第八十四話 急転
第八十四話 急転
サイド 剣崎 蒼太
もうすっかり日が沈み、夕食がてらレストランの個室にて情報共有が行われた。
どうでもいいのだが、例の所とはまた別の高そうな店だ。ここもドレスコードとかありそうなのに即奥の個室に通されたのはもはや驚くまい。
「なるほど、教会ですか……」
「一応聞くけど、岸峰グウィン君の宗派は?」
「いえ、特にこれと言っては。クリスマスは生徒会でパーティーしたり、正月は初詣に行ったりしていましたし……ミサとかに行ったという話しも聞きません」
「……随分、楽しい学園生活を送っていたのね」
「え、はあ。まあ……」
なにやら意味ありげに言う宇佐美さんに、少し困惑する。微妙に驚いている?
ああ、なるほど。彼女は重度の中二病かつ、本物の魔法使い。そのうえお嬢様だ。きっと友達とかいなかったんだな……。
哀れに思いつつも微妙に優越感にひたった目を向ける。まあ、前世の自分もあまり人の事言えなかったし、金持ちでも美形でもなかったが。
「となると、頻繁に教会に行っていたのが少し気になるわね」
「神父さんとかに悩みを相談している、って事もないんですよね。一年前から無人という事は」
頷く宇佐美さんに、少し考えこむ。
自分がグウィンだったらどう考えて、どう行動するかを頭の中でトレースしようとする。これでも幼馴染だ。あいつの考えぐらい……ぐらい……。
いや無理だわ。そもそもあいつが同性愛者だった事自体気づいていなかったし。ずっとそういうネタとばかり……まさか自分が恋愛対象にされるという発想がなかった。
「それと、盛岡理事長とその父親についてだったかしら」
「はい。別に学校の記録とかに親子の写真がなくてもおかしくはないのですが……」
「いいえ。貴方の『勘』なら考える理由になるわ。この業界、勘というのは馬鹿にならないもの」
まあ自分の場合第六感覚も込みなのだが。そこまではぶっちゃけるつもりはない。
「やはり盛岡理事長は普通の人間ではないと考えるべきね」
「だね!私は元々怪しいと思っていたよ!」
何故か自信満々に胸をはる不審者。こいつ、人が潜入している間どこで何をしていたのだ。
「ちなみに理由は?」
「自分の運営する学校をわざわざ男子校にしたあげく薔薇園にするおっさんとかまともじゃないね!」
「それだけ?」
「百理ありますね」
「そうなの?」
困惑する宇佐美さんはわかっていないようだ。
同性愛を否定する気はないが、自分の運営する学校を薔薇園にするとか普通にやばい人である。魔法がらみの事件関係なく危険人物だ。
「もしも私が理事長で、大きな権限をもつなら確実に女子校にしているね!ついでに百合園にしているよ!」
やべえのがもう一人いたわ。
とにかく、性癖があれだけの状況となっている高校を作っておいて、理事長は関係ないなどありえない。間違いなく理事長の性癖だ。魔術で何かしているのかもしれない。
まさか、本当にただの偶然黒薔薇男子高校は薔薇園になったなんてあるわけがない!
「あれだけおかしな学校なばっかりに、七三先輩は……!」
「七三先輩?」
「彼の最後の雄姿、絶対に忘れません……!」
「待って?何があったの?」
『風紀委員会……人に性癖を押し付けるあなた方を、僕は許さない』
『行きなさい。ここは、僕がもたせます』
『若き種は飛び立った……おっぱいの園に栄光があらんことを』
『ちっぱいを、でっぱいを、ロケットも、お椀も、釣鐘も。全てを愛しましょう。それが僕の道ですから。貴方の道は、どこにありますか?』
「くっ……!」
「ねえ本当になんなの?」
「お嬢様」
「黒江?」
「胸のサイズに貴賤がない事を肝に銘じてください」
「黒江!?」
心の中で気高き戦士に敬礼をした後、話を本題へと戻す。
「とにかく、今夜にでももう一度学校に忍び込む方がいいかと」
「そうね。警察の動きも考えると、今日か明日に何かを仕掛けてくる可能性が高いわ」
そう、時間がない。相手が俺を強引に足止めしたのだ。それも、言っては何だがあんな雑な方法で。
つまり、たとえ後でバレて、何かしらの追及があっても構わないと判断したのだ。それがくる前に、片が付くからと。
「では、また監視カメラの類はお願いします。侵入ルートとかはどうしますか?」
前回は雑に塀を跳び越えて、魔力で結界をこじ開けた。それを話した時『マジかこいつ』という目で見られたので、今回は自重して宇佐美さん達に任せるつもりだ。
「……二手にわかれましょう」
「二手にですか?各個撃破される危険もありますが……」
「いいえ。二手に分かれましょう。今夜にでも何かが起きるかもしれない。であれば、時間を短縮する為にも別行動すべきよ」
「そうですね。いい考えだと思いますお嬢様」
「ね」
「はい」
なんか幼児退行してないこのお嬢様?ちょっと可愛いけど。
「流石はお嬢様。栄養は胸と尻だけでなくちゃんと頭にもいっていたのですね。この黒江、感動しました」
「黒江」
「はい」
「そろそろ貴女がお父さまの秘蔵しているワインを勝手に飲んでいる事をばらすわ」
「何故そのような蛮行を!?」
「むしろ貴女の言動の方がアレではなくて……?」
もうこの二人は新手の漫才コンビでは?
「よし。じゃあ私、京子ちゃん、黒江ちゃんの華の三人娘チーム。そして蒼太君のボッチ童貞チームね」
「しばくぞ生ごみ」
「京子ちゃん蒼太君が虐める!」
宇佐美さんに抱き着きに行く生ごみ。馬鹿め。また九条さんに蹴り飛ばされて終わるぞ。
まったく学習能力のない奴だぜ。と内心で嘲笑っていたら、まさかの展開に。なんと宇佐美さんが胸で抱き留めたのだ。
あの豊満な双丘で!母なる大地と言っても過言ではない豊穣の都で!
「わぁ……おっきぃ……」
「花園さん。貴女にしか頼めない事があるの。聞いてくれるかしら」
「ひゃい……」
麻里さんが言語能力を著しく低下させている。無理もない。自分も同じ状況になれば間違いなく脳がバグる。
つうか同じ状況になりたい。切実に。
「花園さんには剣崎君とペアで行動してほしいの。一人だけだと、何かあった時連絡がとれないから」
「やだぁ……ここにすむぅ……」
俺だって金髪美女の爆乳に住みたいわ。国を敵に回してでも入居したい場所だぞ?エデンかな?
『己の性癖を信じなさい。君が信じなくって、誰が君の性癖を信じられるのですか』
間違いない。エデンだ。七三先輩の教えを忘れるな。
きっとアダムとイブもあそこに住んでいたのだな……どう見ても知恵のリンゴと言うよりスイカだけど。
「お願い。貴女にだけ連絡をとるから。ね?」
「うーん……」
「花園さんしか頼れないの」
「しょうがにゃいなぁ……」
え、もしかして俺嫌われてる?麻里さんを色仕掛けで堕とさないといけないレベルで嫌われている?
つまり俺の評価ってあの生ごみ以下?やばい、泣きたくなってきた。
心の中のイマジナリー明里よ。慰めてくれ!
『え、嫌ですよ気持ち悪い』
がふっ!?
「ありがとう。本当に助かるわ」
「うん……」
「……そろそろ離してもらえるかしら?」
「やっ」
やっ、じゃねえよ生ごみ。けど畜生。美女同士が抱き合っている姿を尊いと感じてしまう自分がいる。そして混ざりたいとも。七三先輩、これは!?
『百合に挟まる男は死になさい。いいえ僕が殺します』
すみません先輩。俺邪神に転生させられたので、挟まりたい派です。
「うーん。カオスですねぇ……え、これ私がツッコムんですか?」
なにやらメイドさんが自分の職務を悩んでいたが、現在バイト先さえ失っている自分はスルーした。
* * *
そんなこんなで、自分と麻里さんペア。そして宇佐美さん九条さんペアとなったわけだ。
まあ、戦力的に見ればバランスはとれているのかもしれない。それに、あちらは主従でこちらは親戚同士。連携とまではいかずとも、慣れた相手との方が色々動きやすいだろう。
……体よく足手纏いを投げられた気がするが。
「うぇへへ……大玉スイカがバインバイン……」
「いつまで浸ってんですか生ごみ」
「おや、嫉妬かね?」
「どやかましいわ」
そうだよ畜生め。俺だってあのおっぱいにパフパフされたいわ。
あの爆乳に挟まれるなら『忌まわしき狩人』相手に百人組み手でも安い……!いや、ごめん。流石に固有異能の剣なしで百はつらいわ。せめて十体までで。
というかあの剣、まだ直んないんだけど……本当に直るよね?
「しょうがない。間接パイ揉みという事で私のほっぺを触らせてあげよう」
「っ………………………………いらねーし」
「滅茶苦茶悩んだね、君」
ここで頷いたら負けな気がする。間接パイ揉みプラス美人女子大生のほっぺという誘惑に、どうにか勝利する。これが宇佐美さんや九条さんなら即落ちしていた。
明里や海原さんだったら?即断で土下座してましたが、なにか?
「それはそうと、ん」
「……なんですか」
何故か両手を差し出す麻里さんに疑問符をうかべる。
「いや、抱きあげてよ。私一人じゃあの壁超えられないんだけど?」
「え、あ、あー……」
自分でも視線が泳ぐのがわかる。
そうだった。この人、変態生ごみで精神と思考回路がアレだけど肉体的には常人なのだ。数メートルの壁を跳躍とか無理だ。
つまり、侵入には自分が抱えなければいけないわけで。
「し、しつれいします……」
「うむ。億単位の芸術作品を運ぶつもりで丁寧にね」
「はい……」
「え、素直すぎない?」
恐る恐る、麻里さんを抱き上げる。いわゆるお姫様だっこだ。東京でも明里相手にやったが、あの時は緊急事態だったし鎧も纏っていた。何より視界にアバドンがいたので、それどころではなかったのだ。
しかし、今は鎧ではなく明里の彼女コーデ。その状態で麻里さんを抱き上げている。
くそ、不覚にもドキドキする。すまない、明里……!
『え、謝られても困るんですが……』
「じゃ、レッツゴー」
「はい……」
ほのかに甘い香りを感じながら、黒薔薇男子高校へと駆けていき、一足にて壁を飛び越える。
「お、おおおお……蒼太君、マジで凄い人?」
「違いますよ。もらい物の力です」
「ああ、その服のおかげなのか」
否定はしない。肯定もしないが。
そっと麻里さんを地面におろし、腰に挿していた杖を引き抜いて右手に持つ。
「じゃあ、行きま――!?」
突如、第六感覚が警鐘をならす。
魔法による攻撃?奇襲?違う、これは!?
すぐさまポケットにしまっているスマホを左手で取り出す。戦闘で壊さないよう厳重にしまっていたのが災いした。コンマ数秒余計に時間がかかる。
引き抜いたスマホは一人でに画面が明るくなっており、アプリをダウンロードし終えていた。
『円卓創世記』
そう表示されていた画面で、映っているデフォルメ状のキャラクターが黒く染まる。
『ヴァーディガーン』
「しまっ……!」
画面からあふれ出た黒が、自分の体を包み込んだ。
「こ、の……!」
黒い何かは靄のように動き、瞬く間に体の各所で硬質な物へと変化していく。
鎧の様で、しかしどこか有機的な形状。両手の籠手は赤黒い爪が飛び出し、兜にも同色の捻じれた二本角。
第六感覚でもって、今の自分の姿を客観的に感じ取る。ああ、なるほど。確かに黒いドラゴンを模したような、禍々しい装飾だ。しかも纏った瞬間から、精神への干渉をレジストしている感覚がある。
「くっ……!」
パワードスーツに近いのか、鎧自体が勝手に動く。それは完全にこちらの意図を無視したものであり、背中から生えている尻尾にいたっては制御どころではない。
唯一の救いは、膂力においてこちらが勝っている事か。力づくで体の指揮権を取り戻す。
「麻里さん!危ないですからはな」
「オッケー!ここは任せた幸運を祈る!」
「はええなあ畜生め!」
あの人ノータイムでこっちを見捨てやがった。いやいいんだけども。いいんだけれども。
驚くほど綺麗なフォームで走り去っていく背中を見送りながら、四肢に力を籠める。
さて、とにかく自分はこの鎧をどうにかしなければ。とりあえず壊すか?
そう思っていると、気配が一つ急速に近づいてくる。見知ったものだ。これは――。
「晴夫か。今こっちは」
「見つけたぞ悪しき龍よ!」
「は?」
顔を向ければ、そこには何故か『金髪』になった晴夫が鎧姿で剣をこちらに向けていた。
「この騎士ガウェインが貴様を討ち、このブリテンを守ってみせよう!」
「何を言っている。俺だ、剣崎蒼太だ!」
「黙れ、悪しき龍よ。我が王、アーサー様の道を阻ませはしない!」
ガウェイン?悪しき龍?アーサー?何を言っている?
「覚悟!たとえ日の光がささぬ場所でも!」
「っ、待て!今は近寄るな!」
勝手に迎撃をしようとする手足を押さえつけるが、尻尾まではいう事を聞いてくれない。
結果、真っ直ぐと突っ込んできた晴夫の腹部を黒い尻尾が直撃し、その体を枯葉のように吹き飛ばす。
「晴夫!?」
「が、はぁ……!?」
晴夫が数メートルほど吹き飛ばされ、木の幹に衝突して停止する。息はあるようだが、明らかに重症だ。
「く、この……!」
無理やり腕をのばし、揺れている尻尾を掴んで握りつぶす。更に背中から引き千切って、思いっきり踏みつけた。こちらの膂力に耐え切れず、尻尾どころか手足の鎧も地面もろとも砕け散る。
だが、それもすぐさま直り始めてしまう。砕け散ったパーツは水が広がるように補われて行き、ひび割れは塗り潰される。
「いったいどうなって……」
そこで思い出す。夕方図書室で見たアーサー王伝説の内容を。
『ヴァーディガーンという黒龍が攻めてきてガウェインが負け、駆け付けたアーサーがガウェインの剣と二刀流して――』
「まさか、『見立て』!?」
だとしたら、次に来るのは――。
「ガウェイン卿!」
凛々し気な声に焦りを混ぜながら、人影が一つ、倒れている晴夫の近くに舞い降りる。
「あ、あーさー王……」
「阿佐ヶ谷先輩か……!」
黒髪に朱金の鎧。そして右手に同じ色合いの剣を持ち、背には一本の槍。
阿佐ヶ谷龍二が、まるで怨敵に対するように鋭い視線をこちらに向けていた。
読んでいただきありがとうございます。
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