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バルーン  作者: 奇群妖
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七章

「いやぁ、ほんとにありがとう小日向さん」

「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」


 脇本さんにビニール傘とタオルを手渡しながら私は言う。

 私の家には何本かビニール傘がある。どれもこれも私がゲリラ豪雨に降られたときに急遽コンビニで買ったものだ。

 そのうちの一本ぐらい、脇本さんにあげても構わないだろう。


 ここまでは私の折り畳み傘に二人で入ってきたのだが、脇本さんは嫌じゃなかっただろうか。脇本さんは何か、良い匂いがした。

 ふと自分の顔が赤くなっているような気がして、自分用のタオルで乱暴に顔を拭く。


「ここまでしてもらって何と言えばいいのか……」

「……いや、ほんとにその、気にしないでください。私も傘が余ってたので……」

「そういう訳にもいかないよ。しっかりお礼はしたいんだ」


 お礼何て、良いのに。そんなことを思ったってしょうがない。何かしら私が受け取らないと脇本さんは満足しないだろうから。

 そこが脇本さんの良いところなんだろうけどね。

 

 そんなわけで私は今私が欲しい物とか、探している物とかの中からそんなに大したことの無い物を脇本さんに言ってみることにした。

 味噌とか切らしてた気はするけれど……脇本さんに味噌を買ってきてもらう、っていうのはお礼として適切では無いのでは?

 あとはジャガイモ……あ、そういえば。


「あーじゃあその、支柱……って持ってませんかね?花とか植物とかを育てるやつなんですけど今探してて……」

「支柱?」

「あ、はい」

「どんな形のが良いのか分からないけど……多分、うちにあるよ」

「えっ、ほんとですか?!」


 予想外の答えに私は目を丸くする。脇本さんも植物を育てているとは思わなかったからだ。

 そんな支柱を持っている人なんて、植物を育てている人かそういう専門の人だけだろう。

 脇本さんが植物のお世話だなんて、想像つかない。


「うん、家庭菜園にはまっててね。トマトとかを育てるのに使う物で良ければ明日にでも持ってくるよ」

「あ、じゃあ是非お願いします!」

「おっけー、分かった。しかし小日向さんもそういうのをやってるとは思わなかったな……」

「私だって脇本さんがそんなタイプだっていう印象ありませんでしたよ!」


 少しだけ二人で笑いあって、脇本さんが傘を持って帰宅することになる。

 結局、脇本さんは最後まで私の家に上がることは無かった。


「あ、タオル置いてって良いですよ。洗っときます」

「本当?何から何までありがとね。明日絶対支柱持ってくるから楽しみにしておいて」

「はい、楽しみにしてます」


 傘を右手に下げて脇本さんが帰っていく。雨の勢いは未だに衰えないままだ。

 脇本さんが階段を下りていき、スーツを着込んだ背中が見えなくなるまで見送ってから私はため息をついた。


「はぁー……」


 自分の部屋を振り向くと、私の傘が一本なくなった代わりに脇本さんの使ったタオルが一枚。


「……」


 脇本さんと一つの傘でここまで帰ってきた時の良い匂いを思い出して一瞬タオルを嗅ぎたくなるが、自分で頬を叩いて正気を取り戻す。落ち着け私。

 すぐにタオルを持って洗濯機に放り込み、もう一つため息をつく。

 

「っあぁー」


 きっつい。脇本さん紳士すぎるでしょう。

 さりげなくだったけど、エレベーターに乗る時とかボタンを押さえて私を先に入れてくれたし。

 折り畳み傘だって、傘に入れてもらう立場だからとか言って持ってくれてたし。紳士すぎる。

 

 洗濯機まで来た勢いのまま洗面所で手を洗い、ほんのり赤くなっている顔も水で洗い、私は再びリビングまで戻ってくる。

 ベランダに近いそこには相変わらず、例の鉢が鎮座していた。

 俺のおかげだぞ、とでも言いたげに。


「愛の成る木、ね……」


 木じゃないし、多分本物とかでは無いけど、恋は、出来てるかもしれない。

 いやいや、恋では無いし。脇本さん優しいなぁ、ぐらいの感情だから。

 そもそも私は年下好きであって年上好きでは……うーん……。


 とりあえず鉢の様子を見てみる。雨が降りしきるベランダを眺めているようにも見える。

 そういえば今更だけれどこの植物、何の植物なのだろう。

 葉っぱとかで調べれば分かるのだろうけれど……


「でも、私にとってはただの『愛の成る木』だよね。名前が分からなくても関係ないかも」


 むしろ名前が分かってしまったほうが特別感が薄れるというか。だから調べないで最後まで育て切ってみて、その後まだ気になるようなら調べればいい。


「いやぁ、どういう花を咲かせるのかね、君は」


 ふにゃふにゃしていて風が吹いただけで折れ曲がってしまいそうな頼りない茎の先端に触れ、葉っぱを揺らす。

 そう、愛の成る木というぐらいだから花もさぞかし特別なのだろうとは思うのだけれど……


「……明日が、楽しみだなぁ……」


 そう呟いてくしゃみを一つ。

 おっと、そういえばまだ服が微妙に濡れている。着替えていなかったのだから当たり前だけど、あの雨の中帰って来たのだからそりゃあ体も冷える。


「お風呂お風呂……」


 とりあえず今日はあったまって寝よう。それで明日は、脇本さんに支柱とか受け取ろう。

 雨の音が響く中、私は思わず笑顔を漏らした。


 見たかったドラマを見忘れていたことに気づくのは、翌朝の事である。

ヒント7:愛の成る木はかなり強い植物です。小さな子でも育てられそうですね。


かく言う僕も育てた経験があります。

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