第九十三話 鉄杭が砕きたかったのは
第九十三話 鉄杭が砕きたかったのは
サイド 剣崎 蒼太
真っ暗な階段を魔法で作った炎で照らしながら下りていけば、行きついたのは神殿のような通路だった。
「これは……」
宇佐美さんが九条さんと一緒に壁へと歩いて行くと、魔導書を片手に壁面に書かれた文章を読んでいく。
「随分古い文字だけど、ベースになっているのはヨーロッパの方ね。特に魔術で罠をしかけるというのではない……はず。たぶん」
「お嬢様、もう少し自信をもってください」
「だって……」
自信なさげにこちらを見てくる宇佐美さん。なんぞ?
「まあ、俺も罠の類があるとは感じませんが」
「っ!?私の読み通りね……」
途端に自信満々に髪をかき上げる宇佐美さん。いや本当になんだ。
「とりあえず早くすすもー。時間ないんでしょー」
後頭部で手を組んだ麻里さんがぶー垂れている。
「それもそうですね。罠でないなら、今は捨て置いていきましょう」
「ええ。あれはたぶん、ここをブリテンとするための補強よ」
歩きながら話す宇佐美さんに耳を傾ける。
ただし視覚と魔力感知。そして第六感覚は周囲の警戒へと使い込む。ここ自体が罠ではないとしても、奇襲なり待ち伏せなりはあるかもしれない。
「補強、ですか」
「アーサー王伝説で、ヴァーディガーンとマーリンの話は知っている?」
「いえ、そこまでは」
あいにく自分が読んだのはアーサー王が剣を引き抜く少し前から湖に聖剣が返還されるまでだ。ヴァーディガーンはアーサー王に倒される役としか知らない。
「ヴァーディガーンは元々ブリテンを治めていた人ね。彼はある時、城の建設をしようとしたの。けど工事は遅々として進まない。そこで魔術師マーリンが見事原因を突き止めたの」
……やけに饒舌だな。そんなにアーサー王伝説に興味があったのか?ああ、中二病だったわ。
前世の自分も伝説上の生物について色々調べたなぁ。その結果あの神話にも少しの間はまっていたんだっけ。
「その原因とは?」
「地下で二匹の竜が戦っていたの」
「竜が」
「ええ。白と赤の竜よ。その二体が争ったり、ブリテン人とサクソン人の暗示となるのだけれど……そこは置いておきましょう」
「はあ」
「つまり、ブリテンの、いいえ騎士たちが集う王城キャメロットの地下には意味があるという事よ」
「なるほど」
よくわからんが、とりあえず黒幕が作りたい『見立て』に関係があると。
「凄いですね宇佐美さん。頼りになります」
「ほ、本当?お世辞じゃないわよね……」
「まさか。自分はアーサー王伝説をかじった程度しか知りませんでしたので」
「そう、任せて。これでも伝説や神話には自信があるわ」
ふふんと鼻を鳴らす宇佐美さん。可愛い。
「京子ちゃん可愛いねー。どうかな、明日の夜にでも私と一晩中ゼウスとエウロペごっこでも」
「待った」
「なんだよぉ、感想はレポートにまとめるから邪魔するなよぉ」
「誰かいます」
馬鹿が馬鹿を言っているが、そんな事は知らん。
数メートル先に大きく広がった空間がある。そこに誰かがいるようだ。
いや、誰かではない。自分はこの気配を知っている。なんせ、この世に産まれてから十数年と一緒にいたのだから。
「グウィン」
「……久しぶりだね、そうちゃん」
その空間に入るなり、広い空間の壁全てに松明の火がともる。
中央。そこに岸峰グウィンは立っていた。身に着けるのはこの学校の制服である黒の学ラン。当然男物なのだが、しかし初見で彼の性別を見破れる者がどれだけいるだろうか。
肩にかかる程度まで伸ばされた金髪。白く滑らかな肌に瑞々しい小ぶりな桜色の唇。華奢で小柄な体に、声変わりが遅いのか未だソプラノな声。
もしも彼が男ではなく女性であったら、自分も恋に落ちていたかもしれない。俺達邪神に作られた転生者に比肩しかねない美貌の少年だ。
「そうちゃんがここにいるって事は、ランス君は負けたんだね……」
「ああ。そうだ」
一瞬だけ悲し気に目を伏せた後、グウィンが顔を上げてこちらに笑みを浮かべる。例え初対面でもわかるほどに、無理をして作った笑みを。
「色々と、僕に聞きたい事あるんだよね。動機とか」
「そうだな。まずは、お前が無事なのかを聞かせろ」
「っ……そう、か。そういう人だよね、そうちゃんは」
「お前は無事なのか。脅されているのか。操られているのか。記憶に齟齬はないか。騙されていないのか。それによって……」
次の言葉を言うのは、ほんの少しだけ勇気が必要だった。
「お前をどうするのか決めなければならない」
ここまで、一歩間違えば死人が出ていてもおかしくなかった。いいや、そもそも警察がもみ消しただけで、この学校の周囲では不審死は発生している。
もしも今回の黒幕に、こいつが自分の意思で協力しているのなら、俺はこいつを殴り倒さなければならない。引きずって関係各所に連れて行かなければならないのだ。いいや、『ならない』ではない。そうしたいのだ。
それが、たとえ今生における最初の友人で、人の輪に戻してくれた恩人で、傷つけてしまったらしい幼馴染だとしても、
「……僕は、大丈夫だよ。自分の意思でここにいて、このままだと何が起きるかもわかったうえで理事長に協力している」
「そうか……」
杖を宇佐美さんに投げわたし、一歩前にでる。
「何か、口がまともに動くうちに言っておきたい事はないか」
「そうだね……じゃあ、『けじめ』をつけよっか」
グウィンの笑みが、自嘲気な、しかし先ほどよりも格段に無理のない笑みに変わる。
「剣崎蒼太さん。貴方の事がずっと好きでした」
「っ……」
そうだとは他人から何度も聞いていたが、こうして本人からはっきりと言われたのは今が始めてだ。
「小さい子供みたいにはしゃぐ貴方が好きでした。気が付けば大人びた顔で見守ってくれている貴方が好きでした。どこか陰のある貴方の傍にいて支えたいと思っていました」
「グウィン……」
「貴方に好かれるためなら、何をしてもいいと思っていました。答えを、聞かせて頂けませんか?」
ランスは言っていた。グウィンの思いを受け止めて欲しいと。
その受け止めるとは、どういう意味なのだろうか。ただ頷いて許容する事が、あいつの言う『受け止める』という事なのか。
いいや。たとえあいつの事を見ていなかった自分でも、そういう意味ではないとわかる。
「ごめん。俺は君を、岸峰グウィンを恋愛対象として見る事はできない。俺は、君を友達としか思っていないし、たぶんこれからもそうだと思う」
だったら、この思いに正面からぶつかろう。
「……ありがとう。そうちゃん」
「ごめんな、グウィン」
そっと、グウィンがスマホを取り出す。
「僕の恋は、ここで終わり。ここからは、ランス君のパートナーとして……彼の仇討ちをさせてもらうね」
「それは義務感か?」
「ううん。やりたいから、やる」
「お前が俺に勝てるのか?」
傲慢ゆえの質問ではない。ただの事実だ。
グウィンに武術の経験はないし、そもそもスポーツ全般に適性がない。更に言えば、こいつに割り振られた『配役』も察しがついている。
「まさか。けどね。それでも彼の隣に立つ者として、君と戦うと決めたんだ。それが、悪だとしても」
「わかった。けど時間がないから、すぐに終わらせる」
「身勝手だって、言わないんだね」
「お前が暴走特急の大馬鹿なのは今にはじまった事じゃないだろう」
「……そうかな?」
「こい。さっきも言ったが、急いでいる」
「わかった。行くね、そうちゃん」
一瞬で、グウィンの服装が変わる。動きやすさを優先したような、袖がなく裾の短いシスター服。それでいて華奢な体と改造されているとは言え聖職者の衣服には似合わない、両手に固定された二つの『パイルバンカー』。
そのパイルバンカーをトンファーのように構え、グウィンはこちらに向かって駆けだした。
あまりにも不格好な走り。武器を持って走るなどという経験はないのだろう。それでも、あいつは真っすぐと進んでくる。
それに対し、床に爪先を突き立てるとそのまま蹴り上げる。土煙と共に舞い上がる破片。その大半がグウィンに向かって飛んでいく。
一際大きい瓦礫はそれこそあいつの全身を覆い隠せるほどのサイズを持つ。
だが、あのアプリが常人を人外の領域に引き上げられるのなら死にはしまい。近くに舞い上がった頭ほどの破片を掴み取って魔力を込めてからあいつの右手側に放り投げた。
砕け散る正面の瓦礫。第六感覚が左手のパイルバンカーを使ったのだと察知。奴がそのまま右手側の瓦礫に振り向いたのまで感知する。
そして、自分も既に動き出している。
「!?」
アプリを手に入れてどれだけ時間が経っているかはわからないが、戦い慣れてはいまい。となれば、魔力の感知も曖昧。強化された聴覚の聞き分けも不十分。
あっさりとデコイに引っかかり、背後をとる事に成功する。
慌てて振り返るグウィンが左手のパイルバンカーを掲げてきた。そこに裏拳を叩き込めば、発泡スチロールを殴りつけたみたいに砕け散る。その下にあったあいつの細腕もへし折った感触があった。
『王妃の拳は』
無防備に晒されるあいつの脇へと拳を叩き込もうとした刹那、その体躯が消え失せる。
『王の背後で握られる』
背後に何かが現れた事を第六感覚で感知。ほぼ反射で右肘を迎撃に叩き込む。
あっさりと砕ける感覚。打ち砕いてから視覚で確認したそれはパイルバンカーではなく、グウィンが突き出したへし折れた左腕。
肘から先をミンチ寸前にしながらも、彼は歯を食いしばって右のパイルバンカーを突き出した。
「穿て!」
爆音と衝撃波。鉄杭の発射で放たれたそれらが周囲の床も散らばった破片も何もかもを巻き上げる。
「剣崎君!?」
視界が塞がれる中、宇佐美さんの声が響く。
「問題ありません」
それに対し、極力感情を排した声で答えた。
舞い上がった土煙が晴れれば、攻防の結果が明らかになる。
グウィンの腕よりも太い鉄杭は、自分の左手がこちらの腹に届く前に指を食い込ませて止めている。
逆に奴の腹部へと、こちらの右腕が突き立っていた。
「はは……負けちゃったかぁ……」
「ああ。俺の勝ちだ」
ばらばらと、グウィンの纏う異能の力が剥がれ落ちていく。
「気絶する前に答えろ。黒幕は、逃げ支度の最中か?」
わざわざグウィンを単独でここに配置。それ以外の妨害も見られず、全体的に迎え撃とうという気概が見えない。
となれば、残りは逃亡か自決か。相手がどちらを選ぶ可能性が高いかは自明の理。
「うん……そうちゃんが教会に入った段階で、もう計画は破綻したって……」
「そうか。色々と話したい事はあるが」
「いいよ。ありがとう、付き合ってくれて」
「謝るなら、宇佐美さん達や色々迷惑かけた人たちにしろ」
「うん……うん……」
意識を失った彼を床に寝かせ、宇佐美さん達に振り返る。
「行きましょう。いい加減、終わらせたい」
戦闘時間は十秒にも満たなかった。だから、後で日が暮れるまで語ろう。グウィンも、ランスも、晴夫も、自分も。かつての生徒会メンバー全員で。
本当はもっと前にやるべきだったのだ。そうすれば、こんな面倒な事にはならなかった。
あいにく自分は彼らの思っているような完璧超人ではない。言ってくれなければわからない。人はそうしなければ思いを伝えられないから、言葉があるのだから。
だから、終わらせて帰ろう。そしてファミレスなりなんなりで話せばいい。
阿佐ヶ谷先輩の奢りで。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
Q.キャラのA●Pってどれぐらい?
A.古い方の基準で彼らのAP●は以下の感じです。
人間体のバタフライ伊藤と剣崎を含む邪神製の転生者達:19に限りなく近い18
自称パーフェクト美少女:18に近い17
岸峰グウィン:17
サメ系家臣志望の娘:16ぐらい
宇佐美京子:15ぐらい
某公安の人:10前後
のイメージです。AP●ってなんぞって言うと、容姿を数値化したものです。古い方だと18が人間の最大です。見る側としても18以上は精神に多大な影響を与える場合があります。15もあれば百人中百人が認める美人さんです。10だと『ザ・普通』ってくらいです。
転生者達がもしも芸能界に出ていた場合、顔だけで天下をとれるチートモードが発生します。ついでに宗教が乱立して某公安の人が泣きます。




