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スプリングエラー -Spring error-  作者: is a donut.
3/7

-思い出-

松傘のゲームに対する強い参加の意思。その理由と過去の話。

スプリングエラー-spring error-no.3


-思い出-


人の皮。

その聞きなれない単語に一瞬、理解が遅れる。手が震えているのに気がつく。(今、なんて言ったんだ?このボロ切れが何だって?)


そう思いながら、床にそっと広げる。投げ棄てる雑な事は、何だか出来なかった。


よく見ると、真ん中あたりに文字のようなものが書いてある。だが、読めない。この状態が裏返しで、尚且つ反対向きである事に坂井が指摘する。

坂井「これ裏表が、逆なんじゃない?」

ためらいなく手に取り正しい向きにする。

全員が乗り出して覗き込む。

そこには、


「キークンタスケニキテ」


と何か尖った硬いもので削ったように、カタカナで書かれた文字があった。ゆっくりとそれを口にする。

秋月「キーク、ンタスケニキテ、、キー君助けに来て」

松傘「そう。わしがキー君で、中ちゃん、中西は親友なんじゃ。」


秋月「じゃあ、その親友を助ける為に?」

松傘「そうだ。」

しっかり頷く。一呼吸すって、

松傘「巻き込んでしまって悪ぃな」

と本当に申し訳なさそうに言葉を吐き出した。そこに、齋藤が指摘を指入れる。


齋藤「これだって、親父の親友だって保証どこにもないじゃないですか!こんなもの、明らかにこちらを調べ尽くした上での行動でしょう!罠以外ありえない!僕は反対です!僕には親父も松傘も守る義務がある!絶対に参加なんてさせない!」


いつも冷静で言葉も選び、声も荒げない齋藤が、こんなにも興奮してまくし立てる姿に、周りも少し驚いた様子だった。空気を読んでか、磨蛇が

磨蛇「まぁまぁ齋藤さん、落ち着いてくださいよードラーイドラーイ」

と、なだめにかかる。どうやらクールとドライを間違ってるようだ。

そんな言い間違いに、坂井が、くすりと鼻で笑う。

その態度に、明らかに苛立ちを顔に出す齋藤。

齋藤「何か可笑しいか?」

空気が張り詰める。坂井は空気を読まずに、

坂井「いやだって、ドライって。乾燥させてどうするの?」

あはははとこの場にふさわしくない感情が生まれる。

齋藤は坂井の前に立ち、

齋藤「この異常事態が分からないのかあんた。表でろ」

と眉間のシワから伸びた額の血管がはっきりと現れ、今にも破裂しそうになっている。先程から、ヘラヘラとカタギらしさが無いと思っていた坂井も、そこはしっかりと肝が座っていた。

凄まじい形相の齋藤を前にしても、物怖じせず、

坂井「年上にその口の聞き方はダメだよ齋藤くん。別にやり合うのは構わないんだけどさ、いいの君?ゲームに参加できなくなっちゃうよ?僕、毒の調整下手だからさ」

と、今までの笑顔が更に口元まで加わり不気味になる。


そこに畳を叩く、バスン!という低く重い音が割って入った。梧桐が掌で思い切り叩いたのだ。


梧桐「ええ加減にせぇお前ら!こんな、何も始まっとらん場所で揉めてどうすんのじゃ!チームでやるんじゃろーがい!」

地響きのような怒鳴り声だ。ビリビリと空気が振動する。続けて、

梧桐「齋藤!姫一はやると言ったら、絶対に意思は曲げん男じゃ!知っとろーが。恩義あって守りたい思うんなら、一緒に来てしっかり支えてやれぃ!それから、坂井!お前は面白がって、こいつをからかうんはやめぃ!話が進まんし、何も纏まらん!こんな状態で参加したら、わしら生きて帰れんぞ!大人しくしとれ!」

腹の中から、怒りを口へ爆発させる。ゼェゼェと息が上がっているが、一気にズーっと息を吸い込んで、大量に息を吐くと直ぐに落ち着いてみせた。そして、

梧桐「姫一、続きじゃ」

と話を進めさせた。齋藤は急に我に返り、借りてきた猫のように元の位置に戻って、

齋藤「すいませんでした。」

と、小声で謝罪した。

坂井も、

坂井「分かりましたよ」

と頬杖ついて話に耳を傾けた。


流されつつある一番重要なところに、話を戻す。

秋月「その、人の皮っていうのは間違い無いんですか?」

当然の疑問をぶつける。それに東城が答える。

東城「残念だが、間違いはないそうだ。そこに居る東海林に調べさせた結果、人の背中の皮だそうだ。」


ここに来て、この話の流れに一切顔を出さず、そこにいた男。東海林しょうじ 貴美きみをこの時、秋月は初めて見た。


そして、見なければよかったと直ぐに後悔した。髪で隠れた顔部分に両手の指を突き入れて、カチカチと音を立て、フーフーと威嚇する猫のように息をしている。爪を噛んでいる。視線は読めないが、顔の角度からして、この人皮の手紙を見ているようだ。

この中でダントツで危険だと感じた。東城の話の続きで確証に変わってしまう。

東城「東海林は元法医解剖医だった男だ。少し変わった趣味の持ち主で、それが原因で、職を無くした所を拾われた。」


秋月「変わった趣味って、、」


口にしたが嫌な予感しかしない。東城は明らかに口にするのを嫌そうに、

東城「レザーマニアだ。」

秋月「レ、レザーマニア?」

初めて聞く単語に困惑する。だが、単語の意味を考えると多少は想像がついた。

東城「端的に説明すると、生き物の皮に興奮を覚える特異体質の持ち主だ。最初は小動物から始まり中型、大型と生き物の皮をコレクションするんだ。特に生皮が良いそうだ。東海林は動物では満足出来なくなり、どうにかして人の皮を合法的に手に出来ないかと考え、死体を扱う解剖技師に行き着いた。無論、私利私欲で死体を好きには出来ないからな、違法行為なんだが、その行為が直ぐに露見した。勿論、免許剥奪。その時、行き場を失っていた東海林を拾ったのが親父だ。」

すごい話を淡々と話す。そもそも、法医解剖医なんてなろうと思って、なれるものじゃない。凄い執着心に、ある意味で脱帽したが、それを聞かされた方はリアクションにとても困る。


秋月「えっと、、」

大丈夫なのかと聞きたかったが、明らかに興奮してある本人を前には言えなかった。

その様子を見て、松傘は

松傘「今は心配いらん。まぁそう見えんかもしれんが、今の状態は自分を保とうとする行動なんだとよ。」


偉いぞという敬意を送ったのだろうか。それに東海林が答える。


東海林「わ、私は異常ではない。私なら大丈夫だ。異常ではない、そうだろう?コリー・バンクス。そうなんだ、そうだ。」

などと、荒い息をゆっくり整えながら、何やら自問自答している。

秋月の目には、全く正常には見えない。

松傘「こんなのほっといたら、松の原の人間が危ねぇからな。誰かが面倒みてやらねーと。」

確かに、と納得する。


松傘「秋月さんにも慣れてもらわんとな。大丈夫、昔みたいな趣味は、やらせちゃいないよ。」

東海林の回復ぶりに満足そうに笑う。

それに答えるように、東海林は説明を始めた。

東海林「こ、この人皮は二十代から三十代くらいのじょ、女性、O型。イギリス人。て、摘出箇所は、、背中、広背筋の辺り。時期、は一ヶ月内に、医療用メスで摘出されている。この剥ぎ取り方は、、い、医者又は医学的知識がある素人。」

言葉がうまく出ないのか、所々詰まって話した。そんな話し方など気にさせない観察眼に、秋月は驚いた。

たったこれだけの切れ端から、それだけの情報を引き出した事に、もと解剖技師は伊達じゃないと思わされた。

説明が終わると、又爪を噛んで黙ってしまった。

後を東城が引き継ぐ

東城「この皮膚の女は勿論、不明だが、親父はこのメッセージは間違いなく、中西氏本人だと言っている。」

直ぐに、齋藤が聞く

齋藤「その確証の理由と、中西さんのここ数年の現状を教えて下さい。東城さんならもう調べてはあるんでしょう?」

齋藤はとにかく自身の中に次々と生まれる不安を少しでも小さくしたいのだ。


東城「まず、このメッセージが中西氏である理由は、文字の癖と親父の呼び方だ。」

齋藤「癖、、、」


松傘「そこは俺が説明するか。」

松傘が引き継ぐ

全然が耳を傾ける中、松傘からの質問から始まった。

松傘「なぁこの屋敷に、俺のことキー君、何て呼ぶ奴ぁいるかい?」

誰も答えない。

松傘「いねぇよな。それはな、俺がガキん時からそうだったのよ。同級生はうちがカタギだって知ってたからな。松傘くんか、頑張って姫一くんだったかな。大人連中だって、坊ちゃんとか二代目とかな。そんな中で唯一、俺ん事をキー君て、友達みたいに呼んでくれたのが、中ちゃんだ。まぁ転校してきたってのもあるんだけどな、俺ん家の仕事の事聞いた後でも、ずっとキー君って呼び続けてくれたんだよ。キー君はキー君だよ、なんて言ってな。俺ぁそれが嬉しくてなぁ、ガキん時は中ちゃんとしか遊んだ記憶がねぇ。この呼び方をするのは中ちゃん一人だ。これがまずひとつめの理由だな」


秋月は何不自由ない生活があると思っていた松傘にも、苦労があるのだなと思った。松傘は続ける。

松傘「んで、二つめはこの"キ"の書き方だ。この横棒二本が引っ付いて"Z"になってるだろ?中ちゃんは一気にざっと書いちまうから、いっつも繋がってんのよ。何べん注意しても、治らんかったなぁ。」

昔を思い出して、何だか楽しそうだ。


松傘「それと、その当時、"怪盗ゼット"っつー漫画が流行りでな。そいつのサインみたいだって辞めなかったわけだ。これが理由の二つ目だ。」

齋藤はこれを聞いてもまだ不満そうな顔を辞めない。

松傘「それだけの理由なのかってツラしてるぜ、齋藤。」

齋藤の不満も最もだ。だが、松傘には中西をそこまでしても助けたい借りがあった。

松傘「五十年くらい前にな、この松の原には二つの組みがあったの知ってるかい?」

目を閉じ、当時を思い出すようにしてゆっくり話し始めた。

松傘「あの頃は、松傘組ともう一つ平子組ってのがあってな。表では平子商会なんて呼ばれてたな。松の原は六ツ川挟んで、西がうちの島、東が平子の島だったのよ。当時の平子の連中は酷いもんでな、東区民に払えねぇような額で地上げしたり、商売人からは売り上げの何割も削り取るような真似してたわけよ。当時の警察署の署長も抱え込んでるもんだから、一向に改善されねぇんだ。そんなこともあって、よく東区民がこっちに逃げてくる有様だった。それで、東は人が減る一方だった。どんどん人がいなくなるもんだから、平子んとこに入ってくる収入も年々減っていってな。まぁ黙ってるわけもなく、うちに東区民を唆して連れてったって、損害賠償だなんだって騒ぎやがった。区民1人につき百万よこせって言ってきたのよ。」


磨蛇「何すかソレ!くそ〜俺がいればなぁ」

と、自分が生まれてきていないことを悔やむ。居たとしても何ができるのかと同じ考えが生まれる。

松傘の真面目な話の最中なので、誰も指摘しない。松傘が一つ咳払いをして続ける。

松傘「勿論、払う気なんざねぇわな。そうなったら、抗争よ。まぁ結果を先に言うと、うちの勝ちだったんだが、正確には何にもしねーうちに、あちらさんが崩れたんだわ。要するに内部で抗争が起こったらしい。平子のやり方が気にくわねぇ奴が居たんだな。そんな事もあって、あっちゅう間に平子組は無くなったわけだ。元々、松傘組は住民に支持されてたからな、西と東をまとめて、松の原全部を面倒みる今の形に落ち着いたんだな。」ザッと過去の松の原の歴史を説明した。勿論、話は終わりではない。松傘が話したい核の部分はこの先にあった。

松傘「松の原の流れはこれで終いなんだがな、平子組が消えて、数ヶ月後にちょとした事件があったんだよ。俺が家に帰ってる途中で、誘拐食らっちまったのよ。」

さらっとすごいことを言う。

松傘「犯人は、平子ひらこ 逸治いつじだった。性格が牛の糞みたいにネチネチした野郎だったからな。どうにかして仕返ししてやろうと考えてたんだろうな。まだアイツにも二、三人組の奴が金魚の糞してたからな。大の大人、数人相手じゃ俺は何にも出来んかった。車に放り込まれて連れてかれた。そん時一緒に下校しとったのが、中ちゃんよ。急にバンが正面に出てきて道を塞いできてな、俺はその時点じゃ何にもわからんかったんだが、中ちゃんは違った。一も二もなく回れ右して走っていくんだ。俺ぁ置いてけぼりよ、絶望したなぁあん時は、、、

たった1人の友人に裏切られたって、どうしてだってな。でも違ったんよ。中ちゃんはうちと平子の抗争の話を俺から色々聞いてたからな、きっとこんな日が来るかもしれないって想定を何個も用意してたらしいんだわ。その内の一つに俺の誘拐も予想しててな、的中しちまったんだよ。中ちゃんはあの場所からいちばん近い公衆電話まで走って、松傘組に連絡してくれたんだ。小学校の学年フダの後ろに、組の番号と三十円いれてたんだと。それだけじゃねぇ松傘の連中にも、自分が電話してきた時は、キー君の緊急事態だからその時はよろしくお願いしますって話つけてたって。同い年とは思えねぇくらい賢い頭してんだ。この中ちゃんの準備のおかげで、俺ぁ直ぐに組員に助けてもらえたってわけだ。平子も俺も馬鹿みたいな面して、呆けたってたよな。中ちゃんの機転がなかったら、俺は殺されてたよ。平子がそう言ってたそうだ。ガキの頭を家の前に飾ってやろうとしたってな。」

全員が松傘の過去話を聞き、中西というか人物の功績と二人の固い繋がりを理解しつつあった。

松傘「中ちゃんが居なかったら、なかったこの命、俺ぁこの歳まで良い事をたくさん経験できたのよ。お前らにも巡り会えた。この経験は中ちゃんあってこそだ。その中ちゃんが俺に助けを求めてんだ!行かねぇ訳がねぇ!」

ドンと煙管を畳に突き立てる。ぱらぱらと残灰が落ちる。段々と語り口が勢いよく熱を帯びて、飛び出してくる。はぁはぁと息が上がる松傘の後に東城が最後の一押しをする。


東城「先週、俺は中西氏の自宅兼、職場に行ってきた。」

急に確信に近い話が始まる。


東城「結果、誰も居なかった。」

齋藤「家族は?」


東城「中西氏は独り身だ。家族は居ない。最後の身内も、五年ほど前に他界されている。部屋は綺麗に整頓されていた。身の回りの整理をした後のようだったな。そして、これが部屋の卓上に置かれていた。」


内ポケットから、取り出した物に息を飲む。今、松傘から見せてもらった招待状と類似した紙がそこにあった。だが、内容は日本語ではなく外国語で書かれている。それと紙質も違う。どうやら、コピーされたもののようだ。

内容は-dear 姫一 松傘-以外は全く同じだと、東城が説明する。


齋藤「これは、、」

顔が険しくなる。目を通して頭で訳していく。

そして秋月をちらりと見て、


齋藤「中西さんも参加させられたということですか?」

東城「強制か自発的かは分かりかねる。」


齋藤は数枚のコピーを手に取り誰にあてたものか名前を探す。

そこには、-dear Jacob trend Bray-

と書かれていた。

齋藤「ジェイコブ.トレンブレイ、、何者ですか?」

東城に聞く。


東城「彼は、イギリスで有名な資産家のジェイコブ.ハーネス氏のご子息だ。createクリエイトというソーシャル関連の会社を経営している。アプリなんかを開発しているらしい。中西氏はこの会社の顧問弁護士をしていたようだ。」


ここで中西が繋がる。

そこに磨蛇が、

磨蛇「あぁ、だからイギリス人の皮なんすねー」

とさらに繋がりを見つける。以外に頭が回るやつだ、と全員が思った。


齋藤「今、ジェイコブさんの所在は?」

東城「直接、連絡したが、取り合ってもらえなかった。表向きは主張している事になっている。なので、他のルートで調べた結果、彼もまた行方不明だということが分かった。半月ほど前に、新たなプロジェクトを進めると、数名のチームを作ったそうだ。会社を暫く留守にすると言って、ナンバー2に託した。二日目までは、連絡が取れていたが、三日めで消息を絶ったそうだ。上手く伏せいるようだが、裏では身内が金を使い、必死に探し回っているらしい。」


秋月「そこに中西さんも居た」


秋月は動揺を隠せないでいた。今から、自分はこの得体の知れないゲームに参加するのかと。月子の顔がちらついた。


松傘「まぁそういうこった。中ちゃんは確実にこのゲームに参加してる。この皮だって、一ヶ月以内のものなんだろ?だから、まだ生きてる。次は俺が中ちゃんの命を助ける番なんだよ。」

松傘の目がギラリと光る。全てを賭けたような強い意志をこの場の全員が感じとった。

"今度は俺が命を助ける"これがいちばんの理由のように言っていたが、きっとこの人なら昔の親友、ただこれだけでも十分に、手を差し伸べる動機になっただろう。


松傘が体を起こし、正座をする。

松傘「齋藤、これで無理矢理でも納得してくれ。俺の意思は変わらん、巻き込んだお前等や秋月さんには申し訳ねぇが、この通りだ!俺のわがままに付き合ってくれ!命を預けてくれ!」


松傘組のトップが土下座をした。齋藤達、晶までもが目を丸くした。

同期の梧桐が悟す

梧桐「姫一よ、お前が下の者に頭下げたらいかんぞぃ。お前がやれと言や、わし等はやる!そんなことせんでええ。」

磨蛇、善吉も

磨蛇「俺もいいっすよー暇だし」

善吉「押忍!」

と賛同する。

坂井「僕も参加します。珍しいもの見れたし」

と松傘の土下座姿をニコニコ見ながら言う。東海林に関しては、「し、支度をしないと、、」と、早く参加したいようだった。

齋藤は分かってはいたが、松傘のその真っ直ぐな意志を打ち込まれ参加を決意した。

齋藤「親父、出発はいつですか?できれば少し準備がしたいです。」


松傘は齋藤の顔を見て、

松傘「一週間後に発つ」

と告げた。その顔には感謝が滲んでいた。そして、秋月へ


松傘「よぉし!話は着いた。後は各々今手ェつけてる仕事の引き継ぎと、準備をしてくれ。秋月さん、今から梧桐連れて月子ちゃんを大黒病院に移すぞ。梧桐頼む。」


梧桐がおう!と分厚い胸板を拳でドンと叩く。

松傘「月子ちゃんのことなら、ちゃんと面倒見るからな。安心してくれぃ」


と金の差し歯が入った歯を出してニカッと笑った。秋月は、松傘の目に少しの涙が溜まっていることに気づかないフリをした。

秋月はつい先ほど会ったばかりの人に、大事な妹を託していることに不思議と不安がなく、この短い間のやりとりで、松傘 姫一という人物の事が信頼してもいいと思っていた。

人をまとめ上げる才がある人とはこういうことなのかなと感じていた。

その思いもあり、

秋月「松傘組長、それに皆さんも、俺のことは呼び捨で構いません。秋月 蓮太郎です、宜しくお願いします。」

と改めて挨拶をした。

話は決まった。この先何が起こるかはわからないが、後は自分のやれることをやろうと決意を固めた。


梧桐「行くぞぃ、蓮太郎。」

早速、名前で呼ぶ。

秋月「はい!」

とそれに答える。


秋月と梧桐は又ベンツに乗り、月子の居る松の原第一病院へ向かった。



松傘と晶を残し、それぞれが部屋を出ていく。

一気に静けさが、この広い場を後を追うように埋めていく。

晶が松傘の隣に座り、もたれかかる。

居心地いい沈黙。

ここに言葉はいらなかった。


松傘は、煙管きせるにもう一度、火のある草塊をひょいと入れて、ゆっくりとゆっくりと、生きてきた時間を一緒に味わう気持ちで煙を呑んだ。


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