第九十一話 偽りの王
第九十一話 偽りの王
サイド 剣崎 蒼太
「会長!?」
「誰だ!」
「かい……うん?」
三者三様のリアクションをする彼らへと一歩前へ出る。
アプリ持ちが三人。鎧を出せばやれなくはない数だ。しかし、あれはあまり使いたくない。どうも『蒼黒の王』とやらが少し有名らしいので。身バレ怖い。
幸い、ランスは正気のようだ。となれば。
「ランス、援護する!」
「来ないでください!」
ええ……。
なんか全力で拒否された。なんで?
「ランスロットの仲間か!ガウェイン、俺はあちらをやる!」
「え、あ、はい!」
「くっ!」
ランスを押し込むように、晴夫が剣で奴もろとも離れていく。
「待て!」
「行かせるか!」
自分へと左手の槍を突き出してくる阿佐ヶ谷先輩の攻撃を杖で捌く。
「このっ」
「うおっ!?」
距離を詰めて蹴りを腹部狙いで放つが、剣を間にさし込まれてしまう。金色の刀身がたわむが、数メートル後退させるにとどまる。
あのケンタウロスよりも強い。今の攻防だけでわかる。
「っ……やるな」
朱金の鎧と槍と剣。全てそういった色合いで華美な印象だが、不思議と汚らしい印象は薄い。シンプルな形状の一刀一槍、しかし陽炎のように立ち上る魔力は随分と練り上げられている。
アーサー王。彼の伝説における主役。ここをブリテンとする上で絶対に外せないキャラクター故から、アプリから与えられた力は最も多いのかもしれない。
だからこそ、ここで彼を倒せば見立ては崩壊するのではないか?
「ブリテン王、アーサー!我が聖剣聖槍の錆となりたければ恐れずして来るがいい!」
「……剣崎。ただの東京にいる彼女からラブコールを受けるだけの男です」
あまりにも堂々とした名のりであり契約系の魔法の気配もないので、不本意だが一応名乗り返すとしよう。
「え、東京の彼女ってあのヘンテココーデの?どう考えてもふざけて考えたような?」
「間違いなく相手は彼氏とは思っていませんね。断言できますが自称ですよ」
「そ、そうね」
黙れ外野。
「俺はギネヴィアを奪ったランスロットを討ち取る!それを邪魔するなら誰であろうと斬る!」
向こうは……まあ大丈夫か。ランスと晴夫で剣の勝負をすれば間違いなくランスが勝つ。なんせ晴夫はアメフト部でランスは剣道部。しかも日本に来る前から剣に触れていたらしい。
まあ、晴夫も昔やんちゃだったので怖くはあるが。それでも喧嘩殺法レベルだ。先の防戦を見た限りでも身体能力にそこまでの差があったと思えない。同じ土俵なら勝敗は明白だ。奴の腕なら晴夫を殺さず無力化も可能だろう。
そう考え杖を構える。ここはまず阿佐ヶ谷先輩を叩く。
「覚悟!」
「加減はしますけど、死なないでくださいよ……!」
正面から槍を構えて突っ込んでくる先輩に炎を放つ。溶鉱炉なみの温度。一瞬で芝生は燃え尽き、大気が焦げる。生命の存在など一辺たりとも許さぬと赤く染める。
だが、それで止まってくれるとは思っていない。
「おおおおお!」
光り輝く槍が一瞬で三度振るわれ、紅蓮の炎をかき消す。遅れてやってくる風圧を背に、先輩が距離を詰めてくる。
右手一本で振り下ろされる金色の刃。それを杖で受けとめ、ぐるりと回す。剣をからめとろうとしたのだ。
だがその前に刀身を僅かに引かれ、柄の部分を滑らせてくる。
「っ!?」
思ったよりも数段動きが鋭い。これは、間違いなく武道経験者の動きだ。ただの反射任せではない。
咄嗟に杖から手放し剣を避け、拳を彼の顔面へと放つ。それは顔を背けて避けられる。だが想定済みだ、視線が上にいった瞬間に足払いをかける。
「くっ」
「せやっ!」
バランスを崩した所に胸に掌底。鎧の強度もケンタウロスよりも上か。
またも開く数メートルの距離。
……うん。
「やっぱ杖だめだわ」
戦闘に邪魔なので足元に落ちた杖を蹴り飛ばし、手に剣を呼び出す。
「「!!!???」」
なにやら後方で声にならない悲鳴が聞こえた気がするが、危険は感じないのでスルー。両手で剣を握り正眼で構える。
対する阿佐ヶ谷先輩は剣と槍の二刀流もどき。それぞれの構えこそ堂に入ってたものだが……二つ合わせたせいでどこかちぐはぐだ。
ただ、片方ずつの技量なら自分よりも上だろう。油断はできない。
「いざ、参る!」
右肩に剣を担ぎ、槍を脇に挟むようにして突っ込んでくる。勢いそのまま突き込まれた槍を剣で弾き落とすと、脳天目掛けて振るわれる金色の剣。
左手を剣から放して半身になりそれを避けると、空いた左手の平を魔力で発光させる。
「なっ」
月と星々で明るくとも、それは『夜としては』の話。夜になれた目には辛かろう。
目を細め体が一瞬硬くなった所に剣を持ったまま右手で相手の頭を抱え込み、腹部に膝蹴りを叩き込む。
「がっ、ひ、卑怯、なぁ!」
「後で謝るので、寝ていてください」
「ごっ、がっ!?」
左手で相手の右手を押さえながら、連続して蹴りを叩き込む。プレートアーマー。基本的に頑丈で隙が少なく、重量と言う武器もある。
だが欠点として、こうして組み付かれると反撃しづらい。自分も使うのでその辺はよく調べた。
右手は掴んだ。左手は近すぎて槍を振るえず、手放して拳に切り替えても振りかぶれないので大した威力も出せない。ナイフも持っていないのは先ほどまでの立ち合いで観察済み。
トラックでも衝突したみたいな音が三度ほど響いた辺りで、先輩が動かなくなる。本当に頑丈だな。
『騎士王の身は』
「っ……!」
彼のもつ剣が眩しいほどに光を放つ。
第六感覚が反応。咄嗟に手放して蹴り飛ばし距離を開ければ、より一層光が強くなる。
『いかなる時も砕けない』
剣の光が伝染するように、彼の全身が黄金の光に包み込まれる。その姿に、妙な既視感を覚えた。
嫌な女を思い出させてくれるものだ。
「聖剣、そして聖槍に蓄えられた魔力を解放した……もう俺を止められはしないぞ」
改めて武器を構えなおす先輩。
感じられる圧力が先ほどとは段違いなまでに上昇している。これは、正面からぶつかるのは少しきついかもしれない。
たぶん、あれは時間制限付きのドーピングだ。だから初手から使わなかったのだろう。となれば、持久戦に持ち込んでガス欠に持って行けば勝てる。
が、だめだ。こっちは今晩中に片を付けたい。黒幕にとって時間こそが最強の味方のはず。
となれば、正面から彼を叩き潰さないとならないわけか。それも、洗脳されただけの一般人。殺すわけにはいかない。
「きついな、思った以上に」
剣を八双に構え、偽りの王と相対する。
ふと、背後の方で動く気配を感じ取る。どうやら手助けをしてくれるらしい。
「卑怯者め、もはや貴様の首を誉とは思わぬ!我が聖剣聖槍にて切り伏せ、一刻も早く我が騎士ガウェインを助けに行かせてもらうぞ!」
またも繰り出される槍の一突き。だがその速度は対物ライフルのそれだ。音の壁など障子紙に等しいと、目にもとまらぬ速度で迫りくる。
それを寸前で剣で受け流せば、刀身と槍の柄で火花が散っていく。
「お、もっ」
振り下ろされる剣を素早く引いたこちらの剣で受ける。膂力は互角。だが片手と両手ではこちらが有利。
しかし、ミシミシ、パキリと異音が発せられる。己が五体からではない。手に持っている剣からだ。
その辺の廃材でくみ上げた剣。三月に島で使い潰した物とは違い一カ月ほど前に新造した物だが、この数合で限界を迎えつつあった。
相手の剣を弾き上げ足を踏みに行くが軽いステップで避けられる。かと思えば槍を素早く持ち替え、石突き近くを左手の平におさめる。
一瞬で伸びたリーチ。それが地を這うように足元へと振るわれる。地面をめくり上げながら襲い来るそれに片足を上げて避ければ、返す刀で側頭部へと振るわれる槍。
潜り抜けるように回避。槍の内側に踏み込むが、そこに待つのは聖剣の一振り。首狙いに駆ける刀身を柄で受ける。
その衝撃だけで、刀身のヒビは広がる。直接受けた柄にいたっては奴の刀身がめり込んだ。
「く、そっ!」
「ふっ、安物を使っているようだな!」
強引に押し込まれる剣に退かざるをえない。だが数歩下がった所に槍の横薙ぎが迫りそれを剣で弾く。
火花と一緒に黒の刀身が夜の闇へと散っていく。
「騎士道とやらは、武器についてのフェアに触れていないので?」
「賊を相手には必要ないな。それとも、一晩かけてお前にあった武器を探すのはどうだ?」
「じゃあ探してきてくださいよ!」
「お前が探しに行け!」
長期戦ができない理由が増えた。あまり時間をかけ過ぎれば、剣の方が先に限界を超える。
魔力を流し込み強度を上昇。焼け石に水だがやらないよりはマシだ。
「手足の一本を覚悟してくださいよ!」
「誰が!」
上段からの振り下ろしを槍で受けられる。だが構わず押し込み、肩口に刀身をめり込ませた。
「おおっ!」
強引に詰められた距離に逆手へと持ち替えた黄金の剣が振るわれるのを、左手で鍔を受けて止める。手の平に鈍い痛みが走り、骨に異音が響く。
一瞬の拮抗。それを撃ち破り胴体に蹴りをいれにいくが後ろに仰け反られて威力を減衰させられる。
「何度も足蹴に!」
怒りを乗せて放たれる槍の連撃。それを第六感覚も使ってさばき切る。重く、速い。もはや身体能力によるアドバンテージは少ないか。
だが不格好な武器の組み合わせと異能の分はこちらが勝る。後は、剣が折れる前に倒さなければ。無手になった後で仕留めるには難しい相手だ。
「どうした!守ってばかりでは俺に勝てんぞ!」
「あんた本当に後で覚えてろよ!?」
絶対にまたファミレスで奢らせてやる。一番高いやつ頼んでやるからな!?
これ以上時間をかけていられない。
こうなれば、被弾覚悟で踏み込む。再生能力頼みのカウンター。それでもって片手を切り落とす。
「アーサー王!」
そう覚悟を決めた所で、右横から大声が響く。
見れば、九条さんが真っすぐと先輩を見ていた。
「私との因縁、忘れたとは言わせません!」
「………すまん誰だ!?」
「これを見れば思い出すでしょう!」
そう言って、彼女がなにかを阿佐ヶ谷先輩に投げた。因縁?
「剣崎君!」
「っ?」
今度は左側から声が。見れば麻里さんがこちらにサムズアップをしていた。
「呼んだだけ!」
なに言ってんだこいつ。
直後、爆音が響く。黒煙で包まれながら、なんとなく状況は理解した。
「な、なんだ!?」
煙の中動揺の声をあげる先輩目掛けて剣を投擲。煙を突き破って来たそれにすぐさま防御行動に移った彼だが、その隙があれば十分。
槍どころか剣の内側に潜り込み、彼の体に組み付いた。
「しまっ」
「おおおおお!」
そのまま地面に叩きつけ、轟音と衝撃波が広がる。地面にできたクレーターに倒れる彼に、手足を絡めつかせて締めにかかる。
「ご、おおお……!」
「お、ち、ろぉぉおお……!」
起き上がろうとする足を蹴り、振るわれる腕を殴り、それでも空いた片腕が地面を叩きつけて体が浮こうとも首を絞め続ける。
組み付いてから数分。遂に阿佐ヶ谷先輩を気絶させられた。
崩れていく鎧を見ながら懐を漁ってスマホを取り出し、他に武器を持っていないかチェック……なし。
「ふぅ……」
疲れた。
「だ、大丈夫?」
立ち上がると宇佐美さん達が駆け寄って来たので、笑顔で迎える。
「ええ、おかげさまで。援護ありがとうございました」
「いや、私はなにも……」
「私のファインプレーですね」
「ちなみに発案者はこの私だとも!褒めていいんだよ京子ちゃん!」
「麻里さん」
「うん?」
「途中俺を呼んだ意味は?」
「気分!」
「ぶん殴るぞ馬鹿」
本当になにやってんだこいつ。
「とりあえず彼のスマホが回収したので、すみませんがあっちに行った晴夫たちの方を見てきてもいいですか?」
「ええ。私達も行くわ」
幸いなのか、はたまた黒幕の思惑か。今宵は結界内に怪物の類はいない。ケンタウロスの少女同様に放置しても大丈夫だろう。
杖を拾い上げて軽く汚れをはらった後、晴夫たちが行った方へと向かう。
そこには、なぎ倒されたいくつもの木々と人影が二つ。
片方は大の字で倒れている晴夫。一瞬ぎょっとしたが、ひび割れた胸鎧が僅かに動いている。息はあるようだ。
そして、その傍らに立つランス。こちらは目立った外傷はなさそうだ。
「ランス。よかった、無事で」
「動くな」
硬く冷たい声が響き、ランスが振り返る。
「まずは、俺の話しを聞いてもらいますよ、会長」
銀色の切っ先を晴夫の首筋に突き付けながら、奴はそうのたまった。
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Q.剣崎のもつ杖の価値ってどれぐらい?
A.魔術師からしたら杖の形をした世界遺産十個分ぐらい。




