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閑話 大泉ランス

閑話 大泉ランス


サイド 大泉 ランス



 俺は母一人に育てられた。そして、母は俺と血が繋がっていない。


 詳しい事を俺は知らない。母の……義母の親戚から聞いた事だが、俺は彼女の先輩が残した子供らしい。俺が産まれた直後にテロに巻き込まれて亡くなったとか。


 だが母は俺を自分の本当の子のように扱ってくれた。


 料理を作ろうとすれば火事一歩手前までいくし、掃除をしようとすれば物を壊す。故障した洗濯機は数知れず。


 そんな不器用の塊みたいな母だが、一つだけ得意な事があった。


『私と先輩はね、同じヘヴィファイトクラブに所属していたの』


 中世の鎧を身に纏い、武器を持ってどつき合う。もちろん武器の方は安全に配慮した物に変えられているが。


 育ての母と産みの母。両方がやっていたという趣味に俺が興味をもつのは、当たり前だったかもしれない。


 幸い才能が有ったのだろう。体格にも恵まれていた。今の母が俺の活躍に喜んでくれる事もあって、どんどんのめり込んでいった。


 ガールフレンドや友人達に囲まれて小さいが色々な大会で勝ち抜いてきた。充実した生活だったと言えるだろう。


 それに転機が訪れたのは中学に上がった頃。母の仕事の都合で日本に引っ越す事になった。


 友人達と涙の別れを済ませ、日本の一地方都市に。


 正直不安でいっぱいだったが、母が『貴方には先輩達が使っていた言葉を覚えていてほしい』と彼女の誕生日に頼まれてから、頑張って覚えたのが功を奏した。


「大泉ランスです。フランスから来ました。よろしくお願いします」


 クラスにはすぐに馴染めた。これでもコミュニケーション力は高い方だと自負している。ここの生徒達が気のいい者ばかりなのもあるだろう。


 だが、それは一人の男子生徒のおかげだとすぐにわかった。


 剣崎蒼太。信じられない程の美しさを持つ、成長途中ゆえの怪しい気配を纏った少年。


 いつも余裕のある雰囲気をまとい、それでいて口を開けば自分達と同じ人間なのだと安心させてくれる。かと思えば生徒と教師の橋渡し役もこなす視野の広さも持っている。


 なんともまあ、不思議な男だ。だが何よりも不思議なのは、彼の立ち姿だ。


 色々な大会で色々な騎士たちを見てきた。現代社会で鎧を纏って槍や剣を大真面目に振るう者達。普通、彼らみたいな筋肉の付き方はしない。


 だが彼はどうだ。まるで最初から『そうであれ』と考えて作られた様な骨格、肉付き、重心。鎧を着て剣を持ち戦う事を想定して産まれてきたみたいだ。


 はっきり言って気持ち悪い。


 だが、彼が自分を受け入れやすい雰囲気にしてくれた恩人でもある。


 だからこそ確かめたかった。彼がどういう人間なのかを。両親が出会ったのも。母と母が知り合ったのも剣だった。ならば自分も同じように彼とわかり合おう。


 ちょうどよく彼が学校を案内してくれるらしいので、剣道部へとお願いした。彼自身も剣道部だと言うのだからもはや運命だろう。なんせ、父もまた日本の剣道を修めていたらしいから、ある程度ルールは知っている。


 始まった試合。相対した瞬間、勝てない事がわかった。


 まるで人間を相手にしている気がしない。おとぎ話のドラゴンが目の前に突然現れたみたいだと思った。


 勝てない。死ぬ。死んだ。だめだ。逃げなきゃ。逃げられない。


 ほとんど半狂乱になって叫びながら振るった竹刀が、偶然剣道の『面』の形で成立した。


 生存本能が全開だったからだろう。今までで最高の一撃だったと断言できる。それでも届かないのは明確。怪獣に子供が棒切れを振って何になる。


 そんな苦し紛れな一撃は――あっさりと、彼の面へと吸い込まれた。


「は?」


 呆然とする自分をよそに、周りの見物している部員たちが笑い交じりに拍手を送ってくる。


「ははっ!剣崎さんやっぱり部活休み過ぎなんですよ!」


「けど凄いな転校生!気合も十分だったし、海外って無言で斬りかかるんじゃないのか?」


「綺麗な太刀筋だったなぁー」


 何を言っているんだこいつらは。わかっていないのか?この目の前にいる男が、どんな存在か。


「いやいや、俺が不甲斐ないんじゃなくってこいつが凄いんだって!俺との試合が終わったらお前らがやってみろよぉ」


「いやでーす」


「俺らエンジョイ勢なんで」


「お前らこそ真面目にやれや!」


 なんでこの男はへらへらと笑っている?真面目に?お前が一番真面目にやっていないではないか。


 三本勝負の二本目。今度こそ、彼を見極める。今のがまぐれ、いいや奇跡が起きたのか。それとも自分の勘違いで、こいつは普通の優男なのか。


 結果は俺の勝利。そして、先の予想二つはどちらも外れ。


 こいつは見立て通り底知れぬ怪物で、先の勝負にまぐれはなく、相手に『勝たせてもらった』だけ。


「いやー、強いな大泉!向こうでも剣に関する武術とかやっていたのか?」


「……ランスでいいですよ、剣崎さん」


 勝負を終えたら、敵も味方もなくその健闘をたたえ合う。それがヘヴィファイトの習わし。


 だが、これが勝負か?いいや、そんなはずがない。


『貴方のお母さんもね――』


 そう言って、剣を教えてくれた母の……二人の母が脳裏によぎる。


 彼女たちとの絆を、母とのつながりを、こんな形で汚された?ふざけるな……こんな、こんな……!


 そう怒鳴り散らそうとする自分を、どうにか自制する。


 こちらの事情など、会って間もない相手が知っているわけない。それで一方的に怒りをぶつけるなどそれこそ母達への侮辱だ。仮にもヘヴィファイトで騎士として振る舞って、それはあまりにも無様に過ぎる。


 正直に自分の思いをぶつける?そんな事ができるわけがない。だって、奴と相対した時に思ってしまったのだ。恐怖とは別に、なんて『美しい生き物』なのだろうと。


 容姿の話ではない。機能美とでも言えばいいのか。まるで神が手ずから作り出したような一種の兵器……打ち鍛えた『剣』のようだった。


 そんな彼に情けなくこの思いを伝えるのは憚られた。ただの意地でしかない、俺も男なのだ。


 ゆえに、彼に本気を出させるほどの努力をするべきだ。研鑽なくして騎士の道はあらず。母達の教えだ。


 アジアのことわざで『敵を知り己を知れば百戦危うからず』とも言う。彼を知る為に、行動を共にするようになった。生徒会の活動にも参加し、他の彼に近しい者達とも交流を深めた。


 そこに友情はあった。いかに母達の剣を取り戻すためとはいえ、そこで嘘をついては誇りなどなくなってしまう。


 しかし、彼を知れば知るほど自分の情けなさが際立っていく。


 剣崎蒼太は『善人』だと理解してしまうから。


 決して聖人君子ではないのだろう。だが、困っている者がいたら自分の無理がない範囲で助けるし、不和が起きれば真っ先に仲裁に行く。


 おそらく学校への点数稼ぎなのだろう。だが彼に悪意は感じられないし、聖人のふりをする常人が善人か悪人かと言えば、間違いなく善人だ。


 そんな人物に、浅ましく逆恨みをするのは母達に教わった騎士道に反するのではないか。


 身勝手に恨んで。身勝手に抱え込んで。身勝手に推し量って。そして憎む事すら出来ない程に、『友人』だと思ってしまった。


 もはや自分はどうすればいいのか。その悩みを誰かに喋る事もできずにいた。


 だからだろうか。彼の苦悩に気づけたのは。


 岸峰グウィン。剣崎蒼太の幼馴染であり、彼のパートナーとされている同級生。妖精のような雰囲気の彼が、自らの思いに悩み苦しんでいた事に。


 そこからは、転げ落ちるようだった。


 互いに剣崎蒼太に対して悩みをもち、呪う事も出来ず、傷をいやす事も昇華する事もできず燻ぶる者達。自分達が傷のなめ合いをしはじめるのに時間はかからなかった。


 だが剣崎蒼太に対する感情は大きく異なる。自分は彼を憎みたいのに憎む事が出来ず。グウィンは彼を好きになれども思いを遂げられない。


 うっすらと、剣崎蒼太にグウィンへの恋愛感情はないのではないかと、思う時もあった。だが確証もないし、これからはわからない。自分とてそっちの気はなかったのに気が付けばグウィンと……。


 そんな背徳の日々は、当然のように暴かれる。


 発覚から一日と経たず学校中に広まった自分達の不貞。そして、思わぬことに自分は随分と慕われていたらしい。あるいは、グウィンの気持ちを無自覚に蔑ろにしていた剣崎蒼太に敵意をもつ人間が一定数いたのか。


 そうして学校が二分され、あわや武力衝突が起きるのではないかと危惧され始めた頃。自分達ランス派閥と剣崎派閥の中心人物が生徒会室に集められた。


『お互い剣道部なんだから、それで決めよう』


 剣崎蒼太がそう提案した時、不謹慎とわかりながらも自分は歓喜した。


 この状況なら自分は願いを叶えられる。ずっと己を蝕み続けた棘を引き抜く事が出来る。


 剣崎蒼太が内申点の為に生徒会長として品行方正に過ごしていた事に察しはついている。それをこんな形で壊されそうになれば、必ずや俺に反感を覚えるだろう。そうでなくとも今まで積み上げてきたものを守るためにも勝ちにくるはずだ。


 そう思っていた。


『俺が反則負けした後に後ろから斬りかかるから、反撃よろしく』


 結局彼は、その時にいたっても俺を敵とすら認識していなかった。


 どれだけ必死に真面目に戦ってくれと説得しても、のらりくらりと躱されて、『グウィンの事も考えろ』と釘まで刺された。


 お前が言うのかと思いつつも、確かに自分が負ければ彼までも立場を失ってしまう。そう思うと、差し出された飴に手を付けずにいられなかった。


 こうして、もはや自分の中の『騎士』は……母達とのつながりは腐り落ちた。そして、『友人』から全てを奪ったという罪悪感だけが残る。


 何度死のうと思ったか。だが、俺が死ねば育ての母はどう思うか。あの優しい人に、そんな重荷を背負わせていいのか。


 苦しむ自分を支えようとするグウィンさえ突き放して、勝手に燻ぶる日々。それでも他の誰かが彼に近づくのは嫌だと駄々をこねる、厚かましく、無様な男。それが俺だ。


 ああ、だけれども。もっとも後悔する事があるのだとしたら。


 グウィンの恋を、歪ませてしまった事に他ならなかった。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


Q.ランス面倒くさ過ぎない?

A.中坊が突然親の都合で海外に転校させられたあげく邪神製転生者に遭遇しちゃった結果です。



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― 新着の感想 ―
[一言] あー、幼馴染が弱ってる時期に特殊性癖植え付けようとしてきたみたく 邪神製の彼の顔と存在が周囲をじんわりとおかしくさせてるわけね 魔力とか抑えてるからダイスロールでファンブルして正気を失う人…
[一言] 主人公は視点が既に大人だから学校とか友人関係だけが全てではなくて将来を見据えての一部でしかないから内申点が残念だなーとしか思ってなくて、ランスたちは結局年相応の子供だから自分の周りが世界の全…
[良い点]  生けるクトゥルフ製兵器ですしお寿司。  むしろ平然といじれる明里さんが異端。  まあニャル様の依代にされてたくらいだから耐性が付いていても不思議ではないが。  パパ氏も胃痛こそあれなんと…
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