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閑話 日向晴夫

閑話 日向晴夫


サイド 日向 晴夫



 自分は昔、あまり素行のいい男ではなかった。


 髪は金色に染めていたし、喧嘩ばかりだった。タバコや酒はしていなかったが。強いて過去の自分を擁護するなら、自分から攻撃した事はないぐらいか。


 自分の家は、少しだけ複雑な環境だ。母親が人として問題のある女性で、色々とやらかした。まあそれは今どうでもいい。


 結果、種違いの弟と妹がよく虐めにあうようになっていた。


 確かにうちの母親は人としてクズだと、身内の自分でも思う。だが、それが赤の他人になんの関係があるのか。被害者ならともかく、なんで何も知らない人に非難されなければならないのか。


 そして、そんな理不尽に対する回答を、自分は暴力という理不尽しか持っていなかった。


 弟を虐められたらそいつを殴りに行った。妹を傷つけられたらそいつを殴りに行った。男も女も大人も子供も関係ない。全ての理不尽に対して、自分は暴力という解決手段に頼った。


 そして、それが一時的には上手くいってしまったのがよくなかった。


 体格には随分と恵まれていた方で、中一の段階で身長は百八十を超えていたし、体重も九十キロ以上。それでいて骨も筋肉も太かった。同年代では五対一でも負ける事はなく、一方的な勝利を繰り返した。


 会長と出会ったのも、そんな喧嘩に明け暮れていた時だった。


 質の悪い他校の上級生たちに弟の黒木が河川敷に連れていかれ、それを助けに行ったのだ。殴られてボコボコだった黒木を助けるため、俺はまた暴力を頼った。


 結果は完勝。途中落ちていた石で殴りかかってきた奴もいたが、受け止めて逆に石で殴り返してやった。


「なにをしているんだ!」


 ガムテープで手を縛られていた黒木を助け出した辺りで、そんな声が後ろからかけられた。


 警察だと思った。いつもそうだ。助けて欲しい時にはいなくって、全てが終わった後にやってくる。そして、仕掛けてきた方が倒れているから俺達を加害者にしてくる。そんな奴ら。


 どうせ好き勝手言うだけなのだ。黒木を連れて逃げよう。そう思い人数を確認しようと振り向いた。


「なん、だよ……」


 これほど美しい人を、初めて見た。


 濡れ羽色の黒髪に、夜の闇めいた黒の瞳。その顔立ちは人類史上いかなる芸術家も再現できないであろうほどに、完璧な配置なのだと芸術に詳しくない自分でもわかる。


 数々の浮名を作った母でさえ彼の前では路傍の石と成り果てるのではないか。きっと、今後の人生でも彼ほど美しい人間に会う事はないだろう。


「君、日向君だよな」


「え、あ、ああ。なんで俺のことを」


「そこの黒木君とクラスメイトで、君が学校でも有名だからだよ」


 そこでようやく、彼が着ているのがうちの制服である事に気が付いた。


「で、この状況は……」


 じろりと彼が倒れている奴らと、自分達を見やる。


 誰にこういった光景を見られても何も思わないはずだ。今までもそうだった。だが、この人に咎められるのだけは不思議と怖かった。


「……なるほど。黒木君がそこのチンピラどもに襲われて、君が助けたって事かな?」


「っ!?おれが、突然こいつらを襲ったと思わないのか?」


「いや、それだったら黒木君が縛られているのおかしいじゃん」


 それはそうだが、それでも似たような状況で毎回自分は疑われてきた。そうでなくとも喧嘩両成敗だと、理不尽な事を言われてきた。


 理不尽に理不尽で返せば、また別の理不尽に傷つけられるとでも言うように。


「となると、警察への説明とかどうする?」


「は?いや、普通に帰るけど」


「だめだろ、それは。たぶんもう通報されてるぞ」


「だけど」


「逃げたら相手が自分に都合のいい話だけをして、逃げた君への心象が悪くなるぞ」


「……かんけーねーよ。どうせ疑われるのは変わらねぇんだ」


 黒木を肩に担いで去ろうとすると、反対の手を掴まれた。


「なんだよ」


「うちのクラスの奴が関わっている以上、見逃せないんだよクラス委員長的に」


「は、知らねえよ」


 そう言って振り払おうとするが、不思議とビクともしない。驚きながらも何度も腕を引くが、一向に動かない。


 どうなってんだ。見た目は同年代の平均よりは高いが、自分よりは小さい。肩幅だって同じだ。太っているどころか痩せ型にも見える。


 だというのに小動すらしない。こいつ、本当に人間か?


「むーっ」


「あ、すまん」


 黒木が口元をガムテープで塞がれたままだった事に気づき剥がしてやる。


「兄さん、この人は信用できるよ」


「うーん、しかしなぁ……」


「まあまあ、従姉のせいで磨かれたお巡りさんとの会話センスを信じてくれ」


「いやなんだよそれ。だいたい、そもそもお前誰なんだよ」


「あれ、言っていなかったっけ?」


 少年はこちらを逃がすまいと手を掴んだまま、にっこりとほほ笑む。


 その笑みは、夕焼けも相まって宝石のようだった。


「剣崎蒼太。お前らと同学年の中学生だ」


 それからほどなくして警察がやってきたのだが、本当になんとかなってしまった。


 傍でほとんど聞いているだけだったのだが、彼の、剣崎蒼太の言う通りあれよあれよと相手がどれだけ悪い奴だったのか。自分がいかに弟思いで義理人情に厚い男なのかと語られていた。


 正直、言っている事はほとんど理解できなかったし、かなり盛っている部分もあったと思う。だが、気が付けば全て終わっていたのでどこに何を言えばいいのかもわからない。


「……お前、どんな手品を使ったんだよ」


「うん?」


 交番から去り際、剣崎蒼太に問いかける。


「普段あれだけ俺の事を疑う警察が、あんな」


「別に特別な事はしていないよ。事実を相手に受け入れやすい言葉にして話しただけだ」


「それだけ、なのか?」


「そうだよ」


 頷いてから、奴は無造作にこちらの腕を掴んできた。


「ふむ……」


「な、なんだよ」


「いや、もったいないなと」


「もったいない」


 少しの間こちらの二の腕をもんでいたかと思うと、剣崎蒼太が小さくため息をつく。


「お前、それだけ恵まれた体格もってるのに喧嘩にしか使わないって……」


「恵まれている……俺が?」


 目の前が赤くなっていく。俺の人生の、いったいどこが恵まれているというのか。


「いや、お前がじゃなくって、お前の体が」


「どう違うって言うんだよ」


「……俺の顔を見てどう思う」


「はぁ?」


 己の顔を親指でさし、問いかけてくる剣崎蒼太に嘲笑を向ける。


「なんだ、そのお綺麗な顔を褒めて欲しいのかよ」


「そうだ。俺の顔はかなりイケメン……なんだと思う」


 何故か他人事みたいに語る奴は、肩をすくめてみせた。


「だが、俺は金がないし元孤児だし家庭環境は複雑だしヤバいのに目をつけられているし。リア充かと聞かれたら、あんまり頷けないな」


「……だからなんだよ」


「別に。一部分が恵まれていても全体的に恵まれているわけじゃないって話」


 こいつの言っている事はよくわからん。だというのに、不思議と言葉が耳へとすんなり流れ込んでくる。


「だから、その恵まれた部分を活かせよ。スポーツとか。そんで社会的信用を稼げ」


「……今更そんなの、意味あるかよ」


「あるさ。少なくとも今まで見たいに喧嘩で解決するよりは楽に生きられるぞ?」


 だって今やってみせたんだから。


 そう奴は言って、それから奴は俺を運動部に紹介したり黒木とよく一緒に行動するようになった。


 あいつに紹介されたからか、部にはすぐに受け入れられた。前までは皆俺と目も合わせようとしなかったのに、今では誰もが『凄い奴だ』と褒めたたえる。


「俺、生徒会長目指してみよっかなって」


「生徒会長に?」


 髪の色が黒に戻った辺りで、剣崎さんは昼飯を食べながらそう切り出した。


「いやさ、実はもう生徒会には入っているんだよ。で、どうせなら生徒会長にもなってみようかなーと」


「いいじゃないですか。なんとなく似合っている気がします」


「なんとなくってなんだよ。というかなんで敬語?」


「……なんとなく?」


 正直、剣崎さんの事は全然わからなかった。


 歳不相応に大人びている事もあれば、小学生みたいにはしゃぐ事もある。なのに口を開けば大人でさえ言いくるめるし、黙っていればまるで王子様みたいだ。


 はっきり言おう。薄気味悪い。俺の本能がこいつはヤバい奴だと告げている。


 それでも一緒にいるのは、この人が恩人だからか。それとも俺は、人かどうかも疑っている相手を友人とでも思っているのか。


 その答えは、結局出てこなかった。


 ある日、下駄箱に手紙が入っていた。一瞬ラブレターかと思ったが、ここは男子校である。いや、剣崎さんとその幼馴染みたいな事もあるのか?


 そう思って開けば、そこには弟、黒木を誘拐した。一人で指定の廃工場に来いという内容だった。


 どうして今更になって。そう愕然としている所に、携帯に電話があった。親戚の阿久津さんからだ。


『白木が暴漢に襲われて怪我をした。今病院にいる』


 その後、彼が何を言っていたのかわからなかった。携帯を取り落とし、指定された廃工場に走る。


 三十分ほどでたどり着いた廃工場にはバイクがいくつも並んでおり、中には十人ほどの男達が屯していた。


 そしてその中央。そこに黒木が鎖で巻かれて吊るされていた。


「黒木!」


「にい、さん……?」


 顔にいくつも痣を作った黒木に駆け寄ろうとするが、数人の男に立ちふさがられてしまう。


「おお、おお、兄弟の感動の再開だなぁ」


「ひひっ、泣かせるねぇ」


 げらげらとこちらを見て嘲笑う男達。その中の一人に、うっすらと見覚えのある奴がいた。


「てめぇは……!」


「お、覚えてたか。そうそう。こいつだよ、お前にボコボコにされた可哀想な俺の弟は」


 リーダー格らしい男が、前に俺が喧嘩で倒した奴の肩を抱き寄せる。


「あ、兄貴油断すんなよ。こいつ人質がいても構わず突っ込んでくるんだ」


「ばぁーか。そりゃお前がなめられてるからだよ。おい」


「うっす」


 黒木の傍に立っている男が、折り畳み式のナイフを取り出した。


「お、おい!」


「動くなよぉ。俺は弟みたいに優しくないからさぁ、痛いじゃすまさねぇぞ~」


 黒木の首筋にナイフが突きつけられる。


 だめだ。ここで踏み込めばあいつが……。


「……なんでこんな事をする。何が目的だ」


「もくてきぃ?そうだなぁ」


 リーダー格の男が無造作に近寄ってくると、鉄パイプで頭を殴ってきた。


 一切の遠慮や躊躇のない一撃。鈍い音が廃工場に響き渡り、視界が一瞬揺れて、遅れて熱い物が額をドロリと流れていく。


「ひゅー!松尾さん容赦ねー!」


「うっわ、いたそー」


 鉄パイプを肩でバウンドさせながら、松尾と呼ばれた男がニタニタと嗤う。


「とりあえず、土下座しろよ。で、その後サンドバックな?」


「っ……!」


「ちゃーんと我慢したら弟にこれ以上酷い事はしないでいてやるよ。頑張れるよなぁ、お兄ちゃんなんだから」


「兄さん、だめだ。こいつら約束なんて守る気は」


「黙れ」


「ぐぅっ!?」


「黒木!」


 ナイフの男が黒木の頭を殴りつける。


「おいおい、兄弟そろって生意気だなぁ。あ、そうだ。じゃあこうしよう」


 松尾が自分の股間を軽く叩く。


「お前らが逆らったら、妹だっけ?俺が遊んでやるよ」


「っ!?」


「噂じゃちっと乳はたりねえが、可愛い顔してるんだって?使い捨てにするならちょうどいいかもなぁ」


「て、めぇ、ぶっ殺すぞ……!」


「オオ恐い怖い。けどいいのかなぁ。俺、こう見えて友達多いからなぁ」


 殺意さえこめて睨みつけても、松尾のいやらしい笑みは消えなかった。


「俺に何かあったら、きっとその友達が意思を継いでくれると思うぜぇ」


「このクソ野郎……」


「あ~?聞こえねえなぁ。お前が言うべき事はそれじゃねえよなぁ!」


 再度頭に衝撃。


 こんな奴、本当なら五秒でのせる。だが、ここで俺が暴れたら白木も黒木も……。


 それに、部活の皆はどうなる?部員が暴力沙汰だなんて。せっかく県大会に出れるって、先輩たち喜んでいたのに……。


 もう、自分には選択肢はなかった。


「お願い、します……」


「あああ?」


「お願いします。弟と妹には、手を出さないでください」


「何か足りねえなぁ。人に頼みごとをする時の姿勢ってやつがよぉ!」


 横から膝を鉄パイプで殴りつけられる。


「ど・げ・ざ。わかるかなぁ?」


「ど・げ・ざ!」


「ど・げ・ざ!


「ど・げ・ざ!」


 廃工場中に、そんな声が響きだす。


「兄さん……」


 大丈夫だ黒木。兄ちゃん、こんなの屁でもねえから。


 膝を地面につく。ああ、なんでこのタイミングで『あいつ』の顔が浮かぶのだろう。


 もしも膝をつき、首を垂れるのならば、こんな愚図どもではなくあの人に下げたいと思ってしまった。


「ど・げ・ざ!あそっれど・げ・ざ!」


 楽し気に掛け声をあげる奴らに、手を付いた時だった。


 轟音が響き渡り、廃工場の壁がはじけ飛んだ。


「な、なんだ!?」


「トラックでも突っ込んできたか!?」


 壁が崩れて舞い散る埃と土煙の中から何かが飛んでくる。それが床にぶつかってようやくバイクなのだと気付いた。


「は?」


「お、おいこれ俺のバイク……」


 土煙がはれるより速く、次々とバイクが飛び込んでくる。まるで小石を子供が投げているみたいなペースだ。


「な、なんだよこれ!」


「ひ、ひいい!?」


「お、おい、扉あかねえぞ!?」


 廃工場の中はあっという間にパニックだ。というか、この状況で冷静でいられるわけがない。


「あ、慌てるなおめぇら!外で何かしている奴がいるんだ!そいつをのしちまえ!」


「どうやってっすか!?」


「無理だあんなの!」


「くそが、俺に逆らうんじゃ」


 松尾が何か言い切る前に、ひときわ高く、それこそ工場の天井まで届くような軌道で一台のバイクが放り込まれた。


 やけにゆっくりと飛んでいくように見えたそれには、燃料タンクがいくつも紐で括りつけられているのが見てとれる。


「え、あれ松尾さんの」


 奴の手下の一人がそう呟くのと、そのバイクが爆発したのがほぼ同時。


「う、うわぁああああ!?」


「か、火事だぁ!」


「ひ、ひいいい!?あかねえ!扉あかねえよぉ!」


 呆然とその光景を見ていたが、ハッとして黒木の方へと視線を向ける。あいつは大丈夫か、巻き込まれていないか。


 そう思って視線を向けたのだが、何故かあいつが吊るされていた鎖にはナイフ男が巻きつかれていた。口には猿轡までされている。


「こっちだ」


「えっ」


 突然強く引っ張られたかと思えば、かなりの速さでバイクが投げ込まれた穴へと走らされる。


「え、剣崎さん!?」


「おう!話はあとな!」


 いるはずがない事に混乱しながらも、彼の肩に担がれている黒木にホッとする。


「助けに、来てくれたんですか?どうして……」


「どうしてもなにも、決まってるだろ」


 廃工場から離れながら、剣崎さんが振り向く。


「友達だろ?無理のない範囲で助けるさ」


 その笑顔に、自分はどういう感情を抱いたのだろうか。


 得体のしれない存在への恐怖か。助けてくれた事への感謝か。それとも、その在り方への憧れか。


 ただ一つ言えるのは、自分がこの人に友達と言われた事に何よりも喜んでいた事か。


「ついでに内申点の為にな。後で俺が助けに来た事を言いふらしてくれよ?」


「剣崎さん、ありがとうございます。けど、あの、肩が、腹に……」


「あ、すまん」


 担がれていた黒木が降ろされ、大きくため息をつく。


「その、あのバイクはいったい……?」


「あー、ほら。こう、いい感じに調整して、勝手に突っ込んだとか?」


「とかって……」


「いいんだよ細かい事は。あ、火もたぶんすぐ消えるから安心しろ。死人どころか重傷者も出さない。それに、あの工場は松尾だっけ?奴の家のもんだって調べもついてるし」


「そうなんですか?」


「ああ。情報通の従姉がいてな……従姉と思いたくないけど」


 確かに、工場の方を見れば煙が段々と小さくなっている気がする。


「あ、ちが、そうだ!」


「うおう、どうした」


「白木が!うちの妹が!」


「そうだ、妹の白木が襲われるかも!」


「あー、妹さんか。俺は詳しくは知らんが、もう助けられたっぽいぞ」


「「え?」」


 助けられた?どういうことだ?


「ま、その辺は病院でな。俺は警察と消防に説明があるから」



* *  *



「白木!」


「兄さん?」


 病院に到着すると、看護師さんや警察に囲まれた妹の所に駆け込んだ。


「だ、大丈夫か?けがは?酷い事されてないか?」


「ちょ、大丈夫だよ。って、それより兄さんたちの方が怪我してる!?」


「君、こっちに来なさい。怪我をみないと」


「ひどい……先生を呼んできて。あと頭部CTの準備を」


「はい!」


「え、ちょ、まっ」


 あれよあれよと自分と黒木は病室から引っ張り出されてそれぞれ検査と治療を受けさせられ、妹とちゃんと話せたのは一時間後。


「大泉ランス?」


「うん。たぶん兄さんたちの学校だと思うんだけど、知らない」


「知らん」


「いや晴夫兄さん。フランスからの転校生の」


「……ああ!」


 思い出した。そう言えばそんな事があったわ。


「その人が助けてくれたの。代わりに怪我をしちゃったらしくて」


「そうか。その人には後でお礼を言いに行くとして、だ」


 深々と、その場で頭を下げる。


「ちょ、兄さん!?」


「どうしたんだよ、やめてよ!」


「二人ともすまん。今回の件、俺のせいだ。いや、今回の件だけじゃない。昔っからだ」


 よかれと思って、二人を守る手段に暴力を選んでいた。どうせ言葉ではどうにもならないのだと。だったらそれしかないと、決めつけて。


 だが違った。それに頼り続けた結果がこれだ。理不尽は理不尽しか呼ばない。終わりなどありはせず、延々と俺達を追いかけてくる。


「……謝るのは僕だよ……いつも、足を引っ張って……」


「私こそ、なにも……」


「だから、変わろうと思う」


 顔を上げて、胸を張る。


「俺は喧嘩を止める。これからは、社会で生きていけるように過ごす」


 剣崎さんが教えてくれた。暴力よりも、よっぽど頼りになる力ってやつを。


 正直、それが自分にも上手くできると思えない。だが、このまま喧嘩で解決していくよりはよっぽど建設的だ。俺達が生きているのは石器時代じゃなく、二十一世紀の日本なのだから。


 その後、剣崎さんが松尾達の色々な犯行の証拠やらなんやら警察に渡していて、気が付いたら自分達を害そうとする奴らは全員少年院か、もしくはどういうわけか怯えた様子で引っ越してしまった。


 ランスとも妹の事で礼を言い、慣れない日本暮らしで困っているのを助けて恩返しをした。


 そうして、剣崎さんが生徒会長になり、俺とランスも彼を支えるように生徒会に入った。


 充実していた。尊敬できる人がいる。共に頑張れる友達がいる。守り、そして支え合える家族がいる。


 そんな幸せな日々が、友人の不貞によって終わりを迎えた。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


このすぐ後、九十二話を投稿させていただきます。


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[一言] 母親のこともあって不貞自体がトラウマスイッチだったのか。
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