クラス召喚に巻き込まれた教師・コミックス1巻発売記念SS:ブリュンヒルデの1日
『センセイ、朝です。センセイ、起きてください』
「んが……あ? ああ、ブリュンヒルデ……おはよう」
『おはようございます。センセイ』
ブリュンヒルデが俺の顔を覗き込みながら起こしてくれた。
綺麗なルビーがはめ込んであるような瞳。長い睫毛、整った輪郭に薄い桃色の唇。長い銀髪がさらりと揺れた……なんか、いい匂いもする。
寝ぼけていたので何とも思わなかったけど、ほんと美少女だよな。
起きて顔を洗い着替え朝食……全部終えると、ようやく目が覚めた。
「……あれ、ここどこだっけ?」
『ここはレダルの町です。昨日、軍服を換金し買い出しを終えたセンセイは、疲労からか宿に入るなりすぐに夕食を食べ、そのまま睡眠に移行しました』
ブリュンヒルデが解説してくれる。
うーん……そういや、少し酒も飲んだような気がする。
なんだか頭も重い。二日酔いかな。
「あー……頭重い。今日は休もうかな……」
『賛成です。今のセンセイはベストコンディションとは言えません』
「うぅ……なんか、調子悪い気がする。少し横になるか」
俺はベッドに横になる。
今日は冒険者登録して、依頼を受けようと思ってたのにな。
仕方ない。必要な物は揃ってるし、今日だけ休ませてもらおうか。
「ブリュンヒルデ。俺は休むから……今日は自由にしていいぞ」
『自由』
「ああ。町を散歩するなり、観光するなり、遊ぶなり、好きにしてくれ。ああ、変な人には付いていくなよ。ナンパにも気を付けろ」
『ナンパ』
「あー……お前は可愛いから、声をかける男がいるはずだ。そういう奴の誘いには乗るなってこと」
『了解しました。では、周囲の探索に出かけます』
「ああ。いってらっしゃ~い……ふぁぁ」
俺は布団にもぐり込み、そのまま二度寝……はぁ、もう若くないのかなぁ。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
ブリュンヒルデは、さっそく町に出た。
町に出て、道の真ん中を歩くなり注目される……変わった鎧を装備した、銀髪紅眼の美少女がスタスタ歩いているのだ。しかもスタイル抜群の、絶世の美少女。
歩き始めて数分、さっそく声をかけられた。
「へいお嬢ちゃん、どこ行くの?」
「オレらと遊ばないか?」
『…………』
ブリュンヒルデは声をかけてきた男二人をじっと見る。
センサーが、二人の身体的特徴をスキャンし、情報を分析した。
『男性。外見年齢二十代前半。脅威度Eと判定。私に何か用ですか?』
「へへ、オレらと遊ばない? いい店知ってるんだ」
「きっと楽しいぜぇ?」
男二人の視線は、ブリュンヒルデの顔から首、胸、腰回り、太腿へと流れていく。下心丸見えの視線だ。もしセンセイがいれば、身体を張ってブリュンヒルデの前に立っただろう。
しかし、ブリュンヒルデはきっぱり言った。
『申し訳ございません。センセイとの約束で、「ナンパ」はお断りしています』
「……まぁまぁ、いいから来いよ」
「ほら、来いって」
男二人はブリュンヒルデの手を掴み引っ張る。
だが、ここで違和感。
「来いって……ん? ふんっ……ん、ふんぎ、ぎぎぎっ!!」
「ぬぬぬ……っ!! ふん、ふんっ!!」
『…………』
男二人がブリュンヒルデを引っ張るが、ブリュンヒルデは根が生えたように動かない。
真顔のブリュンヒルデを引っ張る男たちは、いつしか汗だくになっていた。
ピクリとも動かないブリュンヒルデに、ついにキレた。
「テメェ、いいからこっち来やがれ!!」
「このガキ、舐めんじゃねぇぞ!!」
『…………』
そして、ついに剣を抜いた。
興奮していたのか、往来のど真ん中で剣を抜く男二人。
脅すつもりだったのだろうか。ブリュンヒルデは剣を見て判断する。
『脅威度E+……無力化します』
「「おごぇ!?」」
男たちの腹に掌底を食らわせると、男二人は悶絶して気絶した。
ブリュンヒルデは何事もなかったように歩きだす。男二人は、警備隊に連行された。
周囲の人々は、ブリュンヒルデに拍手をして見送った。
それから、ブリュンヒルデはゆっくりと町を歩いていた。町の地形をインプットし、住民のデータを取り込んでいく。
すると、数人の子供たちが慌てたようにブリュンヒルデの前を横切った。
「やばいぞ、なんとかしないと!」
「大人よぼうぜ」
「むり。パパもママもお仕事してる」
「どうしよ、どうしよ……」
『…………』
ブリュンヒルデは、子供たちが走り去った方をしばらく見つめ、進路を変更。
子供たちの向かった方向へ進んでいくと、大きな木を見上げる子供たちがいた。
何を見ているのか。ブリュンヒルデも見上げる。
『にゃー、にゃぁぁ』
「おい、動くなよ! 今大人を呼んで来るから!」
「うう、落ちちゃうよぉ」
大きな木の枝の先に、子猫がいた。
今にも枝から落ちそうだ。まだ幼い猫では、この高さから飛び降りれば足を折ってしまうかもしれない。もしかしたら、そのまま死んでしまうかもしれない。
すると、女の子が木を見上げるブリュンヒルデに気付き、声をかけた。
「おねえちゃん、おねえちゃんお願い、あの子を助けてあげて」
『あの子とは、あそこにいる子猫でしょうか』
「ほかにいないでしょ! おねがい、なんとかしてぇ」
女の子はポロポロ泣き出した。
涙。
ブリュンヒルデのデータにある。人間は悲しい時、涙を流すと。
ブリュンヒルデはそっとしゃがみ、女の子の涙を指で掬った。
「ふぇ……?」
『悲しいのですか?』
「う、うん……あの子が落ちちゃうかもしれないから」
『皆さんも、同じ気持ちですか?』
ブリュンヒルデは、集まっている子供たちを見て聞く。
子供たちは頷いたり、泣いてしまう子もいた。
ブリュンヒルデは立ち上がる。
『エクスカリヴァーン・アクセプト展開。着装形態へ移行』
子供たち全員がギョッとした。
いきなり現れた大剣が分解され、ブリュンヒルデの身体にくっついたのだ。
そして、ブリュンヒルデは跳躍。ブースターユニットの噴射で空中でホバリングし、子猫を救出して地上に下りてきた。
ブリュンヒルデはエクスカリヴァーンを解除。子猫を女の子へ差し出す。
『救助完了しました』
「……あ、ありがと」
『涙は止まりましたか?』
「……あ」
『悲しみは、消えましたか?』
悲しみが消えたというより、驚きで止まった。
だが、女の子は頷いた。胸に抱く子猫が「にゃあ」と鳴く。
ブリュンヒルデは、数秒間子猫を見つめ、踵を返した。
女の子は、ブリュンヒルデを呼び止める。
「お、おねえちゃん!!」
『…………』
ブリュンヒルデは立ち止まった。ほんの少しだけ首を動かし、片目だけで女の子を見る。
女の子は、笑顔で頭を下げた。
「おねえちゃん、ありがとう!!」
ブリュンヒルデは振り返り、真顔で言った。
『お役に立てて何よりです』
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
「ん~……く、あぁぁぁ」
いやーよく寝た。
ベッドから起きると、夕方になっていた。
疲れも取れ元気いっぱいだ。腹もグーグー鳴り、無性に肉が食べたい。
窓を開けると、外の空気が入って来る。
そして、ドアがノックされ、ブリュンヒルデが入ってきた。
『ただいま帰りました。センセイ』
「おかえり。散歩、楽しかったか?」
『はい』
「そっか。そりゃよかった……ん?」
ふと、ブリュンヒルデの胸元に茶色い毛がくっついているのに気付いた。
女の子の胸に手を伸ばすわけにはいかないので直接言う。
「ブリュンヒルデ、胸元に茶色い毛がくっついてるぞ」
『…………』
「短いな。猫の毛っぽいな」
『先ほど、猫を抱きました』
「へぇ~、そうなのか。っと……」
ここで、俺の腹がグゥ~っと鳴った。
昼飯食ってないし、かなり腹減ったな。
「さ、晩飯にするか。せっかくだし、宿じゃなくて近くの飲食店で食うか」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデは、猫の毛を指でつまむ。
手のひらに乗せ、窓から手を出すと、風に乗って飛んでいった。
『センセイ、猫とは柔らかい生物ですね』
「ん、おお。猫といえば三日月だな。ははは、猫が気になるなら、俺の生徒に会った時にいろいろ聞いてみるといい」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデは頷いた。
こんなこと言うなんて、何かあったのかな?
ま、時間はある。飯を食いながらでも聞いてみますかね。