第八十八話 選択
第八十八話 選択
サイド 剣崎 蒼太
なんだったんださっきの。
ひたすら阿佐ヶ谷先輩から逃げ回り、走りながらくっついた外骨格を破壊していたのだが、途中である可能性に気づいてしまった。
『アーサー王から逃げるヴァーディガーン』
『自決するヴァーディガーン』
『アーサー王大勝利』
お前ふざけんなこら。なんだこの箇条書きマジック。
なにが嫌って、こういうこじつけが成立しかねないのが魔法における『見立て』である。むしろ、こじつけるための魔法式とも言える。
プラン変更。自分で破壊するのでなく、味方に壊してもらう。とにかくアーサー王及び、円卓の騎士に破壊されるのだけは避けるのだ。
となると、合流したいのは宇佐美さん達となる。麻里さんは正直論外だ。というか彼女がどこにいるのかもよくわからん。
なので気配を探って彼女らのもとにたどり着いたら、既に変なケンタウロスに襲われている所だったわけだ。
なんとなく気配でアプリ持ちだなと判断し、馬鹿正直に突っ込んできたので雑にぶん投げておいた。
というか、九条さんがどう見ても致命傷だったので焦ったのもあるが。
それにしても間に合ってよかった。普通の人間だったら即死もありえる傷だったのだ。不思議な魔力の流れだと思っていたが、随分と変わった体である。
まあそこはどうでもいい。人とちょっと違うとか言い出したら自分も大概だし。
「宇佐美さん、お願いがあります」
無言で膝に乗せた九条さんの顔を見下ろす宇佐美さんに声をかける。
「この外骨格を破壊してほしいのです。詳しい説明は省きますが、敵に壊されると『見立て』が成立してしまう可能性があります。なので、先に壊してください」
幸い、これの制御方法はだいたいわかった。四肢に力をいれて尻尾も踏みつけておけば勝手に暴れる事はない。脳筋?物事はシンプルな方がいいのだ。
そして、パワーはともかく強度自体はそれほどでもない。手榴弾程度の火力でも壊せるはずだ。まあ、足りなそうだったら攻撃に合わせて内側から魔力で引っぺがすが。
……いつもの感覚でケンタウロスの突進を受けた時ヒヤッとしたのは内緒である。
「……黒江が起きるまで待ちましょう。彼女に壊してもらえばいいわ」
「いえ、時間がありません。貴女にやって頂きたいのです」
「だめよ」
「えっ」
なんで?というか一向に顔を上げてくれないのだが?そんな俺嫌われているの?
「私じゃだめ。もしも黒江が待てないなら、花園さんに壊してもらいましょう」
「麻里さんは現在地が分かりませんし、そもそも普通の人間です。これを壊す火力は出せません」
「それでも、私がやるよりはいいはずよ」
「……理由をお聞きしても?」
本格的に時間がない。今は道中で阿佐ヶ谷先輩を校舎の瓦礫で生き埋めにしておいたが、たぶん自力で出てこられるだろう。下手に近づくと外骨格の抵抗が強くなるので接近戦で無力化も難しいし。
「私が何かをしようとすると、よくない事が起こる」
「は?」
「やることなすこと、全部裏目に出るのよ。だから、私は何もしない方がいい」
なんだそのやけっぱちニート宣言。
「宇佐美さん。どうしてそういう結論に至ったかは知りませんが、今は貴女しかいないのです。どうか助けてください」
「無理よ……」
だめだ、話を聞いてくれすらしない。
なにか精神系の魔法でも受けたのか?魔力の痕跡は……なんか薄っすらある気もするが、よくわからん。そもそもこういうのは苦手分野だ。強いて言うなら、現在は影響下にない、はず?
「私は生きているべきではなかったの……生きている事自体が間違っていたのよ」
なんか語りだしたぞ。
「私が、私が生きていたから、兄さんも、黒江も……」
……あ、これだめなやつだ。
人に語れるような人生経験は積んできていないが、それでも今の彼女が精神的に憔悴しきっているのはわかる。
自分に自信がもてないの、一番強い状態とでも言えばいいのか。生徒会時代、偶にこうなっている生徒を見かけていた。意外といるのだな、そういう若者。
こういう時どうすればいいのか、何を血迷ったのか麻里さんに聞いた時、一番手っ取り早い立ち上がらせ方として『自分に依存させる』と彼女は言っていた気がする。
その場でちょっと強めのデコピンを叩き込んだ。それを立ち上がらせるとは言わない。
ではどうするのかとなった時、自分はなんと答えたのだったか。だが、まあ。どうするつもりなのかは今も変わっていない。
「ふんっ!」
自分の顔面へと全力で拳を叩き込む。風圧と轟音に驚いた宇佐美さんがこちらを見上げるが、無視して兜を引っぺがしにかかる。
べりべりめきめきと強引に兜を脱ぎ去ると、その辺に放り投げた。
即座に修復しようとする鎧を、魔力を高ぶらせる事で妨害。今はとにかく、顔を露にして彼女と目を合わせたかった。
片膝をつき、視線の高さを宇佐美さんに合わせる。
「ご自分が、間違っているとおっしゃいましたか?」
「っ……そうよ。私は間違っている。間違いばかりをおかしてきた。きっと、これからも。だから」
「いいえ、貴女は間違っていません」
「は?」
訝し気に、眉を顰める宇佐美さんに出来るだけ柔らかい笑みを浮べてみせる。
「嘘よ。気休めはよして。正解をひいていたのなら、兄は、黒江は……」
「貴女は間違っていない。だって、今ここにいるのだから。正解かどうかはわからないけれど、それでも間違ってはいないのです」
宇佐美さんが心底不快気にその顔を歪め、こちらに掴みかかってくる。
狂相と言われても納得する顔を近づけ、唾が飛んでくるほど怒鳴り散らす。
「違う!私は間違ったの!何も知らないくせに!化け物のくせに勝手な事を言わないで!」
「ええ。何も知りません。ですが、間違っていない事だけはわかるのです」
首を絞めてくる彼女の指へ、そっと手を添える。
「だって貴女は『選んだ』のだから」
「……その選択が、間違っていたって言っているのよ!」
「選択をしない事が、間違いなのです」
これはあくまで持論でしかないが、人が人らしく、人として生きるには何が大切か。己が人生を生きるのに何が必要なのか。一度死んで、何人も殺して、色々と考えた事がある。
それは食か?衣服か?住居か?それらも確かに大切だ。しかし、その人の人生だと、断言できる物は何か。
それこそが『選択』だと俺は思っている。
「きっと、今まで多くの苦難が貴女にあったのだと思います。悲劇も喜劇も、運命と呼ぶにはあまりにも歪で残酷な、偶然と必然の連続だったのでしょう」
「何をわけの分からない事を……!」
感情の高ぶりで言葉も出なくなった宇佐美さんへと語り掛ける。
「その多くに、貴女は逃げる事もできたはずです。目を閉じ、耳を塞ぐ事もできたはずです。他人に選択をしてもらって、ただ流されるだけでもよかったはずです」
そうしなかった事が間違いだとは、思えなかった。
「だけど、それでも宇佐美さんは選んだ。選択とは人が人として生きていくうえで最も大切な事だと俺は思います。それがどんな結果になろうとも、それだけは、貴女の人生だと言い張れる証拠なのだから」
自分でも何を言っているのかわからない。だけど、感情のままに吐き出してく。
本当は、ちゃんと腰を落ち着けて冷静に話すべきなのだろう。精神に関する医者に頼んで、きちんと療養すべきなのだろう。
それでもこの人に、今立ち上がってほしいのだ。そうでなければ、一生蹲っている気がしたから。この人がそうなるのは、なんだかもったいないと勝手に思ってしまうのだ。
「貴女は選択を放棄しなかった。だから、貴女は、貴女の人生は間違いなどではない」
「嘘よ……だったら、なんで兄は……どうして」
力が抜け、滑り落ちていく彼女の手を握って止める。
「ごめんなさい。あまり口が上手い方ではないから、ちゃんと伝えられないけれども……どうか、選んでください。俺を助けるか、助けないか。まあ、個人的には助けてくれると嬉しいのですが」
不安で泣きそうな子供を安心させるように、笑みを浮かべる。
「貴女の選択がどちらであれ、できれば胸を張って選んでください。自分を信じて、堂々と」
「あっ――」
彼女の琴線に、何が触れたのかはわからない。
だが、酷く淀んで瞳には微かにだが光が戻り、片手は魔導書に、もう片方はこちらの胸元に添えられる。
「さあ、来てください」
「……うん」
彼女の魔力が魔導書と指先を循環し、それを加速、増強するようにこちらの魔力も上乗せする。
あっさりと、まるで飴細工のように黒の怪物は砕け散った。
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