第八十五話 看破
第八十五話 看破
サイド 剣崎 蒼太
一部だが、黒幕の狙いが透けて見えた。そいつは『ここをキャメロットにしたい』のだ。
アーサー王伝説を再現し、この場を当時のブリテンと『見立てる』。そういう魔法を行おうとしているのだ。
この学校に通う生徒達にアプリで力を与える事で騎士とし、怪物たちを倒させる事で『武功』をたてさせる。それこそ、円卓の騎士として相応しいほどに。
円卓の騎士がいて、アーサー王の伝説が再現された場所。『だからここはブリテンのキャメロット』だと言いたいのだ。
子供の言葉遊びにすら劣る。だが、それでもとっかかりが出来てしまえば、膨大な魔力と技量さえあればどうとでもなる。
「我が国、ブリテンを貴様に壊させはしない!」
晴夫の傍に落ちていた剣を拾い上げ、二刀流の構えをとる阿佐ヶ谷先輩。なるほど、彼がアーサー王役か。生徒会長というのもおあつらえ向きだ。どうも、この学校は普通の高校より生徒会の力が強いらしいし。現在絶賛洗脳中のようだが。
となると、自分がこの場ですべき事は一つ。
「人違いです!」
「あ、待て!?」
三十六計逃げるに如かず。
ここで戦えば、中の自分はともかく外骨格の『ヴァーディガーン』が壊される。これが壊れるのはいいのだが、それで『アーサー王が悪龍を討伐した』という判定が出ても困る。
となると、彼がいる場所では自力で壊すのもなしだ。こじつけが発生するかもしれないし、そうでなくとも隙だらけとなる。
ならとにかくこの場から逃げる。晴夫が少し心配だが、伝説ではガウェインが死ぬのはモードレッドの反乱の時。たしかランスロットの討伐が失敗となって帰って来た後だ。
なによりこのアプリ、思った以上に内包する魔力が多い。晴夫の命をつないでくれる可能性が高いだろう。黒幕の腕を頼るようで不愉快だが。
視界の端、いつの間にか月の色が紅に染まっている。恐らく、自分がこの外骨格に包まれたあたりで結界に引きずり込まれたか。
なんともまあ、我ながら油断をしていたものだ。狩る側だと思って足元を掬われるとは情けない。
だが、思い通りにはさせない。俺の友達に好き勝手したつけ、払ってもらう。
* * *
サイド 宇佐美 京子
「これは、結界?」
周囲を警戒しながらグラウンド近くを歩いていた所、月の変化に気が付く。遅れて、大気中の魔力の変化も察知した。
モンスターの襲撃があるかもしれないと魔力を探っているのだが、近くにそれらしいものは感じ取れない。
「とりあえず、すぐに何かあるというわけではなさそうね」
「お嬢様、お気を付けください」
小さく息を吐いた所に、黒江の抑揚のない、しかしいつもより硬い声が響く。
「黒江?」
「静かすぎます。近くに怪物どもがいないのではありません。この空間内自体にいないのです」
「っ!?」
黒江の言葉に、すぐさま魔力の探索範囲を広げる。前回入った時にやっていれば、間違いなくモンスターどもを呼び寄せる愚行。
しかし、その探索には一切ひっかからず、そして誰も出てこない。
いや、一人だけ近づいてくる者がいる。
「宇佐美さん!」
「……日向君」
こちらに駆け寄ってくる、制服姿の少年。学ランの下から、アニメキャラがプリントされたTシャツが見えている。
「宇佐美さん、大丈夫ですか?」
「ええ。問題ないわ」
「よかった……まさかと思って見に来れば、こんな所にいるだなんて。ここは危ないですから、すぐに外へ」
そう言ってスマホを取り出す日向黒木――の、そっくりさんの首に黒江がナイフを突きつける。
「え?え?」
「最初に聞くわね。あなたは誰?」
「っ……」
「三秒以内に答えない場合、刺します」
カウントダウンを開始する黒江。ほぼ同時に、日向黒木もどきが動く。
手に握ったスマホを操作しようとしたのだ。しかしそれを見逃す黒江ではない。素早く足払いをしかけながら、スマホを持つ右手を捻り上げる。そのまま、ナイフを左の二の腕へと突き刺した。
「がぁ……!?」
「忠告はしたわ」
「まあ抵抗するなら刺すとは言っていませんがね」
そう無表情に言いながら、ナイフを抉る黒江。謎のそっくりさんはうめき声をあげる。
「ずいぶん、手荒ですね……!」
「あら、『レディ』のエスコートとしては落第だったかしら」
「………」
無言を貫く日向のそっくりさん。いいや、この子もある意味『日向』ではあるのか。
「どう思う?日向白木さん」
「ばれていましたか……」
「戸籍を調べればすぐに出るもの」
日向白木。日向黒木の双子の妹だ。彼とそっくりな中性的な容姿をした、別の学校に通う女子高生。
「なぜ貴女がここにいるのか。仲間はいるのか。色々聞きたい事があるのだけれど、お時間頂けるかしら」
「いいですよ」
日向白木が、驚くほどあっさりと頷く。
「私に勝てたら、ですけど」
「黒江」
左腕から引き抜かれたナイフが、日向白木の首へと向かう。だが、それは白銀の鎧で阻まれる。
「くっ」
「お返しです」
黒江の左手が掴まれ、そのまま捻じ曲げられる。人体であれば間違いなく骨が折れ、肉が千切れるほどに。
「おや?」
だが『その程度』黒江にはなんの意味もない。スルリと抜け出し、白銀の背中を蹴りつけてこちらに戻ってくる。
「ずいぶん、変わった体をしているんですね」
ギュルリと回し、腕を元に戻す黒江。
対して、日向白木も先ほどまでのダメージなどなかったかのように平然と立ち上がる。
「今夜だけ、アプリはいつもより力が漲っているようです。手で操作しなくっても、起動してくれるぐらいには」
「申し訳ございませんお嬢様。スマホを鹵獲できるかと欲をかきました。壊すべきでしたね」
「いいわ。まずは無力化するわよ」
「御意に」
黒江が両手にそれぞれナイフを握り自分も魔導書を開く。
「できますか、貴女達に」
「あら、これでもいくつかの修羅場はくぐって来たつもりよ。こっちの黒江はそれこそ何百とね」
「お嬢様、年がばれる事を言わないでください。セクハラですよ」
「今後は気を付けるわ」
軽口を叩き合うが、背中には冷や汗が流れていく。
眼前から感じる日向白木の魔力量は尋常ではない。全身を覆いつくす白銀の鎧は、きっとライフル弾をしこたま受けてもろくに傷つかないのではないか。そう思えてしまう程の圧迫感があった。
完全に判断を誤った。剣崎蒼太の言う通り、各個撃破を想定すべきだったのだ。
時間的に別行動すべきと言ったのは、嘘ではない。だが、それ以上に彼と一緒にいたくなかった。怖かったのだ。
どれだけ人の言葉がわかろうと。どれだけ人の心に近かろうと。隣に得体のしれない怪物を置いておきたいと、いったい誰が思うのか。
そうでなくとも、ただいるだけでこちらの精神を蝕んでくる。それに耐えかねて、花園麻里を仲介とする事で直接関わらないようにしたかった。怪物よりは変態の方が扱い易い。
恐怖で判断力が鈍っていたとしか言いようがない。彼と別行動をし、こうして危機に直面してようやく気付く。
そもそも、いくら恐怖を与えてくる存在でも、彼の精神が人に近い事は察していたはずなのに。
……いいや。彼と一緒にいたくなかったのは、本当に恐怖だけか?精神を壊されるのを嫌がっただけか?
本当は……本当に傍にいたくなかった理由は……。
「では、私も本気を出しましょう」
日向白木の手に大ぶりな突撃槍と盾が現れる。どちらもあり得ない程の大きさと厚さだと言うのに、彼女はそれぞれ片手で悠々と持っている。
だが、わざわざ相手の準備が整うまで待ってやる義理はない。あいにく、自分達は騎士ではなく『魔女』と『メイド』だ。
無言のまま放たれるナイフ。そしてこちらも魔導書に魔力を流し込む。
真っすぐと兜のスリットへと向かっていくナイフが、『腰の鎧』ではじかれた。
「は?」
いきなり日向白木の身長が伸びた?いや、そうだが、そういう事ではない。あれは。
「お嬢様!」
黒江に抱えられ、真横に跳び退る。強い衝撃波を感じ、遅れて土煙が飲み込んでくる。
追いやられるようにグラウンドに立つ黒江と、それに抱えられる私。元いた場所を見れば、そこには真っすぐと地面が抉られていた。
まるで子供が砂場に棒切れで線でもひいたかのような、そんな直線が数十メートルにわたってひかれている。私の腰程まで埋まるほどの深さで、だ。
「さあ、馬上試合を始めましょう?」
硬質な足音をさせながら、日向白木が歩いてくる。その下半身は、純白の馬そのもの。本来首があるべき場所に日向白木の腰がおさまり、さながら物語に出てくるケンタウロスだ。
「……こちらの馬は用意して下さるのでしょうか」
「すみませんが、現地調達でお願いします」
「そうですか。仕方がありません。お嬢様、馬になってください。いえ、牛ですか?」
「あっ、あっ……!」
黒江達が何を言っているのかわからない。
なんだあれは?
一撃。たった一瞬であれだけの破壊をしてみせた。ありえない。どんな大魔術だ。こんな事、お爺様だってそう易々とはできはしない。現代兵器だって、これだけの速度と破壊力を出せるのは携行武器にありはしない。少なくとも自分は知らない。
その殺意が、銃口が、明確にこちらへと向けられる。
「お嬢様」
「……私が思っていたより、貴女の言う修羅場とやらは大したものではなかったのですね」
どこか嘲りをにじませた日向白木の言葉に、反論できない自分がいた。
人食いの鬼を、一対一で打倒した事がある。
村一つ分の生者を惑わす悪霊を、たった三日で封印した事がある。
人を人と思わず、宇佐美家の縄張りで非道な実験を繰り返した魔術師を討ち取った事がある。
決して、今までの戦いを生ぬるいなどとは思わない。どれ一つとっても、一歩間違えば死んでいた。
だが、それでも傍に黒江がいた。万が一の時は、私を逃がしてくれるために。いつもそれを知ったのは事件が終わった後だったが。
それでも今回は最初っから黒江がいた。傍に、彼女がいてくれた。銃を持った軍人複数さえ相手どれる彼女がいることで、いつもよりよほど安定していたと思う。
しかし、これは。この目の前にいる存在は。
「くろ、え」
彼女でも、勝てないのではないだろうか。
私が経験した戦いに、生ぬるいものはなかった。
だが、きっと私自身は生ぬるかったのだ。過保護に、少なくとも『手も足も出ないほど圧倒的な相手に相対してしまわないように』守られていたのだ。頭では理解していても、今ようやく実感した。
お爺様も、お父様も、私では無理だとわかっていたのだ。そんな存在を相手に生き抜く事など出来ないと。
だって、『生き残るべきでなかった出来損ない』が、宇佐美京子という存在なのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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某TRPGのS●Nチェックのイメージ
剣崎
邪神産の転生者だけあって異形やそれに類する事象に遭遇しても「ふーん」で済む。更に本人の転生チートな戦闘力のため大抵の事にはスルー。だが人死にとか普通の人間が精神にダメージ判定でる所でごりっと減る。
海原
怪物の類と遭遇しても武道の気合で耐える。そもそも海原家自体血筋的に多少は耐性有り。ただし、自分の身近な存在に関わる不幸はもろに減る。
某公安の人
経験と魔術。そして素のメンタルでかなり頑丈。伊達に数十年そういった事件に関わっていない。S●N値の前に胃壁がとびそう。ついでに毛根。
宇佐美
P●Wの値とか高いし、S●Nの数値もいいのに判定でことごとく高めが出ちゃう人。ダイスに呪われているレベル。ぶっちゃけメンタルが弱い。
自称パーフェクト美少女
私はメンタルでもパーフェクト美少女ですが?邪神と遭遇して1D100やらされても何故か一桁しか出ない謎のメンタル。




