第九十二話 本音
第九十二話 本音
サイド 日向 晴夫
「う、ぐおおおお……!」
頭を押さえて立ち止まる。
「……正気に戻ったか?」
「ランス……お前……」
「戻ったみたいだな」
剣をさげ、小さくため息をつく眼前の『裏切り者』。
裏切り者?そう、裏切り者だ。こいつは、こいつは裏切ったのだ。
「とりあえずアプリを解除しろ。何かが」
「この裏切り者がぁ!」
「なっ!?」
こちらが振り下ろした剣を、ランスに受け止められる。
「まだ洗脳されていたか!?」
「なんで会長を裏切った!」
「っ……」
あいにく、剣の術理など知らない。ただ力任せに剣を奴目掛けて叩きつける。
「どうしてだ!?お前だって、お前も、お前はぁ!」
自分でも何を言っているのかわからない。ただ、溢れてくる感情をのせてがむしゃらに剣を振るう。
それを苦々し気に顔を歪めながらも、奴は軽々といなしていく。
「悪いとは、思っているさ……!」
「だからなんだ!お前の、お前たちのせいで会長は!」
あの日の事を、そしてその後の事を、俺は忘れない。
会長の恋人であるグウィンとこいつが、空き教室でよからぬ事をしているのを見てしまったのを。
学校が二分された結果、会長が全ての泥をかぶっておさめたのも。
平穏を取り戻した学校で、こいつが新しい会長となったのも。その時の事を今でも鮮明に覚えている。
「どうしてだ!お前だって、会長を支えていこうって!恩返しをしようって言っていたじゃないか!俺と一緒に、彼を……!なのに!」
体の節々が痛む。筋肉が重い。骨が軋む。
それでも感情を止められない。
「嘘だったのか!俺との友情も!彼への感謝も!言っていた事全部!」
「違う、俺は……」
「じゃあなんでだよ!」
一際強く剣を振るえば、ランスの体が後方へと弾かれる。
「お前になら、任せられると思ったのに……!」
なぜと言いながらも、もう奴の口から出る言葉を聞きたくなかった。一言なにかを言われる度に、奴と過ごした日々が薄っぺらいものに変わってしまいそうで。
「もう、終わらせてやる……!」
両手に握る剣へと、力を込める。
『ガウェインの剣は』
顕現させるは、地上の太陽。一切合切を焼き払い、剣での防御も足さばきによる回避も無効化する。
確実に、ここで仕留める。
『太陽の――』
『もったいないな』
「っ――!」
本当に、これでいいのか?また暴力に頼ってしまって、本当にいいのか?
言葉で解決できない事はある。暴力しかない時もある。だが、今がそうなのか?今がこれを振り下ろす時なのか?
ただ、自分の感情だけで暴力を振るって、それで……。
「しっ!」
「な、しまっ」
剣があいつの剣にからめとられて弾き飛ばされ、左の指で首を素早く二度突かれる。
「がっ……」
息が上手くできない。視界が霞む。
「安心しろ、死なせはしない」
何かを言っている奴の足を掴む。
「ま、て。こんな……!」
「まだ意識があるのか」
手を蹴りはらわれて、大の字に倒れる。
「答えろ、お前、は……会長の事を……」
自分はどう聞きたかったのだろうか。何を問いたかったのだろうか。
だが薄れゆく意識の中、あいつの声はいやにはっきりと聞こえた。
「ああ、俺は」
遠くの方で、大きな音が聞こえる。
「あの人の事がはじめっから大っ嫌いだったよ」
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「どういうつもりだ?」
自分でも驚くほど冷たい声がこぼれる。意味が分からなかった。なぜランスが晴夫を人質にとっている。
「お前も洗脳されているのか?落ち着け、俺は」
「あなたは剣崎蒼太で、俺は大泉ランス。ヴァーディガーンでも、ランスロットでもない」
洗脳は、されていないらしい。
「ならなんでだ。俺はお前の敵じゃない」
「いいえ、敵でしたよ。最初っから」
冷淡に言い切られたその言葉に、自分の肩が震えるのを感じ取る。
自らのその反応にこそ驚いた。なんだこれは。まるで、図星でもつかれたような、そんな感覚。
「本当は気づいていたんでしょう。俺が、あなたの事を嫌っていたって」
「……どう、いう」
「初めて会った時の事を、覚えていますか」
初めて……確かそう、久々に剣道部に行く日で、ちょうどいいからと転校生のランスを案内した覚えがある。彼も剣道に興味があると言っていたから。
そして、その後一戦だけ交えたのだ。その結果は。
「三本勝負で、俺のストレート勝ちでしたね」
「ああ、そうだったな」
明らかに剣道とは違うものを学んできたという立ち姿だと言うのに、きちんとルールを守った上でこいつは勝ったのだ。
とても綺麗な太刀筋だったのを今でも覚えている。
「あの時、貴方は手を抜きましたね」
「なに……?」
「一切全力を出さなかった。片鱗すら、貴方は見せてくれなかった」
確かに身体能力にセーブはかけた。だが、そこまで言われるか……。
「貴方に俺の気持ちがわかりますか?貴方にとっては知らないが、俺にとって、剣は『母さん』との数少ない思い出だった。それを……!」
「お前の家庭環境については知らない。だが、不快にさせたのなら謝る。すまない。だが、なにもこんな」
「ふざけるな!」
晴夫に向けられた剣が震える。危ない。下手に刺激したら本当に刺しかねないぞ。
「その時から俺は貴方が嫌いでした。けど、それは本気を引き出せない自分の未熟ゆえだとも思いましたよ。だから貴方を知ろうとした。人となりを知って、どうやったら本気を出せるか考えましたよ。けどね」
ランスの顔から、感情が抜け落ちる。
「貴方は、たとえ何をしても俺と本気で戦ってはくれない。そうわかってしまったんです。だって貴方が俺に向ける目は、子供を相手にする時の大人だったから」
「それ、は……」
「そもそも勝負する相手とすら見ていない。眼中にないんだ。それならもう、こうして強引にでも目を向けさせるしかないだろう!グウィンの時ですら、貴方は……!」
「……待て。グウィンの時って」
「そうだよ!あの時、なんで貴方は俺に勝たせた!なんで無様に負けてみせた!公衆の面前で、なんで……なんで!あれほどの侮辱が、あると思うのか!」
正直、そんな事を考えて見なかった。勝たせてもらったのが、侮辱。そういう考え方もあると知識としては知っていても、実際に目のあたりにするとは思わなかった。
「グウィン自身の事もそうだ……貴方を知ろうとして、近づいて、けど、気が付いたら本当に好きになって、それでもあいつの心は……!」
「ランス……?」
「だから!」
晴夫に向けられていた剣が戻され、奴は正眼で構える。
「俺と戦え!全力だ、全身全霊の本気を出せ!今度わざと負けてみろ、こいつも、そこの女どもも全員殺してやる!」
「ランス、お前は自分が何を言っているのかわかっているのか……?」
明確な脅迫に、決闘罪。その他諸々。人の事をとやかく言える身ではないが、どれもこれも法を犯している。
かつての、いいや『自分の知る』ランスなら絶対にしないような事ばかり。
「お願いだ……お願いだから、俺が貴方という『最高の剣』を汚させたなどと思わせないでくれ……!」
ああ、本当に自分は彼の事を知らなかったのだな。いや、知ろうとしなかった、のか。よくよく思いなおせば、こいつの家庭環境も、転校してくる前の事も何一つとして知らないのだから。
友人だと言っておいて、このありさまか。どうやら、自分でさえ俺の事を買いかぶっていたらしい。今でさえこいつの言いたい事の半分もわからない。
きっと、ここで語った事が全てではないのだろう。まだ本音の内を、全て吐き出せたわけではないのだろう。
「『全力』は、出せない」
「この期におよんで……!」
「だけど」
別に、ここまでの戦いで『手加減』はしても『手抜き』はしていない。
この衣服とて戦闘に耐えうる強度は与えたし、鎧姿は相手を生け捕りするのに向いていないとあの島で痛感した。
「『本気』は、出してやる」
だから、この姿になるのは『相手を本気で潰す』と決めた時と考えるようになった。
自分の体が一瞬だけ蒼の炎に包まれ、黒と蒼の全身鎧を身に纏う。
「『蒼黒の王』……!」
背後で、宇佐美さんが声を震わせているのがわかる。ここまで隠していたのが無駄になってしまったが、この場所で自分の目の届かない場所にいろとは言えないし、目を覆えとも頼めない。
たとえここまでの事が無駄となったとしても、それでもよかった。いいや、そうしなければならない。彼が胸の内をさらけ出したというのなら、こちらも晒そう。
「それが、貴方の……!」
「お前が思っているほど俺は完璧な人間なんかじゃない。もっと行き当たりばったりで、いつも後で後悔する。そんな馬鹿な男だよ」
後一振り、全力で使えるかもわからない剣を握る。
「技量ではお前が上だ。それは間違いない。けど、今だけは」
「ああ、今だけでいい……!」
「本気で、叩き潰す」
「こい、剣崎蒼太!」
互いに、踏み込んだのは同時。
だが速度が違う。膂力が違う。神経の伝達速度が、五感の情報収集能力が、第六の感覚が、無意識に放たれる魔力の奔流が、全てが違う。
横一線。すれ違った後、ランスの持つ剣と、そしてその右腕がずるりと地に落ちる。
「それが、貴方の本気か……」
「ああ。これが俺の本気だ。全力は頼まれても出せないが、俺はお前を潰すつもりで剣を振るったぞ」
「そうですか……そう、です、か……」
倒れ伏し、気絶したランスに治癒の指輪を使う。切断された腕はくっつき、跡すら残っていない。
彼の鎧もほどけて消えた。そして、自分の剣もまた、限界がきたらしい。鍔近くで刀身のヒビが広がっていき、両端に届いてその先が落ちていく。
「すみません、お待たせしました」
晴夫の方にも一瞥する。あちらも鎧は着ておらず、なおかつ呼吸もちゃんとある。すぐには問題ないだろう。
「まさか、貴方があの……」
「すみません。時間を消費した側が言うのもなんですが、今は後にしましょう」
折れた刀身を拾いまとめて指輪に戻した後、教会に向かう。いつの間にか九条さんが彼らの懐からスマホを取り出していた。
「お嬢様、今は」
「そうね。行きましょう」
その時、背後で何かが動く気配を感じ取る。
「会長……」
「っ……もう、目が覚めたのか」
驚いた。治療したとはいえ腕が切り落とされたというのに。
「グウィンを、受け止めてあげてください」
「なに……?」
「俺の頼めたことではありませんが、どうか……」
意味を問いただそうとすれば、再び意識を失ったのかランスが目を閉じてしまった。
グウィンを受け止めろ?どういう意味だ。
いや、考える時間さえ惜しい。自分のわがままでここまで時間を使ってしまったのだ、これ以上は無駄に出来ない。
「行きましょう。いい加減、この一件にも飽きました」
教会の扉を潜り抜ける。
ステンドガラスから入ってくる紅の月光だけを光源とした教会の中は、うっすらと埃が舞っているのか空気中でキラキラと輝いている。
それ以外は整理整頓がなされているのか、ズラリと並んだ長椅子に奥に飾られた十字架。
何より目を引くのは神父が立つのだろう場所にぽっかりと空いた穴。そこから、ごおごおと風が流れ込んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
以下、今章における反省。
正直、キャラを増やし過ぎました。探索パートで『ダイスは回っているのに探索場所とタイミング判定が増えたせいでフラグを見落としまくった』みたいな状況になってます。
四章からは出すキャラを絞るつもりです。色々と申し訳ありません。今後ともお付き合いいただけたら幸いです。




