兄妹の日常
「…きて」
誰かが俺を揺すっている。
「起…てよ、おにいちゃん」
ああ、俺を起こそうとしているのか。だがまあ、そんなの無視だ。
「むー、なかなか起きない…」
やがて、声の主は揺するのを止めた。あの振動は存外心地よかったのに…。
「しょーがないなー」
まあ、起こすのを諦めたのなら心置無く眠れるからいいか…。
「スーー…」
スーー?
「おっきろおおお!!」
「うわあぁぁぁ!?び、ビックリしたー!!」
突然の大声に飛び起きる俺。名前は紅蓮。『ぐれん』ではなく、『くれない れん』だ。身長体重共におおよそ平均値で、顔も糸目と眼鏡くらいしか特徴が無い。頭髪もこの辺では一般的な黒だし、座学の成績も戦闘技術も平均程度。
座学の時間に居眠りをする事以外は特に奇行も起こさず、今日もお経のような講義を子守唄に安眠を享受する、極々平凡な17歳の学生である。
もちろん、平均程度の成績を取るために努力は惜しまない。教授に目を付けられたら、安眠など保証されないからである。ビバ平均!
…にも関わらず、学生からは注目の的になってしまっているのが悲しいが。
「やっと起きたね。おにいちゃんたら、りんが居ないとダメダメなんだから~」
「うるせえ、眠いときに寝て何がわるい!…で、次は何限だ?」
俺を目立たせる原因の筆頭であり、今しがた人の安眠を妨害しやがったヤツの方を向く。自然と目線が下がる。
「授業中に寝るのはダメだよ!それにもう放課後だよ。どーせまた座学の時間全部爆睡してたでしょー?」
「へ?放課後?」
窓の外は茜色に染まっていた。隣は既に空席だ。一限の教授が来たところまでは覚えているから…七時間くらい寝れたか?
よく考えれば腹も減ってるような…
「昼休みも爆睡してれば当たり前だよ!そ・れ・にぃ…可愛い妹に起こして貰ったんだから、もっと喜んでくれてもいいと思うな!」
この偉そうなちんちくりんが紅鈴。俺の1つ下の妹だ。
栗毛のツインテールに、同じく栗色のパッチリおめめ、さくらんぼみたいな唇、嘘みたいに真っ白な肌、ほんのり色づいた柔らかそうな頬…自己申告の通り、かなりの美少女なのは認めよう。
およそ600人もいるという全学園生の中でも1.2を争う可愛さだと評判で、告白された回数は優に三桁を超えているとも言われているくらいだ。
ただし、鈴はちっちゃい。本当にちっちゃい。身長は6歳の頃からほとんど変わらないし、胸もまな板だし、前述の通りの童顔で、精神年齢も恐らく見た目相応だ。
そして、それ故に俺は声を大にして言おう。
「俺はロリコンではない!!」
「…今、何つった?」
目の前にいたはずの合法ロリ美幼女は、次の瞬間には俺におぶさるようにして首筋にナイフを突き付けていた。あまりの速さに、いつ背後にまわられたのかも分からなかった。
こんな見た目の癖に…いや、こんな見た目だからこそか、鈴は“ロリ”とか“幼女”のような言葉に過敏に反応し、子供扱いされようものなら、このように対魔物用武器の使用も厭わない。
そんなに幼女扱いされたくないなら、もうちょっと普段の言動を変えればいいのに…この見た目じゃ意味無いかも知れないが。
見た目と言えば、鈴の外見のせいで俺が命の危機に瀕していると気付いて貰えないのも問題だ。ほら、今回も-
「見ろよ、蓮のやつまた鈴ちゃんをおんぶしてるぜ」
「いいなぁ、俺もおんぶしたいよ」
「あー、くそ!羨ましいなぁ!」
「それにああなるといつも妖艶な笑顔で何か囁いてるだろ?見た目とのギャップが堪らねぇよな」
「ああ、エロい」
「本当、羨ましすぎるぜ!」
ち・が・う・の・に!
お前らこのナイフが見えないのか!?
代わって貰えるなら喜んで譲ってやるよ!
はぁ…
ともあれ、鈴は学園でもトップクラスの美幼女であり、合法ロリであり、憧れの的なのだ。
そんなのが、俺みたいな冴えない奴にべたべた甘えている(様に見える)…そりゃ、嫌でも衆目を集めるに決まってる。
「で?何か言うことはないの?」
「サ、サイコウニカワイイイモウトニオコシテモラエルナンテシアワセダナー!」
「最初っからそう言ってればよかったのよ!」
そんなに嫌なら抵抗すればいい、だって?
無理に決まってる。鈴は幼い見た目と裏腹に、“学園最速”の名を欲しいままにする、戦闘技術ランキング11位の化け物だ。301位の俺に勝ち目など無い。
その為、“ロリコンでシスコンな変態”として有名になってしまった。まったく、迷惑極まりない…
「じゃあせっかくだから、おんぶして帰ってよ」
「何でそんな面倒なことを…わかったわかった、おんぶくらいしてやるからナイフを離してくれ」
「もっと嬉しそうに!」
「ワーイ、リンヲオンブデキルナンテサイコウダナー!」
「でしょでしょ?おにいちゃん、りんのこと好き?」
「そりゃ大切な妹だからな」
「えへへ…りんもおにいちゃん大好きだよっ!」
耳に弾む声と窓に映る無邪気な笑顔、背中にかかる柔らかく温かい重みに何も言えなくなる。ナイフなど無くても、初めから勝ち目など無かったのだ。
周囲から突き刺さる視線を無視し、ゆっくり教室を出る。
妹が待ちきれなさそうに、思うがままに話すのを聞きながらのんびり歩く。
今日の弁当が美味しかったとか、今夜のご飯は何を食べたいとか、明日の弁当とか…飯の話ばっかりだな。
念の為に対魔物用装備は着用しているものの、襲ってくるものなど無い。危険はあるが、それなりに平和な時間。願わくはこの時間がいつまでも続きますように…