5日目
登場人物紹介
名前 説明
最近びっくりしたこと
マリーナ 王女
庭園の猫に懐かれたこと
メイ メイド
あらすじに無表情メイドって紹介されてたこと
エマ 魔法使い
ディックが喋ったこと
ディック 弓使い
エマが敵地で敵国の貴族とお茶会してたこと
その日は朝から寒かった。冬に逆戻りしたような気温で、外の騎士達は皆が上着を一枚多く着ていた。王宮の内部は、どんな仕組みなのか全く気温が変わらなかった。ランディアの騎士達は夏でもこの気温かもしれないね、と噂しあった。
寒いのは中庭も例外ではない。暖房器具の周りでないと、指がかじかむ寒さだった。
しかし、刺すような冷たい空気の中で、マリーナとメイはいつもと変わらない服装で歩いていた。小屋で暮らしているときは、この程度で慣れっこだったのだ。隙間の多い森の小屋は、屋外にいるのと気温は何も変わらない。過酷な環境がマリーナを丈夫に育て上げていた。
昨日と違うところはたったの一つ。マリーナの首には宝物庫で見つけたネックレスがかかっていた。
彼らは中庭を歩いていた。ジジルと戦ったり、別荘に止まったりした数日前の庭園を外庭とするなら、ここは間違いなく中庭だ。三方向をそびえ立つ王宮に囲まれて、まっすぐ歩けば大抵王宮の壁にぶつかる。外庭よりは狭いスペースながら、その分沢山の草花がつまっている。
昨日開き直って宝物庫で一泊した彼らは(世界一高級な場所で寝たいというメイからの強い要望に、マリーナが押し切られる形だった)、別荘に戻ろうとしてこの中庭に迷い込んでいたのである。
「ねえメイ、ここさっきも通ったんじゃなくて?」
メイに道案内を任せていたマリーナが、後ろから声をかける。メイは大丈夫ですよと答えて、不審そうなマリーナの視線を振り切るように歩くペースを上げた。
背の低い草花しか無いし、道をよく分かってなくても大丈夫だろうと庭っぽいところに突撃したメイだったが、どっちに進んでも建物に囲まれたまま。知っている景色はなかなか見えてこない。彼女はかなり焦っていた。
しばらくお互いが無言で歩いたところで、メイが決定的な発言をした。
「マリーナ様、次人に会ったら殺さずに道を聞きましょうか」
「やっぱ迷ってたでしょ!」
マリーナは叫ぶ。
「いえいえ迷ったわけではなくですね、ほんのちょっと道に確信が持てないといいますか。ひょっとして万が一偶然不幸にも、私の記憶とここまで完璧にそっくりでここから全然違う道だったりしたら困ると言いますか」
「じゃあメイ、この花は何?」
マリーナが指差した先には、青紫の小さな花が茎の先に沢山ついた背の低い植物が、花壇いっぱいに植わっていた。
それを見ると、メイは嬉しそうに解説する。
「それはラベンダーですね。いい香りでしょう?香料にもなるんです。この花壇に植えられているのは、少し背が低めですね。私は小さい頃ラベンダー畑でかくれんぼしたこともあるんですよ。大きいサイズになると、大体マリーナ様の肩くらいの高さになります。ちょうど今頃から、ラベンダー畑は一面に花が咲いて、とっても綺麗ですよ」
「そしてメイのお母さんが好きな花、よね」
「おや、よく知ってましたね」
「そりゃ今日この話を聞くのが三回目だからよ!ねえメイ、私たちずっと同じところをぐるぐるしてるんじゃなくて?もう三度も同じラベンダーの花壇を見ているのよ?」
マリーナは勝ち誇って言った。
「ちなみにこの後は、コスモスの花壇、シクラメンの鉢植え、そんでもってなんかハーブ系って順に続くわ。季節感も何もあったもんじゃない。3度目ともなれば、花の並びももう覚えてしまったわよ」
ぐぬぅ。6周目にして気づかれたか。マリーナ様も馬鹿ではなかったらしい。メイは心の中で呻く。ラベンダーを前にすると、ついつい話したくなってしまうのだ。今回それが仇となった。
宝物庫の中はとっても埃っぽかったのだ。ざっくざくに財宝があるとはいえ、淀んだ空気の中で一晩過ごして気分が良くない。一刻も早く外の新鮮な空気が欲しかったからこの経路を採ってみたけれど、やっぱりだめだったか。
辺りを見回しても、一面の花畑が見えるだけ。時折挟まれるアーチや生垣が視界を遮り、出口は一向に分からない。メイは諦めて、マリーナに提案する。
「マリーナ様、諦めて強行手段に出ましょうか」
「なによ、花壇を踏み越えるなんて言わないでしょうね」
メイはほっと息をついて、見抜かれたことを明かした。
「一応聞きますが、どうして駄目なんです?このままだと私達、朝ごはんがお昼ごはんになっちゃいますよ」
「それはもちろん」
「それはもちろん、ここの花壇はエクディア最後の王族であるマリーナ・エクディアの物だから。ですよね、マリーちゃん?」
二人が振り返るとそこには、胸にランディアの紋章を光らせ、緑のローブをまとった少女が立っていた。
会話への乱入者を前にして、メイの脳は高速で回転する。カールした髪に、ローブより濃い緑の目。間違いない。2日前のお茶友達、3日前の老魔法使いの弟子。そして何よりランディア軍所属の魔法使い。
エマだ。
二人が動きを止めている間も、襲撃者は話し続ける。
「マリーナ・エクディア、16歳。エクディア歴481年、ヘンリー王の娘として生まれる。2歳の時に魔力暴走を起こし、魔力を封じた上北の森に監禁。それ以降公式の記録はゼロ。……道理でエリナ様がどうのと言っていたわけです。こんな隠し玉がエクディアにあっただなんて。師匠のメモが無ければ私だって分かりませんでした」
エマは話しながらも、マリーナから視線を逸らさない。こちらの脅威が誰なのか把握した上での襲撃なのだ。まずいかもしれないな、とメイは思った。
エマはマリーナに向けた杖を少し構え直して、話を続ける。
「昨日、騎士団長から戦闘の報告があったそうです。ディック君が教えてくれました。老人と娘二人の三人組。襲いかかってきた老人は一太刀で切り捨てたけれども、娘二人は逃した。マリーちゃん達のことですよね?これ。ぴんと来たんです」
「その通り。大陸最高の女帝、新たなる魔術の使い手、太陽の化身とは私のことよ。崇めて敬って跪きなさい。この王国ではこの私、マリーナ・エクディアこそが頂点であり、絶対なのよ!」
マリーナはびしっとポーズを決める。
(マリーナ様、そのこっぱずかしい自己紹介って即興ですか?)
(もちろん4日前から練習してたわよ)
「えーと、なんでも大臣のメイです」
「あっ、エマです。よろしくお願いします」
「え?はい、よろしくお願いします」
((何を⁉︎))
沈黙。私たちはなぜ互いにお願いしたんだろうか。メイもエマも考えるが、一向に答えは出ない。
緩んだ空気を元に戻すべく、マリーナが会話の流れをちょっと戻して口を開く。
「よく調べられてるじゃない。細かいところは後でメイに聞いて確認するとして、大体合ってると思うわ。それでエマ、一応聞くわよ。あなたは何しに来たの?どうも道を教えてくれそうには見えないのだけれど」
「降伏を勧告しに来ました」
それを聞いた途端、マリーナが両手を広げた。指をぴんと伸ばして、魔力を練る。攻撃の構えだ。しかしエマは慌てない。片手をあげると、どこからか矢が飛んできた。矢は近くの鉢を砕き土がこぼれた。マリーナは驚いて動きを止め、周りを覆っていた魔力が霧散する。
どこから?メイが探すまでもなく、エマは王宮の窓の一つを示す。屋根裏部屋だろうか?屋根すれすれの小さな窓から、弓を持った人影が姿を見せていた。
「あれはこの前話したディック君です。もし私が倒れたり、合図を送ったりすれば、ディック君の矢があなた達を貫きます。詰んでるんですよ、もう」
メイの顔がこわばる。マリーナの魔法未満は射程が短い。ディックへの攻撃手段がないのは明らかだった。
「マリーナさん、メイさん。もう諦めてください。マリーナさん達がいくらエクディア王家の旗を掲げて戦っても、着いてくる人は誰も居ないんです。有力な貴族はみんなランディアの支配を受け入れようとしていますし、わずかなエクディア派はクプレラの会戦で全滅しました。我々の軍隊を18人殺して、これ以上何が期待できるって言うんです?」
「あら、メイの資料だと19人なのだけれど」
(それ多分馭者さんの分です)
(誰だっけ、それ)
マリーナはちょっと考えたけれど、思い出せなかったので諦めた。
メイは、エマの服装に目をやる。行軍用の底の厚いブーツ、丈夫な緑のローブ。帽子にはランディアの紋章が入っている。完全な戦闘服だ。エマは、冗談でなく私達を殺しにきたのだろう。彼女のまっすぐな緑の目も、それを表していた。
やばい。とにかく喋らないと。なんとかしてエマの注意を引きつけるのだ。少なくともエマが喋っている間は、私たちが丸焦げにされることはない。
「そ、そうだエマさん。私は?さっきマリーナ様の正体については大体話してたけど、私は分かります?」
「そうなんですよ‼︎」
うわっ。ダメ元で話しかけたら、食い気味に答えられた。かなりびっくり。
「メイさんについては、何にも情報が無いんです。一応昨日のうち、メイって愛称がつきそうな人はリストアップしてきたんですけど……。王族にも、貴族にも、果ては侍女にもそれっぽい人はいなくて。メイさん、本名を教えて下さいませんか?」
「いや、私の本名はメイで合ってますよ。あー、いや、あれか。忘れてた」
エマが興味深そうに手をぱんと叩いたメイの方を見る。昨日ディックも交えて徹夜しても分からなかった謎の女性だ。是非とも正体を知っておきたい。
「私ですね、確かスチュラン家って言ったかな。そこ名義でメイドやってるんですよ」
「え?名義ってどういうことですか?」
「それはほら、真相は壁の中です」
エマが手帳を取り出す。中には、昨日まとめたメイと同年代と思われる女性のリストが記されていた。
「えーと、スチュラン家、スチュラン家……。メイさん、スチュラン・アルシェ子爵令嬢で合ってますか?」
「ああはい、そんな名前です」
「四年前に辞職して、田舎に帰った事になってますね」
メイはぽかんと口を開けたまま固まった。
「四年前って言ったら、ちょうど森の小屋に来た頃じゃない。あんた何したのよ?」
マリーナの問いかけにも答えず、メイはそのままよろよろと前に歩く。そうしないと倒れてしまうから。
「嘘よ……嘘。だってメイド長が、あなたにぴったりの役職があるって、お給料はまとめて支払われるって……。嘘ですよね。私こんなクソガキの面倒頑張って四年も見てきて」
「クソガキ?」
「王家だっていうからそれなりの地位なんだろうなって頑張ってきたのに、なんで⁉︎嘘!嘘だと言え!」
気力が抜けていく。腕から足から背から腹から、手から指から頭から……必死に大声を張り上げて、今にも崩れ落ちそうな体を支える。
ヨネンマエニジショク。
「そんなわけない‼︎」
「ねえメイ、クソガキって言った?」
くっふふふ。メイは幽かに笑いながら、膝からゆっくりと崩れ落ちた。そうか。四年も馬鹿みたいにただ働きしてたのか。
「メイ。さっきのクソガキってどういう事?」
「ふふ……。私がマリーナ様のことクソガキなんて言うわけないじゃないですか。黙ってて下さいクソガキ」
「ならいいのよ」
メイは顔をゆっくりと上げる。エマはその目を正面から見ることができなかった。真っ暗な、黒々とした瞳。吸い込まれてしまいそうなくらい、ぐちゃぐちゃに歪んでいた。
殺してやる。お前も道連れにしてやる。
「エマさん、一ついいことを教えてあげます」
「は、はい。なんでしょう?」
メイの肌は真っ白で、とても人間のものとは思えない。焦点が合っているのかいないのか、分からないような目で宙を見つめている。小さく開いた唇から、呪詛のような低さで言葉がこぼれ出た。
「この間のお茶会に参加した時に教えた礼儀作法、覚えてますか?」
「え、はい。何度か練習してます。あの節はどうもありがとうございました」
メイの口の端がにいっとつり上がる。
「あれ、全部嘘です」
「な……そんな!」
「信じて練習してたんですか。ふっくくふ、ざまあみろ」
今度はエマの顔が真っ青になった。
「じゃあ、私が昨日からずっとしていた正座の練習の意味は⁉︎器をくるくる回して、結構なお点前でって言う訓練は無駄だったと言うんですか⁉︎」
「馬鹿め、この王宮には茶室なんてありませんよ」
「し、しまった……。迂闊でした……」
エマの膝ががくがくし始める。ということは、私は騙されていたのか。
「茶室は中庭だかどこだかにあったはずよ。エリナ戦記で使ってたもの」
すっかり流れに置いていかれているマリーナが、自分の存在意義を取り戻そうとぼそっと呟いたが、それを拾うものはいなかった。
「でも!でも、カニを食べるときに一緒に出てくることがあるレモン水は一気飲みで正解なんですよね?」
エマは恐る恐る聞く。彼女の二日間の努力がかかっているのだ。なんならディックにもドヤ顔で伝えてしまったのだ。
エクディアの貴族の方から直に教えてもらったんです。いくらパーティーに疎いディック君でも、これさえ覚えておけば大丈夫ですよ!
だいじょばない。
死刑判決でも受けるかのように真っ青な顔色のエマに対して、メイは非情にも真実を告げる。
「嘘です。あれはフィンガーボウルって言うらしいですよ。そもそも飲み物ではありません」
「なぁぁっ……」
エマは力無く崩れ落ちた。
屋根裏の窓から見ていたディックは首を傾げる。
あいつら何やってんだ?
エマが、ひょっとしたら仇討ちになるかもって言うから協力してやっているのに、随分と和気あいあいしている。何よりここまでは声が届かないのが恨めしい。合図さえあればいつでもちびっ子を射るけれども、これ本当にここで待機してて大丈夫なのかな……?
ディックはあくびをかみ殺して、ぶるりと震えた。いくら屋内とはいえ、屋根裏はやっぱり寒い。
「帰ろっかな……」
「紅茶を飲み終わったら、ボンジュールって叫ぶとおかわりが出てくるっていうのは?」
「でたらめです」
「天気、料理の味、ゴシップ、趣味、占い、政治の話題はタブーっていうのは?」
「真っ赤な嘘です。というか何話すんですか、それ」
「なら、お刺身に乗っかってるたんぽぽは食べられるって言ってたのは……?」
「それはほんとです。食べられない場合はちゃんと食べられませんって書いてあります」
「訳がわからない‼︎」
恐ろしい宣告によって心を折られ、地べたに這いつくばったエマとそれを見下ろすマリーナ達二人。二日前に張った罠が功を奏して(まぐれ)、彼らの立場は完全に逆転していた。
「救いは……救いは無いんですか……?」
「たんぽぽ食べたらいいんじゃないですかね」
「信用できません!」
地面を叩いてわめく。こんな奴らにクッキーを差し出していただなんて。過去の自分を殴りたい。
でも、目的を忘れちゃいけない。
倒れたまま額を地面に勢いよくぶつける。
何度も、何度も。
失敗の記憶が消えるまで。そんなことがどうでもよくなるまで。
「あの、エマさん?ごめんなさいちょっとふざけすぎたかもです。もういいので、起き上がって下さい」
耳の奥がきーんとしてくる。脳みそがくらくらして、世界が回る。今にも眼球が頭蓋からこぼれ落ちそう。中庭の石畳がつるつるで良かった。あんまりでこぼこしたところですると、額から血が出てしまうのだ。
杖を取り、ゆっくりと起き上がる。
視界は濁っても、思考はクリアだ。大丈夫。全身に魔力を張り巡らせて、マリーナと向かい合う。
「最後の質問です。師匠をどうしましたか?」
射殺さんばかりの視線をマリーナは真正面から受け止めて、跳ね返すように答えた。
「殺したわ。私の次世代魔法で跡形もなく燃やし尽くしたの」
メイは無言で戦績手帳を出して書き換え始めた。
「そんなの嘘。あなたのその次世代魔法……直接魔力を流し込むだけのそれを魔法と言えればの話だけれど……にそんな威力は無い。今の私のように魔力を纏うだけで、簡単に防ぐことができますから。誰が殺しましたか?師匠があなたみたいな自称魔法使いに倒されるわけがない。大方おじいさんかメイさんが不意打ったのでしょう?」
「さあ、知らないわね。死体を見れば分かるでしょうけど、今頃は玉ねぎ畑の下でウジだらけじゃないかしら?」
エマの世界が回るのをやめる。止まった一点の先には、憎い憎いブロンズ髪の少女。ありったけの殺意をぶつけて、それでも少女は余裕の微笑みを崩さない。
「殺す‼︎」
一片残らず切り刻んで殺してやる。
初めの意図など、もはやどこにも残っていない。降伏なんてさせるわけがない。今この場で私が殺す。
そして彼女は風の刃を生成して……膨大な魔力の波に飲まれた。
「ねえ、エマ。もしあなたが本気で私を殺したいのだったら、昨日までに倒しておくべきだったのよ」
エマは動けないでいた。指一本動かせない。一瞬で全身を制圧されたのだ。口の開き具合から踏み出した爪先まで、彼女は完璧に固定されていた。こんな時でも眼球だけは動かせるというのは、一種のセオリーだろう。エマはそんなことを思った。
しかし、自由に動かせるはずのエマの目はすぐ、一点に吸い寄せられた。エマの意識がそこから目を話すことを許さなかった。マリーナの胸元に、きらりと光る緑の宝石。
(魔道具……!)
マリーナの態度には既に勝者の余裕が生じていた。彼女はにこやかに笑いながら、優しくエマに話しかける。
「いいでしょうこれ。宝物庫で見つけたの。ほんとは青いのが良かったんだけど、なんかつけたら取れなくなっちゃって。でも結果オーライってとこね。昨夜を境にして、私たちの力関係は完全に逆転したわ。今度はお前らが逃げ回る番だ」
魔力を増幅する魔道具。肌に吸いつき、入り込むような感覚は、正反対のものを10年以上つけていたマリーナにはとても馴染み深いものだった。
「マリーナ様、それ呪いの装備とかじゃないですよね?」
マリーナが魔力を放出するたび、怪しく輝く宝石を見てメイが聞く。マリーナはそれに答えず、両腕を大きく広げた。
するとエマの足が引きずられるようにしてこちらへ近づく。途中関節が無理な方向に曲がる音がしたけれど、マリーナは気にしない。ばきばきっと、はりつけのようにエマの腕を押し広げて、自らそこに飛び込んでいった。
「メイ、早く弓持ってるやつに手をふりなさい!急いで!」
「……え?なんでです?」
マリーナはエマの体に腕を回したまま、小声でエマに言う。
「あの遠さ、おそらく声は聞こえないわ。そして今の状況!弓使い君からしてみれば、私とエマが奇跡的な和解をして抱きしめ合っているように見えるんじゃない?早く手招きでもなんでもいいから、弓使いをあの窓から離れさせるのよ。私の魔力もかなり限界に近いもの。そうすればその隙にこいつを殺して」
「あのですね、マリーナ様」
小さな脳みそで精一杯考えた作戦を、焦ったような早口で言うマリーナにメイは窓を示す。
「ディックって言いましたっけ?私たちがあんまりにもぐだぐだしているので、帰っちゃったみたいです」
2時間後、王宮内は騒然となった。エマの死体をディックが発見したのだ。彼女は中庭のラベンダーの花壇の中で、全身を捻られ殺されていた。石畳の道には少しだけ土のついた二人分の足跡が残っていたが、追えるようなものではなかった。
騎士達がエマの部屋をあさると、そこには遺書があった。復讐に燃える最後のエクディア王族、マリーナの存在を知らされたクリストファーは、すぐさま捜索隊を編成した。幼馴染を失ったディックもその中にあった。
そしてなんの成果も得られないまま二日が経過した。