第八十六話 秘密満載メイド忍者VS男装女子高生ケンタウロス騎士
第八十六話 秘密満載メイド忍者VS男装女子高生ケンタウロス騎士
サイド 九条 黒江
さて、どうしたものか。
抱えているお嬢様は精神的ショックで動けそうもない。だが、仕方がないと言えば仕方がない。
彼女の心はあまりにも魔術師に向いていないのだ。倫理観が人の世に寄り過ぎている。
自分は人の社会でしか生きていけないという自覚故もあるのだろうが、それ以上に性根の部分が優しい子なのだ。人一人殺すのにも、ぐるぐると考えて、ようやく決断しても後になって後悔し続ける。魔術師なら理由もなく人が殺せて当たり前なのに。
優しく育ってくれたのは彼女の教育係も兼ねている自分としては嬉しい。だが、魔術師でない普通の人間は、こうして『人の世の常識』から大きく外れた存在と相対した時に逃げる事すらままならなくなってしまうわけだ。錯乱して仲間に殴りかからないだけマシと言える。
「いきます」
「迷惑なのでこないでください」
わざわざ口に出して攻撃してくるのは慢心か、はたまた人を攻撃する事への忌避感ゆえか。あいにく、そう言った人の感情の機微というやつに疎い私ではわからない。
凄まじい速さで突撃をしてくる白銀の騎士。盾と突撃槍を構え、猛然と走ってくる様はさながら暴走特急。その速度は間違いなく新幹線クラスだ。まともな生物が走って出せる速度ではない。
ほとんど一瞬に近い感覚で現れた槍の穂先を、辛うじて回避。お嬢様を抱えたまま、真横に倒れるように飛び退いた。
メイド服の肩がはじけ飛ぶのを感じながら、視線を後方に。数十メートル離れた先で、日向白木が方向転換をしている。少し欠けた肩の皮膚を内側から溢れさせた『黒い粘液』で戻す。皮膚を完全に再生させたので、相手には気づかれていまい。
どうやらあの下半身では方向転換が難しいらしい。そういう所は突撃騎兵なのか。あの速度で走り回られたら厄介だな。しかもここはグラウンド。遮蔽物などありはしない。
かといって、校舎の方に逃げれば背中を突き刺されて終わるか。速度が違い過ぎる。
となると。
「お嬢様、失礼します」
「くろ、え?」
ぐるりと遠心力をつけながら、全身の筋力を『増やす』。そして勢いそのままに校舎の方へとぶん投げた。
「え、ひゃ、ああああああ!?」
「着地にお気を付けくださーい」
運動音痴なお嬢様だが、受け身だけは泣こうが喚こうが無理やり覚えさせたので死にはすまい。手足の骨折ぐらいはするかもしれんが。
背後で日向白木が一瞬どちらを狙うか迷っている様を『即席の目』で確認。髪で相手からは見えないようにしながら観察。
やはりだ。彼女は戦闘のド素人。そのうえ、人殺しなんてした事がない。まあ、現代日本では普通の事だが。そうでなければ初撃で勝負がついていたかもしれない。
カタログスペックが違い過ぎる以上、狙うなら中身か。
体の向きをそのままに『手のひらから』取り出した閃光弾を、肘関節を調整して投擲。ちょうど自分と日向白木の中間程で発光する。
「なっ!?」
上ずった声をあげる日向白木へと走り出す。光に潰された目など『交換すればいい』のだから。
右手に握ったナイフを手に、盾を持つ左側面から跳躍。空中で投擲する。
「このっ!」
どうやらあのアプリは五感も強化されているらしい。音だけで判断したか、投げたナイフはあっさりと盾で阻まれた。
ああ、うん。どうやら予想通り、本当に素人のようだ。あれだけ重厚な鎧を着ておいて、しかも馬の下半身なのに立ち止まっているとは。
ナイフ程度を防ぐため大仰に掲げられた盾を踵落としで下にさげ、左足裏を兜に守られた顔面に向ける。
「はいどーん」
「!?」
靴裏を突き破って放たれた散弾が、白銀の兜に着弾して多数の火花をあげる。
硬い。いったいどんな強度をしているのやら。とりあえず『鉄の属性』や『火の属性』になんらかの特殊な守りがあるわけではなく、単純に硬いだけみたいだ。シンプルに硬いのが一番やっかいなのだが……。
「小癪な!」
「おっと」
盾を跳ね上げられて乗せたままだった足が宙を泳ぎ、無防備な体に横薙ぎの突撃槍が振るわれる。
それに対し身を捻り――いいや、『捻り上げて』回避。
「は?」
一瞬動きが止まる日向白木に、体の捻じれを戻しながら蹴りを叩き込む。側頭部に直撃したが、響いた様子はなし。衝撃を利用して距離をとる。
「な、なんなんだお前は……!」
どこか怯えさえ含んで問いかけてくる日向白木に、優雅に着地しながらカーテシー。
「宇佐美家のメイドをしております、九条黒江と申します。今宵一晩だけ、お見知りおきを」
「ふざ、けるな!」
恐怖を隠すようにあげられる怒声と同時に行われるランスチャージ。それがメイド服の腹部を貫く。
メイド服『だけ』だが。
「っ!?」
「上です」
「なっ」
馬鹿正直に上へと視線を向けた日向白木の下半身。馬部分の腹部へと下からナイフを突き立てる。
「む」
鎧を纏っていないここも硬いのか。ナイフが刺さるどころか欠けてしまった。
「うわぁ!?」
驚いたように日向白木が馬脚を何度も地面に叩きつけ、そして慌てて距離をとる。
数秒程グラウンドを走りまわってから、既に移動していた私に気づき体ごと槍を向けてきた。
「……なんだ、その恰好」
「この服ですか?」
メイド服の下にいつも身に着けている『私の正装』の事だろうか。
「まあ、気になるのも無理はありません」
スレンダーな体を包むのは私の心を示すかのように純白の着物。しかし袖はなく丈も極端に短い。鼠径部が見えるぐらいだ。清純なのにセクシー。もはや私そのものでは?
すらりと長く違和感のない程度に細く長い手足は、黒の長手袋とニーソックスで隠されている。ただし、ニーソックスは先端が足袋のようになっているが。
女性にとって一番大事な箇所を隠すのは褌一つのみ。ふう……セクシー過ぎません?自慢の小ぶりで綺麗なお尻が丸見えですよ。
まあ、私の『理想となるよう作った』のだから当たり前ですが。
「現代でくノ一を見るのは初めてでしょう」
「痴女じゃないか!?」
「失敬な。この着物の綺麗な花柄が見えませんか?乙女心のわからない人ですね」
「っ……ふざけるな!!」
真っすぐと突っ込んでくる日向白木。その軌道は本当にわかりやすい。適当に煽っただけでコレなのだから、普段はきっと素直ないい子なのだろう。
真上に跳躍して突撃槍をやり過ごしながら、空中で内腿からピアノ線を放出。馬体の後ろに降り立ち、彼女の上半身に絡みつかせたそれらを両手でひっぱる。
「がっ!?」
「せーのっ」
日向白木の背中を片足で踏み押しながら、首に絡ませたピアノ線を全力で引っ張る。四肢の筋肉も増やしながらだ。ヒグマだろうと首を落とせる。
……いや本当に硬いですね。主食は戦車の装甲板ですか?
「こ、が、ぁ………!?」
「女性らしい女性を見ると腹立たしくなりますか?『自分は好きな人に女性として近づけないのに』と」
「っ!?」
動揺が背中越しにも伝わってくる。
激しくなる動きに、縦横無尽に走り回る馬の脚。バランスがかなり悪いが、気合で耐える。あいにく、固定に回せる『質量』はない。
「夕方、私とお嬢様が大泉ランスに近づいたら、わかりやすく睨んでいましたからね。誰だってわかりますよ。まるで発情した犬が別の犬を威嚇しているみたいで」
「だま、れぇ……!」
「おおかた、女性としてでは彼の気を引けないと思い、双子の兄に協力してもらったようですね。随分と兄妹仲がよろしいようで」
日向白木が走り回り、グラウンド端の用具入れに突っ込んでいく。三つほど並んだ鉄製の小屋を一直線に貫き、破片がこちらの体に突き刺さった。
問題ない。表面で受け止められたので内臓には届いていない。むしろ、『補充』も少しならできるか。
突き刺さった破片を取り込みながら、口を回す。
「それで?愛しの彼に思いは伝えられたので?そもそもなんでこんな所でこんな事を?ああ、けど相手には恋人がいたんでしたっけ。となると、ここで私達と戦っているのは岸峰グウィンを彼から引き離すため?その為に愛しい人も騙して?おやおや、随分とまあ」
相変わらずまともに表情筋は動かせないが、声音だけは全力で嘲りをのせる。
「女々しいことで」
「っあああああああああああああ!」
瞬間、日向白木が高々と跳び上がる。馬の四本脚で地面を強く踏みつけ、グラウンドに大きな砂煙とクレーターを作りながら地上十メートルほどまで一足で。
「これは……」
判断力を奪おうと怒らせすぎたかな?いやだって冷静になられたら両手にも巻いたピアノ線の操作が甘い事に気づかれそうだし。ぶっちゃけ重心や力み具合を読んで、適宜力の配分を変えないと簡単に振り払われるし。
やむなくピアノ線を放棄し、空中で彼女の背中を蹴って距離をとる。直後、大きな音をたてて背中から地面に落下する日向白木。半瞬遅れて、自分も破れたメイド服の傍に音もなく着地する。
砂煙を注視しながら、メイド服を持ち上げてスカートをあさる。
これでこちらの武器は残り手榴弾二つにナイフが一本。そして散弾が二発分。
困った。
「殺す!殺してやる!」
土煙の中で、立ち上がる文字通りの意味で人馬一体となった異形の騎士。その殺意を向けられながら、ナイフを構える。
これは、私の手に余るなぁ。
目を新しくつくり、お嬢様の方を確認。こうなっては、彼女だけでも逃がさなければ。たとえこの身が………。
え?
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Q.日向白木って誰だよ唐突過ぎんだろ
A.あとで色々書くので……なんもかんもシナリオスキップした剣崎が悪い。
Q.このメイド忍者なんなの?
A.あとで色々書くので……なんもかんも(ry




