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4日目

登場人物紹介


名前 説明

ゆで卵は


マリーナ 王女


メイ メイド

水から茹でる


チルカト 御庭番

沸騰してから入れて8分


団長 騎士団長

マヨ


クリストファー ランディア王子

質問が悪いのでは?

マリーナ達のお茶会の翌日。きれいに晴れたこの日、ランディア軍の総司令であるクリストファー王子は書類の山とにらめっこしていた。報告書を片手に時々唸ったり、頭をかきむしったりする。いつものことではあるが、今日はあまりにも挙動がおかしいので、そばに控えていた騎士団長が声をかけた。


「殿下、どうされたのですか?さすがに報告書をねじったものを噛むのはそれくらいにしておいた方がいいと思うのですが」

「おい、騎士団長。異常事態だ」


クリストファーは騎士団長の方を見向きもせず、束ねてねじって縄のようにした報告書を噛み噛みしながら言う。


「異常事態と言いますと、殿下が紙食を始めた事がまず第一に異常事態なのですが」


団長は今年で40歳。まだまだその体に衰えは無く、騎士団の第一線で戦っていた。小さい頃から王子を知っていた関係で今回の遠征についてきたのだ。民兵を本国に返した今となっては、団長率いる第二騎士団だけがランディア軍の兵力となっていた。


「そんなもの知るか。大体お前団長だろ。今お前のとこの騎士団が何人いるのか、言ってみろ」


団長からの忠告もろくに聞こうとせず、クリストファーはねじった紙を噛んでいた。昔からの癖というわけではない。ただ、エクディアの紙が高級だったので、ついつい噛んでみたくなっただけである。うまく巻くとなかなか噛みごたえがあってよろしい。犬歯を立てないようにしながら、奥歯で丁寧にぎゅっぎゅと噛んでいくのだ。


もちろん、クリストファーは初めから紙好きな狂人だったわけではない。彼は今年で21歳、ランディア国の第二皇子として順調な人生を歩んでいる。学業も武芸も国で指折りの出来だ。人気も申し分なく、本国では王家の証である紫の目が合うたび、令嬢達が歓声をあげる程だ。


そんな彼が生きる異常事態になりかけているのには理由があった。


「はあ……騎士団の今の人数ですか。大丈夫です。私は歴代の団長の中でも頭の弱い方ではありますが、自分の大切な騎士団の人数くらい把握してますとも。栄えある第二騎士団は、この遠征において一人の負傷者も出す事なく未だ180名であります!」

「馬鹿が。それは四日前までの数字だ。今ではそのお前の栄えあるなんとやらも163人」


少しの沈黙の後、団長は目を見開いて叫んだ。


「なんですと⁉︎」

「こっちのセリフだ馬鹿!それぐらい把握しとけ!」


王子の心配の種、それはここ三日間で不審死が相次いでいる事だった。馬車の中で倒れていた近衞騎士、ライアランとブライジルに始まった不審死は着々と数を増やし、昨日は十人が王宮内で倒れていた。


しかし団長もさるもの、王子から衝撃的な事実を聞いてもすぐに平静を取り戻し、冷静に発言した。


「王子、その163人という数字、何か間違えておられませんか?今からそれを証明して見せましょう」

「ほう?」


ここで王子はようやく団長の方を向いた。脳筋だろうがなんだろうが、実戦を何度も経験してきた歴戦の勇者であることには変わりない。騎士としての立場から見れば何か分かることでもあるのだろうか。


団長は腕を組んだまま、自信たっぷりに言った。


「まず我が第二騎士団には、双子の兄弟がいます」

「……なるほど?」


クリストファーは早くも駄目そうな雰囲気を感じ取った。今日は用事があってこいつを呼んだのに、ひょっとするとそれすらもままならないのではなかろうか。人選を間違えたか。


「おそらく、それらを一人に数えてしまったのでしょう。つまり、人数は少なくとも報告より一人多いと思われます」

「いや、残存団員の数を報告されたわけではないのだが」


構わず団長は続ける。


「さらに!ひょろ長いやつが二、三人います。報告は彼らを半人分としか数えていないでしょう。これで二人」

「待て、分かったから止まれ」

「そして、影の薄いのがもうちょっといます。私も細かい部分までは把握していませんが、多分三人くらいいるんじゃないでしょうか?これで合わせて五人」


クリストファーの噛み噛みが加速する。じんわりとしみ出たインクが独特の香りを漂わせている。目を閉じて、息をゆっくりと吸い込むと、胸の中までインクの香りで満たされるような錯覚が味わえる。丈夫な高級紙も噛んでいるうちに繊維が解けて、植物の味がいいアクセントになる。何より歯で押した時の感触。くせになる。パイ生地のような多重構造がより噛みごたえを良くしている。ここ二日でだいぶ捻るのが上手くなったものだ。


「えー、後は、……そう!私です!おそらく報告者は騎士団長の私を数え忘れてましたね。私は戦場において二人分戦えるので、私で二人。数え間違いは七人になりました」


噛み噛み。噛み噛み。


「この数字を報告の人数に足すと、163に足すことの7で170人。繰り上がりで十の位に一が足され、きっちり180人であります!」


クリストファーは頭がくらくらしてきた。今噛んでいる部位がだいぶふやけてきてしまったので、少し噛む位置を変える。高級紙はいい。味も香りも最高だ。


噛み噛み。噛み噛み。


噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み




マリーナの一行はその頃、クリストファーのいた執務室の反対側に位置する王族居住区を歩いていた。

念願の居住区に初侵入して、マリーナはいつもよりご機嫌である。鼻歌交じり、るんるんで歩く彼女の後ろをついていくメイは、その様子を見てくすりと笑った。


「なによ、いいじゃない。遂に私は帰ってきたのよ!私の家に!」

「すみません、あんまりご機嫌なものでしたから。ここまでくる道中、騎士達が皆二人一組で行動していることにびびっていたのとは大違いですね」

「ふん。まあでもなんとかなったし。そろそろ私達も怪しまれてきたのかもしれないわね」

「まあ、ここまで堂々と侵入してますから……。死体を隠したりしたのは白髪の魔法使いくらいですし」


メイはまた笑う。今度はちゃんと心の中で。


なんとかなったって、お前普通に避けて通っただけだろうが。あれでいいなら私一人でだってなんとかできる。戦記にはしっかり書いておいてやろう。


マリーナ王女は相手が一人だけなら強気でしたが、複数人いるとびびりまくるあまり、礼儀正しく挨拶してこそこそ脇を通ってました。


もう少し殺す努力をすると思ってたけど、やっぱりマリーナ様の魔法もどきでは一度に一人が限界らしい。


「とにかく、メイ。分かる?ここは居住区なのよ、私の家なのよ!うふふ、廊下にぎっしりのふかふかした絨毯。足が沈んでしまいそう。装飾品もあんまり荒らされてないし、最高ね。今夜はここで寝ましょう?」


ここまで歩いてくるのに中庭の別荘から一時間近くかかっている。マリーナの子供の歩幅では、通常よりも時間がかかってしまうのだ。


「ふふ、いいですね。マリーナ女王陛下、なんでも大臣はどこで寝ればよろしいでしょうか?」

「ふむ。なんでも大臣はこのたびの戦役で多大なる功を立てている。ランディアのうじ虫どもがいなくなるまでは、私が寝ているところ以外の好きな寝台で寝ていいわよ」

「ははー、ありがたき幸せ」


かしこまって恭しく頭を下げ……すぐに二人で顔を見合わせて爆笑する。


他の使用人の情報によると、騎士の数は大体百人くらいらしい。なんでもエクディアで食料を得ることが難しいのと、もはや組織的な抵抗があり得ないからそれ以外を本国に返したのだとか。大体そんなところだろうって、チルカトが言ってた。


チルカトは今日も付いてきてくれている。後ろからやってくる騎士の気配をキャッチしたり、音を立てて見張りを引きつけたり。このじいさんなかなかに有能だ。庭師をさせておくには惜しいかもしれん。メイはそう思った。


不意に、前方を歩いていたマリーナの足が止まる。


「どうかなさいましたか?マリーナ様」


メイが尋ねると、マリーナはなにも言わずに前を指差した。示された方向を見て、メイもなるほどと思う。大柄で筋肉質な騎士が前から歩いてくるのだ。肩に勲章をつけたその騎士は、背を真っ直ぐに伸ばしてゆったりとこちらに近づいてくる。


たった一人で。


「メイ、チャンスよ。あの騎士め、一人で出歩いてやがる。勲章をつけてゆったり歩いているところを見ると、自分に自信があるんでしょうね。侵入者なぞ俺一人で十分って面構えだわ。あんなのがいると、騎士団長も苦労するのでしょうね」


マリーナは両手の平を大きく広げ、構えを取る。射程内に入った瞬間、内部から爆殺する寸法だ。


それが目に入ったか入っていないのか、騎士は歩みを止めることなくゆっくりとこちらに迫る。一歩一歩進むたび、騎士が大きくなっていくような幻覚にメイは襲われた。


この存在感、プレッシャー。間違いなく大物。


そして、騎士はそのままマリーナ周囲の半径1.5メートルの円に侵入し、


マリーナが、両手をぎゅっと握った。




一刻も早くパルプに浸りたいクリストファーによって執務室から追い出された後、団長はいつものようにゆっくりと王宮内を歩いていた。いつもと違うのは、握りしめた右手の中。追い出される前にクリストファーに渡された鍵がそこにある。


「いいか、頼むから頑張ってくれよ騎士団長。この鍵は多分宝物庫の鍵だから、扉が開くかどうかを確認してきてくれ。ついでに中身の目録があるとだいぶ楽になるが、もはやお前にはそこまで求めん。くそっ、ジジル老はどこで遊んでやがる……」


王子が最後に発した人間らしい言葉だった。後はもう何を話しかけても、適当にやれ俺は今紙が吸いたいとしか言わなかった。


そもそも文官が来ないのが悪いのだ。団長は思った。エクディア遠征が予定されていた半分以下の日数で終わってしまったため、王宮を占領した後にエクディアを立て直すための文官たちがまだ間に合っていなかった。敵をぼこるのが仕事と言われていたのに、どうして書類の面倒まで俺たちが見ることになっているのだ。ずたずたに引き裂いてやろうか。


不機嫌であるものの、彼は仕事を投げ出すことはしない。まだ見ぬ宝物庫とやらへ一歩一歩近づいているのだ。はずだ。宝物庫の場所知らんけど。


居住区を適当にぶらついていると、前に三人組が立っていた。何を考えているのか、舞踏会用のドレスを着た二人と、その後ろに執事姿の老人。エクディアの貴族だろうか?今度集まると聞いていた。


彼らの横を通り過ぎようとしたその時、耳に入った笑い声が彼の足を止める。


「あっははは!将軍クラスがなんとあっけない!勲章つけて威張りくさって歩いてそのざまか、大した抵抗もないじゃない!」


驚いて横を見ると、ドレスを着た少女が勝ち誇るように笑っていた。ふむとうなって、自分の肩に目をやる。確かに勲章がついている。


団長は足を止めると、少女の方を向いて聞いた。


「ふむ、はじめまして。君はエクディアの貴族かな?」

「ふん。私が貴族に見えるというの?無礼も甚だしい。私はエクディア国女王、マリーナ・エクディアよ!言葉をわきまえろ劣等種」


少女は喜色満面で答える。まるで、名乗りを上げられたことが嬉しくて仕方ないかのように。


しかし、エクディアの女王と言ったか。王族が倒れたら自分が王様になれると思い込んでしまったタイプの貴族か?どちらにせよ、間違いないのはこの少女が女王には向いていないということだけだ。今王宮を占領しているランディアの騎士団長に向けてこの態度、立場がまるで分かっていない。こんなやつが女王となったら困るのは臣下や国民たちだ。


周りの二人は止める気配も見せず、少女は続ける。


「くっくっく、分かっていないようだから冥土の教えておくわ。今さっき、あなたが私の半径1.5メートルに入った瞬間!あなたの肉体には私の魔力が入り込み、そしてあなたの心臓を完膚なきまでぐちゃぐちゃに握りつぶした。もっとも今更分かったところであなたにはどうしようもないのだけれどね。私に話しかけることができたのには驚いたけれど、さあ、あなたの命は後何秒かしら?」


これだけ少女がまくし立てても、後ろの二人はにやにや笑っているだけ。団長は首をひねる。貴族ですらなく、三人まとめて狂人の可能性が出てきた。第一、心臓に全く異変を感じないのだ。


「えーと、とりあえず一緒に来てもらおう。話の続きは取調室の方で」


後ろの二人のうち、若い女が少女に声をかける。


「マリーナ様。私にはあのヒゲ面は何のダメージも負っていないように見えるのですが」

「え?そう?」


言われて少女は両手をぱっと広げた。目を閉じてうむむ、とうなっている。


だめだ、訳がわからん。こいつらは刺客とか反乱軍の類には見えないし……かと言って貴族ではありえない。泥棒にしては逃げ出さない。


えい、もう面倒だから殺すか。味方以外を倒せば勝ちだ。


団長の脳は思考を停止して、剣の柄に手を掛ける。


「やばっ。メイ、こいつ絶対心臓鍛えてるわよ!あれだけ全力で潰したはずなのに、かすり傷で済んでる!」


多分ランディア最強の騎士を前にして高笑いする余裕のあるお前の方が心臓は丈夫だと思う。


団長の抜きはなった剣がきらりと光って、


次の瞬間、団長は後ろに跳んでいた。団長のいた地点の床には、鉄製の飛び道具が刺さっている。四つのとげをもつそれを、彼は知っていた。


お庭番!エリナ戦記以前のエクディアの伝説に登場する、王家直属の特殊部隊!


なるほど、少女は囮であったか。団長は、短剣のようなものを両手に構える執事姿の老人を見ながら口角を上げる。


「エリナ様、今のうち早くお逃げください!」


その言葉を聞くが早いか、マリーナは


「死なないでよ爺!」


とだけ言うと、反対方向に走り去っていった。残されたチルカトは団長と向かい合い、手に馴染んだくないを握りしめる。ここからは本当の殺し合いだ。





「はぁ……はぁ……。ここまで走れば大丈夫かしら?」

「マリーナ様……走れたんですね……。ぜひゅ、私やばっ……へゅ」


つい四日前までは監禁されていたというのに、こいつ元気すぎやしないか。メイは驚いていた。むしろ息が乱れているのはこっちの方だ。四年間の小屋勤務は、町の逞しい娘だったメイの体力を確実に落としていた。


まあいやでも走らないといけない状況だったんだけれど。


髪を整え、マリーナが言う。


「さて、これからどうしましょうか?」


それを聞くとメイは、ふっふっふと笑いながらポケットから何かを取り出した。それは小さな鍵だった。金でできていて、持ち手の部分にエクディアの紋章が刻まれており、緑の宝石で装飾されている。


「マリーナ様マリーナ様、じゃーん!」

「じゃーん、ってあんたね。それどうしたのよ?」

「さっきのひげもじゃが落としたので、拾ってきたんですよ」

「あの状況で⁉︎」

「はい。なんかキラキラしてたんで。なんでも大臣として、これは放っておけないなと。多分これ結構大事な部屋の扉ですよね?行ってみましょうよ」


メイは鍵を撫でながら言う。誰かが綺麗な金属を落としたら、とりあえず拾って何食わぬ顔で立ち去る。平民時代の常識だ。


「あんたね……」


いつから私はボケの座から陥落してしまったのだろうか。1日目辺りでは、驚いたり突っ込んだりするのはメイの仕事だったのに。脳裏にここ二、三日に出会ったキャラの濃い面々を思い出しつつ、マリーナは嘆息する。思えば、いつだって私は食われ気味だった。


「でもその鍵がどこの物かは推測がつくわ。エリナ戦記に出てきたもの。金に緑の宝石となると、おそらく宝物庫でしょうね。ちょうどこの先にあるはずよ。宝物庫の扉は象が三頭同時にぶつかっても傷一つつかないそうよ。中に入って、休みつつ体勢を立て直しましょ」


体勢がどうのって話じゃないと思うんだけどなー。メイは後ろをちらちら振り返りつつ、また歩き始めたマリーナについていった。





宝物庫の扉の前には誰もいなかった。そりゃそうだ。開かない扉はただの壁。騎士達が二人一組で行動することを決め、ただでさえ人数が少ない中で壁を見張る余裕など無いのだ。


紫色の重厚な扉は、鍵を差し込むとあっけなく開けるようになった。かちりと小さな音がして、扉から威圧感が消え去る。宝物庫は新たな主を受け入れたのだ。


「で、これどうします?」


メイが聞く。二人の前には、今しがた鍵を差し込んだ「象が三頭同時にぶつかっても傷一つつかない扉」があった。もちろん自動ドアなどではない。エクディア最強の防御力を誇る鉄の扉は、開かれるのを今か今かと待っている。


「……さあ?」

「ほらマリーナ様開けてくださいよ。魔法(?)があればどうにかできますよね?」

「ぐぬぅぅ……。メイ、あんたも手伝いなさいよ!私の魔法は人間にしか効かないって言ったでしょ!」

「いえいえ女王陛下、両手で取っ手を持ち引っ張るのも立派な次世代魔法だと私は信じています。残念ながら私は魔力を感じ取ることができませんゆえ、陛下お一人で頑張ってください」


元は彫刻か何かが飾られていたのだろう台に腰掛け、必死に頭くらいの高さにつく扉の取っ手を引っ張るマリーナを眺めるメイ。実に愉快。


「マリーナ様、お急ぎくださーい。早くしないと髭もじゃが来てしまいますよー」

「うるさい!分かってるわよ!」


マリーナは見向きもせずに作業を続ける。ざまあみろ。私は四年間あのクソガキのお世話をしてきたのだから、1日くらいこんな日があっても許されるはず。ふふ、焦ってる焦ってる。早くしないと殺されちゃうもんね、彼女。


あれ?


扉が開かなかったら私も殺されるんじゃなくて?


「マリーナ様、きちんとお願いできれば手伝ってあげなくもないですよ?」

「うるさいって言ってんでしょ!あんたみたいな忠誠心も何もないやつにわざわざ手伝ってもらうほど、エクディア王家は落ちぶれてなくてよ!」

「そうですか、そこまで頼まれたのならしょうがな……え?」


台から立ち上がりかけたメイは、思いもよらぬ拒絶に動きを止める。


「いやいやマリーナ様、手伝いますよ?」

「非国民の手なぞ借りないわ」


やばいやばいやばい。ここまでの雑談でどれくらい時間使っちゃったっけ?メイの耳には、騎士達の靴音の幻覚が聞こえてくる。上から?下から?もうそこの曲がり角かもしれない。


「分かった!分かりました!手伝わせてください!なんでも大臣として、女王陛下と苦難を分かち合いたい所存にございます!」

「ふん」


マリーナは見向きもしない。


「ああくそ、こいつ意地になってやがる!マリーナ様、ちょっと貸してください。私まだ死にたくないんです。さっきまでの態度は謝ります、誠心誠意謝罪しますので、どうか私に取っ手を引っ張る許可を」

「私一人でだって!このくらい!」

「んああああ゛!貸せ!取っ手よこせ!早くしないと死ぬっつってんだろ!てめーの細腕じゃどんぶり一杯が関の山だろうがとっとと代わりやがれ!」


さっきとはうって変わって、今度は取っ手の争奪戦。三十分後、息を切らせた二人がわずかな隙間から宝物庫に滑り込んで…………


それからいくらたっても団長は追ってこなかった。


そして、夜まで待ってもチルカトは帰ってこなかった。



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