エピローグ 上
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サイド 剣崎 蒼太
寝そべったまま深呼吸を二度。それだけで立つ事もままならなかった肉体が万全なものへと変わる。
「剣崎君!!」
「はい」
「えっ」
なにやら宇佐美さんが慌てた様子で駆け寄ってきたので、返事をしながら立ち上がる。
「え、今、え、死にかけて……」
「ええ。ですが治りましたので、大丈夫です」
「そ、そう、なの……?」
手の中を見れば、そこには炭化した杖が。
木製部分は自重だけで崩れていき、咄嗟に左手で先端の金属部と血の結晶を受け止める。金属部も溶けて変形しているうえに、結晶もヒビが入っていた。
まあこの部分が本体だから修復は可能か。
「宇佐美さんこそだいじょう、縮んでるー!?」
宇佐美さんの素晴らしすぎるお胸様が縮んだわけではない。そんなもの世界の終焉だ。
縮んでいるのは九条さん。その身長である。見た目今の自分とそう変わらない年齢だったのが、今は小学生ぐらいにまで全体的に幼くなっている。
「お嬢様と剣崎様の後ろに行く途中熱でだいぶ減ってしまったので」
「え、大丈夫なんですかそれ」
「お構いなく。今考え事をしているのでお静かに」
「あ、はい。すみません」
なんかよくわからんけど悩んでいるらしい。
まあ、こちらも別に用があるしいいのだが。小さく咳ばらいをしてから、校舎の方に体を向ける。
「生徒会、集合!」
「「「!!??」」」
そう声を張り上げれば、ランス、晴夫、グウィン、黒木が遠目にも焦った顔でこちらに駆けてきた。
「会長、俺は貴方に……」
「後でな」
「会長と共に戦えて嬉しかったです!」
「そうか」
「そうちゃん、僕……」
「お前も後」
「家を出てからの記憶が曖昧なんですけど……」
「知らん」
それぞれ喋り始める元生徒会メンバーを黙らせてから、帽子を脱いで手に持つ。
「全員正座」
そう言って自分もその場に正座する。彼女コーデ(自分調べ)を土で汚すのは気が引けるが、もう今更かもしれないので諦めた。
ランス達もグラウンドの上に俺と対面する形で横一列で正座する。
「まず、色々あるけれど来週反省会を開く。各自反省文を持ち寄るように。俺も書くから」
「え、いや会長に責など」
「ある。各自何がいけなかったか、それぞれに対する思う事、自分の改善点と方法、今後どうしていくのか。書式は昔生徒会で使っていたものでやるように」
「は、はい」
正直、自分も色々と至らぬところがあったと思うのだ。
自分の将来ばかりを考えて、仮にも生徒会長という役職ながら役員たちの事を碌に知ろうともしなかった。所詮中学の生徒会とは言え、自分の意思でなったのならそれぐらいはするべきだったのに。
よくよく考えたら、自分はそれぞれについて知らなすぎたのだ。知る機会ならいくらでもあったはずなのに。色々忙しかったのは言い訳にしかならない。
「それとグウィン。お前は今回の一件について知っている限りを書面にしてもってこい」
「うん……」
「あと土下座な」
「会長っ」
「ううん、ランス君。むしろ、僕は許されるべきじゃない。本当に、ごめんなさ」
「俺にじゃねえよ。他にいるだろう謝らないといけない人達が」
何を勘違いしているこの馬鹿ども。
「まずおじさんとおばさんにだ。そして今回の件で迷惑をかけた人達。色々いる。行きづらい場合は俺も……いや、ランスについていってもらえ」
もう幼馴染という立場の俺よりも、恋人であるランスが行くべきだろう。自分がいると話しがややこしくなる気がするし。
「以上。それぞれ色々と言いたい事、謝りたい事はあると思うが今夜はここまで。今は何やってもぐだぐだにしかならん」
小さくため息をつく。
「家に帰って、親兄弟と顔を合わせてちゃんと会話しろ。実感が薄いかもしれないが、生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。しっかり噛み締めろ」
随分と上から説教する形になってしまったが、謝るべきは自分も同じ。反省会の時にこちらも反省文と一緒に伝えるとしよう。
「解散。ランスはグウィンと一緒に帰るように」
「会長っ」
「会長!」
色々と言っている旧メンバーに振り返らず手をひらひらとさせて無視。帽子をかぶりなおして視線を巡らせる。
宇佐美さん達の方をみたら黒木そっくりの少女が土下座していた。されている宇佐美さんは複雑な顔だし、九条さんは相変わらずの無表情でよくわからん。まあ、あちらはあちらでどうにかするだろう。
自分は所在なさげに立っている阿佐ヶ谷先輩に歩み寄る。
「阿佐ヶ谷先輩」
「剣崎か。すまん、ほとんど覚えていないんだが、かなり迷惑をかけた。謝って済む話じゃないんだが……」
「いいんです、阿佐ヶ谷先輩」
「剣崎……」
「ただ」
そっと、彼の肩に手を置く。
「ほんっっっっとうに申し訳ないんですが、ちょっとお金貸してください」
スマホがね、お釈迦なんですよ……今月はもやししか食う物がねえ。
* * *
サイド 新垣 巧
「ふう……」
宿泊しているホテルでペットボトルの水を飲み、ようやく一息つく。
まさか、蒼黒の王、焔からの『人斬りの家族が眠る墓に彼女の遺品を届ける』という依頼を遂行しようとした結果、あのような事件に巻き込まれるとは。
各国の要人が秘密裏に日本のホテルに集まっての会合。そこにやってきた『ロシア帝国の大臣を殺しにソ連正当政府の特殊部隊』やら『アメリカを実質支配する七大企業が送り込んできたスパイの殺し合い』やら『三国志と化した中国の裏を牛耳るマフィア』に、あげく『イギリスを拠点とする一大狂信者集団』までやってきて三つ巴を軽くオーバーしてプチ世界大戦の様相であった。
なお、発端は中東で『金原武子』を祭り上げていたグループから販売されていたレアメタルや半導体の供給が滞った事についてである。
本当に危なかった。あのままであったらイギリスからやってきた狂信者達が一人勝ちして日本中の人間に予知夢を見させ、ティンダウロスの猟犬どもが溢れかえる所だった。
なんで、なんでそんな事日本でやろうとするの……。
偶然こちらの方にうちの班が来ていたわけだが、なんとなく嫌な予感がして持てるだけ装備を持ってやって来ていたのが功を奏した。だって蒼黒の王絡みの依頼とか絶対碌な事にならないと思って。
彼が前回報酬としてよこしてきた『アマルガム・トルーパー』。そして『陽炎』。四機のトルーパーのうち二機はマッドどもの餌……量産の為研究用に。一機は予備兼修理用として本部に配置。結果一機のみ我らがデータ取りもかねて運用しているわけである。
たった一機と侮る事なかれ。これをうちの竹内君に着させて運用した結果、銃で武装した軍人二個小隊を多少苦戦しつつも大した被害もなく制圧できたのである。
陽炎という刀も異様な性能を誇り、一太刀かすめただけでティンダウロスの猟犬を撃退してしまうとは。
結果として、我が班の活躍により日本の総取りみたいな形で事が終わった。
ふっ……活躍したのになんで報告書やらなんやら仕事が増えているんだろうね……ボーナスをくれるのはありがたいが、それよりも休みをくれ。
まさか、蒼黒の王はこの一件を見越して我らにあれほどの過剰な装備を?
だがまあ、目下一番の問題はその蒼黒の王である。
去年の十二月。東京にて裏世界で悪名をはせていた者達が一斉に死亡、または行方不明となった一件でその力を見せたとされている、現状日本国内で最も強力な異能者。それが彼だ。
今年の三月に我らはとある事件で共闘をしたわけだが、それは公式の記録に残せないので割愛。
とにかく、彼は凄まじく強力な『ジョーカー』なわけだ。
なんせあれだけの力を有しながら社会常識と倫理観をもち、無暗に力を振るわず司法で裁ける罪人は法律に任せてくれる。生贄の要求もなく、金銭などで取引も可能。
はっきり言って、人間にとって都合が良すぎる存在だ。えてしてああいう存在は、己が力こそが全てであらゆる存在を下に見るか、あるいは邪神の眷属であったり人格破綻者であったりするわけだ。
それだけ貴重でありがたい存在だが、同時に動く核爆弾でもある。
今は、その超常的な武力や技術が人間社会に向けられる事はない。なんせ彼はその力に反して普通の人間同様の価値観を持っているのだから。
だが逆に、普通の人間。普段周りから善人として見られている人物でも、一晩で猟奇的な殺人鬼やテロリストに変わってしまうものだ。裏の業界に限らず、表の方でもそういう犯人は五万といる。
つまり、いつ蒼黒の王が闇に堕ちるかわからないわけだ。監視したくとも下手をして敵対認定されたくない。『一応確認する?』などという軽い気持ちで核弾頭の上でタップダンスをする奴がいるか。
で、だ。話を戻そう。
日本を裏から守る役割を持つ我ら公安は常日頃国内にいる有力な富豪や魔術師をある程度監視しているわけだ。その中には『宇佐美グループ』も存在する。
そこの孫娘がここ数日、現グループ会長の祖父から仕事を回されたらしい。内容は行方不明の親戚の捜索。
詳しい事情までは不明だが、あそこには『絶影』と呼ばれる謎の忍者がいるとされている。深入りはできない。
で、そんな監視網に、とある少年がひっかかった。
剣崎蒼太。日本の高校一年生。
血の気が引いた。なんでいるの?
三月の島での一件は彼との契約により詮索すら出来ない事になっている。だが、こうして別件で捜査の網に引っかかったなら話は変わってくる。
しかも、だ。彼が宇佐美グループ会長の孫と行動を共にする姿が多数目撃されており、僅かにある東京の記録映像と比較、蒼黒の王と同一人物である事が確定してしまったわけだ。
これには本当に焦った。元々それとなーく彼に変なちょっかいがいって日本が滅ばないように手を回していたのだが、こうなっては僕の権限を越えている。
悪い事は重なるものだ。自分達が先の一件で手が離せない所に、地方の汚職警官が彼に難癖をつけていたという。吐きそう。
上は『蒼黒の王を飼いならせ』と言う派閥と『触らぬ神に祟りなし』派と『海外に売ろうぜ!』派で揉めている。二番目以外死ね。
下は現在色々な伝手を頼ってお掃除中。まーた仕事が増えるぞー。
直属の上司には蒼黒の王に接点がある事を察せられているのか、普段は一回の任務ごとに変更する偽名を名乗り続けるよう命令されている。まさか、交渉役として動けなんて言わないよね?
「ん?」
仕事用のスマホに着信があったので出ると、相手は細川君だった。
「新垣だ。どうしたのかね」
『新垣さん。三日前に調べるよう言われていた剣崎蒼太氏の交友関係なのですが、異常なプロテクトを張り巡らせていた人物を特定しました』
「ほう、お手柄だぞ細川君」
宇佐美グループ会長の孫娘と交友があると言う名目で調べられた剣崎蒼太。彼のスマホの通話記録の一つに、やけに隠ぺいがされているものがあったのだ。
魔術と表側の技術両方を使って入念に守られていた人物の情報が掴むのにうちのサーバーを使って三日もかかるとは。相手は相当の手練れ。もしかしたら既に海外の組織と彼が繋がっているかもしれない危険がある。
『いえ、新垣さんの助言がなければもう一週間はかかっていました』
「いやいや、君達の力あってこそだとも」
いやぁ、我ながら捨てたものではないな。まるで『一度見た事があるような』気もする防壁やデコイたち。というかやけに私が以前使っていた手口に似ていたものだから、ピンときたのだ。
眠気とストレスで朦朧としながらだったが、まさかあんな閃きをする事ができるとは。
「それで、その人物は?」
『はい。東京に住んでいる女子中学生の新城明里という人物です』
「ふっ……まさかただの女子中学生があれだけの防壁を組むとは思えんね。きっと彼女のスマホは中継地点として使われたのだろう。ここから先は危険だ。僕に任せたまえ」
『了解』
「お疲れ様。君も疲れただろう。ゆっくり休みたまえ」
『はい。おやすみなさい』
「おやすみ」
通話を切り、スマホをポケットにしまって鞄へと向かう。
そっと、特注の胃薬ケースを取り出した。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「おっぱ~い!」
カラオケで熱唱中である。
例の一件から一週間。色々とあったわけだが本日反省会を行った。
午前中はお通夜みたいな空気でお互いの事を話し合い、ヒートアップした馬鹿は強制的に頭を冷やさせて無事終了。午後は改めて親睦を深めるためカラオケで遊んでいるわけだ。
……何故か麻里さんまで来ているけど。まあ年長者として奢ってくれるらしいからいいや。
最初はサイコロを振って、出た目の人が適当に開いたページの歌を選択していたのだが、途中ランスとグウィンが『三年目●浮気』を引き当ててデュエットする事に。空気が死んだ。
初めて見たよ……晴夫と黒木が同時に無表情になる瞬間。
その冷え切った空気をどうするか。そして相互理解を進めるこの催しをどう盛り上げていくか。そう悩んでいた所にまさかの人物から助言がでた。
『性癖に関して歌ったら?』
麻里さんこと変態女王のこの言葉を受け、不肖剣崎蒼太。おっぱい賛歌を歌っております。
「おっぱいえ~!おぱいぱいぱい、ボインボインー!!!」
歌い上げたのだが、麻里さん以外拍手がまばらである。いやぁ、見事に全員なんとも言えない顔をしている。ありありと『え、これ自分達もやるの?』と態度に出ているぞ。
ふっ……元とは言え上司がやったんだからお前らもやるよなぁ。社会の闇ってやつを見せてやるぜ。
「いやぁ、やっぱ声も肺活量もいいからかよかったよ!歌詞はともかく」
「ありがとうございます。歌詞は俺が最も尊敬する作詞家の『おっぱいすと七尾』先生ですよ」
「うん、知らないし興味もないや」
マジで興味なさそうな麻里さんにちょっと泣きそう。性癖の歌を歌わされたのにのってもらわないと凄く気まずいじゃん。
「あの、会長」
「うん?」
「マジで今のが会長の性癖なんですか?」
「マジだよ。というか中学時代からそれは言っているだろう」
黒木に対して堂々と宣言する。自分は生粋のおっぱい星人である。
それをなんで同性愛者と勘違いしているのやら。俺の真摯なおっぱいへの興味を疑うと言うのか。
「それにしても、どうせなら全員で集りたかったな」
こうして旧生徒会メンバーで集ったわけだが、当然全員ではない。先輩や後輩で他にも色々いたわけだ。
「そうですね、阿久津先輩とか芝先輩とか」
「あとは響だな。あいつ、そう言えば今何してんだろ」
あの島での一件以来電話していないのだが、今頃何をしているのやら。
「響……?あの」
「おおおおおお!」
突然大声をあげながら立ち上がる麻里さん。どうしたこの変態。お気にのエロ動画でも見つけたか。
「何かありましたか、麻里さん」
「凄いよ蒼太君!君の動画もう一万回再生超えたよ!」
「……は?」
待てこいつ今なんて言った?
「どう、が?」
「そうそう。『男子高校生が性癖について歌ってみた』ってタイトルで。あ、ちゃんと目隠しはいれといたよ」
そう言って向けられる画面には、なるほど。確かに目元だけ黒い線が入った自分が歌を熱唱していた。
具体的に言うとおっぱいと連呼していた。
「わぁ、あの人気配信者『海の怪人ババア』さんからコラボ依頼きてるよ。あの人登録者数五十万人の超人気投稿者じゃん。やったね蒼太君」
「はっはっは。うーん……死刑」
「さらばだ!」
「待てやぼけぇ!」
お前やっていい事と悪い事もわからんのか!わかってたら数々の問題事起こしてねえなそう言えば!くそが!
カラオケの個室から飛び出して走っていく麻里さんを追いかける。ちぃ、店員さんもいるから全力で走れねぇ!
その十分後。動画は消させてついでに彼女が保有するエロ本の半分で手を打った。その際ちょっと色仕掛けされて即落ちしてしまった自分が情けなかった……。
こうして、旧生徒会メンバーの反省会兼親睦会は間抜けな終わりを迎えたわけだ。
だが、それでいいのかもしれない。幸い……というには不謹慎だが、グウィンを含め人死に関わるような問題はあの夜以外起こしていなかった。
だから、どうかこれまでの事が五年後十年後にはただの笑い話となって、そのうち同窓会で集る頃に馬鹿みたいに笑いながら弄りネタに出来る事を、神様以外に祈るとしよう。
* * *
サイド 日向 黒木
会長と花園さんが扉から飛び出していったのを見送って、ふと机を見たら花園さんが座っていた所に三万円ほどむき出しで置かれている事に気づく。たぶんここの代金という意味なのだろう。
なんというか、相変わらず変な所で律儀な人だ。『会長が関わる時だけ』と前提がつくが。
もしかしたら彼女にとっての最後の一線ともいうべき存在が会長なのだろうか。いや、それにしてはわりと迷惑かけまくっているな。
「なあ黒木」
そう思っていると、兄さんが小さく首を傾げながらこちらを見てくる。
「ひびき、って生徒に心当たりはあるか?俺には覚えがないのだが……」
「いや、僕も知らないんだけど」
そんな生徒、うちの学校にいた記憶はないのだが……会長の個人的な知り合いだろうか。生徒会時代他校の生徒会とも何度か交流があったし。
……まあ『そんな事はどうでもいいか』。兄さんたちもすぐに興味を失ったようで、曲の表示されたタブレットに視線を向ける。次は自分が歌う番だ。
「じゃあ行きます。俺の十八番、『ロリロリマジカルナイト~快楽エチエチ天国~』」
「待て!待つんだ黒木ぃ!」
なぜか兄さんに『わが家の汚点がぁ!』と叫ばれた。不思議だ。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
本日中、少し後に第三章の設定を投稿する予定です。そちらも見て頂けたら幸いです。
今章が終了後、第3.5章『突撃、地下の人食い鬼~地上で集うヒロインズ~』という箸休めのギャグ章を予定しています。地下の人食い鬼たちに対する剣崎の行動はクリスマス以降の彼の日常風景です。
その後、四章で難易度を戻します。具体的に言うと剣崎の心と体を痛めつけます。そろそろ彼のトラウマが増える所が書きたいです。




