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3/6

3日目

登場人物紹介

名前 説明

存在価値


マリーナ 王女

主人公だし一応必要?


メイ メイド

別にいなくてもいい


チルカト 爺さん

いない方がいい


エマ ランディア魔法使い

必要かと聞かれたらちょっと困る

王宮の、大広間に近い一室。毎晩のように舞踏会が開かれていたダグラン王の時代(つまり三週間ほど前まで)は、この部屋もよく使われていたらしい。


みんな死ぬか逃げるかして占領軍が王宮に入城してからというもの、王宮の中心は執務室や資料室の方に移った。今では大広間はがらんとして、明かりも消えている。沢山の銀食器や綺麗な花瓶、果ては真っ白なテーブルクロスまで、みんな使用人達が持って逃げてしまった。金メッキが貼られていたドアノブに至っては扉を繰り抜くように持ち去られ、仕方ないのでランディアの騎士達はそこを開けっ放しにすることにした。


今や掃除する人もいなくなり、首を痛める覚悟で真上を向くとようやく見える高い天井に釣り下がったシャンデリアにはうっすら埃が積もっている。溶けたろうがまた固まって、きらびやかな金箔の上に白くこびりついていた。


たった二週間でたちまち荒れ果ててしまった大広間。当然、その近くの部屋など時々使用人達が扉の前を通り過ぎるだけ。誰も入ろうとはしない。


けれども、それは幸運なことだったのかもしれない。もし扉を開ける者がいたなら、彼はマリーナの魔法(自称)で殺されてしまっただろうから。



部屋の中では即席ファッションショーが始まっていた。所狭しと色とりどりのドレスが並べられて、ソファの上ではマリーナが次から次へとでたらめな決めポーズをとっている。時々ポエミーな台詞も叫ぶ。その横でしわくちゃの老人チルカトが、最高ですエリナ様!最高です!まるで女神のようだ!を壊れたおもちゃのように連呼するのだからうるさいったらありゃしない。


真っ赤なドレスを着たマリーナが腰に手をあて壁をびしっと指差し、エリナ戦記を思い出しながら架空の敵に向かって言い放った。


「そうよ、私こそがエクディア女王よ!三日前から堂々と王宮の廊下を歩いていたのに、あなた達はずいぶん間抜けのようね。この聡明なマリーナ様が、あんた達まとめて吹っ飛ばしてあげるわ!」

「すごい!かっこいいですじゃエリナ様!わしはエリナ様の勇姿を見れて感激です!うぉっうぉうぉ」

「あ、マリーナ様。台詞終わりました?私のこの青いやつってどうですかね?似合ってますか?」


部屋の反対側にいるメイも、大きな鏡の前でご機嫌にドレスを楽しんでいた。たまにはマリーナ様もいいことを言うものだ。話は今日の朝に遡る。




王宮に着いて三日目の朝、マリーナとメイは二階建てのログハウスで目を覚ました。今度こそ、王族が使うようなふわふわ布団。広い部屋には天蓋付きのベッド。メイとマリーナが隣り合って大の字で寝っ転がっても、まだ左右の端まで届かない。


朝ご飯には豪華な魚料理。何とかの香草で香りをつけたほっくほくの身の川魚だった。焼きたてのそれを一目見た途端、マリーナの最後の晩餐ランキング一位は焼いた川魚に決定した。それに加えて高級っぽい薫製肉。なんか固かったけどうまかった。あと新鮮な野菜のサラダ。普段肉をあまり食べない生活をしているんです、とは言えべつにマリーナ達はたくさんの野菜をエンジョイしているわけではない。それしか食料当番が持ってこないからふかし芋とポタージュを繰り返すことになるのだ。特にトマトなどの実を食べる野菜はマリーナにとって新鮮で、食感も味も楽しかった。生で食べられるのも高得点。


計三品を朝からがっつり食べて、二人は大満足だった。さすが王宮、食べようと思えばうまいものが食べられるのだ。マリーナがぽんぽんと手を叩くと、奥の調理場から腰の曲がった老人が姿を現した。彼の名はチルカト。昨日ジジルを鍬で打ち殺した、自称お庭番のしわくちゃ爺さんだ。満面の笑みのマリーナがチルカトをねぎらう。


「チルカト、どれも美味しいわ!今日のお昼もお願いね」


チルカトは顔をほころばせ、嬉しそうに答えた。


「エリナ様にそう言っていただき光栄でありますじゃ。まだまだ食料はありますから、安心してお食べください」

「やっぱり王族の使ってた別荘ですもの、素材が違いますね素材が」


と、メイ。昨日ジジルを撃退した三人は、チルカトの案内で庭園の奥深くにあるこのログハウスに来ていた。よくダグランやヘンリーが、別荘として使っていたのだそう。執務室や大広間まで徒歩十分のアクセスの良さで極上の自然が味わえる。政治で忙しい王にとっては、最高の環境だった。


しっかし……。メイはちらっとチルカトに目をやった。頭にはうっすらと白髪が残り、顔はしわくちゃ。笑うと口の中に見える歯は、所々欠けているのがわかる。よれよれの庭師の服を着て、手は小さいが節くれだっている。もうボケ始めているのだろうか、昨日から何度訂正してもマリーナをエリナと呼ぶ。


この爺さんは一体なんなんだ?


昨日ジジルとマリーナ、二人が戦闘している時に後ろから敵をばっさり。ジジルが気づいていなかったのはもちろん、前からふぬぬ……の応酬を見ていた私ですらいつ気がついたのか分からなかった。多分あの状況、チルカトが来なければ普通に詰んでたはずだ。最終なんとか呪文。死ぬ間際まで詠唱らしきものは続いていた。


ジジル戦では百歩譲ってミラクルが起きたのだとして、それではこの小屋はどうだろう?ただの庭師が王族の別荘を管理するのだろうか?昨日チルカトと二人でジジルの死体を放り込んだ(マリーナがお花が可哀想だと主張したのだ)場所は、花壇の下に隠されていた地下通路。庭師が知っていていいものだろうか?


私は大蔵、外務に財務など、全ての大臣の役職を合わせ持つエクディア二番の権力者、なんでも大臣。指揮系統が生きてさえいれば、多分この爺さんは私の部下のはずだ。職務上の責任感に後押しされ、プチプチのミニトマトを飲み込んで、メイはチルカトへの尋問を開始した。


「あの、チルカトさん」


チルカトは、立ったままメイの方を向く。細いきらきらした目がこちらを見つめた。


「はい、なんですかな?」

「チルカトさんは、本当に庭師なんですか?」


チルカトは、歯をむき出しにしてけっけと笑うとメイの質問に答えた。


「けけ、わしを庭師などと一緒にしないでほしいですじゃなんでも大臣どの。わしはれっきとしたお庭番であります。歳をとって第一線からは退いたものの、まだまだ立派に活動できますじゃ」

「はあ、そうでしたか。失礼しました」


お庭番……お庭番……。多分門番の庭版って事だよね?


要は庭師?分かってないようで分からない。


メイはまあいっかと軽く頭を振って、目の前の食事に専念し始めた。


朝食を食べ終わると、マリーナは早速メイと今日の賊軍討伐計画を相談し始めた。メイなんかは、もうこの小屋さえあればいいんじゃないかなと思うが、マリーナにとってここは森の中の小屋である。つまりは監禁時代に逆戻りである。どんなに居心地が良かろうと、森の中に建っている木でできた小屋という時点でマリーナ的にはアウトだった。


「メイ、あなた昨日王族の居住区が王宮にあるって言ってたわよね?場所分かる?私行ってみたい。今日はそこに行きましょ」

「はい……えー、うあー?」


居住区の方か……。私は一度も入った事がないけど、ランディア軍の支配下にある現状正面突破ではさすがに捕まる気がする。というか今まで捕まってないのが異常なのだ。何やってるランディア軍。ここでエクディア王族最後のの生き残りがぴんぴんしてますよー。


メイは天井を向いて呻きながら、マリーナの興味を逸らす方法を考え始めた。


「あ、そうだ。マリーナ様、今日は大図書館に行きませんか?エリナ戦記の原本があるんですよ。ぜひ読んでみましょうよ」

「却下。大図書館って、むしろ王宮の中心地から遠ざかってるでしょうが。私たちが目指すのは賊どもの駆逐よ。エリナ戦記の原本なんて、ランディアのやつらを全員追い出した後で読み放題だもの。それよりも私は王宮内部に住みたいわ。まともな、使用人棟でも庭園の小屋でもない、ちゃんとした王宮内の部屋に寝泊まりしたいって言ってんのよ」


うぐ。メイは視線をそらす。始めて王宮に着いた夜、マリーナを騙くらかして使用人棟を王宮だと偽った前科が彼女にはある。


黙りこんだメイを見て、マリーナが言った。


「そしてメイ、私には名案があるわ」

「はあ」

「ずばり!ドレスコードして乗り込むのよ!」

「……へえ?」


どや顔のマリーナの話を聞けば、簡単な事だった。使用人服で行くと捕まってしまうのなら、貴族の装いで突っ込めばいい。騎士は位が低いから、戦時中でもなんでもない今は、王宮内への貴族の侵入を止める事ができない。一度入ってしまえさえすれば、ランディア軍もおいそれと入れないだろうから追われる心配も少ない。


ふむ。たしかに理屈には合っているように聞こえる。今までだって適当に突っ込んでセーフなのだ、ドレスを着たところで大して変わらない気がする。


それとドレス着てみたい。


ぽくぽくちーん。メイの中で、ドレス欲が身の安全に優った瞬間だった。




そして時間は今、場所は王宮内大広間横。三人に増えたエクディア正規軍は、そんなわけでファッションショーを楽しんでいるのであった。


この部屋は、メイが知っていたものである。ほとんど新品に近いドレスが大量に保管されている部屋として、数年前にメイド仲間から教えてもらったところだ。一度入ってみたいと思ってはいたが、まさかこんな形で訪れることになるとは思っていなかった。今はうるさい上司も貴族もいないから、平民上がりのメイも好きなだけドレスを着る事ができる。珍しく大はしゃぎしていた。


マリーナもまた、初めて見る色とりどりの服に目を奪われていた。エリナ戦記の戦勝記念舞踏会にちらっと出てきたかどうかのドレスが、今ここにたくさん存在するのだ。


「メイ、次は緑っぽい色のを試してみたいわ。こう、背中がぱかっと開いてるやつだとなお良しね。あるかしら?」


メイは衣装の山をひっかき回し、二分もしないうちにマリーナに言った。


「そもそも緑のがありませんね」

「なんでよ?あっちの山とか、まだ全然確認してないじゃない」


不満なマリーナは部屋の隅を指差していう。


「あっちの山は一番サイズが大きいんです。マリーナ様の場合、子供用のドレスから選ぶことになりますから。極端に数が少ないんですよ」

「なんでよ?私十六よ⁉︎一番遊びたい盛りじゃない!それとも何、エクディアでは十六っていうのはまだ舞踏会とかパーティーとかには参加しない歳なの?」

「エリナ様、十六歳であられましたか!わしはてっきり十二かそこらかと」


チルカトが驚いてひっくり返るが、メイもマリーナもそちらには目も向けない。別に予想していたことだ。最近の豪華な食事でだいぶ肉がついてきたとはいえ、身長の差はどうしようもない。まだ痩せ気味なところも手伝って、マリーナの姿はとても十六歳には見えなかった。


「……まあいいわ。とりあえず今までの中だと、この水色のが一番ね。あんまり時間を取られるわけにもいかないし、これで行きましょうか」


マリーナはまたソファの上によじ登って、着心地を確認するように体を捻る。ふふっ、とマリーナの口から無意識に笑いが漏れた。数日前までその日の食べ物にも困っていた私が、今ではすっかり女王様。神様もなかなか分かるやつだ。首にかけたネックレスを触ると、緑の宝石がちゃらりと音を立てた。


既にチルカトは燕尾服に着替えている。庭師の格好をやめ、しわ一つない真っ黒な服に着替えたチルカトは、歴戦の執事か何かに見えた。心なし背も真っ直ぐになったように感じる。片眼鏡があれば完璧なんだけどな、とマリーナは思った。


メイの準備が終わるまで、エリナ戦記の決め台詞の練習でもしてよ。言う機会なんてこんな暮らしをしていたら、きっとすぐにでも訪れるのだから。




結局メイの準備が終わった頃には、お昼を少し過ぎていた。大人用のドレスなら、あの部屋には数年分の在庫があるのだ。初めてのドレスに二人ともうきうきで、晴れ姿のままランディアのゴミどもを血祭りにあげるべく、王族居住区に向かって王宮の廊下を歩いていた。


「ふふ。見た?メイ。今ランディアの騎士が私たちのことを避けて通ったわよ」

「そりゃそうですよ。向こうからしてみれば、どこの貴族かわかりゃしない。万一密約していた貴族の娘だったりしたら、どうするんですか」

「密約?」


マリーナは怪訝そうにメイを見上げる。


「あれ、マリーナ様知らなかったですか。1日目の夜に使用人棟で聞いたんですけどね、ランディア国境沿いのエクディア貴族が裏切って、敵軍をエクディア国内に入れたらしいですよ。掃除のおばさんが言ってました」

「……へえ」


マリーナの目つきが鋭いものに変わる。なるほど手引きした奴らがいたのか。エリナ戦記によればエクディアの地形は守りに向いている。三方向を山に囲まれ、南に大河が走る天然の要害だとエリナ戦記には書いてあった。またエリナ戦記を読んで知ったのだが、特にランディアとの間にある山脈は険しく、道を一歩間違えれば谷底に真っ逆さまな狭い通路が数本知られているのみ。


そんな方向の国がどうやって攻め込んだのだろうと思ったら、やっぱりだ。エクディアに反エクディア的精神の持ち主がいたのだ。多額の報酬につられて国を売るなど、人間未満にもほどがある。マリーナは、脳内確殺リストに裏切った貴族どもを加えた。いつであろうとすれ違ったらすぐに魔法で倒す所存である。


裏切られる暴君サイドにも問題があるとは夢にも思わないのが、マリーナのマリーナたる理由。


「メイ、裏切った貴族どもを殺すってtodoメモに書いといてちょうだい」

「はいはい。まあ噂に過ぎないんですけどね……」

「殺すわよ。ランディア軍よりも奴らの罪は重いわ。私の次世代魔法の餌食にしてくれる」

「ぷふっ。次世代魔法って、マリーナ様のあれは魔法未満なんじゃありませんか。呪文も無いですし」


しかし、昨日と違ってマリーナはうろたえない。逆に声を張り上げ、メイに向かって胸を張って言う。


「だからこその次世代魔法よ!燃費がどうだとか、そんなのはこのエクディア女王マリーナにとって問題じゃないわ。あなただって見たでしょう?わしは魔法が使えるんだぞいって言って戦いを挑んできたあの爺さんの末路を」

「末路って、チルカトさんがいなければ死んでたのは私達じゃな「そう!魔法の一番の弱点は呪文詠唱。敵の目の前であんなの唱えてる暇があるなら殴った方が早いわ。あの爺さんだって、唱えてる隙に私の次世代魔法が片付けたじゃない」


メイの発言を遮って、マリーナは得意げに言う。


「え?マリーナ様?」

「あらメイ、分からなかったの?チルカトが鍬で殴るまえに、既に爺さんは死んでたわ。私が!わ!た!し!が!次世代魔法で!あの旧時代の化石とも言える百年前から骨董品のよぼよぼ爺さんを一方的に倒してやったのよ。なんか文句あるの?優劣ははっきりしてるじゃない」

「えー……。しょうがない、戦果メモ書き換えときますね」

「どうせならあれね、なんかかっこいい呪文言って倒したことにしてちょうだい。なんか、こうあんまり痛々しくなくて、かつ厨二心をくすぐる感じの……」


ほら、もう最初の論拠が無くなってるよ。呪文は隙になると言ったのに、どうしてこいつは呪文を所望するんだ。メイは天井を仰いで、やれやれとため息をつく。


そんなバカな話をしながら歩いている時、事件は起きた。




どんっ。


曲がり角に差し掛かった時、向こう側から走ってきた人物がメイにぶつかったのだ。メイはよろめいて、二、三歩後ろに下がった。左腹部に軽い痛み。


「あ、すみません!お怪我無かったですか⁉︎ほんと申し訳ありません!」


前に目をやったメイが見たのは、ぺこぺこと謝罪を繰り返す若い娘。くるんとカールした髪に、ぱっちりした緑の目。肌は滑らかで、健康的な色合いをしている。十六歳くらいだろうか。


しかし、メイが気にしたのはそこではない。


「あうあー、ごめんなさい!杖の先当たっちゃいましたよね、大丈夫ですか?」


そう、彼女は右手に白い杖を持っていたのだ。木の枝のようなデザインのその杖は(ひょっとしたらモノホンの木の枝かもしれないが、メイには見分けがつかなかった)、昨日見た老人のものによく似ている。先端部分には人工的なくぼみが付いていて、まるでなにかを嵌め込めるよう。


脳裏にちらつく魔法使いの四文字。後ろで臨戦態勢に入ったマリーナを強引に下がらせ、メイは体当たり娘と向かいあった。


「えと、ランディアの方ですか」

「あ、はい。そうです。私エマと言います。すみません。普段からディックに廊下は走るなと言われているのですが、この王宮でっかくて、廊下も横幅が広くて廊下に思えなくて……」

「……それで、走ってたらぶつかってしまったと」

「あ、いえ!反省してます!廊下は廊下でした!ごめんなさい!」


よし!間抜けだ!メイは心の中でガッツポーズをとった。とりあえず首の皮一枚繋がった。魔法使いと聞いて甦るのは昨日の戦闘。明らかに分かっているのは、マリーナの(永遠に)次世代魔法では本職の魔法使いに手も足も出ないという事。今日はせっかくドレスを着ることができたのだ、思い残すことは何もない?いやいやまだ死にたくない。


「まあ反省しているならよしとしましょう。大した怪我もしませんでしたし、次から気をつけてくださいね」


マリーナの射程内にランディアの若い魔法使いを入れないようにしながら、すれ違ってこの場からの逃走を図る。珍しく従順なマリーナを背中の後ろに隠しながら移動しようとしたその時、メイの逃走を阻んだのはランディアの若い魔法使いだった。


「あ、あの!もし良かったら、一緒にお茶しませんか?ぶつかってしまったお詫びと言ってはなんですが、美味しいケーキやスコーンもあります。私、この城に来てから同年代の人がディックしかいなくって、その、お友達になりたいな。なんて……」

「あ、お誘いはありがたいんですが、我々ちょっと急いでまし」

「行くわ」


そんな馬鹿な。メイが後ろを見ると、マリーナは本気の目をしていた。


(何言ってるんですかマリーナ様、相手はランディアの魔法使いですよ?)

(いいえメイ、私たちの相手はケーキよ)

(ああ……)


神様、どうしてこのクソガキに人並み以上の食欲を与えたもうたのですか。


メイは諦めた。決してケーキにつられたのではない、はず。ランディアの人からのお誘いじゃなければ、私だって喜び勇んで行ったんだけどね。今回はマリーナ様が強引だったから仕方ない。


「分かりました、それじゃあお邪魔してもいいですか?」

「エリナ様が行くのであれば、わしもついて行ってよろしいかな?」


これまで後ろで静かに立っていたチルカトがいきなり喋った。メイの背中を冷や汗がつたう。


「……」

「……」

「……エリナ様?」


エマは不思議そうに首をかしげる。


「エリナ様とおっしゃるんですか?」

「え⁉︎あ、ああ違います違います!このお爺さんもうぼけちゃってますから!決して決してこの子はエリナ伝記の女王様などではありませんし、エクディア最後の王族でもありません。ごく普通の一般貴族です」

「メイ、エクディア最後の王族というのには語弊があるわね。なぜなら私の代からエクディアはもっと栄えるのだから」

「あー‼︎あー‼︎黙れ!お前ら一旦黙れください!エマさん、ちょっと思い込みの激しいというか、頭のネジが飛んでると言いますか、こんなんでもいいっていうならお茶会に行ってみたいのですが……」

「貴様メイ、エリナ女王陛下に向かって黙れとは何事だ!いくらなんでも大臣とはいえそのような無礼、わしが見逃すわけがなかろう!わしは昨日のエリナ様の近衛騎士団長の座を賜ったのだからな」


血管が。頭の血管がもたない。敵は味方の中にいたのか。もはやメイドの振る舞いなどかけらも残っていなかった。必死に両腕を振り回し、顔を真っ赤にして大声で否定する。はたからみれば、この三人で一番狂っているのはメイだと思う人も多いだろう。


王宮の片隅に束の間現出した軽めの地獄を収束させたのは、やはり騒ぎの原因であるエマだった。


「はい、全然大丈夫ですよ。妹さんも執事さんも、一緒に来てください!」


これを聞いて、一番顔をしかめたのがマリーナだったことは言うまでもない。




王宮の一室。ランディア軍が自分たちの宿舎に割り当てられたその一角で、華やかなお茶会が開かれていた。


真っ白なレースで飾られた丸いテーブルの上には、色とりどりのお菓子。世界各地から取り寄せられた高級茶葉も一通り揃っている。エマが元々見つけていたものに加え、メイとチルカトが協力して集めたのだ。生クリームを使うケーキなどはもう食べられなくなっていたけれど、焼き菓子の中にはまだ美味しく食べられるものがあった。エマに割り当てられた部屋に備え付けられていた戸棚に入っていたのだ。


数ヶ月ぶりのお茶会で、にっこにこのエマが言う。


「それにしても安心しました。貴族様って、もっと怖い人たちだと思ってたので」


それを聞いて、向かいに座っているメイが質問する。


「エマさんは貴族ではないのですか?」

「はい、そうなんですよ。元々実家は町のパン屋さんだったんですけど、常連だった師匠が魔法の才能を見出してくれたんです!」


そうかそうか。じゃ、やっぱり私とは別物だ。メイは一瞬覚えた親近感を打ち消す。おかしいな、王宮で働いてる平民の半分以上は成り代わりって聞いてたんだけど。魔法使いとなるとメイドと事情は違うのかな。手元のクッキーを一つつまむ。うん、いけるいける。


「へえ。それはすごい偶然ですね」

「でしょう!」


エマは嬉しそうに話す。


「師匠はすごい人で、魔法師団が解散した後も王子の相談役として従軍してるんですよ!私は弟子なので付いてきてるんです。とっても物知りで、学者さんみたいにいろんなこと知ってるんです。あ、魔法もかっこよくて、最終獄炎魔法の唯一の使い手なんですよ!私の憧れの人です!」


最終獄炎魔法……?


最近聞いた響きだ。具体的には死刑宣告シュチュエーションで。


「えっと、その人はお爺さんだったりしますか?」

「はい、そうなんです。ひょっとして見かけてましたか?昨日から姿が見えなくて、クリストファー王子が探してるんです。師匠はすぐどっか行っちゃいますから……」

「へ、へえー。残念ながらまだ会えてませんけど、一度会ってみたいですね」


まさかお前の師匠は鍬で打ち殺されて、花壇下の秘密空間に放り込まれてますなんて言えるわけがない。


ふと不穏な気配を感じたメイはちらっと横を見る。マリーナが何か言いたそうにうずうずしていた。


(マリーナ様マジでやめてくださいよ?)

(何よ、練習の成果を発揮するのは今しかないじゃない。ここでこう、ふっふっふ、実はお前の師匠を殺したのはこの私、エクディア女王マリーナだったのよ!みたいに決めないなら、なんのために朝練習してたって言うの。悪いのはクッキーしか用意してないあの女よ)


動機はそっちかー。まあそれに関しては私もちょっと思ってたけど。クッキーは山ほど見つかったけど、他の焼き菓子は驚くほど少なかった。やっぱり保存には適していないらしい。


(でも殺そうとはしないんですね。感心です)

(当然よ。だって彼女は特使なのよ。丁重に扱わないと)


「お二人とも、どうかしましたか?」


目と目のテレパスで会話していると、エマが話しかけてきた。


「え、ああはい。このクッキーおいしいねって目と目を交わしてました」


メイはとっさに返事をする。それを聞くと、エマは笑って言った。


「ふふっ、姉妹ですっごく仲がいいんですね。私一人っ子だから、そういうの憧れちゃいます」

「はい。実は、まだまだ一緒に寝てあげてるんですよ。そうよねマリー」


(は⁉︎)


マリーナは何を言っているんだとメイを見る。メイは隠すこともなくにたりと笑っていた。


(ほら、特使の前ですよ。エクディアの内部分裂を見られたらどうするんですか。仲良し姉妹のふりをして下さい、マリーちゃん)

(あれだけ逃げようとしておいて、あんたもこの状況を楽しんでんじゃないの!……後で覚えてろ)


「あ、あははっ。私メイオネーサマが大好きなんです」


マリーナは引きつった顔でなんとか言い切った。ほおをひくつかせながらの笑顔のままで、テーブルの下のメイの足を踏みつけにかかる。


(ふふふ。マリーナ様、なかなか可愛いこと言えるじゃないですか。わざわざお姉様って言ってくださるとは嬉しくて嬉しくて笑いが止まりませんよ)

(あんたが言えって言ったんでしょうが‼︎足をどこにやったの、出しなさいよ!)


「ふぉっふぉっふぉ、マリーちゃんはお兄ちゃんのことも大好きでありますじゃ、のうマリーちゃん」

「「じじいは黙ってろ!」」


楽しげなマリーナ達の様子を見ながら、エマはため息をついた。


「はあ……。四日後の親睦会もこのくらい楽しければいいのに」

「何か心配事でもあるんですか?」

「ほら、四日後の親睦会ですよ。午前の会議には出なくてもいいんですけど、午後の親睦会には私達も出なくちゃいけないじゃないですか。貴族様の食事会っていっぱいマナーがあるんですよね?私、慣れてないので不安になっちゃって」


マリーナの足がばたばたをやめる。またどうせロクでもないことを考え始めたのだろうな、とメイは思った。


「ふむ。エマ、そんなに心配なら私が教えてあげる。これでも数々のぱーちーを経験してきた歴戦の強者なの」

「マリーちゃん、ありがとうございます!心強いです。あ、このクッキーおいしいですよ。ぜひ食べてみてください」


エマはマリーナの方に皿を押し出して、キラキラとした目をマリーナに向ける。


おかしいな、私この子と同い年のはずなんだけど、何故だか小さい子を見るような目で見られている気がする。


「ありがとう。ん、おいしい」


四角い模様入りのクッキー(なんだか分からんが多分果物がはいってる)を食べつつ、マリーナは考える。こいつにどんな嘘ルールを教え込んでやろうか。


何が嘘かも知らないけど。



その後も楽しいお茶会は日が暮れるまで続いた。思ったよりクッキーの量が多くて、軽めのお昼どころか夕飯が入らないほど詰め込む事になったのだ。あまりの事態に、後ろに控えていたチルカトまで駆り出された。


マリーナが王宮の居住区という当初の目的を思い出したのは、次の日の朝だった。




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