閑話 宇佐美京子の不正解
閑話 宇佐美京子の不正解
サイド 宇佐美 京子
宇佐美グループ。戦前に創設され、戦後の荒波さえ乗りこなし日本でも有数の資産を有する。そんなグループの会長の孫として、私は生まれた。
表において経済界、政財界で活躍する我が家の実態は、平安から続く魔術師の家だ。といっても、当時は決して大きな家ではなかったらしいが。
うちが頭角を現し始めたのは大正に入ってからのこと。貿易関係の会社を立ち上げ、海外と密接に関わってきた。その実態は外国の魔術師との婚姻を主目的とした隠れ蓑。
というのも、宇佐美家は時代だけがとりえの二流一族。国内では名門魔術師たちから碌に相手をされず、海外に血を求めた結果である。
それが功を奏したのは第二次世界大戦後。
日本が敗戦し、GHQがやってきた。彼らは日本の統治を組みなおすうえで、国内の魔術師を『収穫』していったのである。
アメリカはインディアンのシャーマン達を排斥していた事もあり、表とは逆に魔術後進国であった。しかし、戦争時外国からの呪術攻撃に危険を感じ、各地から魔術師たちをかき集めていたのだ。
それが、現金での勧誘か、表の権力による誘致か、はたまた銃を突き付けての拉致なのかは別として。
そうして、日本国内にいた名門魔術師たちは次々とアメリカに連行。『貴重な資料』とされた。当然彼らもされるがままとはいかず、必死の抵抗を行った。
だが、どれだけ魔術に優れていようと近代兵器を前にはよほど有利な場所で戦わなければならない。そして、そう言った場所は空襲にて破壊しつくされていた。
こうして、日本国内の古くから続く魔術師たちは姿を消したか、あるいはその力を大きく削がれたのである。
宇佐美家を除いて。
我が一族は積極的に海外の魔術師と協力していた事もあり、その伝手を頼ってどうにかGHQの魔の手から逃れたのだそうだ。外国人がよく出入りしていた事から近隣住民からはよく売国奴と噂されていたが、国の情報は流していなかったらしい。
というか、流せるだけのコネが国内になかっただけだと思うが。
そして、そのすぐ後にアバドンによる被害が大っぴらに出始めた。最初の頃は人食いクマの仕業とされていた事も、奴の暴れた結果だと判明したのだ。
まるで冬の森に放たれた火のように広がる、世界中のアバドンによる被害。しかもあの怪獣は魔力の多い所を重点的に狙っているらしく、魔術師や教団の霊地が積極的に荒らされた。
それに続くように今度は人斬りによる大国の主導者たちへの暗殺。世界中が大混乱に陥った。
結果、宇佐美家が借りを作っていた海外の魔術師たちも力を失い、わが家を頼る事に。曾祖父はそれを利用して有利な契約を多数結んだとか。
閑話休題。話を戻そう。
そんな家に産まれたのが私だ。当然父の次として期待されるわけだが……。
それは、『兄』の方だった。
私は宇佐美グループ会長の『二人目』の孫。長男が存在した。私よりも五つも上の兄、宇佐美敏夫が。
兄は優秀だった。経済や政治といった『表』の知識も、魔術や邪教についての『裏』の知識も、まるでスポンジが水を吸うように身に着けていった。
それでいて兄は他者に優しく自分に厳しく、研鑽を怠らなかった。
しかし優しいだけでなく魔術師としての冷酷さも忘れていない。必要と判断すれば自分も他人も駒として割り切れる一面も持っている。正に宇佐美家の後継者として理想的な存在であった。
それに比べて私は、特にこれと言ったとりえもない。
勉強は教育もあって学校でも上の方だったが、最上位には届かず。
運動は才能かはたまた出不精な性格故か、同年代の全国平均を随分と下回り。
魔術については、生贄を使う儀式を見るだけで嘔吐するし精神の干渉にあっさりとひっかかる。
凡才。そうとしか言いようのない女の子だった。家の事を除けば、どこにでもいる普通の子供と言ってもいい。
家の者達は誰も私には期待せず、私もまた、家の事は兄がやってくれるだろうと呑気に構えていた。
だが、黒江だけは違ったのである。
『さあ、鬼ごっこです。捕まったら受け身の練習ですからねー』
『やだー!お本読むー!』
『残念強制でーす』
何故か私につきっきりで、やたらと世話を焼いてくる変なメイド。口調は柔らかいのにいつも無表情で、正直怖かった。
だが、仕事で両親が忙しく中々会えなくて寂しい夜に、黙って抱きしめていてくれたのを覚えている。
そんな黒江が、ほんの一週間だけ家を留守にした時がある。当時は実家の事情と言っていたが、今はそれが宇佐美家の裏に関わる仕事なのだとわかる。
その、たったの一週間。それだけの時間で、私の兄は死んでしまった。
宇佐美家に恨みを持つ、元名門の生き残り達。彼らがその身を犠牲に大魔術を行使した。その対象は、当時小学生だった私と高校生だった兄の二人。
転移魔術の応用で異界へと改造された洋館へと着の身着のまま飛ばされた私達は、そこで死のゲームを行わされた。
魔術とは、条件をつければそれだけ強力になる時がある。北欧における『ゲッシュ』などが代表的だ。
それにより、内側から条件を満たせさえすれば脱出はできる仕組みとなっていた。
兄はその事にいち早く気づくと、恐怖で泣きだす私をあやしながら脱出に向けて動き出した。
死の恐怖に打ち勝つ試練も。人食いの怪物たちとの知恵比べも。甘く蕩けてしまいそうな幸せな幻想にも。兄は屈することなく踏破した。
そして、最後の試練。これさえ突破すれば無事に出られる。
だが、兄はもう動く事すらままならなくなっていた。
洋館内で見つけた数少ない水や食料を多めに私へと与え、その上で危険は全て背負っていた。いかに才能あふれた兄とは言え、限界がきていたのだ。
『ここは京子が頼むよ。僕を助けておくれ。ちょっと疲れてしまったんだ。大丈夫。胸を張って堂々とお行き。自分を信じて』
そうして兄に送り出された私は、分不相応にもやる気に溢れていた。ここまで助けてくれた兄に恩返しがしたかったのもあるが、それ以上に嬉しかった。
何者でもない凡才の私が、宇佐美家の歴代でも極めて優秀とされた天才の兄に頼られた事が、何よりも誇らしかったのだ。
だから私は間違えた。
出されたのは、簡単なクイズだったはずだ。その内容は未だに思い出せないけども、それほど難しい物ではなかったのは覚えている。
だから私は、裏を読み取ろうとしたのだ。
これだけの事をした魔術師たちが用意した試練。そんなに簡単な内容のはずがない。これはきっと罠なのだ。
そう賢し気に自分へと言い聞かせて、二つあるうちの片方の扉を潜ってしまった。
窓を塞がれた薄暗い洋館から出て、眩しい朝日を見た時は眩暈さえ覚えた。それでも自分は正解を選んだのだと嬉しくなり、笑みを浮かべて館へと振りかえったのだ。
そして私は見る事となる。洋館の中で影から這い出てきた黒い怪物たちに体を食われていく兄の姿を。
鬼や悪魔を彷彿とさせる捻じれた角の怪物たちは、その口元を兄の血で真っ赤に染めながら、ケタケタと笑って彼の血肉を貪っていた。
悲鳴をあげてその場に立ち竦む私に、兄は笑っていた。心底安心したという顔をして、最後の魔力を振り絞り怪物どもを己が体に縛り付け、生きたまま食われていたのだ。
助けに行きたかった。兄を死なせたくなかった。なのに、私は動けなかった。
ほんの数メートルの距離を踏み越えられず、お爺様の私兵を引き連れた黒江が現れるまで棒立ちとなっていた。
兄が、食い殺されるのを見つめ続けたのだ。
『敏夫様がお亡くなりになられるなんて。あの方が生きていれば宇佐美家は安泰だったのに……』
『既に海外の名門魔術師すら一目おく腕前だったんだろ?それがあんな簡単に死ぬなんて』
『足手纏いがいたからだ。まったく、妹の方が死んでいればよかったのに』
『敏夫様が死ぬのを黙って見ていたって話だぞ?優秀な兄が疎ましかったんじゃないか?』
『いや、もしかしたら犯人たちの手引きをしたのがお嬢様の可能性も……』
『あーあ。出来損ないの方が死ねばよかったのに』
そんな声が、あちらこちらから聞こえてきた。
黒江はそういう事を言う使用人を見つけては、『二度と固形食が食えない口にしてやる』と言って殴りかかっていた。だが、私は彼らの言う事が間違っているとは思えなかった。
私が間違えたから、兄は死んだのだ。
私の方が、あの時死ぬべきだったのだ。
お爺様から、お父様の次の当主として指名された時、強く誓った。
今度こそ間違えない。兄の時の様な選択を、絶対にしないのだと。
読んでいただきありがとうございます。
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数分後に、第八十八話を投稿させて頂く予定です。よろしければそちらも見てください。