漆黒の変態
学園都市サイバレーは、その名の通りサイバレー討法学園を中心とする都市で、人類最後の砦の1つ。よく栄え、治安のよさで讃えられる街だけど、例外はある。それが、学園の北北東に広がる廃墟街だ。定期的に闇市が立ち、あらゆる犯罪行為が横行している、人間の負の一面を体現したような世界だ。
その廃墟の群れを歩くこと十数分、突然現れる小綺麗な一軒家……の隣にある、今にも崩れ落ちそうなオンボロアパート“すきま風”がりん達のおうち。
なんでこんな変な名前にしたのかは未だに謎だけど、実際すきま風は酷い。
「たっだいまー!」
「…ただいま」
りん達の「ただいま」に返事をする者はいない。訳あっておにいちゃんと2人で暮らしているからだ。
「さてと、おやつおやつ!」
「はぁ、やっと降りたか」
「おかえりー!鈴ちゅゎーん!!」
「ぎゃぁー!?」
「ふごっ!?」
その誰も居ないはずの部屋から全身真っ黒な変人が抱きついてきたものだから…思わず急所に蹴りを入れちゃった。
「なんだよ、イサゴ兄。また来ていたのか?」
「…えっ?イサゴお兄ちゃん?」
「いきなり男の急所を蹴り上げるとは…いや、でも鈴ちゃんの可愛いアンヨがオレのアレを刺激したと思えば…ふべっ!?」
「死にさらせ!この変態野郎がっ!!」
あ、おにいちゃんにトドメを刺された。
この全身真っ黒な塊は、りん達のアパートの隣、あの小綺麗な一軒家に住んでいる謎の生き物(多分人間)である。
漆黒のマントに身を包み、そのマントの下には黒の長袖。
穿いている長ズボンも黒ければ、靴下も黒。そう言えば玄関に黒の革靴が置いてあったような…。
いつでもどこでも着用している手袋も当然黒。
さらには、顔を黒のマスクとゴーグル型のサングラスで隠し、その上から黒の覆面を被っている。
唯一何にも覆われていない髪は、やっぱり黒。
極め付きはその名前で、黒鷺黒砂と、黒の字が2つも入っている。
こんな真っ黒不審者な出で立ちのイサゴお兄ちゃんだけど、初等科の帰宅時に必ず現れる不審者として学園新聞に載っている、正真正銘の危険人物だ。
「ちょっと!?勝手にアブナイ人認定するなよ!」
「いや、どこからどう見てもアブナイ人…そもそもイサゴ兄って人なのか?」
「と言うか、もう復活したの!?」
…まあ、悪い奴ではないんだけどね、きっと。
「ところで、どうしてイサゴお兄ちゃんがりん達のお家にいるの?」
「そ、それは鈴ちゃんの下着をクンカクンカしに…いや、鈴ちゃんの成長具合を確かめに来たんだ!」
「それで、お宝は見つかったのか?」
「ああ、この通りかわいらしいウサちゃんが…ガフッ!?」
「なんでりんのパンツなんて隠し持っているのよこの変態っ!」
前言撤回!
最っ低な変態野郎だ!
「なるほど、そんなことをするためにわざわざピッキングして不法侵入した訳か」
「泥棒と一緒にするな!大家の権限を行使すればピッキングなどという見苦しい真似をせずとも…」
「合鍵かよ…いっぺん“プライバシー”って言葉を辞書で調べとけ」
こんなのが“すきま風”の大家だって言うんだから最悪だ。しかも…
「何を言うか!オレはお前らの保護者なんだから、鈴ちゃんの成長具合を確かめるのはオレの義務だろう!?」
「確かめ方がおかしいのよ!」
更に最悪なことに、こんなのがりん達の保護者だったりするんだ。素顔すら1度も見たことないのに。
「まったく、イサゴ兄もいい加減にしろよ。鈴も嫌がってるだろ?」
「それはそうだけどよぉ・・・でもしょうがねえだろ?自他共に認めるロリコンであるオレの目の前に、千年に一度現れるかどうかってレベルの合法ロリ美幼女がいるんだぞ!?馬に人参、河童にキュウリ、猿にバナナ、ロリコンに鈴ちゃんって訳でさぁ!!」
…プツン。
イサゴお兄ちゃんの魂の叫びに、りんの中で何かが切れる音がした。
「ふーん、りんのこと、そんな風に思っていたんだ…。“ロリ”で“幼女”か…りんは16歳なのに…」
「あ、あれ?鈴ちゃんはなんでナイフを取り出しているのかな?蓮もさりげなく距離を取ってるような気が…」
「りんはとっても優しいから、これからどんな目に遭うか選ばせてあげる。生ゴミになって肥料にされるか、お肉になって知らないおじさんに食べられるか、カカシになってカラスに突っつかれるか…どれがいい?」
「そ、そうだ!“お肉”で思い出したんだけど、今夜オレの家の庭でバーベキューやるんだ!一緒に来るかい?」
「バーベキュー!?やったー!それじゃあ“お肉”持っていかないとねっ」
「ちょっと鈴ちゃん?なんでナイフ持ったままオレの方に近付いているのかな?ねえ、ちょっと…うわぁぁぁぁー…!?」
―――
――
―
「それにしても、発想が怖過ぎるだろ。サイコパス幼女め…」
「おにいちゃん、今なんて言ったのかな?りん、よく聞こえなかったんだけど…」
「お、俺は何も見てないし聞いてないし言ってないぞ!だからナイフしまってくれよ。な?な!?」
以後しばらくの間、初等部の下校時に不審者は現れなくなったとか。