002 キツネとタヌキ
それにしても全人類が楽しめる娯楽施設空間ねぇ…。
出来るかんなもんと言いたくなる。
《出来なければ君の存在は即消去されるよ》;
言わなくても筒抜けだし、さらっと恐ろしい言葉が返って来た。
畜生、やるよ、やればいいんだろ!
と、そういえば、自分は何て名前なんだろう?
この上司はシエラと言うらしいけど?
《君に名前は無い、必要ならば勝手に名乗るといい》;
なるほど、無いのか。
だったらせめて名前だけでもかっこいいのにしたい。
ゴルゴンゾーラとかやたら濁点付いてるのとか、クーゲルシュライバーみたいな切れ味の鋭そうな名前がいいな…。
《君の名前はリオで登録した》;
名乗れと言われたのに勝手に決められた!?
《面倒なのは好まん》;
結局そっちのさじ加減かい。
《準備も整った事だし、そろそろ作業に取り掛かろうでは無いか》;
無視された。
いやそれに作業って言われた所でこの真っ暗で何も無い空間で何をどうすればいいのかさっぱり分からない。
《暗いのであれば明かりをつければ良い》;
ぱちんっと指が鳴る音がする。
すると上の方に光の玉が出来て周囲が明るくなった。
目の前にはタキシードにシルクハットを着こなし、右手にステッキを持ったキツネの様な人物(?)がぽつねんと佇んでいた。
何こいつ?
《私だ》;
お前かよ!
やたら偉そうにしてるし、もっとどっしりしたイメージあったから拍子抜けもいい所だ。
《なにかとフォーカスに頼る傾向にあるからなリオ君は》;
《アーカイブから適当にアバターの素材を拝借した》;
フォーカスとは視覚的なものだろうか?
確かに何もない虚空に話しかけるよりは話しやすい様に思う。
《ついでに君の分も用意するとしよう》;
またひとつシエラはぱちんっと指を鳴らす。
一瞬光が瞬いたのと同時に、自分に五体の感覚が宿ったのがわかった。
《どうだい?》;
シエラは上着の内ポケットから手鏡を取り出してこっちに向ける。
鏡に写るその姿は、赤いチョッキを着た若干丸みを帯びたフォルムの目の周りが黒い…
タヌキじゃねえか!
しかもカチカチ山とかに出てきそうな感じの奴!
《気に入って貰えたようだね》;
微塵も無えし。
…けど、確かに体が出来た事によって、よりしっかりと自分という存在が認識できるようになった。
つまり、今この世界はキツネとタヌキだけが存在する世界となったのだ。
《これがこの仮想世界を形作る上で最も基本的なコード、定義だ》;
いやそこで決め顔されても所詮キツネだし…