第九十四話 白き竜の目覚め
第九十四話 白き竜の目覚め
サイド 剣崎 蒼太
「なっ……!」
地下空間の最奥。そこの扉を数度の体当たりで壊している最中、内側から妙な気配を感じ取った。
動揺しながらも既に踏み出した足は止まらず、勢いののった体が扉を粉砕する。
「盛岡岩息!もはや貴方の……え?」
「宇佐美さんさがって!」
意気揚々と前に出た宇佐美さんの襟を掴んで黒江さんに投げつけ、自分が前に出る。既に装備は鎧に換装済み。もはや生け捕りにすべき相手もいないのだから。
だが、魔法陣や謎のフラスコで占領された部屋の中央で、白い蛇が仰向けに倒れている。
「きさ……思い……どうけ……」
真っ黒なローブを纏った蛇。しかし、首から下とでも言えばいいのか。そこからは手足らしき物がとび出ている。まるで人の体に蛇の頭でもくっつけたような異形だ。
それが口から血を溢れさせ、かすれた声を絞り出す。本来なら聞き取れないほど小さな声だが、第六感覚が補正をいれる。
『貴様の思い通りにいくと思うな、邪悪なる道化の神よ……!』
何を言っているのかわからない。だが、道化の神?その言葉で、何故か自分は奴を思い浮かべた。
自分達をこの世界に転生させた、無貌にして百も千も貌を持つかの邪神を。
「待て、誰にやられた!」
蛇の異形、いいや、盛岡理事長が己の腹部へと手を当てた。ブクリと、彼の腹部が膨張する。
「っ、逃げろ!」
ありったけの火力を正面に叩き込む。阿佐ヶ谷先輩に放ったものとはわけが違う。手加減など一切ない、殺意のみを込めた獄炎。
だがそれだけで『これ』を殺しきれないのは直感でわかった。炎を放つなり走っている宇佐美さん達に追いつき、途中でグウィンも回収してまとめて抱え上げて走る。
「おおおっ!」
教会のドアを突き破り外に出た直後、背後で轟音が響く。
降りかかる土砂から彼女たちを庇い、上に積もったそれらを吹き飛ばした。
「全員、無事ですか」
「え、ええ。なんとか」
「問題ありません」
「私だけ運び方雑じゃなかったかな……?」
グウィンも呼吸をしている。どうやら全員生き残れたらしい。問題は教会近くで放置してきたランス達だが……。
校舎の方で気配を感じ取る。どうやら、一足早く目が覚めた阿佐ヶ谷先輩が彼らを連れて避難していたようだ。まあ、彼からしたら目を覚ましたらスマホを持っていない状態で学校の結界内に取り込まれていた状態だ。何かしら助けを求めてそちらに向かったのだろう。二人も引きずって行ってくれたのは僥倖だ。
何はともあれ死者なし。だが……。
背後を振り返り、『アレ』を見上げる。
『GYYYYYYYY―――ッ!』
白い竜がそこにいた。
一本一本が丸太数本分の太さをもつ四肢。それだけで小さな山の様なごつごつとした胴体。尾と首は長く、頭部はトカゲの様だ。
そして、その背中に生えた一対の翼。蝙蝠の皮膜めいた物が広げられ、遅れてどこか甲高い音がそれらから聞こえてくる。
紅い月に照らされた純白の竜。
ああ、アーサー王伝説を流し読みしただけの自分でも、その名を覚えている。
「アルヴィオン……」
背後で宇佐美さんがそう呟いた。
「耳だけ、こちらに意識を向けてください」
振り返らずともわかる。宇佐美さんも九条さんもかの威容に視線を逸らせずにいる事に。
まるで世界を塗り潰しかねない圧迫感。強靭に張り巡らされたこの結界そのものが悲鳴をあげている。さながら風船の中に許容量を超えた空気が突然現れたように、内側から破裂しようとしているのだ。
あの竜こそがこの世の中心。物理法則も人の感情もなにもかもを引き寄せ、飲み込んでいく。天地が反転したように樹木や瓦礫は天へと巻き上げられ、武骨な雲を作ろうとしていた。
だからこそ、抑えていた魔力を解き放ち彼女らの意識を強引にこちらへと引き戻す。
「っ!?こ、れ……」
「お嬢様!」
「校舎に避難……いえ、例の倉庫でもどこからでも構いません。この結界の要石を持ってきてください」
「え?」
「わかった。じゃ、行こう京子ちゃん黒江ちゃん!」
「待って、剣崎君は!」
「俺は」
立ち昇る魔力に反応したか、白の竜はこちらを見下ろしてくる。
全高は二十メートルほどか。全長は不明。だが一つだけ、はっきりとわかる事がある。
「この時代遅れのでかぶつを叩き潰します」
アバドンよりは小さく、弱い。
この巨獣が街に現れれば、瞬く間に火の海が津波のように広がっていくだろう。家屋は崩れ、人々は潰され、燃やされ、呼吸も出来ず死んでいく事だろう。
東京で、十二月に見たあの光景を再現されるのだろう。
「ふざけるな」
どこのどいつだ。こんな事をしでかしたのは。
いいや、実行犯はわからずとも、裏にいる外道ならば見当はついている。あいつは、またもポップコーン片手に怪獣映画でも見ている気分でいるのだろう。
腹立たしい。不快極まりない。
体格差は比べるべくもなく、魔力量は上回れども放出量に差はほとんどなく。
膂力はかの巨体を支えている以上こちらを上回る事が推察され、頑強さもまた同じ事。
理性の欠片もなく、ただ破壊と殺戮しか望まぬと金の瞳は語っている。
「ぶっ潰す」
だからどうした。映画なんぞは打ち切りだ。怪獣などには届かぬ巨獣はここで潰す。悲劇はいらない。遊び半分の誰かが放り投げた物であればなおのこと。
「お願いします。今、貴女達にしか頼れない」
「……剣崎君」
アルヴィオンの口腔に魔力が収束されるのを感じ取り、こちらも杖先に炎を灯した。
拳ほどの大きさをした七つの炎はいくつも赤い魔法陣を空中に描いていき、砲身を作り出す。
「必ず持ってくるから、ここは任せたわ」
「ええ、そちらは任せました」
宇佐美さんの声に、今までの様な不安も淀みも一切感じられなかった。
グウィンを連れて駆けていく背を守るように、白の極光と赤の熱線が衝突する。
「かかってこいよ、クソトカゲ」
大気が歪み、膨張する魔力の波を空へと打ちあげる。
「今からここがカムランの丘だ」
* * *
サイド 宇佐美 京子
「はっ……はっ……!」
魔力を足に回し、脚力を強化。自分の出せる最高速度を維持する。
「お嬢様」
頭上から振ってくる巻き上げられた瓦礫や木々を、黒江が右腕を鞭のように長く伸ばし打ち払ってくれた。
「校舎側からよくない気配を複数感じます。おそらく、あの竜に呼応した怪異どもが出現したのかと」
「そうね。あそこのモンスター達が盛岡理事長の作ったものなら、こういう時暴走するように仕込むはずだもの」
「……本当に行くので?」
「ええ。だってそうしたかったから」
この道が正しいのかはわからない。もしかしたら外に救援を呼びに行くべきなのかもしれない。自分達だけでも、避難をするべきなのかもしれない。
所詮私達は超常の存在達が殺し合う空間では魔術も技術も関係なく、誰もが等しい無力な羽虫でしかないのかもしれない。
「これが私の『選択』よ」
だとしても。間違いだけはしたくなかった。
正しくなくとも、ここで耳を塞ぎ、ただ何もかもを見て見ぬふりはしたくなかった。
「行くわよ黒江。付き合ってくれるのでしょう?」
「そうですね。お嬢様のお子を抱くまで死ねません」
「黒江!?」
「ほら行きますよお嬢様。先陣は私が切りますので」
「ええ、私が貴女の背中を守る!」
「かっこよく決めている所悪いんだけどー!なんで私が運ばなきゃなのさー!」
黒江を挟んだ反対側で、花園麻里が岸峰グウィンを背負って走っている。
「あら、信頼して任せたのだけれど?」
「後でご褒美を所望するー!」
「前向きに検討するわ」
「ひゃっほー!」
検討するけど、どういう内容かは決めていないわ。ギフトカードでいいかしら。
「お嬢様。そういうのを剣崎様にもやってみては?」
「冗談はよして。私はまだ死にたくないわ」
「はぁ……これだから……」
「ふざけてないで、くるわよ!」
眼前に現れる魔物の群れ。感情の類は感じられず、吠えもせず、機械の様に淡々とこちらへ向かってくる。
「参ります」
ナイフを構えた黒江が跳ねるようにそれに跳び込むと、縦横無尽に白刃を振るう。
モンスター達の群れで見えなくなくなっても、彼女の魔力なら一キロ先だって追ってみせる。その位置は容易に把握できた。
『&%$#“#$ERFGB‘&%$#$%』
そんな彼女の討ち漏らしを私が魔術で牽制していく。直接致命傷を与えるのは難しくとも、動きを阻害する事はできる。
破竹の勢い。我がことながらそう表現していいほどの速度で群れを突っ切っていく。
「のおおおおおお!?」
そんな中、少し離れた所で花園麻里が魔物に追い回されていた。いつの間にはぐれたのか。
「ちょっと待って待っていくら私でもこの状況だとぉ!?これ捨てていい!?」
突然彼女の近くで地面が吹き飛び、衝撃で顔面から転倒するのが見えた。
「ふんぬぅぅぅぅぅ!?」
「グウィン!」
「無事か!?」
跳ね上げられた土煙から現れたのは二人の騎士。片や朱金の、片や蒼銀の鎧姿。阿佐ヶ谷龍二と大泉ランスである。
スマートフォンは回収したままのはずだが、その状態でもこの結界内なら変身できるのか。
「う……ここは?」
「よかった、無事で……」
「どこに行ってたんだよ、本当によぉ!」
「私の上で呑気に喋ってんじゃねえぞ野郎ども……」
匍匐前進で岸峰グウィンの下から這い出る花園麻里。あの人も大概頑丈ね……。
「ランス君……阿佐ヶ谷先輩……僕は」
「いい。話は後で聞く」
「ああ。今は」
迫りくる魔物たちを金と銀の剣が切り払う。
「お前を守らせてくれ」
「状況はさっぱりわからないけどな!」
また別の方向では、三人の騎士が武器を振るっていた。
「待ってこれ本当にどういう状況!?なんか気づいたらここにいたんだけど!?」
「これで罪滅ぼしができるとは思っていないけど……それでも!」
「各々方!あそこに見える光を見よ!ああ、会長だ。間違いない会長だ!今度こそ、正しくこの力を振るえる!俺は、俺の暴力を正しい事に使うぞぉ!」
「誰か説明してよ!?兄さん、白木ぃ!」
……正直、彼らに思うところがないわけではない。
だがここは、夜の学校ではしゃぐ浮かれポンチな高校生たちに先達として大目に見てやるとしよう。
「行くわよ黒江。道は開けた」
「はい。お嬢様」
ここはキャメロットなどではなく、ただの日本にある少し変わった高校なのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.旧生徒会メンバー勝手すぎない?
A.中学生高校生は社会って言ったら学校しか知らないのに、そこに邪神の使徒が来ちゃったのが一番悪い。




