第八十三話 教会
第八十三話 教会
サイド 宇佐美 京子
「お忙しい中、ありがとうございました」
「いえいえ。宇佐美グループさんとは今後とも仲良くしたく……」
応接室を出て、小さくため息をつく。先ほどまで教頭と話していたのだが、思った以上に無駄な時間だった。まさか、延々と自分のプレゼンテーションをされるとは。もしも理事長から時間稼ぎを任されているのなら大した忠義者だ。
まあ、ここから本来の目的といこう。
岸峰グウィンの事で話を聞きたいと教頭にアポをとってやって来たのだが、実際は校内の散策だ。制服を着れば紛れ込める剣崎蒼太とは違うのだ。黒江単独なら出来るかもしれないが、私の傍から離したくない。
彼とは別ルートで探索を行う。私と黒江ではそこまで自由にまわれないが。なんせ目立つので。
ちなみに花園麻里は高校に近づいた段階で守衛に睨まれていたので置いてきた。単にここ周辺で危険人物判定をされているかららしい。何をしているのだ、彼女は。
いまいち有能なのか有害なのか判断できない。強いて言うなら両方?
とにかく、あらかじめ剣崎蒼太が回るルートは知らされているので、自分は別の順番で探索する。
黒薔薇男子高校には、土曜日だが思ったより人が多くいた。不審気な視線を向けられ、正直居心地が悪い。まあ教師でもない成人女性が二人も校内にいたら怪しいか。しかも片方はメイド服。
「おや?」
一階の武道場近くを歩いていると、日向黒木を見つける。誰かもう一人いるようだ。友人なのか、親し気に話している。
「日向君」
「え?」
振り返った日向黒木が、不思議そうに首を傾げる。だがそれも一瞬の事。すぐににっこりと笑みを浮かべる。
「ああ、どうも」
「奇遇、という感じでもないわね。ここの生徒だもの」
「あはは。あの、どうしてここに?」
「例の件で調べたい事があってね。そちらは……」
もう一人いる生徒に視線をやる。その顔に見覚えはあった。写真で見た大泉ランス。岸峰グウィンの恋人だ。
「確か、大泉ランス君ね?」
「貴女は?失礼ですが、初対面だと思うのですが……」
訝し気な大泉ランスの傍で、日向黒木がこちらを強く睨みつけてくる。なんだ?
「私は宇佐美京子。岸峰グウィン君の親戚よ」
「っ!?」
「えっ」
目を見開く大泉ランスと日向黒木。はて、日向黒木には既に伝えていたはずだが……やはり、どこか少し変だ。
「グウィンの……」
「ええ。行方不明になった彼について調べている所よ。警察は家出と言っているけど……」
「俺、は……」
剣崎蒼太から大泉ランスの意見は聞いている。たしか、岸峰グウィンは自分の意思で姿をくらましたのだと思っているとか。随分と思い詰めていたからだと。
盛岡理事長に息のかかった警察と同じ見解。そういう理由で疑うのはよくないが、正直怪しい。
「なにか知っている事はないかしら。彼とは随分と仲がよかったらしいけど?」
「……そう、ですね」
「ランスさん……」
視線を落とす大泉ランスの背を、そっと撫でる日向黒木。その仕草は本気で彼を心配しているのが読み取れる。
「自分も、グウィンは家出だと思っています。ここ最近、ひどく思い詰めていたようでしたので……恋人として、情けない話ですが」
「それは、どういう風に思い詰めていたかわかるかしら?友達に愚痴をこぼしていたとか、占い師に相談していたとか」
「いえ、気丈な奴でしたので、そういう事は……あっ」
「何か心当たりが?」
一歩彼に近づくと、日向黒木の視線が鋭くなった。
「グウィンは出ていく前まで、よく教会に行っていました」
「教会?」
「はい。校内にある教会に。去年まで神父さんがいたのですが、今は無人ですけど」
「無人の教会に、ね」
そういう場所は色々と『こちら側』の事件が多い。調べておくべきか。
「他に、何かないかしら?最近彼が仲良くしていた、見知らぬ人とかいなかった?」
「……すみません。俺には……」
「そう。ならいいわ。お話ありがとう。黒木君も、お話し中失礼したわ」
「あ、いえ」
その場を後にし、角をいくつか曲がった所で振り返らずに小声で黒江へと声をかける。
「尾行は?」
「されておりません」
「日向黒木についてどう思う?」
「別人ですね」
単刀直入に聞けば、黒江がすっぱりと答える。やはりか。
「重心の位置が違います。身長は同じですが日向黒木よりも筋肉量が多く、武道の経験者と見えました。あのミスターモヤシとは違い過ぎます」
「モヤシ」
「お嬢様はモヤシなのにホルスタインですけどね」
「黒江」
「はい」
「そろそろ怒るわ」
「ごめんちゃい」
「減俸」
「パワハラですか?」
「いいえ、セクハラへの賠償」
「ぴえん」
馬鹿な事を話しながら地図を頼りに教会へと向かう。校舎の外、自然公園じみた庭の中にぽつりと教会が建っている。
だが、当然のように入口には南京錠がかけられていた。
「たしか、最近まで岸峰グウィンがよく来ていたという話しじゃなかったかしら」
「大泉ランスが嘘をついたと?」
「……いいえ。そういう雰囲気でもなかった。恐らくここに鍵がされるようになったのは岸峰グウィンが行方不明になった後よ」
神父がいなくなった理由も気になる。ますますここが怪しい。
「黒江」
「かしこまりました」
黒江が教会のドアへと歩み寄り、鍵に指先を近づける。だが、あと一センチで指先が触れるという所で止まってしまう。
「黒江?」
「お嬢様。申し訳ありませんがお手洗いに行きたくなりました」
「は?」
「大の方です。朝飲んだ牛乳がまずかったかもしれません」
「え、ちょ」
「急いでトイレに。乙女の危機です」
「貴女乙女なんて歳じゃないでしょう」
「五月蠅いですよ乙女のくせに牝牛みたいなお嬢様に言われたくありません」
「黒絵」
「はい」
「校舎裏に来なさい」
「いいでしょう。ホルスタインモヤシに格の違いを教えてさしあげます。お花摘みの後にね!」
女として。というか人としてアレな事をのたまう黒江を連れて教会から離れる。
「それで、どういうつもり?」
「とりあえず咄嗟のアドリブが通じて助かりました」
「貴女が排泄を必要としない事ぐらい知っているもの」
「私はウ●コをしない……アイドルもトイレに行かない……つまり私はトップアイドル?」
「歳がすけるわよ黒江」
「私ぃ、永遠の十六歳ですぅ」
「貴女この前お父さまの隠していたワインラッパ飲みしてなかった?」
「てへっ」
「無表情でやっても怖いだけよ……」
なんでこのメイドは一定時間シリアスを続けると壊れるのだろうか。そしてなんでこんなメイドが私の戦力で一番頼りになるのか。大変遺憾である。
「まあとにかく、私の咄嗟の機転と華麗な演技で自然に撤退できたわけですが」
華麗……?自然……?
「あの教会に踏み入れる場合は剣崎蒼太を連れて行った方がいいですね。少なくとも我らだけではよろしくありません。ただの勘ですが」
「……危険度は?」
「裸で森に行って蜂蜜を全身に塗りたくり冬眠前のヒグマの前に立つぐらいです」
「貴女なら勝てるわね」
「いえお嬢様の場合で例えましたが?」
「勝手に露出狂にしないで?」
「ツッコムのそこですか?」
とりあえず、あの教会が危険なのはわかった。具体的にどう危険かはわからないが、私達で踏み込めば死ぬと、黒江が直感したのだろう。彼女のそういう勘はよくあたる。
であれば、こちらの最高戦力である剣崎蒼太を連れていくのは間違っていない。間違っていないのだが……。
「アレと、一緒に行動するのね……」
「おや、なにやら本当にお腹の調子が悪くなってきました」
二人して遠い目をする。
夜の森に入るのが怖いからと、首輪も何もないケルベロスを引き連れていくのはどうなんだろうか。
あんな怪物、制御できるわけがない。手の内は未だ不明だが、私と黒江が逆立ちしたって勝てないのはわかる。しかし利用しない手もない。お爺様たちに頼るのは最終手段だ。
腹の内を丸ごと吐き出すように、ひたすらに重いため息をついた。
誰でもいいから剣崎蒼太の操縦方法を教えて欲しい……。
某公安の人「ほんとそれな」
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