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スプリングエラー -Spring error-  作者: is a donut.
6/7

-案内人-

スコーチ国際空港に到着する前に、秋月たちの前に現れた案内人。

ここで彼が待っていた訳は誰も知ることはできない。

スプリングエラー〜spring error〜



-案内人-




その男の風貌は空間から切り取られた様に、異様に浮き出て見えた。


茶色をベースの薄いチェックのベスト、枯葉色のワイシャツ。黒のストライプの入ったベージュのパンツに赤と緑、白の縞の靴下。

腰にはクリーム色の腰巻がまかれており、その上から、金色の飾り鎖のようなもので固定されている。何かの動物の皮のローファーは先が尖って上を向いている。

つばの大きく上に伸びたハットにはキラキラとした大小のブローチがいくつか付いている。

目と鼻が隠れる、金の装飾で縁取られた深緑の仮面をつけ、先をねじり綺麗に整えられた口髭があった。

仮面下の目は目尻が垂れ下がっており、口の両端がヒゲに向かって伸びている。

人を惑わすような笑みだった。


何かの古い童話から飛び出してきた道化師のようだ。


そんな男が、松傘 姫一の前に真っ直ぐに正面に立っていた。



戻ってきた、秋月と齋藤は立ち尽くしてしまう。


仮面の男は、二人に気がつくと右手を胸に当て、左手を大きく広げ、足を後ろにクロスさせて深く頭を下げた。


そんな挨拶は物語でしかみたことがなく、彼の格好も相まっていよいよ本当に物語のキャラクターなのではないかと思わせる程だった。


帽子が落ちないように、顔だけは二人を見つめたままで。

それが、輪をかけて不気味さをにじませていた。


そしてまた、くるりと体を反転させて松傘へ体を向けた。


齋藤が駆け寄り、松傘の少し前へ行き仮面の男を睨む。そんな齋藤に松傘はポンと肩を叩き、


松傘「お迎えだとよ、こっからはこちらさんの言う通りに行くからな」


そう言いながら、肩に置いた手で肩を揉んだ。落ち着けと松傘から無言でなだめられていた。


だが、齋藤は警戒を解かない。そんなやりとりを見ていた仮面の男が口を開く。


仮面の男「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。今しがた、mr.姫一にご挨拶いたしました、案内人のコバルトと申します。」


見た感じ日本人には見えなかったが、すらすらと日本語を話したので、齋藤は驚いた。続けて、


コバルト「これから私が、mr.姫一御一行様をゲーム会場へとご案内させていただきます。会場入りするにあたりまして、私共からのルールが御座います。それに従っていただけない場合はこの場でお帰りになって頂く形となります。」


そう言って、コバルトは後ろの席に置いてあった皮のアタッシュケースから数枚の用紙を取り出した。そして、その中の一枚を"どうぞ"松傘に手渡した。


-会場入りする為の規約-



第1項 ここからスコーチ共和国へは、個人専用機での移動となります。


第2項 目的地到着までは、案内人の指示が全てであり従わない場合はゲーム参加資格が取り消されます。


第3項 案内人に危害を加える、又は案内人の意向に沿わない行動を取られた場合はゲームの参加資格が取り消されます。


第4項 離陸した後に不参加を表明した場合、引き返すことができませんのでスコーチ共和国から自力でおかえり頂く形となります。



以上の項目に対して了承いただけた方はこちらにサインをお願い致します。



内容を読み上げる松傘とそれを聞く一行をニコニコと手を正面で合わせて、コバルトは見つめている。


読み終え、ふぅとため息をついた松傘は

松傘「だとよ、お前等わかったかい?」


そう言いながら、手を肩にヒョイと曲げて差し出した。

後ろにいる東城に書くものを要求している。分かっていたかのように、少しの間もなく、万年筆を差し出した。


用紙にザクザクと音を立て、名前を書く。荒々しく角張った字が松傘らしく堂々としてみえた。


コバルトはスムーズにことが進んでいる事を喜ぶように、うんうんと頷きながら見守っている。


そこに東城が口を開いた。


東城「コバルトさん、質問をしてもよろしいですか?」

コバルト「何なりと、mr.東城 ハリオマ 」

と、東城のフルネームを言う。

予想はついていたが、こちらの事は一通り調べているようだ。


東城「私達が受け取った、このスケジュール。ここに書いてある会場入りの説明は、[終着空港にて、案内係が待機しておりますので、指示に従って会場へお越し下さい。]だった筈。なぜ今ここに案内人のあなたがいる?ここは終着空港では無いし、チケットも乗り換え用のものが用意されている。何かの手違いがあったのですか?」


コバルトは弓のように曲がった口元から歯をむき出し、とても嬉しそうに東城の話に耳を傾けている。気味の悪さが増す。


コバルト「素晴らしい、mr.東城。内容を暗記されておられるのですね」


と言い、ヘソの前で音を立てず細かく拍手をした。そして、

コバルト「本来でしたら、スケジュール通りに進行する予定でしたが、姫一様御一行が無事に現地へ到着ができない可能性があるという情報が我々の耳に入りました。イレギュラーではありましたが、急遽私がこちらまでお迎えに上がった次第でございます。」


そう言いってハットを手で押さえながら、軽く頭を下げた。


磨蛇「いやいや、子供じゃないんだから迷うことないっしょ〜」


と笑いながらツッコミを入れる。


コバルト「いえいえ、貴方様方がお迷いになる事を怪訝した訳でわないのですよ、mr.磨蛇。何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性があったのです。この様な特殊かつ極秘に開催される大きなイベントで御座いますから、それ故に妨害しようとする組織も、いない訳ではないのです。我々の指名は、"M"のご意向に少しの狂いもなくゲームを開催させる事なのです。ご理解頂けましたでしょうか?」


首を傾げ、磨蛇を見つめる。


磨蛇も首を傾げ、

磨蛇「んーまーいっか、オッケーオッケー」

と適当に返した。コバルトはまたうんうんと嬉しそうに頷いた。そして、大きく手を広げラウンジの出口を掌で指して、


コバルト「では参りましょう。」

そう言って歩き始めた。

松傘達も後に続いた。


予想通り、コバルトという案内人の装いが突出ている為、空港利用者は何かのイベントが始まるのかと視線を寄せ、写真を撮り握手を求める。


子供達はサーカスか何かの見世物が開かれるのかと、キャッキャと笑い後を追った。

コバルトは嫌がる様子もなく、寧ろ楽しむ様にニコニコと笑顔を返し、手を振り、握手に応じていた。


勿論、後ろについて歩く松傘達も仲間扱いされ写真に収まり、子供達に追い回された。

秋月は子供が好きなので、色んな人種の子供達が楽しそうに周りをくるくると駆ける姿は愛らしく思っていた。


松傘は孫でも訪ねてきたかの様な気持ちになり、こちらもニコニコと子供と戯れながら歩く。

横の東城は一番の高長身の為か、子供達が群がる。足に抱きついて、くっつく遊びを始めた。しかし、東城は表情を変えずひたすら歩き続ける。


梧桐、磨蛇、善吉は、一緒に走り回って追いかけっこを始めて、楽しそうだ。もう大きな子供が混じって遊んでいる様だった。

坂井は子供が苦手な為、東海林の横を歩いた。

見た目が魔女の様な見てくれの東海林には子供が怖がって近寄ってこないのだ。それを利用して坂井は、子供避けにしていた。


しばらくこの騒ぎは続いたが、彼等がただの利用客だと分かり始めると、一人また一人離れていった。


やがて、ついてくるものが居なくなった頃、プライベート飛行専用のゲートへと到着した。


コバルト「皆様はこのジェット機で、スコーチ共和国へ入国して頂く事になります。」


コバルトが手を向ける先には、ツヤツヤに輝いた青い機体があった。


当然、旅客機よりはかなり小さめだが10人は余裕で乗り込めそうな大きさだ。両翼にはジェットエンジンが付いており、大型の戦闘機の様なフォルムをしていた。

機体を前に一同は、イレギュラーな事態で、瞬時にこれだけのものを手配できる組織の大きさに驚きと不穏を感じた。


期待の真ん中からゆっくりと、ハッチが開いていく。裏側が階段になっており、それが目の前に現れる。


このまま乗り込もうとした一同の前に、コバルトが階段を塞ぐ様にして振り返った。

コバルト「さて、ここで先程交わしました契約、第2項に従って頂きます。」

第2項を全員が思い出そうと考える。そこに東城が話す。

東城「第2項 目的地到着までは、案内人の指示が全てであり、従わない場合はゲーム参加資格が取り消されます。だったな、ここで何かある様だ。」


コバルト「素晴らしい、ご名答で御座います。ここで、私から一つ目の指示がございます。飛行機に乗る前に、皆様にはこちらを付けて頂きます。」


そう言うと、持っていたアタッシュケースを、ガチャリと開き中からスチール製の細長いケースを取り出した。


それを前に出して、皆に見える様にゆっくりと開けた。


中には腕時計の形をした物が八つ一列に並んで収まっていた。

銀座のものが六つ。形の違う赤と黒の物が一つずつあった。


覗き込む一同。


形は全て腕時計型だが、銀色に付いている液晶は時間を表示する感じはない。

スピーカーの様な穴が開いて、横にボタンが二つ見られる。

一番目を引くのが薄黄色の液体が入った円柱の小さなカプセルが五つ埋め込まれている事だ。

赤い物にはスピーカーらしい穴はあるが液晶はなく、他と同じ、薄黄色の液体とその他に、緑と赤の液体が入ったカプセルが三つずつ縦に並んでいた。

黒い物には銀色と同じカプセルが埋め込まれており、液晶とスピーカーの穴、そして小さなキーボード状のボタンが備わっていた。一番ゴツい見た目をしている。


齋藤「これを付けるのか?」

思わず声にしてしまった。

コバルト「その通りで御座います。これは飛行機に乗る為のチケットだとお考えください。我々はコレを"joint"(ジョイント)と呼んでおります。」


そう言いながら笑顔でさらにケースを前に突き出す。

そこに、磨蛇が、

磨蛇「んじゃー俺はこれー」

と言って、赤いブレスレットを取ろうとする。


その瞬間にコバルトはばちん!とケースの蓋を閉めた。

危うく指が挟まるすんでの所で、引っ込めた。

磨蛇「危っねー何すんだ、挟まんだろ!おっさん!」

挟まれはしなかったが、手を確認しながらコバルトを怒る。

コバルト「申し訳御座いません、mr.磨蛇。私の説明不足でしたので、補足させていただきます。」


そういってまたゆっくりとケースを開く。そして、

コバルト「まず、東城様、梧桐様、磨蛇様、東海林様、坂井様、善吉様はこちらの銀のjointをお取り下さい。」


そう言いながら、一人ひとりの前へ行き、jointを取らせる。コバルトが説明を続ける。

コバルト「そちらをどちらの手首でも構いませんので、お付けください。」


言われた通りに、それぞれが腕につける。jointのベルト部分はとても長く、手首につけても緩く垂れ下がってしまった。樹木の様な、手首の梧桐でさせ緩かった。

磨蛇「えっ、コレで正解?ゆるっゆるなんだけど」

そう言ってコバルトに手を上げて振って見せる。その間にも、スルスルとjointは肩あたりまでずり落ちていく。

コバルトが残った赤いjointにある、側面のボタンを指差し、

コバルト「付けましたら、こちらのボタンをそれぞれ押していただければ、ベルトは縮みますので。」

と、おかしなものを見たと言う様な笑い方で説明する。

ボタンを押すと小さく細長い金属が交互に組まれたベルトがカチャカチャと小さな音を立て手首に合わせて縮んでいった。あっという間に、それぞれの手に合った形に収まった。

しかし、齋藤だけが未だに装着していない。

ジッとこのjointを表裏なんども見て、液体が何なのか匂いを嗅ぐ。それを見ていた磨蛇が、

磨蛇「何してんすかー、齋藤さん付けないと一人だけ乗れないっすよー」

と冗談交じりに促す。齋藤は、

齋藤(お前らこそ、こんな得体の知れないものをあっさり付けてんじゃねーよ馬鹿共が!)

と心の中で怒っていた。齋藤はコバルトを睨み、

齋藤「この液体はなんだ?毒じゃないのか?」

と詰め寄る。それを聞いた磨蛇は

磨蛇「えっマジ?!」

と言って既に腕に取り付いたjointの液体を見つめる、段々と不安感が滲み出る。

外そうとするが、手首にピタリと張り付いたjointは、先ほどまでの、くにゃくにゃと曲がるベルトではなく、ガッチリと金具同士が組み合わさって手錠の様に硬くなっていた。

磨蛇「何だコレ、硬てぇ」

爪の先すら入らないほど手首に密着している。終いには噛みちぎろうと歯を立てるがやはり無理だった。コバルトが

コバルト「jointは1度形が決まると、外れない仕組みになっております。しかし、万が一外れそうな状態になると、jointから致死量の神経毒針が注射される仕組みですので、あまり無理に外そうとしないでください。それからmr.齋藤、その液体は毒ではありませんので御安心ください。」


と齋藤の疑問にも答える。磨蛇は横で固まっていた。

齋藤「何が御安心をだ!こんなもの付けられるわけないだろ!一人ひとりが、人質になる様なものだ!こんなもん付けさせて、何がゲームをクリアしてくれだ!やってる事が矛盾してるだろうが!」


不安と不満が入り混じった怒りをコバルトへぶつけながら、詰め寄った。


コバルトは手を上げて、驚いたようなポーズを取るものの、顔は相変わらず、ニヤニヤとした不気味な笑顔だ。

その態度に、怒りが増す。

そんな齋藤の方に大きな手がのし掛かる。東城だった

東城「齋藤、落ち着け。俺達はゲームに参加を決めた時から、奴等のいうとうりに動かなければならない。ルールがある以上はそれに従え、親父の為だと考えろ」

齋藤は理解ができないという顔を東城へ向け、

齋藤「考えてるからこその判断だ」

そう言いながらjointを壊さんばかりに握りしめる。


しばらく沈黙があった。


そのやり取りを見ていたコバルトがふぅうと皆に聞こえるような大きな態とらしい溜息を吐いて聞かせた。そして、ガチャリとケースを閉じた。今まで笑顔しか見せなかった表情がスイッチが切られたように、一気に虚ろな目とだらしなく下がった口に変わり、一同を見つめていた。その変化に全員が気がつく。コバルトは

コバルト「それでは、mr.齋藤が参加の意思がないという事ですので、これまでとさせて頂きましょう。他の方がおつけになったjointはここで外せない仕組みになっておりますので、後日、mr.松傘のご自宅へ取り外すための機材を送らせて頂きます。一度、不参加をされた皆様には二度とゲームの参加が認められなくなりますので、ご了承下さい。それでは」


そう淡々と怠そうに少し怒りが混じったような感情で説明すると、踵を返しスタスタと歩き始めた。

思わず、松傘が声を上げる。


松傘「待て!待ってくれ!この通りだ!頼む!」

そう言いながら、頭を下げた。

それを齋藤は横で見る。胸が張り裂ける思いだった。

その時、後ろから拳が齋藤めがけて振り下ろされた。梧桐だった。

梧桐「お前は、何をごちゃごちゃと迷っとるんじゃい!姫一がわしらに頭下げた時に全員が腹くくったんじゃろ!何にも考えとらんのはお前じゃ!馬鹿たれが!」

そう言って齋藤の左手を掴み捻りあげる。

梧桐「磨蛇!」

そう叫んだ時には、磨蛇は既に齋藤からjointを奪い上げ、掴み上げられた手にはめようとしていた。


磨蛇「はいっと、スイッチオン!」


そう言ってボタンを押す。カチャカチャと縮んでいき、齋藤の左手首に収まった、その下には腕時計が付けたままになっており奇抜なファッションの様になってしまった。そして梧桐は、齋藤の手を上に伸ばし、

梧桐「ほれ、こいつも付けたぞ!おい!見ろ、参加じゃ参加ぁ」


と怒鳴る様にコバルトへ参加の意思を告げる。齋藤は梧桐に手を掴まれ、ぶんぶんと振り回され人形の様に揺れている。とても悔しそうな顔をして、俯いていた。


コバルトの足が止まり、肩越しから顔だけをこちらに向けて見つめている。

しばらくの間コバルトは動かずにじっと獲物を狙う獣の様に息を潜める。


すると、突然鋭い動きで回れ右をして

ずんずんと梧桐と齋藤の元へ向かっていく。


そして、俯いている齋藤の顔を両手で挟む様に掴み上げて、お互いの鼻の先がくっつくほどに、顔を近づけた。


コバルト「わ、私の一番嫌いな事はぁ、よ、予定通りに物語が進まない事なんですよぉ!ど、どんな形でも話を、お、終わらせないと気が済まないのですぅ、い、いいですか?もう二度とこの様な事が無いように、お、お願いしたいぃ、二度とだ!わ、分かりましたかぁ?み、mr.齋藤ぅぅ!」


まるで、狂犬病の理性を無くした野良犬の様に、歯を食いしばり口からよだれを垂らして話す。目は血走り視点があっていない。

目の当たりにしている齋藤は、このまま食い殺されるのではというなんとも言えない恐怖が、コバルトの表情と顔を掴んでいる手から流し込まれた。

そこに梧桐が、


梧桐「何しとんじゃ!離さんかい!」


突然豹変したコバルトに梧桐は一瞬虚を突かれたが、齋藤に詰め寄ったコバルトを払い除けた。

後ろへ尻餅をつく形で倒れた。そのまま丸くなり、両手で顔を覆い隠した。


細い枯れ枝の様な白い指の間から、フーフーと乱れた息が通り抜けてくる。


齋藤は何も言えず、身の前に縮こまるコバルトを見ていた。そして、齋藤の中に抱いていた危機感は勢いを増して膨れ上がっていった。


コバルトの息が落ち着いてくる。ゆっくりと顔から手をはがす様にどかした。その顔は最初に会った時の様な、不気味な笑顔だった。音もなく、手も使わずにスッと立ち上がる。まるで人形劇の糸で吊るされた人形が引っ張られた様だ。そして、

コバルト「次に進行を少しでも止める様な事があれば、容赦なくあなた方にはご退場して頂きますので、そのおつもりで。宜しいですか?mr.松傘」

と、長の松傘へ釘をさす。


松傘「ああ、わかった。済まんかったなコバルトさん」

そう言って、軽く頭を下げた。また、齋藤の胸が引き裂かれる様に痛んだ。


コバルト「いえいえ、ご理解いただいて感謝します。では、説明の続きをしましょう。」


そう言って、また銀のケースを出し開けてみせた。

梧桐は座り込む齋藤を猫をつまみ上げる様に持って後ろへと下がった。

ケースの中にはあと二つのjointが残る。松傘は

松傘「それで、俺はどっちのヤツをつければいいんだい?」

そう言ってコバルトの前に出る。コバルトはニコニコ嬉しそうに、


コバルト「はい、mr.松傘はこちらの赤のjointを装着して頂きます。」

手のひらで赤のjointを指して説明する。

松傘はそれをひょいと取り、なんの迷いなく、躊躇なく、右手首へ通した。そして、コバルトに聞きながら押すボタンを確かめて、jointを装着した。松傘は一番液体入りのカプセルが多く着いたjointを付けた。


全員が黙ってそれを見つめていた。

残るのは、黒のjoint一つとなった。


ケースに残されたその黒いjointは何か特別なものに見えた。

コバルトはケースを秋月の前へ持って行き。jointを渡す。


見た目よりもずっしりと重さを感じた。みんなと同じ様に手首の位置でボタンを押す。他と変わりなく秋月の左腕にもjointが装着された。

他と違うところといえば、暗かった液晶が点灯して、"Hello"とパソコンを立ち上げた時の様な画面になった。そして、ホーム画面を映した。

何やら色々なアイコンが表示されているが今は後回しにした。


コバルトが一人ひとりのjoint装着を確認している。とても満足げに"うんうん"と頷きながら、最後の秋月を確認し終えて、


コバルト「皆様の搭乗資格を確認いたしました。では、飛行機へお乗りください。お荷物は階段下に置いて行って下さい。席は決まっておりませんので、ご自由にお座り下さい。機内にある飲食物もご自由にお楽しみ下さい。」

そう如何にもマニュアルの様なことを淡々と言って、一歩後ずさり階段への道を開けた。


松傘「おし、じゃあ行くぞお前ら。」


松傘が先頭をきって階段を登り機内へと消えていく、東城も続く。


その後を他のメンツがぞろぞろと入って行った。


秋月も行こうとした時、後ろから齋藤に肩を掴まれ制止されられた。

齋藤が耳打ちする様に話しかける。


齋藤「秋月、お前のそれ見せてくれ」


そう言ってjointを指差す。

秋月「はい、これです」


齋藤のやる事はきっと重要な事なのだと、秋月は直ぐに手を差し出す。


手を掴み、まじまじと秋月のjointを観察する。

齋藤「これは、海外仕様で、、ここが、、そういう仕組みか、、」


など、ぶつぶつと呟きながらサッと仕組みを理解しようとしている様だった。そして、

齋藤「蓮太郎、ロバートの件なんだが、あのカードのURLはあいつがいなくなった後で入力した方が良さそうだ。秘密にしろというのは、自分だけの秘密にしろという意味だったのかもしれないが、俺たちは知ってしまった。だから、これから関わる奴等には絶対に喋るな。」

まだ何か言いかけた様だったので、黙っていると、そのまま齋藤は機内へ向かって行ってしまった。


振り返ると、コバルトが何をしているのかと怪訝そうに見つめていたのだ。


また、発狂されては敵わないと慌てて秋月も機内へ乗り込んだ。


ジェット機の中は思ったよりも広い作りだった。赤茶色の皮の座席が操縦席に向かって。左右の壁に斜めに設置されている。一つ一つにはサイドテーブルが有り、シャンパンが氷の入った赤いワインクーラーに一本ずつささっていた。既に、梧桐と磨蛇は栓を開けて口へ流し込んでいた。

松傘は一番奥で何かの雑誌に、老眼鏡をかけて目を通している。

それぞれが各座席で寛いでいた。


秋月も入り口手前の空いている席へ座る。ファーストクラス程ではないが、こちらの座席も高級感のある贅沢な座り心地だ。

秋月も早速、手回品を確認する。


そうしてる間に、コバルトが一番前の秋月達と向かい合う形で設置された椅子に座る。


ガコッという音と共にハッチが閉まっていく。

ゆっくりと滑走路へ動き出す。


秋月はサイドテーブル下にある棚から、海外の炭酸飲料を見つけ取り出す。キャップを捻るとジュッ!と強い炭酸が吹き出す。少し開けただけでも容器から次々に噴き出してくる。海外だからだろうか、容器の中の炭酸はとても濃く、凄い勢いでブクブクと泡立って登っていた。


蓋を開け、秋月が口をつけようとしたその時、パンパンと誰かが手を叩いて鳴らした。


正面に座る、コバルトだった。


コバルト「皆様、お寛ぎのところ申し訳ないのですが、これから離陸しますのでシートベルトの方をしてはいただけないでしょうか?」


そう困り顔で両手のひらを差しだしてお願いした。秋月は座って直ぐにシートベルトをしていたので、また磨蛇か梧桐さん辺りがしていないのだろうと、後ろを見た。

隣の齋藤も同じ考えだったらしく、呆れ顔で後ろを見る。


梧桐は

梧桐「お前は、呑む前にまずはこれじゃろうが、投げ出されたら一貫の終わりじゃろう!」


そう言って腰に巻かれたベルトをガチャガチャと引っ張って磨蛇に見せた。梧桐はきちんとしていた様だ。すると磨蛇が


磨蛇「いやいや、俺きちんとしてるっすよ。梧桐さんみたいに一目散に酒に目行かないっすからね」

そう言って装着されたベルトを見せる。

梧桐「あん?じゃぁ誰じゃ?善吉か?姫一か?東城よ、見てやってくれるか?」

善吉はきちんとつけてると、同じようにガチャガチャと鳴らす。

一番後ろからは

松傘「阿保ぅ、お前らと一緒にするな、俺はきちんとしとるわ」

東城も

東城「親父も私も大丈夫です」


一番前の秋月から見て、坂井も東海林もしている。全員の頭に"はてな"が浮かぶ。

梧桐「おい!案内屋、全員しとるぞ、」

大きな声でコバルトに叫ぶ。


コバルトはハッとした表情をして、困った顔になり.申し訳なさそうにこう言った。

コバルト「そちらのベルトではなく、こちらで御座います。」


そう言いながら、椅子の両肩部分にある金具を指差す。

本当だ、よく見ると左右の肩の位置にベルトの金具があり腰のベルトの中心に向かって伸びてくるようになっていた。

F-1のレーサーがする様な、あらゆる方向から体を固定するタイプのベルトであった。


皆んな疑いもなく、その物々しいシートベルトをジェット機はこういう乗り物なんだと付けていった。


ガッチャン!と普通でない重厚な接続音が機内に響く。肩から降りたベルトは思いの外分厚く、戻る力が強いのかとても座席に押し付けられるように、グイグイと押し付けてくる。


後ろでゴホゴホと松傘が咳をするのが聞こえる。この時点でこれはおかしいと思うものが出てくる。後ろから東城が

東城「ゴバルトさん、すまないがベルトを少し緩めても、構わないだろうか?親父にはキツすぎる。それに、他の飛行機と同じであればこんなに固定しなくともいいのではないか」


そう言いながら一旦ベルトを外そうとへそ辺りにある大きな錠前のような金具を手で弄る。


そこでこのベルトの違和感が悪意に満ちたものに変わった。


東城(これは元々の装備品ではない)


そう思った時は、もう遅かった。


コバルトは首を左右にゆらゆら振り子のように振りながら嬉しそうに話す。


コバルト「mr.東城、申し訳ありませんが、そのベルトの調整はここでは出来ないのです。ですから、緩めることは出来かねます。それと補足と訂正が御座いました。まずこの機体はジェット機ですが飛行速度は他の旅客機と変わりありません。mr.東城の言う通りです。なので通常であれば、安定したらベルトを外して良いことにはなりますが、この場合は話が違います。」


コバルトに一番近い齋藤がベルトを握り締めながら、

齋藤「おい!テメーまた訳のわからんことをしやがって!どういうつもりだ!」

堪忍袋が破裂したようだ。ふぅふぅと肩で息をし、血走る目を剥き出してコバルトを怒鳴りつける。

だがベルトが拘束具となり、椅子から離れることはできない。

するとコバルトは自分の腰だけのベルトを外し、立ち上がる。

そして、演劇の開幕を知らせる道化師のように仰々しく、頭を下げてこう言った。


ゴバルト「皆さまどうか落ち着いてください。特にmr.齋藤、お静かに」

そう言いながら、人差し指を口に当てて笑う。齋藤は益々怒声を吐く。

ゴバルトは続ける。

ゴバルト「先程もお話ししました通り、既に物語は始まっております。この状況も演目の一部なのです。まずは、訂正をさせていただきます。機内での行動はご自由にどうぞとお伝えしましたが、それは間違えでございました。申し訳御座いません。」


そう言ってまた頭を下げる。続けて

手で一を作り、


ゴバルト「次に補足になりますが、これから向かう先の変更で御座います。スコーチ国際空港へは行かず、真っ直ぐに会場のある、とある場所へと移動になります。」

そして、薬指を出し二をつくる。


ゴバルト「二つ目の補足は、この会場のある場所はトップシークレットで御座います。決して何処にあるか知られてはなりません。従って、皆様にはご到着まで眠っていただくことになります。そこで、mr.東城の疑問へと繋がるのですが、そのベルトはお眠りになる皆様を支えるためのもので御座います。体を固定しなければ、ありとあらゆる場所へ体が投げ出されかねませんので」

ニコニコ顔でで手のひらを上げる。コバルトが続ける。


コバルト「ですので、mr.松傘、眠ってしまうのでもう少し我慢してください。」


齋藤は目の前で好き勝手に話すこの男を黙って睨みつけていた。(やはり、ろくなことにはならなかった。)後悔が押し寄せて流れ込んで行く。


その表情を、特等席だと言わんばかりの笑顔でコバルトが覗き込む。


そして、

コバルト「おっと、これ以上近づいたら、鼻を噛みちぎられてしまいそうです。」

齋藤を煽る。すると、磨蛇が


磨蛇「おっ、これ肩外せば抜けられるかも」


と言って、もぞもぞと動き出した。


コバルトがそれに気づく。

胸ポケットからエンジンスターターの様な小さなボタン付きの端末を取り出す。


そして、それを頭の上まで上げ、

コバルト「それでは、皆さま御到着までしばしのお別れで御座います。」


そう言ってボタンを押した。


端末の赤いランプがチカチカと光ったとほぼ同時に、それぞれの手首にチクリと痛みが走った。

秋月は、その痛みに視線を向ける。

jointの中に埋め込まれたカプセルの一本から液体が消えて行く。

それを見つめながら、何かを言おうとしたが直ぐに視界が霞み、脳を白い布で包まれる様な不思議な感覚とともに意識を遮断された。


バタバタと全員が意識を失った。

急に静かになった機内。聞こえるのはジェット機のエンジン音のみだ。

コバルトは、全体を見回す様に首をぐるりと回してから、"うんうん"

とまた嬉しそうに確認した。


コバルト「これからの苦痛の前に、少しでも皆様が、よい夢を見られます様、心から願っております。」


そう言って、鞄をゴソゴソと探り始めた。出てきたのは、手のひらサイズの拳銃だった。

コバルトらそれの全てを飲み込む様に口に咥えたこんだ。


小さく、ボンッという音がコバルトの頭から響くと同時に、後頭部が破裂して飛び散った。


その場にくずれこむ様は、糸を切り落とされた人形の様で、その目はもう何処も見つめることなく、目の前の空間をぼんやりと漂っていた。


ゴゴゴゴと急加速するジェット機。ふわりと地上から離れると一気に、目では確認できないほどの上空へ、飛び立った。


機体が揺れるたびに、ゴトッゴトッとコバルトの死体が左右に揺れ、頭を床にぶつける。

まるで、座り込んで楽しくリズムを取るかの様に左右に揺れる。


その姿はどこか寂しげで、悲しそうだった。


コバルトは演目の終焉を告げた。


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