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2日目

登場人物紹介


名前 説明

得意料理


マリーナ 最後の王族

豆のスープ。この前メイに教わった。


メイ メイド

イノシシ鍋。実家でよく作ってた。


ジジル ランディアの魔法使い

炭。 何を作ってもこうなる。

「んー、気持ちのいい朝ね!」


広い部屋。ふかふかのベッド。昨日念願の王宮入りを果たしたマリーナは、最高の気分のまま朝を迎えた。昨日の夜はご馳走を食べた。滅多に食べられない肉があったのだ。野菜と鶏肉のごった煮はとっても美味しくて、おかわりまでしてしまった。伸びをすると体全身に力がみなぎって、頭もすっきりしている。ここ数年で一番のコンディションだ。


主の機嫌良さげな声を聞いて、メイは安心した。あの調子ならまだ気づいてはいないだろう。彼女は三十分ほど前に起きて、もう着替え終えていた。


(昨日はなんとか誤魔化しきれた……。マリーナ様が世間知らずでひと安心。王宮に連れてけってうるさかったけど、ここも一応王宮だよね)


昨日馬車から降りた後、王宮のふかふかのベッドで寝るのだとごねるマリーナをどうにかするため、メイが向かったのは使用人棟だった。食料配達当番がいなかったくらいだ、王宮そのものなんてほとん人が残ってないだろうと来てみれば大当たり。何人かはまだ残って業務を続けてはいるものの、空き部屋も着替えもたくさんあった。幸運だったのは、今は人手が欲しいということでメイ達を歓迎してもらえたことだ。夕食も食べられた。


というわけで、(監禁されてた小屋よりは)広い部屋。(小屋のベッドよりは)ふかふかのベッド。(監禁生活よりは)豪華な食事。念願の(使用人棟だけど一応)王宮入りを果たしてご機嫌なマリーナを見てメイがほっとひと安心しても決しておかしなことではなかった。危うく倒れそうなくらいには緊張していた。


朝から元気のいいマリーナは、メイが食堂からもらってきた食事を食べ終えると早速これからの計画を立てることにした。部屋の掃除をしていたメイを呼びつけ、自分の向かいの椅子に座らせる。


「と言うわけでメイ、今日からランディア人どもをじゃんじゃん血祭りにあげるわよ。私の王宮に入った賊は、一人として生きては帰さないわ」


まだ言ってるよこの馬鹿。メイは無表情のままマリーナを見た。


メイとしては、早く逃亡を終わりにしたかった。出世するため都に出てきたはいいけれど、途中でマリーナの元に左遷されて四年。ようやく巡ってきた昇進の機会。ライアランの言う王族としての扱いがこちらの想像するものであれば、ひょっとしたらマリーナ様付き筆頭侍女だって夢じゃないのだ。


「マリーナ様、確かに昨日は上手くいきましたが、何度も不意打ちか通用するとは思えませんよ。ランディア軍は人数も多いし、私達はたったの二人。三日もしないで捕まるのが落ちです。さっさとランディア王子の所に保護を求めに行った方が身のためだと思われます」


マリーナはメイの言い分を聞いて、ため息をついた後ちっちっちと指を振った。余裕たっぷりの態度と自分を射抜くような力強い目に、メイは少し驚く。


「いいえ。私達は余裕で勝てるわ」


そのままマリーナは自信たっぷりに言い切った。これがどこかの将軍が言ったのなら安心感も湧くが、残念ながらマリーナは痩せぎすの娘。部屋の前の住人の使用人服を着ているのもあって、彼女が胸を張って堂々と宣言すると外見との歪さが不気味だった。


「まず始めに、敵の数はそこまでいないわ。昨日の金髪騎士が言うには、戦闘は既に終了したそうじゃない。軍隊だって人間の集まりよ、維持するだけで莫大な食料が必要になるわ。この都はランディアからはだいぶ離れているし、既に軍のほとんどは解体されていると見るのが自然ね。おそらく平常時同様の騎士隊以外は、城の内部にはいないはずよ。さらに、戦場はエクディアの王宮。私達のホームグラウンドであり、ランディアにとってはまだ見ぬ迷宮。地理の優位は私たちの物よ」


あんた王宮で過ごしたの二歳までじゃないですかって突っ込みをぐっとこらえる。おそらく私の記憶を頼りにしているのだろうけれど、王宮の間取りという点ではマリーナとどっこいどっこいだ。


メイが何も答えないのを見て、マリーナは先を続ける。


「その上、敵は分散しているはずよ。見回りだって書類仕事だって、一箇所に十何人も集まってすることじゃないもの。一度一度の戦闘での戦力差は大したものにはならないわ。つまり!」


マリーナはここで、ぼすんとベッドを叩いた。


「地の利がある上で、敵の油断しきった少数部隊を不意打って各個撃破!これがマリーナ戦記第1章よ」


あれ、なんか行ける気がする……?


自信たっぷりのマリーナを見て、メイは一瞬そう思った。確かにそうかな?行ける……かも?考えてみれば、ランディア軍はマリーナの顔すら知らないのだ。適当にその辺歩いてる騎士など、昨日の魔法があれば勝そうな気もするし、あれ?


マリーナは上機嫌だった。一晩考えた作戦を自分の臣下の前で発表して、しかもそれを実行できるのだ。ただ王様になるだけじゃない、エリナひいおばあさまみたいに本になるような戦いをしたいと思っていたマリーナにとって、伯父を殺したランディア軍はまさに鴨葱だった。


今の自分はまさにエリナひいおばあさまのように見るに違いない。小屋には無かった広い窓からの、さんさんとした朝日を浴びながらマリーナはそう思った。


「まあ、作戦としては間違ってはいない……んじゃないですか?私は専門外だからよく分かりませんがなんか頭良さそうに見えましたよ、マリーナ様」


少し考えてメイはそう言った。マリーナはそうだろうと言うように頷いて、ベッドから立ち上がった。


「そう言ってくれると嬉しいわ、メイ。さて、早速侵入した賊を討ちに行きましょうか」

「はい、いってらっしゃいませマリーナ様」

「何言ってんのメイ。あなたも行くのよ」

「はい?」

「え?」

「は?」


椅子に座ったまま主を送り出そうとしていたメイと、それを横切って扉に向かっていたマリーナはもう一度顔を見合わせた。


二人で顔を見合わせ、こいつは何馬鹿なことを言ってるんだろうと不思議そうに首を傾げる。四年間の共同生活で二人は息ぴったりになっていた。


「メイ来ないの?」

「私メイドですから」

「じゃあ任命するわ。あなた今日から突撃隊長よ!喜べ。そしてついて来い」


そう言うと、マリーナはまた扉に向かって歩き始めた。慌てて立ち上がったメイがマリーナの手を掴み、行く手を妨げる。


「いやいやいや待ってくださいマリーナ様」

「どうしたの突撃隊長。あなたの仕事は囮として突っ込んで、ランディアのクズどもの意識を引きつけることよ」

「いや、違います違います。別に戦うのはいいんですけど、マリーナ様専属メイドから突撃隊長って私、降格してません?」


マリーナは、ふむとうなって考える。私とメイド、二人しか居ない現状でこいつは何を言っているのだろう?昇進もくそも無いはずなのだけれど。


別に戦闘を拒否してるわけじゃ、ないんだよね。


まあよく考えたら、普段いろいろやらせてるメイドが居なくなるのは私にとっても厳しい。護衛ってあれ、要は突っ立ってるだけなのでしょう?髪を結ばせるのだって服を洗わせるのだって、メイドが必要だ。


戦力をとるか、便利さをとるか。


苦渋の決断を下そうとしたその時、マリーナの脳裏に浮かんだのは昨夜のごった煮だった。肉も野菜もたっぷり、乱切りで入っているあの料理。


つまり!


「えーと、分かったわ。それじゃあなたはなんでも大臣よ」

「な、なんでも大臣……?」


それはどういう事なのだろうか。メイの思考は一瞬固まり、掴んでいたマリーナの手がするりと抜ける。


「そう、なんでも大臣。ごった煮大臣でもちゃんぽん大臣でもいいわ。軍事とか、あと身の回りのこととか、そういう仕事を全て一手に引き受ける大臣。財務と外務と大蔵と、なーんでも兼ねてるのよ。文字通り、私を除けばエクディアのトップ!どうかしら?」


どうかしらも何も、十六にもなってなんでも大臣はネーミングセンスというか、語彙に問題があるだろうとメイは思ったが、しかし彼女は権力に弱かった。


昇進!


今こそ私はメイドを超えたメイドとなるのだ。歓喜が身体中をほとばしる。一応女王陛下から直々の御命令だ、誰も、なんでも大臣の座を脅かせはしない。誰もがなんでも大臣の地位を認めない訳にはいかない。


彼女はその場に素早く跪くと、マリーナの手を取って言った。


「はい、私メイドのメイは、なんでも大臣の座を謹んでお受けします」


利害の一致。住み慣れた小屋を離れても、二人はやっぱり気が合った。




「そこにいる二人のメイド、あっちの客間の掃除を頼む。中が埃っぽくてかなわ」


どさっ。


うっかりマリーナに近づいたランディアの騎士が、また1人物言わぬ死体となった。メイがなんでも大臣に就任してから三十分、彼女らは掃除係に紛れて、王宮への潜入に成功していた。入り口に立っていた騎士に呼び止められなかったのがマリーナには不服らしかったが(私って最重要警戒対象じゃないのかしら)、メイからしてみれば当然の事だった(お前の顔知ってる人がいるわけねーだろ)。


なんでも有名な建築家に設計させたらしいその王宮は、未だに三本の塔の一つを未完成で残していた。天高く積まれた真っ黒な城壁は、見上げると吸い込まれそうな錯覚に陥る。隙間一つなく、太陽の光を受けてきらきらと光っていた。


王宮の中は、柱一つ一つに凝った彫り物、天井からは豪華なシャンデリアが下がり、窓には色とりどりのステンドグラスが張られていた。


あまりに大きく広いこの王宮では必然的に人口密度が下がるので、騎士が一人倒れたというのに人の来る気配は無い。まだ誰も気がついていないのだ。実際、二人が王宮に入ってから、三人以上固まる騎士の姿は見られなかった。


マリーナの伯父であるダグラン王がここに立てこもらなかった理由はたった一つ、自分達の手で作り上げた豪華な宮殿を傷つけたくなかったからだと言われている。


ヘンリー王とダグラン王、二人の暴君のおかげで、エクディアの王宮は他国に類を見ないほど豪奢なものになっていた。床の大理石一つをとっても、遠く海の向こうの国から輸入した舶来の一品。覗き込んだら顔がうつりそうなほど、ぴかぴかに光っている。これ一枚で私の給料何年分だろう?とメイは考える。


壁のレリーフの中の宝石や、金の刺繍が入った真っ赤なカーテンと絨毯、金の燭台などはとっくの昔に使用人達に持ち去られてしまっていたが、それでも豪華絢爛な王宮に、マリーナは心を奪われて、あちこちきょろきょろしていた。


「ねえメイ、これ全部私の家なの?夢みたい!廊下だけでも、住んでた小屋が全部入ってしまいそう」

「マリーナ様。うっとりするのはいいですが、ここは公務で使うエリアです。おそらく私の管理下にあります。マリーナ様の居住区は奥の方にあったと思いますので、そちらを家としてお使いください」

「メイ、王宮の管理をするだなんて、あんた何様よ?」

「それはもちろん、聡明なマリーナ女王陛下に使える忠臣、なんでも大臣でございます」

「あ、そうだったわね。なんてったって聡明な私自ら任命した大臣だもの、きっと有能よ!」

「「あはははははは」」


このやり取りもこれで四回目である。内部に賊が巣食っている点を除けば、豪華な王宮は大体及第点で、二人は上機嫌だった。


二人がお揃いの使用人服を着て歩いていると、また若い騎士が声をかけてきた。


「ちょっと君たち、向こうに倒れているやつがいるんだ。ちょっと様子を見てきてくれないか?」

「はい、かしこまりました。どっちの方角でしょうか?」


メイが返事をしている間に、マリーナは両手をぎゅっと握った。騎士の目がぐるりと白目をむいて、口の端がひくひくと痙攣する。脱力した顔の筋肉がだらりと下がり、そのまま崩れ落ちた。


「ふん。口ほどにもなかったですね、マリーナ様」

「当然よ。私を倒したいなら平騎士クラスでなく、せめて将軍を三人は寄越すことね。……メイ、あなた何書いてるの?」


死んだ騎士を見下ろしながら、メイはポケットから取り出したメモ帳に何やら書き込んでいた。


「ああ、これですか。戦果メモですよ。マリーナ戦記のためにも一応つけておこうと思って」

「あら、ありがと。今の戦果どうなってるのかちょっと見せなさいよ」


マリーナ戦記と聞いて、マリーナの心は浮き上がる。曾祖母のような伝記が欲しいとは、小屋にいた頃から思っていたのだ。メイの手からメモ帳をひったくって中身を読み上げる。


「えっと、どれどれ。エクディア歴497年4月28日戦果……騎士2、FF1。日付は昨日の物ね。騎士2っていうのは馬車で一緒だった変態と眼鏡でいいとして、FFっていうのは何?」

「フレンドリーファイヤです、マリーナ様」

「へ?」

「馬車の御者さん。私の魔法は壁越しにだって使えるのよ!って言って、止まったところで殺してたじゃないですか」


マリーナはうむむと考え込んで、ぽんと手を打つ。そういえばいた気がする。


「あー。あれって味方なの?」

「一応エクディアの人ですよ」

「でもまあ、ほら。敵国の人間を運んだって事で。FF1を消して、雑魚1にでもしといてちょうだい」

「はーい」


マリーナめ、伝記に載せたくないからと言って歴史を捻じ曲げやがった。なるほど道理でエリナ戦記が万事順調に勝ち進んでいたわけだ。メイは心の中で毒づいた。




二人がしばらく歩くと中庭に出た。広い王宮には、大抵広い庭園がついている。エクディア王国のそれもかなり大きく、奥まで進めば遭難してしまいそうだ。


ただ、マリーナもメイもそこまで花に興味はなかったので、建物沿いの花壇を眺めるだけに留めていた。辺りは静かで人気がない。春のうららかな日の光だけが、綺麗に咲いた花々を眺めていた。


おそらく異国から取り寄せた物なのだろう、大きな花びらは鮮やかなピンク、所々に白い水玉がついた名前も分からない花がヤシの木の周りに咲き乱れて、花壇の中に一つの世界を作っていた。


しかし、そんな平穏はすぐに壊された。


初めにその老人に気づいたのはメイだった。老人は花壇の向こうから、杖をつきながら近づいてきた。


メイが老人を気にしたのは、彼の動きがしっかりしていたからだった。杖をついているとはいえ、かなりの速さでこちらにやって来る。鋭い眼差しは深い叡智をたたえて、危なっかしいところが一つもないまっすぐな足取りで、どんどん進んできた。


明らかに庭師などの服装ではなかった。濃い緑色の、地面につくかどうかくらいのローブを身にまとい、杖の先には宝石の装飾があった。そして、くたびれた三角帽子にはランディアの紋章。



その日、ジジルは日課の庭園散歩をしていた。何度歩いても、エクディア王宮の庭園は広くて飽きない。何より素晴らしいのは、コストを考えてないその建設プランだった。もう春だというのにシクラメンやクリスマスローズが咲き誇り、その横で朝顔が元気よく柵に蔓を絡ませている。


少し立ち止まって南国の花に手を伸ばす。派手派手しいピンク色の、分厚い花の中から蜜の甘い香りがした。


ふと、足元に温かみを感じる。花壇の周りを囲む石だ。ぼんやり赤く光って、熱を発している。ランディアの王家も冬に使う、高価な暖房器具だ。道理で春から南国の花が見られるわけ。うちの国でこんなものを花壇ごとに設置していたら、あっという間に予算は枯渇してしまうだろう。血も涙もない徹底的な搾取の結果とはいえ、あちこちの地帯の花が一斉に咲き乱れる庭園はジジルにとって夢のような空間だった。


ふと、魔力を感じる。ジジルは顔を上げると、辺りを見回した。花壇の向こう側にメイドが二人いるだけ。いつもの平和な庭園だ。


気のせいかと思った次の瞬間、微弱だった魔力が恐ろしく膨れ上がった。左手の魔力孔がこじ開けられ、思わずよろめく。一瞬のうちに、ジジルの左腕は侵入者の魔力で満たされる。


花壇越しにメイドが笑って、両手を広げてぎゅっと握った。



殺った!マリーナは勝利の笑みを浮かべた。


メイからの合図で、こちらにランディアの老人、しかも魔法使いが迫っていることには気づいていた。

まだ慣れない手つきだったが、花壇越し程度の距離なら魔力を飛ばせる。油断しきっていた老いぼれの体に自分の魔力を送り込んだのだ。やつが目を上げた時には既に、私の魔力は全身に回っていた。全部の血管を破裂させてやったのだから、あと十秒も立っていられまい。


しかし予想に反して、その老いぼれはまだ元気だった。左腕をきつく押さえただけで、花壇を踏み越えてこちらに迫ってきたのだ。しわだらけの顔は苦痛で歪み、足元もよろめいている。しかし、未だ倒れることなく、鮮やかな花を踏み散らして、彼は二人の前に立っていた。



若い方のメイドが驚いたのを見て、ジジルはにやりと笑う。なに、まだ左腕がやられただけだ。誰だか知らんがここでこの老いぼれに倒されてもらう。


ジジルにとって、不意打ちは珍しいものではなかった。まだ魔法師団長になりたての若い頃など、よく夜道を狙われたものだ。卑怯者の一人や二人、簡単に撃退できる実力があったから今の地位があるのだ。


今回ジジルが驚いたのはその魔力の使い方だった。普通魔法使いは呪文を唱え、魔法を放って攻撃する。魔力を直に敵の体に入り込ませてくるやつなど、見たことも聞いたこともない。咄嗟に風の刃で左腕を切り落としたから良かったものの、一瞬でも遅れていればやられていた。腕なんぞ<ここに弟子の名前>の回復魔法でどうにでもなるのだ、惜しくはない。


こちらを見て動きが固まっているメイドを、ジジルは花壇の上から見下ろした。


14、いや12歳くらいか。エマより少し小さな背丈。ブロンズの腰まで伸びた綺麗な髪。少し痩せ気味。エマの方が肉付きがいい。一瞬驚きでぐらついた目は、ジジルを前にして強い光を取り戻している。全身にびしびし感じるのは鋭い殺意の波動。彼女が手を開くと、さっきの魔力波がこちらに迫ってきた。


こりゃあいい。彼はにこりと口角を上げる。魔力の質が段違いだ。ひょっとすると質だけは、エマより上かも知れん。体外コントロールは驚くほど下手くそだが、上手く練られている。久しぶりの強い魔法使いに心が踊り、痛みが吹っ飛ぶ。あと数年修行を積めば、こいつは立派な魔法使いになれただろう。


ここで私に会わなければな!


全身に魔力を張り巡らせて、魔力孔を塞ぐ。これで刺客の侵入は許さない。それでもなお押し入ろうとする刺客の魔力の強さに驚きながらも、とりあえずの優位を手に入れた。


ただ、胸の奥に一つの疑問。


こいつは何者だ?


敵討ち?あの暴君を慕う人物がいたとは思えない。国のために戦う……ならクプレラの会戦にいなかったのが不思議だ。大抵の諸侯は会戦以前からランディアの味方をしていた。今更裏切るのはありえない。既にランディアが王宮を占領してから十日経っているのだ、今襲うタイミングに何の意味があるのか。


その答えはすぐに訪れた。


背の高い方のメイドが、刺客に話しかけたのだ。


「マリーナ様、いつまで向かい合ってふむむ……!ってやってるんです?馬鹿みたいですよ」

「うるさい!ていうかあんたも手伝いなさいよ!」

「私は一般人ですから、魔力なんて見たこともありませんよ。記録係の観点から言わせてもらいますと、もうちょっと派手に戦った方が人気が出るかと。このままいくと、恐らく将軍級であろう人物との初戦が睨み合ってふむむ……!しかない放送事故みたいなやつになっちゃいますよ。ほら、魔法使いなんですから。なんか炎とか出してくださいよ。エリナ戦記でも、初めて将軍と戦った話には六ページも割いてたじゃありませんか」

「そこは執筆段階でどうにかしなさい。炎を飛ばそうが竜を召喚しようが全然構わないから。私がかっこよければそれでいいわよ」


背の高いメイドが肩をすくめ、やれやれと呟く。



マリーナ!


ジジルに衝撃が走った。


そうか!マリーナか!昨日からライアランの姿を見ないと思ったら。まさかのまさかだ。こいつがあの幽閉王女か。


2歳で魔力暴走して監禁されたというから、7割で後継争いに負けたものと思っていたが。3割の方だったとは。道理で質のいい魔力を使うわけだ、10年以上魔力枷をつけられていたのだろう?体の中で魔力は練られ、所有者に馴染んで強力になる。他の修行が一切できなくなることを除けば、かなり有効な修行法だ。ましてや先祖にはあのエリナがいる。


生まれついての戦闘民族か……。


何一つ魔法を使っていないのに、この強さ。本当に、本当に惜しいことだ。 できることなら弟子にして、エマと一緒に育ててやりたかった。魔力量はそこまでなさそうだが、そんなものは鍛えれば同じだ。今私に向けている鋭い殺意。魔法使いには必要で、<ここに弟子の名前>が持っていないものだ。お互いいい影響を受けた事だろう。


残念ながら正体が分かってしまった以上、殺すしかない。おそらくこいつは既に騎士二人を帰らぬ人にしている。


「捻れた炎よ、歪んだ焔よ」


全身から魔力を放出して、絡みついていたマリーナの魔力を吹き飛ばす。


「今虚空に現れ、眼前の生命を焼き尽くさん!」


魔力をメイド服二人の頭上に集めて力を込める。


せめてもの情けだ。最後に本物の魔法というものを見せてやろう。


「最終獄炎魔法!」


ごすっ。


頭部に鈍い痛みが走り、体が倒れる。何が起きた?早く呪文を唱えなくては。魔力が霧散してしまう。


「アトゥア・ルタニ」


ごすっ。


視界が真っ赤に染まる。息が上手く吸えない。立ち上がろうとしても、体はこわばったまま動かない。頭が重い。ゆっくりと、組織が、死んでいく。


「ルタニセ・パラ……」


ごすっ。


それ、でも。大丈、夫。マリーナは、エマ、には、勝て、な、い。


ジジルの意識は、ゆっくりと沈んでいった。




「いやー、凄かったですね、マリーナ様。私詰んだかと思いましたよ。あれが本物の魔法ってやつですね。ちゃんと呪文を唱えて。辺り一面、ごうごうと風が吹いて、だんだん熱くなってきて。なんでしたっけ?最終なんとか魔法って言ってましたよねあの人。マリーナ様もああいうのやって下さいよ。黒炎の女王!とか。かっこいいですよー」

「……うるさい!」

「ふふ、顔が真っ赤。あれ、そういえば昨日マリーナ様、魔法が使えるって自己申告してましたよね?マリーナ様のあれって魔法だったんですか?呪文とか無いですけど。ねえ、自称魔法使いのマリーナ様?」


ひとまずの危機が去って、マリーナとメイは雑談を始めていた。


「……あれは、無詠唱魔法だから」

「あ、今設定生やしましたね。まあ、魔法については私もメイド教育で学んだ事あるんですけどね。魔力を体外に出して、それを触媒にして呪文を唱えて魔法を放つ。なんか基本の3ステップだそうですよ。それ以外は魔術って言って区別するんです」

「私のはちょっと特別なだけよ!いいじゃない、現に騎士どもを殺せてるんだから!魔術だろうが魔法だろうが!私がそんな区別知るわけないし!」


あーあ、泣いちゃった。ここまで自信たっぷりに自分は魔法使いだと断言してきたけど、ようやく違うことに気づいたらしい。


今までずっと魔法が使える女王って自分のこと言ってたからね。ザマーミロ。ろくに調べもしないで調子にのるからこういう事態に陥るのだ。


伝記には、マリーナ様自分が魔法使いじゃ無かったことに気づいて、恥ずかしくて大泣き、と書いてやろう。メイは今から楽しみでにんまりした。


マリーナを精神的ぼこぼこにしたところで、メイは目下の問題を片付ける事にした。


「……さて、助けてもらったのはありがたいんですが、あなた誰です?」


視線の先には、血まみれの鍬を持った老人が立っていた。先程、呪文を唱え始めたジジルを殺したのは、この老人による背後からの鍬での攻撃だった。


老人は突っ立ったまま、マリーナを見て涙を流していた。しわだらけの顔から涙をぼろぼろ流す姿は、狂気すら感じる、


「エリナ様……。ブロンズの髪、きりりとした眉、澄んだ湖のような深い青の目!エリナ様、蘇って来られたのですね!」


老人は、感無量とばかりにマリーナに抱きつく。驚いたマリーナは泣くのをやめて振り払おうとするも、老人は離れない。


「お待ちしておりましたエリナ様。わしは六十年お庭番を務めるチルカトと言います。十歳のあの日、戦場に向かうあなた様の凛々しいお姿を見てから、わしはあなた様にお仕えしたい一心でお庭番になりました。ああ、夢のようだ!あんなに憧れていたエリナ様が、あの時の若々しいお姿のまま、私の前に立ってくださっている!」


あ、これ面倒なやつだ。


メイとマリーナは命の恩人を前にして、どうやって逃げるか内緒話を始めた。





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