達の脱出劇から、十分後。
サイド 剣崎 蒼太
暗い地下鉄の線路に立ち、途方にくれる。
「七三先輩のいう女の子達って、どこだよ……」
今しがた斬り捨てたグールどもの死体を避けて歩きながら、思わずそう呟く。その声に答える者はおらず、ただ少しだけ反響するだけだった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
※今章はギャグ回です。深く考えずにお楽しみください。
茂宮市子
モブ一号。高校二年生。茶髪ボブカットの少女。AP●は11ぐらい。胸はC。
茂野双葉
モブ二号。高校一年生。黒髪ロングの少女。A●Pは13ぐらい。胸はF。
謎の少女
謎の少女。黒髪に蒼のメッシュ。AP●は14ぐらい。胸はB。




