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1日目

登場人物紹介


名前 説明

犬か猫


マリーナ エクディア最後の王族

犬。強いから


メイ メイド

猫。散歩しなくていいから


ライアラン ランディア騎士

猫。猫耳が好きだから


ブライジル ランディア騎士

犬。小さい頃飼ってたから

うららかな春の日差し。

五月も半ば、そろそろこたつを片付けようかと思う暖かさ。


ぽかぽかとした陽気の中、エクディア国の道路を走る一台の馬車があった。


毛並みの良い馬の二頭立て、紫を基調として縁には金メッキが使われている、シンプルながら高級感の感じられる外装のその馬車は、大通りを曲がり、都の外れに向かっていた。



馬車の中には、二人の男が向かい合って座っていた。二人とも騎士服を着ていた。


がたがたと揺れる馬車の中、背の高い金髪の男が、窓の外を見るのをやめて口を開いた。


「どんどん中心から遠ざかっていくな……。ブライジル、本当にこの道が正しいのか?」


ブライジルと呼ばれた背の低い方の男が、地図をにらみながら答えた。


「は、ライアラン様。確かにこの道です。右手に森が見えませんか?その中だと聞いています」

「そうか」


ライアランと呼ばれた金髪の男は、また窓の外を覗いた。さっきまで町の中を走っていたはずが、確かに右には森があった。背の高い針葉樹が日を遮り、地面にはまばらに雑草が生えていた。春だというのに、花は見えなかった。


またライアランが口を開いた。


「この中に王族がいるのか……。戦うだけが任務ではないのが、近衛騎士の辛いところだな」

「ライアラン様は殿下から信頼されてますから」

「それが、今回の件はジジル老の指示だ。十四年前の資料にあったため、ダメ元で行ってこい、だそうだ」


ライアランはため息をつくと、ブライジルの制止も聞かずに窓から顔を突き出した。涼しい風が顔にあたって心地良い。


いつもしかめ面のジジル老の顔は、吹き抜ける風とともにライアランの頭から飛んで行った。



ライアラン達を乗せた馬車がその建物に着いたのは、それからしばらく後のことだった。


森の中に、小さな小屋が建っていた。壁も屋根も随分汚れているが、窓は無く、板に隙間も無い。屋根から煙突が控えめに顔を出している程度だった。


風でぼさぼさになった髪の毛を撫でつけながら一回りすると、裏に扉が見つかった。扉は、ライアランがノックするまでもなくひとりでに開いた。


「今週の食料当番の方ですね。いつもご苦労様です」


扉を内側から開けたのはメイド服を着た女だった。背が高く、黒い髪を肩より少し上で切りそろえていた。まだ若く、痩せていて、顔立ちは平均より少し上くらいだった。一つ特徴を挙げるとすれば、メイドは騎士服を着た二人組を前に驚いた様子を見せなかった。彼女は、半開きの扉から上半身を突き出して、無表情で二人を見ていた。


メイドはライアラン達をじっと見た後、二人が荷物を持っていないのを不思議に感じたのか無表情のまま首を傾げた。


ライアランは一歩前にでると、自己紹介した。


「えー、私はランディア国の騎士、ライアランという。ここにエクディアの王族の生き残りがいると聞いて、確認しに来た」


目の前にいるのが長年敵対している国の騎士だと知っても、メイドの表情は崩れなかった。彼女の目は、彼女の顔の仮面のような皮膚に代わって、無言のうちにこう訴えていた。


(それでお前達食べ物は持って来たんだろうな?)


「要は、ここに王族の方がいらっしゃるのか確認しに来たんです。ほら、ええとなんだっけ」


ライアランが詰まったのを見て、ブライジルが耳打ちした。話が長くなりそうに思ったのか、メイドは外に出て扉を閉めた。扉は小さくきいという音を立てた。


「ああそうだ。それだ。王家年鑑に書いてあったんです。エクディア歴483年、魔力暴走をした王女マリーナ・エクディアを、魔力枷を付けた上西の森に隔離。どうです?この小屋がそうなんじゃありませんか?」

「はい、そうですが」


メイドが頷いたのを見て、ライアランは続けた。


「それで、王女様はいらっしゃるんですか?」


メイドはまた頷いた。


「そりゃ良かった。じゃあ我々と来てください。詳しい話は馬車の中で。早くしないと、騎士団の夕飯の時間に遅れてしまう」


しかし、メイドは首を横に振っていった。


「すみませんが、マリーナ王女は、この小屋から出ることを許されていません」

「いや、心配には及びませんよ。何しろそれを決めた王族どもは皆墓の下だ。大丈夫、我々は手荒な真似はしません。王族にふさわしい扱いを約束します。食事も出します」


ライアランは、とっておきの笑顔で言った。それは自然な、しかし見る人にライアランの紳士性が申し分なく伝わる笑顔だった。彼はこの笑顔を、酒場で綺麗な女性に出会った時よく使った。みんなすぐに、彼のことを信用するようになるのだ。


しかし、やはりメイドは無表情なままで、ライアランは自分の勝負顔がいかなる成果をあげたのか、確認することは出来なかった。


メイドは少し待つように言って、小屋の中に戻っていった。




メイドは困惑していた。彼女はメイと言って、四年前にこの小屋に配属された、たった一人のメイドだった。この小屋の周辺から離れることは許されていなかったので、王族が皆死んだことも、エクディア国がランディア国に敗北したことも、彼女には初耳だった。扉を閉めると、台所を通って奥の部屋へと向かった。


「メイ、食料は届いた?」


奥の部屋の扉を開けると、すぐさまベッドの上の人物から食料の催促がきた。そりゃそうだ、とメイは心の中で思う。マリーナが最後に胃袋に入れたのは、昨日の夕飯であった土を溶いた水だ。週に一度のはずの食料配達係は、ここ二週間来なかった。どうしたんだろと思いながらわずかな芋でしのいできたけれど、原因はランディア国の奴らだったのか。


奥の部屋には、一応大きなベッドがあった。マリーナはここで寝るのだ。ベッドの端には本が積まれていて、枕元には皺だらけのトランプが散らばっていた。


昨日もメイとマリーナは夜中までトランプをしていた。中々に白熱した一戦で、マリーナの空腹の一因でもあった。


ベッドに腰掛けたマリーナは、メイよりも痩せていた。ブロンズの綺麗な髪を腰まで伸ばして、目は深い青色だった。白い絹のワンピースは所々汚れ、サイズが小さいのかすねまで見えていた。左手には小さな腕輪がはめられ、彼女の手首を締めつけていた。彼女は読んでいた本を閉じると、期待に満ちた目でメイを見た。


「それが、残念なことに食料ではありませんでした」

「でも人が来たのよね?馬がいるでしょう?」


馬刺しなんてどこで知ったんだこの姫。一瞬驚いたメイだが、マリーナのそばに置かれた本を見て納得する。


エリナ戦記。


この国の人なら誰でも知ってる軍記物だ。マリーナの曾祖母に当たり、四代前の女王エリナが主人公。彼女はその勇気と智力で諸侯を平定し、崩壊寸前だったエクディア国を建て直したのだ。メイが来た時には既に、小屋の本棚に全巻揃えられていた。


確か中盤に馬を食べる描写もあったはずだ。


厄介な知識を手に入れてやがったとメイは焦る。マリーナは、食料が来たのだから食べない法は無いわと言うように目をぎらぎらさせていた。間の悪いことに、外で馬が元気よくいなないた。


「メイ、今すぐ馬肉を持ってきて。私馬がどんな味なのか、気になって仕方ないの。きっと芋と豆よりかは美味しいと思うわ。本によれば、馬肉というのは焼いて食べるそうよ。まだ薪は残っていたでしょう?ああ、楽しみ!」

「マリーナ様、残念ながらそれはやめておいた方がよろしいかと」


どこにそんな元気が残っていたのか、まだ見ぬ馬肉を想像して足をばたばたさせるマリーナを、メイは必死に止めようとする。なんせ、外にいるのは敵国の騎士だ。いつばっさり斬られてもおかしくはない。馬を食べたらなおさらだ。


「馬車に乗ってきた者達がいるのです。馬を食べてしまうと彼らが帰れなくなって、余計食糧難となります」

「ううん、そんなことないわ。馬車が通れる道だもの、歩いたって帰れるはずよ。馬車でなければ帰らないような恥知らずの人でなしは、馬肉と一緒に鍋に突っ込んで煮てしまえばいいのだわ」


人でなしなら人でないのだから大丈夫、という謎理論を展開し始めたマリーナを前に、メイは頭を抱えたくなった。外で敵国の騎士を待たせているのだ。特にのっぽの方はなかなか強そうだった。人を斬るのをためらわなさそうな、獣のような目をしていた。


「マリーナ様、そんなこと言ってる場合じゃありません。城からお迎えが来ました」

「城から?なんで今頃?お兄様達が私のことを覚えていてくださったのかしら」

「いえ、ランディア国の騎士です。どうやら我々の国は占領されてしまったようで」

「あら、いつの間に。お父様とお母様は大丈夫かしら?」


いやあなたのお父様もお兄様も、現国王であるあなたの伯父上のクーデタの時に死にましたがな。そう思ったけれど、メイは何も言わなかった。


さすがに自重。


今年で二十三になるメイは、まだ都に戻る希望を捨ててはいなかった。そのためにも、マリーナの不興を買ってクビになっては困るのだ。


「ねえメイ。これって私、ギロチンコースだったりする?」


箪笥を開けて持っていくものを選り分けるメイの背中に、マリーナが話しかける。


「いや、元王族として保護するみたいなニュアンスでしたよ。多分ご飯も出るんじゃないでしょうか」

「え、ほんと?行く」


そう言ってベッドから立ち上がったマリーナは、めまいがするのか少しよろけた。十六歳にしては背が低かった。北の方の農村に行けば、こんな体形の娘はよく見られるだろう。成長期に栄養が足りなかったのだ。低い背に大人びた顔、痩せた体。目だけがきらきらと光っていた。




ライアラン達とマリーナの顔合わせは滞りなく済んだ。物心ついてから、メイとその前任のメイドしか知らないはずのマリーナにしては、拍子抜けするほどあっさり自己紹介をやってのけて、メイは少し驚いた。


彼女は十数年ぶりに小屋の外に出ると、日差しが眩しいのか目を細めて、ゆっくり深呼吸した。メイに手で示され、ちらと騎士達の方を向くと、そのままの姿勢で言った。


「私は王女マリーナよ。よろしく」


他にもっと無かったのかと問い詰めたくなったが、そもそもメイはマリーナに挨拶の作法を教えていなかった。これは自分のミス。そもそもマリーナが他人に挨拶する必要が出てくることを想定していなかった。


この痩せた娘が王女なのかと問うような視線を向けるライアランに、メイはこの小屋にはこれしかいないと言うように頷いた。


ほとんど初めての外だからだろうか、マリーナはおとなしくメイについてきた。馬車に繋がれた馬を興味深げに眺めながら、マリーナはライアランに支えられて馬車に乗り込んだ。


ブライジルが頭を小突くと、居眠りしていた御者は慌てて馬に鞭を当てた。馬車はごとごとと音を立てて走り出した。




「へえ。それじゃ、マリーナ王女は十六歳になられるのですか。えっと、今がランディア歴で310年だから、エクディア歴で……」

「497年です、ライアラン様」

「となると、二歳の時からあの小屋で幽閉生活を。大変でしたね」


ライアランとブライジル、マリーナとメイで向かい合わせに座った四人は、馬車の中で雑談していた。主に喋るのはライアランで、それにメイが受け答えをしていた。マリーナはほとんど喋らなかった。


今もライアランはマリーナに声をかけたのだが、目を合わせようともしないマリーナの代わりにメイが答えた。


「本当に狭い小屋でしたから。前任のメイドが残した日記によると、先代の王様の時はここまできつい環境では無かったようなんですけどね」

「我々に会った初め、食料係がどうだと言っていましたが、食べ物はどうなさっていたんですか?」

「土のスープ」


ここまで黙っていたマリーナが口を開いた。メイの背中に冷や汗が出てくる。昨日の夜、マリーナとメイは最後のじゃがいもを賭けてトランプをしたのだ。メイは半分分けにしようと提案したが、マリーナは血走った目でそれを拒否して、見事返り討ちにあった。


敗者の前で食べるふかし芋の美味しかったこと。


トランプの結果で飢えるのはあの小屋ではいつもの事だが、主の食料を賭け事で奪い取ったとなれば騎士達への心証が最悪だ。事情を聞かれる前に話題を変えようと、メイは必死になって考えた。メイド生命がかかっているのだ。


そんなメイの苦悩も知らぬまま、ライアランの注意はマリーナの左手首に移った。そこには紫色の、見るからに魔道具と分かる腕輪が嵌められていた。マリーナは痩せていたが、それでもその腕輪は手首に食い込んでいた。


「えっと、マリーナ様。この腕輪は?」

「ああ、それは魔力制御のための物だそうです。暴走してからずっと付けてます」


やはりメイが答えた。


この時、ライアランの心に魔がさした。窓を眺めていたマリーナの顔が、彼の目にとても綺麗に映ったのだ。元々マリーナは可愛い方だ。絶世の美人だった彼女の曾祖母、エリナによく似た顔立ちで、もう少し肉がつけばかなりの美人になるだろうとメイは思っていた。よくよく見れば肌も滑らかで、日の光にほとんど当たらなかったのか今にも消えてしまえそうな儚げな白。酒場ではまず見ないタイプの女性だった。女好きで、しかも騎士道精神溢れる紳士を自称するライアランは、ろくでもない理屈を練りはじめた。


敵国の王族の娘をとっ捕まえて、長年の住処から魔力制御の腕輪を括り付けて連行してくる。これはひょっとして、騎士道的にはアウトではなかろうか。そうだアウトに違いない。俺がこのか弱い亡国の姫に対して持ち前の優しさを発揮して、なんの問題があるだろう。むしろイメージアップだイメージアップ。ブライジルしか見てないのが残念だが、こういう目立たない行為で品性というものは決まるのだ。

見て考えるだけなら誰にでもできる。まず行動だな、うん。決して俺はマリーナ王女のすべすべの肌に触れたい訳ではない。


自殺志願者と化したライアランは、ちょっと失礼、と言うとマリーナの手を取った。マリーナは少し驚いたが、何も言わずそのままの姿勢で窓の外を見続けた。メイも驚いたが、話が土のスープから離れるならいいかと思って放っておいた。


「これは魔力暴走の時ということは、小さい頃につけた腕輪ですね。もう今となってはそんなことないでしょう。うんすべすべだ。すごい滑らか。それで、こんな腕輪をしていたらきつくてしょうがない。私が外しますよ」


ブライジルとメイの冷たい視線を浴びながら、ライアランは腕輪の鍵穴を探り当てた。腕輪は、鍵を使わないと取れない仕組みになっていた。ライアランは、そんなことは先刻承知とばかりに胸ポケットから針金を取り出すと、慌てることなくそれを鍵穴に突っ込んだ。


「安心してください。私は騎士候補生時代、学生寮に入ってましてね。門限が厳しかったもんで、遅れた生徒は裏口を自分で開けてこっそり入るのが伝統だったんです。暗い中で、毎度毎度増えていく錠を全部解かなきゃならない。十五分に一度見回りがくる。卒業する頃には、みんな空き巣が出来るようになってましたよ。本当にやって捕まった奴もいたっけか。お屋敷に入った泥棒が捕まったというので取り調べに行ったら、なんと寮で隣同士の部屋だったんですよ。もう五年も前の話です。ああお前だったのか、泥棒になるほど落ちぶれて、一体何があったのかと聞くと、いや俺は卒業してすぐ泥棒になって、これ一本で飯を食って来たなんて自慢げに言ってました。話を聞いてると、やっぱり一番破るのが難しかった鍵は学生寮の裏門だったんですね。数も多けりゃ種類も多い。そんな訳で俺達学生寮夜遊び組は、みんな鍵開けの天才なんですよ」


これだけの事を一気に話し終えると、ライアランは腕輪から手を離した。腕輪はかしゃんと軽い音を立て手首からとれて、床に転がった。がたがたという馬車の振動で、しばらく腕輪は音を立てていた。


「ほら、この通り。どうですか王女様。腕がすかっとしたでしょう。魔力暴走なんて物は、精神がまだ安定しない五歳くらいまでのものです。それを過ぎた後も腕輪をつけておく必要はありませんや」


マリーナは信じられないような顔で左手を見下ろすと、小さな声でありがとうと言った。


ライアランはどういたしましてと言って、しばらく針金をもてあそんでいた。


警戒心も薄れたのか、マリーナがライアランに質問した。


「あの、私のお父様とお兄様はどうなったの?」


ライアランは厳粛な表情で答えた。


「王女様のお父様とお兄様、ダグラン陛下とジェファス殿下はクプレラで戦死されました。ええとなんだったかな、ジェファス殿下は流れ矢に当たって、そしてそれを見たダグラン陛下が発作で死んだそうです」

「あら、ダグラン伯父様は死んじゃったのね」

「伯父様?」

「マリーナ様、ヘンリー様とダニエル様は10年前に死んでおられます」


メイの指摘で、ライアランはああそっかと納得した。ダグランが国王になったのは10年前。14年前に王女として幽閉されたのだから、マリーナはダグランの兄、ヘンリーの娘だ。


あれ、そうなると王女って呼び方は正しかったんだっけと一瞬不安に思ったが、誰も指摘していないのでライアランはそのまま続けることにした。


「えーと、てことは王女様の叔母にあたるのかな、リエラ王妃についてもお話ししましょうか」

「もう名前を聞いた事があるかどうかの領域に入って来たけれど、お願いするわ」

「リエラ王妃は二週間前に下の子供達を連れて、馬車で夜逃げをはかりました。我々が都に入る前日のことです。よほど急いでいたんでしょう、バランスを崩したのか、横転した沢山の宝石を積んだ馬車の中で全員圧死しました」

「あらま」


マリーナはそれだけ言うと顔を伏せた。それを見てブライジルは、何やってんだこの上司と思った。誰だって親戚が死んだと聞かされれば悲しいだろうが。ライアランもちょっと反省した。


しかし、メイだけは気づいていた。この王女笑いをこらえてやがる。この姿勢はトランプでいい手が来た時によく見せるものだ。この時ばかりは、メイはマリーナの考えていることが分からなかった。


ライアランが黙ってしまったのを見て、マリーナは先を促した。


「後の私の家族はどうなったの?確かほら、いたでしょもう何人か。いとことかその辺」


メイがライアランの代わりに答えた。


「いません。ほとんどの王族は10年前のごたごたで死にました。騎士様の話が本当なら、マリーナ様は、<ここに一つ目の国名>家最後の一人であられます」


マリーナは、こらえることができないとでも言うように顔を手で覆った。背中が何度か震えた。そのまま彼女は何度か叫んだ。


「そう、そう!私が最後の一人なの!」


そのまま手を力なくだらりと垂らして、握ったり閉じたりを繰り返し始めた。もう何も目に入っていないように見えた。


馬車はもう、都の中に入っていた。馬車の中でこれからについて説明しようと、メイに向けて話し始めた。


「もう戦闘は全て終了しています。今城の中には逃げ出さなかったメイドと役人、それに我々の騎士団がいます。臨時の代表として宰相が降伏したので、我々はもう危害を加えるつもりはありません。しばらくの間王宮の中で過ごしていただきます」

「はい。分かりました」


どうせメイに選択肢は無いのだ。


マリーナはまだ俯いたまま、手を握ったり閉じたりしていた。心なし集中しているようにも見える。


「それじゃマリーナ様、ランディア国のご慈悲にすがりましょう。待遇だけ見れば、多分エクディア国の時よりもいいですよ」

「はい。我々の司令官であるフランケル王子は優しい方で」


ここで急にライアランの言葉は途切れた。彼はそのまま、虚ろな方向を向いて倒れ込んのだ。体から力という力が抜けてしまったように見えた。


「ライアラン様っ⁉︎」


ブライジルは慌ててライアランを助け起こそうとした。顔を上げさせると、口から赤い液体がぽたぽたとこぼれた。メイはライアランと向かい合って座っていたので、小さく悲鳴を上げた後慌てて足を自分の方に引き寄せた。幸い血はつかなかった。


ライアランの顔を覗き込んでいたブライジルは、次の瞬間これも倒れこんだ。今度はもっと分かりやすかった。首の後ろに、どす黒いあざができたのだ。あざはしみのように広がって、ブライジルは誰にも支えられず馬車の床に倒れこんだ。狭い床に折り重なるようにして倒れたブライジルの首は、ありえない方向に曲がっていた。彼の胸ポケットから、ペンが散らばった。


メイの無表情はここにきて完全に崩れ去った。


「何?え?なんで死んでるのこの人達?え?怖っ」


馬車は、中で何が起きているのか知らないかのように都の中を進んでいた。暴君ダグランが死んだので、国民の表情は明るかった。都以前に軍隊が全滅したおかげで、戦火が届かなかったのも大きい。国は滅んだものの、国民達は新しい生活を着実に切り開いていた。


しかし馬車の中は、クプレラの会戦も真っ青の死亡率五割。死亡率五割ってどれくらいかというと、たいてい五割削れたら部隊は全滅扱いになる。今回の死亡率は敵味方合わせてだから、お互いの全部隊が全滅した感じだろうか。


病気かな?病死じゃないよ、戦死です。


見る人が見れば一目瞭然だった。不自然に拡げられた二人の魔力孔、そしてそこに残る他人の魔力残滓。魔法使いでなくたって、この二人が魔法で殺されたくらいは分かる。


「くっくっ……ふふっ!あははは!あーはっはっはっは!勝った!私の勝ちよ間抜けどもめ!正義は勝つのだと決まってるのよ!あーはっはっは、ひーおかしい!」

「え?あの、マリーナ様?」


それまで俯いていたマリーナは急に顔を上げると、最高の笑顔で笑い出した。顔全体に広がる満面の笑みだ。そこには喜び以外の感情は一切感じられない。


「マリーナ様?もしもし、マリーナ王女?」


ひょっとして極限状態に心を壊してしまったのだろうか。不安に思うメイが恐る恐る話しかけると、マリーナは上機嫌のままくるりとメイの方を見て、びしっとメイを指さした。


「そこ!私のことはマリーナ女王陛下とお呼び!……くふっ!うふふふ!私が女王様!<ここに一つ目の国名>は私の物なのよ!」

「ちょ……あなたは何を」

「美しい山河!どこまでも広がる肥沃な大地!そこにへばりつく平民ども!金銀宝石、美味しいご飯に豪華な宮殿!落ちたら死にそうな分厚さの、ふっかふかのベッド!玉座に宝物庫!全部、全部私の物になったのだわ!なんて素晴らしい日!」


マリーナは手を大きく上に振り上げて叫ぶように喋ると、ふと我に返ったようにぽかんとした顔のメイを見た。そして、優しく語りかけた。


「ねえメイ、エクディアの王族、私を除いた全ての王族が死んだのよね?」

「……ええ、まあ。はい」


メイは狼狽えながらも、わずかに残った思考力でなんとか頷く。


「私は確か、王位継承権第八位とかその辺だったわよね?」

「正確に言うなら第四位まで繰り上がっていましたが……はい」

「ということは、王位継承権第五位までの人が皆死んだら、私が玉座につけるわけよね?」

「はい。そうですけど……マリーナ様!まさか!」

「そのまさかよ!ああおかしい!一週間前、あれ今週は食料当番遅いわね何かあったのかしらとあなたと話していたまさにその時、私は女王になったのよ!敵国のトップを前にして雑談を始めるばかりか、自軍の様子を伝えた上魔力制御の腕輪を自ら外すだなんて!うふふ、ランディアはよっぽど人材不足に苦労してるのね」


メイはようやく、マリーナの言っていることを理解した。理解した上で絶望した。何をやらかしてやがるこの馬鹿。最後の食料をトランプに賭けたり、普段から頭のおかしいことは十分過ぎるほど分かっていたけれどもまさかここまでとは思わなかった。あの騎士達に従っていれば、少なくとも身の安全は保証されたのに。


「ふん、あの脳みそ虫ケラども。私が手を握ってちょっと中身をかき混ぜただけで、くたっとなってしまったわ。メイ、あなた元は王宮で働いていたのよね?」


脳みそ虫ケラはお前だ。メイは頭の中で呪詛を唱えながら十六歳のクソガキに渋々答える。いつの間に魔法の練習なんてしてやがった。お前のせいで私の命まで危なくなってしまったのだ。メイド生命がどうとかいうレベルじゃない。いくら彼女が女王を名乗ったところで、もう国は滅んだも同然なのだ。


「はい、まあそうですが」

「王宮についたら私にとびっきりのご馳走とふかふかの寝台を用意しなさい。うふふ、なんたって、全部私のものなのだから!十数年間大人しくしていた甲斐があったわ、明日からは楽園よ!」


二つの死体を乗せて走る馬車の中に、とびっきりの笑い声が響いた。



作者です。

一週間に一度投稿します。

目標は完結です。

最後まで読んでくれたら嬉しいです。

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