表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/248

閑話 とある蛇人間にあびせられた理不尽

閑話 とある蛇人間にあびせられた理不尽


サイド 盛岡理事長



 どうしてこうなった!!??


 八百年。八百年だぞ?本格的に動き出してから五百年。それだけの時間をかけて、私は準備をしてきた。


 それが、なんだ。たった数日でこの有り様は。


 イギリスで研究施設をアバドンに破壊され、そこを王室の極秘部隊と野良の魔術師、狂信者共に突かれて本拠地を失ったのがほんの数十年前。それでも集めてきた伝手と機材。技術は決して無駄ではない。幸いサブプランとしてイギリスと同じ島国である日本に土地も用意している。


 そうして極東にやってきたのだ。やってきてしまったのだ。


 十五年ほど前。突如として『食料』や『材料』が入手困難になった。おかしい。くみ上げた術式は正常に機能している。


 だというのに学園から出た端から使い魔達が消滅している。原因をどれだけ探ってもわからなかった。


 得体のしれない何かが私の計画を妨害している。まさか英国からハイエナどもが追って来たか?それとも噂に聞く活きのいい公安なる輩がこっちまで来たのか?


 わからない。わからない事はこの業界で最も恐ろしい事だ。だが下手に踏み込んで地雷に触れたくない。


 こうなれば、狩場を少しだけ遠くして手駒にしている警察への褒美も多めにする事にした。


 余計な出費にあえぎながらも、謎の存在に怯える日々。なぜ私がこれほどの理不尽な目に合わなければならないのか。私はただ、本来あったはずの暮らしを取り戻したいだけなのに。


 かつて世界は我ら『蛇人間』が支配していたのだ。その前に滅んだ愚か者共とは違い、奴隷に反逆されるなどという失敗などしていない。


 だというのに多くの同胞が去ってしまった。なんという理不尽か。我らが信仰する神と敵対する邪神の仕業に違いない。そうでなければこのような鱗もない猿どもが我が物顔で暮らす星にはなっていないはずだ。


 私は奪われたものを正当な理由で取り返すだけなのだ。そこに恥じる所などありはしない。だというのに邪魔をする蛮族どもめ……!


 それでも私は健気にも頑張って来た。雨の日も風の日も呪詛の日も努力し続けた。それがもう少しで報われるはずだったのだ。


 星辰が整う。私の大魔術が最高のコンディションで発動できるタイミングがやってくるのだ。これを逃せば次は三百年先まで待たねばならない。


 それだけ大事なタイミングだったというのに……!


 ある日、この地下工房に侵入者が現れた。岸峰グウィン。私が隠れ蓑兼実験場としている学園に通っている生徒だ。


 当然無防備にここの入口を晒していたわけではない。三十七の監視結界。五十二の悪霊ども。人避けの魔術は最高の物を用意した。


 だというのに、奴は数度教会にやってきただけで全て破壊してしまったのだ。それも無意識に。


 ありえない。そんなこと、それこそ『十年以上神格やそれの血を直接ひく存在とでも過ごしていた』とかでなければ、一般人が身に着けられるはずがない。それほどの概念防御だ。


 もしもこの予想が当たれば、奴に手をかければそれだけの怪物が獲物を奪われたと襲ってくるかもしれない。


 しかも悪い事に、こいつは『あの』宇佐美グループ会長の親戚だったのだ。


 一族を守る為なら血族だろうと骨の髄までしゃぶりつくすあの妖怪。その目がこちらに向いてしまうのではないか?


 負けはしない。負けはしないが、奴が私の計画を知りなりふり構わず攻撃して来れば共倒れにもっていかれる。


 やるかやらないかで言えば、あいつはやる。直接会った事はないが、噂はいくつも聞いた。頭のおかしい狂った猿。


 殺して成り代わる?無理だ。あれだけの概念防御、成り代わろうと皮を剥げばそれだけで周囲一帯の魔力がかき乱される。結界の維持すら危うい。


 では誘拐して遠くまで運んでから殺す?だめだ、奴の傍にいるかもしれない神格やそれに類する者が探しに来るかもしれない。


 そう思い悩んでいる時に、奴自身から提案があった。


『世界を滅ぼすお手伝いをします』


 ハハン、さてはこいつイカレ猿だな?


 当然疑った。だが一応読心系の魔術や魔法薬を使った結果、こいつは本気で協力するつもりなのだ。


 意味が分からない。本当になんだこいつ。これだから鱗もない猿どもは。


 なにが『あの人が助けに来てくれるのかみたい』とか、『僕が悪に加担した時の対応を見たい』とか。頭おかしい。


 しかもこいつはこんな押し付けでしかない感情を『恋』などと思っている。


 まあ、年齢と環境を考えればこうもなるか。


 通常、神に類する存在と過ごす事はそれだけで価値観にズレが生じる。あちら側が何か干渉をしなくても、だ。それこそそこにいるだけでも変わる。


 なんせ文字通り『この世界の中心』か、そうでなくとも『この世で最も存在強度の高い者たち』がそこにいるのだ。それこそが近くにいる者にとっての最優先事項になってもおかしくはない。実際、封印の棺やかつて神格がいた遺跡にいるだけで猿どもは狂信者に成り果てる。


 恐らくこいつの傍にいた神格、あるいは使徒は、理由こそ不明ながらもかなり猿どもに配慮していたのだろう。壊さないように。傷つけないように。魔力も埒外な能力も見せぬようにしたのだろう。


 だが、それでも十年も共にいれば狂う。しかも十代なんぞ最も精神が不安定な時期だ。一目見ただけで心が歪んでもおかしくはない。


 むしろ十代で神格や使徒と触れ合ってまともな精神を保てる輩がいるものか。我が魂を賭けたっていい。


 まあ、最初っから狂っている奴もいるが、そんなのかなり珍しいがな!


 とにもかくにも、どうにか誤魔化せる手段が見つかった。そう思ったのだ。


 上げて落とされた。


 なんで宇佐美家の孫娘が『あの』先祖返りを連れてここに来ている?


 なんであの……なんだ、あの……アレは。おかしいだろう何もかも。


 確かに噂で日本は魔境である事は聞いていた。東京のジャパニーズギャングや北海道にある謎の宗教。それ以外にも金原武子や人斬り、アバドンの故郷と言われる国だ。


 だからってあんなのとこんな形で遭遇するとは思うまい。


 理不尽。どれだけ世界は我々蛇人間に厳しいと言うのだ。


 それでも諦めきれずに計画を前倒し、更にアプリ持ちへの思考誘導と魔力供給を倍増させた。


 まあ負けたのだが。


 もはや出来る事はどれだけここで集めた研究資料と機材、材料を持ち出せるか。


 一応、最終手段はある。


 もはや私の勝利はなく、計画は完全に破綻する。それでもこの人が我が物顔で闊歩する間違った世界を罰する事は出来るはずだ。


 だがこれは本当にジョーカーとなる札だ。それこそ私が死ぬ瞬間しか――。


「は?」


 なんだ、この黒い穂先は。槍、か……?


「申し訳ありません。僕としても貴方の所業は許せるものではないのです。なので、ついでに逃亡の邪魔をさせていただきます」


「な、めるなぁ!」


 自慢の白い鱗を血で染められながら、振り向きざまにありったけの呪詛を叩き込む。


 並みの魔術師なら受けた段階で手足はミイラのように枯れ落ち、心臓は握りつぶされる。回避や呪詛避けを使おうとも別個に脳破壊や血管のランダム転移門の創造がある。


 私が出せる最大かつ最強の一撃。しかし。


「今の主からも『そろそろ終わらせて帰って来て』と言われていますので……後は『あのお方』に委ねるといたしましょう。僕はこれで」


 槍を引き抜かれ、ふらりと倒れるのはこちらだけ。下手人は平然と立っていた。


「ま、てぇ……!」


 興味など一切ないとでも言うように、あっさりと帰っていく謎の女。それに手を伸ばすも、我が工房内に突如現れた門を潜って消えていく。馬鹿な、この工房の魔術防御を魔術のみで突破できる魔術師などこの世にいるわけが……。


 心臓を完全に破壊された。あげくなんらかの魔術も流し込まれたか……生命維持の術式もまともに機能していない。


 終わる……?こんな、こんな東の端で?


「は、はははは……」


 いいだろう。幕引きがお望みならご期待通り終わらせてやる。


 樫の木と鉄板で組んだ扉が吹き飛ばされ、自分の傍に落下する。


「盛岡岩息!もはや貴方の……え?」


「宇佐美さんさがって!」


 もはや目が使えない。だが魔力でわかる。この痛ましく、言語化できない冒涜的な混沌の波動。先ほど私の心臓を刺していった女と同じ気配。


 全てが手の平の上だったわけか。


「貴様の思い通りにいくと思うな、邪悪なる道化の神よ……!」


 お前のおもちゃ箱も何もかも無に返してやる。


 この身、この魂を代償としても。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


この後、数分後に第九十四話を投稿する予定です。見て頂けたら幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誰 だ お 前 唐突に何か出てきて考え込んでしまった。家臣系サメちゃんか?いや、ボクっ娘じゃないし… ちくわ大明神…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ