第八十九話 隻腕の騎士
第八十九話 隻腕の騎士
サイド 剣崎 蒼太
ヴァーディガーンの鎧が解かれたのを確認し、小さく安堵のため息をつく。
「ありがとうございます、宇佐美さん」
「ううん、いいの」
「うん?」
「んん!構わないわ」
「あ、はい」
なんかちょっと幼児退行してなかった?大丈夫かこの人。
「あ、それと宇佐美さん」
「何かしら?」
なんとなく距離感が今までよりも近いように感じながらも、彼女の碧眼をしっかりと見返す。
「この事件が終わったらでいいので、お願いしたい事があります」
「ええ。なんでも言ってちょうだい」
「絶対に精神科に行ってください。きちんとした所に、できれば保護者の方と一緒に」
「うん……喧嘩売ってるの?」
露骨に『何言ってんだこいつ』という顔をしてくる宇佐美さん。まるで裏切られたみたいな目をしているが、こっちとしては善意で言っているつもりだ。
素人のメンタルケアとか、あんまりあてにしてはいけない。しかも会って数日の他人ならなおさら。
「真面目な話、俺が先ほど言った事で貴女が一歩動けたのだとしても、どうかそれに拘らないでください」
「……そう、なの?」
「はい。色んな人の話を聞いて、そこから自分で考えてください」
「……わかったわ。色んな話を聞いてから、自分で『選択』する」
「……あー、はい。そんな感じで」
もうね。なんだか自分が不本意に他者へ影響を与えすぎる所があるんじゃないかという疑惑がふつふつとね。
先ほどはここ数日久々に『会長』『会長』と旧生徒会メンバーに言われすぎて、生徒会長時代みたいな事をしてしまった。いや、当時は魔力を高ぶらせた事はないが。しかしそれでもなんだか生徒会メンバーの様子が少し変だし。
そういう理由から、この流れは嫌な予感がする。自分は彼女に依存してほしくない。麻里さん理論はごめんこうむる。
金髪爆乳美女に依存されて薄い本な関係になりたくないのかって?なりたくはある。あるけど、リアルでそれをやられたら罪悪感がひどい。ついでに言うと九条さんが全力で殺しにくるんじゃないかと第六感覚が告げている気がする。
戦力的に負けないと思うが……なんか手段を選ばない感がして怖いんだよあのメイドさん。あくまで勘だけど。
とりあえず自分とちょっと距離の近い宇佐美さんの姿を目に焼き付けて妄想の燃料にしつつ、立ち上がる。
なにやら、思ったより頑丈だったらしいのだ。あのケンタウロス。
「わ、たしは、ぁぁ……!」
「っ!?」
驚いたように黒江さんへと覆いかぶさる宇佐美さんを置いて、立ち上がり歩き出す。向かう先はグラウンドの向こう側。
汚れの一切ない、白銀の鎧騎士が歩いてくる。手には突撃槍と盾を持っているが、その下半身は人のものとなっていた。
目立った出血もなく、土で汚れているわけでもない。だというのに、まるで敗残兵のようだ。
「私は、あの人のために……!」
うわ言の様に言いながらも、盾を取り落として突撃槍を両手に握る。その構えは槍など専門外の自分から見てもド素人のそれだ。いや、それ以前に覇気がない。死人が動いているのかと錯覚するほどだ。
ゆらゆらと落ち着かない穂先をこちらに向け、走り出す白銀の騎士。
その速度は確かに通常の生物基準で言えば驚異的な速度ではある。時速百キロは間違いなく超えているだろう。
だがそれだけだ。ここに到着したばかりの時に行われた突撃とは比べるべくもない。
「おおおおおおおおおお!」
それでも騎士は進む。命を吐き出すように雄叫びをあげ、魂を燃料に変えて駆ける。
何故だろうか。この眼前の敵を前に、『哀れ』と感じてしまうのは。
突き出される槍を左手で抱え、右の拳で粉砕する。バランスを崩した騎士の右膝に横から蹴りを叩き込んで足を折り、下がった頭にアッパーを叩き込む。
浮かび上がった騎士の腰布を掴んで地面に振り下ろす。土埃があがるが、不思議と目の前の騎士を避けるように周囲へと散っていく。
「が、はぁぁ……!」
「……なんで戦う。あの人っていうのは誰だ」
「わ、たし、は、ランスロット様の……ランス、ロット……?」
砕けた兜から、友人に似た顔が出てきた。彼……いや、彼女はその瞳を揺らしながら、唇を青ざめさせていく。
「違う、私は、ランスさんの……うそだ、人を?なんで、私、誰かを傷つけたいだなんて……」
鎧がバラバラと崩れていき、粒子へと変わっていく。まるでそれと比例するように彼女の瞳から戦意が溶け落ち、代わりに驚愕と罪悪感があふれ出す。
ああ、この目は知っている。あの夢を見た後、鏡でいつも見るやつだ。
「うそ、ごめんなさい。いや、殺すつもりなんて……なんで……私、わたし、は……」
「生きている」
「え……」
なんとなく、状況は察した。
「君が槍で刺した人は生きている。後遺症も残らない。だから、安心しろ」
「ほん、とう……?」
「ああ。ランスの友人として保証しよう。後で本人に謝りに行くといい」
「よか……あの人、死ななく……ご、め……」
意識を失った少女を抱き上げ、宇佐美さん達の所に戻ってくる。当然ながら警戒心を露わにする宇佐美さんに苦笑しながら、彼女から数メートル離れた位置に少女を降ろす。
「大丈夫です。命に別状はないですが、動けるような状態じゃないですから」
「そう、ね……」
口では納得しつつも、その視線は少女から離れていないし、眠っている九条さんの襟を強くつかんだままだ。
……負傷して意識を失った人にこういう感情を抱くのはいけないのだが、九条さんの恰好やばいな。お尻もろ見えじゃん。
流石に罪悪感が強いのでガン見はさける。チラ見はしてしまうが、どうかそれは勘弁してほしい。
「恨むなとは言いません。だけど、情状酌量の余地はあるかと」
「……精神干渉ね」
「お気づきでしたか」
「今になってだけど。私も何か不思議な声に誘導されていた気がするわ……」
頭を片手で押さえ忌々し気に宇佐美さんが呟く。
この意識を失っている少女も恐らくそうなのだろう。阿佐ヶ谷先輩や晴夫とは方向性が違うようだが、なんらかの洗脳を受けていたとみるべきだ。
……ああ、うん。
「イラつくなぁ」
人の心をなんだと思っているのか、この黒幕は。恐らくだが諸々の件と同一犯だろう。
別に、人の身命がこの世で最も尊いから、それを損なう者は全て死ねと言うつもりはない。だがそれでも『越えてはならないライン』というのは存在するはずだ。
言い方を変えよう。シンプルに、これをやった奴が気に入らない。よって殴る。ついでに人外だったら法律も関係ないのでぶった切る。
「ああ、そう言えば」
外骨格も壊れた事だし、スマホを取り出す。
麻里さんの現在地がわからないのだ。連絡して合流しなくては。彼女は思考回路以外純然たる人間なので、こんな危険地帯を単独行動は危なすぎる。
そう思ってスマホを起動しようとする。
……はて。ホームボタンを押しても反応しないな。電源ボタン……も、反応しない。え、まさか、いや待て嘘だろう?
「えっ、いや、え?」
「どうしたの?」
こちらの動揺に不安を感じたのか、慌てた様子で問いかけてくる宇佐美さん。
落ち着け俺。ここは敵地。とりあえず冷静になれ。
「スマホが起動しません。宇佐美さんから単独行動中の麻里さんへ連絡をお願いします」
「そう、わかったわ」
ポケットからスマホを取り出す宇佐美さんを横目に、決意を新たにする。
よーし、今回の黒幕が人間だったら奥歯へし折った上で慰謝料をふんだくる。人外だったら首を落としてから家探ししちゃうぞー。
「あら?」
「どうしました?」
「……花園さんの携帯に繋がらないわ」
* * *
サイド 日向 黒木
「ぬおおおおおおおおおおおお!?」
絶叫をあげながら、見苦しく逃げ回る『ピクト人』を追いかける。
「お前とお前は回りこめ!絶対にあの蛮族を逃がすな!」
部下の騎士たちに命令を飛ばしながら、自分も奴を追いかける。
よもやこのキャメロットの中にまで奴らの侵入を許してしまうとは。警備の騎士たちは何をしていたのか。
弟のガレスもどこで、弟……だっけ?
まあいい。兄ガウェインはアーサー王と共に侵攻を開始した黒き龍の討伐に向かった今、この『ガヘリス』が城を守るのだ。
己が纏う黒の軽鎧は伊達ではない。本来騎士として不名誉たる『黒』は、いかなる汚れ仕事でも成し遂げる決意の表れである。
それにしても、随分とすばしっこいピクト人だ。身体能力は我ら騎士たちとは天と地ほどの差があるというのに、不思議と追いつけない。
このキャメロットに常駐する騎士四十人全てを投入しているというのに、あと一歩で逃げられる。
まるで、こちらの動きが全て見えて……いいや、『俯瞰』できているかのようだ。
「なんで私を追いかけるのさー!こんなか弱い乙女を寄ってたかって、騎士として恥ずかしくないのかい!?」
「黙れ忌まわしき蛮族め!」
何故かはわからないが、奴だけは殺さなければならないと自分の奥底が叫んでいる気がする。
いかにこちらの動きが読めているかの様な動きであろうと、逃げ道を塞いでしまえばいい。奴の身体能力は所詮常人。
「よ、ほ、はっ!」
竪樋を猿みたいに登ると、横のベランダに飛び移る。だが中にいた騎士たちが窓を突き破ってくるなりベランダの柵の上を駆けていき、次々と教室ごとのベランダに飛び移った後近くの木へと跳び込む。
ガサガサと音をたてて木から降り立ち、また走り出す。
……本当に人間か?
「はっはっは!数々の乙女たちから下着と恋心を盗んできたこの美しき愛の怪盗である私を捕らえられると思うなぁ!」
校舎周りには木が数本しかない。それらを上手く使い騎士たちの手から逃れると、奴はまた校舎へと騎士が割った窓から跳び込んでいく。
「くぉのぉ『ミス・ミラージュ』を捕まえられるかなぁ!それはそれとして誰か助けて!?」
どったんばったんと校舎から衝突音や破壊音が響いてくる。
「とぉ!」
二階のまだ割れていない窓を開けて飛び出して、華麗に着地する蛮族。
それに背後を校舎で塞ぐように半円状に囲い、それぞれの武器を突き付ける。
「だったら逃げてみろミス蛮族!」
「誰が蛮族か!?」
どうやって校舎内にいた騎士たちを撒いたかは知らないが、これで――。
「おたすけー!?」
「やれ」
部下達に指示をとばせば、一斉に武器を突き立てに行く。あの『外から来た者』を討ち取る為に。
「ひぃぃぃ!」
その場に奴が蹲るが、構わず振り下ろされていく武器たち。
だが、その瞬間校舎の壁が爆散。内側から何かが飛んできて並んだ騎士たちの一角をふき飛ばす。
「なんだ!?」
咄嗟に横に跳んで倒れてきた部下を避ければ、そいつに覆いかぶさるようにして校舎へと配置していた騎士が倒れていた。
「なっ」
「まったく……なぜ僕が貴女を助けなければならないのですか」
土煙の中から、聞き慣れない女の声が一つ。
「僕、貴女のこと嫌いなのですが」
強い風がふき、声の主が明らかになる。
紫色の瞳に白磁の肌。まるで芸術作品のように整った顔立ちは凛々し気で、均整の取れた体はピッチリとした白黒のボディスーツに包まれている。
華奢な体に不釣り合いな右手に自然と目が向かう。黒地に蒼で装飾された武骨なそれは、成人男性の手よりも大きく、指先は鋭く尖っている。まるで大型肉食獣の爪みたいだ。
そして左手には白い柄に黒い穂先の、二メートルほどの槍。柄を伝うように蒼の装飾がされているだけだが、不思議と芸術品の様な美しさを感じる。
最高級の銀を溶かしたような髪を一本にまとめ、風に弄ばせながら現れる一人の『騎士』。
「もー!遅いよぉ」
それに蹲ったまま抗議する蛮族だが、騎士は露骨に無視をしてこちらへと視線を向けてくる。
人の姿のはずなのに、人とは思えないほど美しい騎士。その姿を見て、何故か自分は『会長』を思い浮かべていた。
かいちょう?誰だ……ここはキャメロットで、いや、校舎?
「黒木ですか……それに、この騎士たちはここの生徒達ですね」
騎士の声でハッとし、剣を構えなおす。今は余計な事を考えている場合ではない。城を守らなければ。王や兄に顔向けが出来ない。
それに、兄達には伝えていないがランスロット卿がわけのわからない事を言って壁に頭を打ち付けたかと思えば、森の方へ行ってしまったのだ。自分が頑張らなければ。
「かつての仲間として、手荒な事はしたくないのですが……」
「やれーやれー!ぶっとばせー!」
背後に隠れながら野次を飛ばす蛮族の顔面に右手で裏拳を叩き込んで沈黙させると、騎士は槍をゆらりと構える。
「ですが、『あのお方』の邪魔になられては嫌ですし、この体の試し相手となって頂きましょう。ご安心を。後に残るような怪我はさせませんから」
「かかれ!」
自らも剣を両手に構えながら、我が『力』の発動を用意する。
『ガヘリスの黒き手は』
一度しか使えないが、もとより女性相手にしか使えないピーキーな力だ。
だが、相手が女性であれば問答無用でその首を落とす、必殺の一撃。
『母の血にて――』
騎士の首を見据え、力の発動をしようとした。そう、しようとしていたのだ。
「え?」
気が付けば、能力の起点である刀身がなくなっていた。回転しながら飛んでいくそれを見送っていると、首に衝撃。後になって、首を石突きで突かれたのだと気付く。
「危ない危ない。貴方の能力は今の体だと非常に脅威なのでした」
仰向けに倒れながら、スローモーションになって見える視界に同じように倒れた騎士たちが映る。
強すぎる。反応すら出来なかった。
だが何故だろう。あの騎士の動き、目で追えなかったはずなのに自分は『見た事がある』気がするのだ。
地面に倒れ、見上げた月は。
血の様な紅と、輝かしい銀が食い合うようにして彩られていた。
読んでいただきありがとうございます。
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