-幸運な者-
徐々に明らかになる秋月が選ばれた理由。これから起こる事は誰にも予想がつかない。してはいけない。
スプリングエラー-spring error-no.2
-幸運な者-
松の原では滅多に見ないベンツSクラスが、二台縦列して走る。先頭車両は、磨蛇の運転で、梧桐が。降車は齋藤の運転で秋月が乗った車両が後を追う。
はせは梧桐たちの乗るトランクに押し込まれていた。
何かのトラブルに備えて、逃げられる様に道順をしっかり憶えなければと考えていた秋月だったが、それは瞬間に消えてしまった。
初めてのベンツ。それもSクラスの超高級車に秋月は五感を刺激されていた。フカフカの高級牛革のオーダーシート。何のためにあるか分からないボダンや装備品が、いちいち凄かった。
二台はしばらく見知った商店街を走った後、平子山へ続く道に入って行く。ここからは知らない景色が広がっていた。
平子山は松傘組-組長の松傘 姫一の私有地だ。
大きくて立派な黒杉の群生地で、松の原の財源として大切にされてきた。
松傘家は代々、黒杉で財を成したと小学校で教わる程、この地区では常識で有名な事なのだ。
町のほとんどの人は黒杉に関わる仕事をこなして来た。勿論、松傘家の仕切りはあるが、町を支えてくれた恩義もあり、松傘組を悪く言う人は滅多に居なかった。
平子山には、松傘家の邸宅がある。組の本店にもなっている場所で、黒杉が手付かずで残っている。
この山では、伐採禁止になっているのだ。なので、一般の人は勿論、業者なんかも、出入りが難しく制限されている。これも、笠の原区民の間では有名だった。
綺麗な舗装された一本道が続く。
道路標識などはなく、道路中央の白線も敷かれていない。
松傘組専用の私道だ。
緩やかな坂を、ゆっくりとうねるようにか登っていく。残念ながら、秋月の意識は外には向いてはいない。
徐々にスピードが落ちていく頃、はっと我に返り周りを見渡す。
屋敷の塀が助手席隣に迫ってきていた。どこまでも続く塀が、その敷地の広さを物語る。
塀の上部は瓦屋根で覆われ、所々に松傘組の紋が彫り込まれてある。しっかりと管理が行き届いているようで、壁は濁りない白だ。足下は苔がびっしり育っていて、歴史の古さを演出していた。塀向こうは、立派な竹が済ました様に顔を出して群れていた。黒松の海に竹林が浮かんでいる様な、とても目の惹かれる光景だった。
この組み合わせは一つの作品の様だなと、食い入る様に塀を見る秋月に感心した齋藤は、
齋藤「綺麗でしょう。専属の庭師が住み込みで管理してるんです。中はもっと美しいんですよ。何年もかけて少しずつ庭を育てていくそうです。」
と興味を沸き立たせた。
突然心を読まれた秋月は、我に返り、緩みかけていた気持ちを改めたて、座り直し前を向く。それを見て
齋藤「初めて見た人は、目を奪われますから」
と気を使った。続けて
齋藤「さぁ、着きましたよ。」
と言って、手を向けた。
立派な門がそこにはあった。何処かの城の城門を思わせる大きさと、豪快さ、その中にとても緻密で繊細な木細工が散らばっていて、秋月の心は一瞬にして刺激の釘で貼り付けにされた。
正面には、切り取られた様な長方形の駐車場があり、ベンツが何台も駐車してある。
立ち尽くす秋月を見て
齋藤「この門は300年近くなるらしいですよ。」
と補足を入れてくれた。少しでも、リラックスさせようとしている様だ。
幼い頃から、松傘のお山話として昔話風に聞いてはいたが、その圧倒的な佇まいに改めて、松傘の歴史と、その凄さを肌で感じた。
ゴトリと門の裏で枷を外す音が聞こえた。
脇にある戸口から、ジャージ姿の二人組がトトトと、出来て左右の門を二人で押し開いてゆく。
齋藤「歴史あるものですから、自動で開く様な事はないんですよ。不格好ですが、昔からこうなんです。」
と、恥ずかしいところを見られましたと言うように、説明をくれた。
重厚感のある二枚の扉がゆっくりと、開く。
まるで、大地の深部でプレートが動き響かせる様な、濃く低い音が、腹の底を揺する。
開く音だけでも、歴史を感じる事が出来た。
扉の向こうには、大小様々な丸石で隙間なく組まれた、屋敷につながる石道があり、その左右に十数人の組員が並んでいた。それを見て
秋月(映画で見たことあるやつだ)
などと、妙に嬉しくなった。
出迎え組が一斉に
組員「お使い、ご苦労様でした!」
と中腰になり頭だけ下げて、迎い入れる。一人ひとり、ドスの効いた声を響かせた。
緩んでいた秋月は、声に押され一瞬固まったが、すぐに落ち着きを戻した。
道場の教えで、何事にもまず冷静にある事。それが第一である。と心身に叩き込まれてきた秋月には、いつものことだった。
「こちらへ」と誘導する齋藤の後を歩く。後ろから、磨蛇と梧桐も続く。
一人の組員に梧桐が、
梧桐「土産は車ん中じゃ。三人で行ってこい。」
と伝えた。秋月が振り返ると、車からはせが引きずり出されている。何やら声を上げて抵抗しているが、両手足を縛られている上、大人三人には敵うこと無く、あっけなくどこかへ連れていかれてしまった。騙された相手とはいえ先の事を考えると、少しだが心が痛かった。
建物や映画の様な光景に、興奮したのは一瞬で、組員が囲む道は、よそ者を歓迎しないピリピリと緊張と警戒した空気が流れていた。
自然と秋月も、軸を意識した歩きになってしまう。いつでも突きや蹴りが出せる体制だ。
そんな、ピンと張った障子紙の様な空気を、後ろに居た磨蛇が破った。
磨蛇「いやーお迎え、お疲れさん。前から、迎えの中を歩って見たかったんすよねー親父やってるの見て、良いなーって」
頭の後ろで手を組んで、気持ちが良さそうにさ反り返って歩く。横にいた梧桐は
梧桐「アホタレ!お前一人の使いだったら、だーれもおらんわい。下っ端んくせに図々しい奴じゃなぁ」
と楽しそうに指摘した。
現に迎えの中には、磨蛇よりも歴の長い組員が何人か居た。
鋭い眼差しが、磨蛇へ向かっていくつか飛んでいる。
それを気付いてないのか、肝が座り過ぎなのか、気にもせず歩いている。
本邸の玄関先に数人が並んでいるのが見えた。
恐らく、黒杉であろう立派な光沢のある杖をついている老人。
唐じしと牡丹柄の墨染めの着物をシュッと着こなした、和服の女性。
黒のスーツをきっちりと着ている大柄な男性の三人だ。
一目見て秋月は、あの老人が松傘 姫一本人なんだと悟った。
見た目は確かに老人だが、そのたち姿や眼光は、群を抜いて際立っていた。見えるわけではないが、体から覇気が吹き出している様なイメージだ。
これが松傘のトップなのだ。気がつけば、歩く足が止まってしまっていた。
立ち止まる秋月に向け、左右の二人が深くお辞儀をした。一瞬、誰に対してか分からなかったが、来客が自分であると慌てて頭を下げた。
そのやり取りを見ていた松傘 姫一は、
口の端をキッと上げて、笑った。
後ろから梧桐が叫んだ。
梧桐「おう!姫一ぃ無事にかえったぞーほれ見ろ!きちんと使いはできたじゃろう」
と、これ又嬉しそうに報告した。磨蛇も
磨蛇「親父ー凱旋っすよー。が、い、せ、んー!」
と叫ぶ。
梧桐「お前、よーそんな言葉知っとるな」
磨蛇「意味は知らねーっす」
などと、可笑しなやり取りをしだした。
秋月は、梧桐が松傘 姫一を名前で呼んでいる事に混乱していた。そこに、すかさず齋藤が
齋藤「親父と梧桐さんは同期なんです。昔から、あんな感じで。」
と疑問を片付けてくれる。
成る程と思いつつ、齋藤の感の鋭さに感心した。
気がつくと、松傘の横にいたスーツの大男が目の前まで詰めてきていた。
東城 ハリオマ。彼は、ブラジル人の父と日本人の母を持つ、ハーフだ。父が母親の実家に嫁ぐ形で結婚した。
肌の色とガタイの良さは父親譲りで、目鼻立ちは、日本人の様な素朴な作りをしていた。目前にすると、とてつもない圧迫感が出ているが、優しそうな表情で怖さはなかった。寡黙な印象だ。
秋月本人も185センチと身長は高い方だが、見上げる形になってしまう。2メートルを少し超えているだろうか。近くに立つと、その大きさが確実に実感できた。
最初に
東城「東城です。」
と秋月に短い挨拶をしてから、齋藤に
東城「荒らしの件まとまってるか?」
と大きくゴツい手を出して、何かを要求した。
齋藤「東城さん、出迎えなんて良かったんですけどね」
と言って、USBを渡す。
齋藤「荒らしのリーダー格だけ連れてきました。詳しい話は、よく聞けていないんですが、恐らくは単独でしょう。バックがいる感じじゃなかったです。」
続けてバツが悪そうに
齋藤「後の二人はいつもの病院に、、、すいません」
と頭を下げた。
磨蛇と梧桐が、またやらかした事を察して、何も言わずに小さく頷いた。
そして、
東城「ご苦労。引き続き頼む。」
と労った。
秋月のほうをちらりと見ると、行儀よく軽く頭を下げ、松傘の元へ戻っていく。短くやり取りをして、首や腰、肩を折りたたむ様にして、玄関奥に消えた。
残った松傘は、
松傘「齋藤、帰って早々で悪ぃがな、わしの部屋に全員連れて来てくれ」
と言い、それから秋月へ視線を移し、
松傘「良く来てくれた」
と言うと、杖を肩に担いで入っていった。
あとを追う様に、着物の女性も、にこりと微笑み、軽く会釈をして後に消えた。
未だに事情が。何もわからない秋月だったが、歓迎されている事は理解できた。
松傘がその場から居なくなると、出迎えに居た組員達が、各々の仕事に戻って行った。齋藤はその中に居た数名を呼び止めた。
齋藤「善吉、東海林、坂井。お前達は一緒に来い」
と名前を呼んだ。
列の中から、「押忍!」という元気なものと、返事なのか、相づちなのか、そもそも返事をしたのかわからない様な、バラバラな返しが戻ってくる。
組員達がはけた後に、三人が残っていた。
善吉-苗字不明-は短髪、スポーツ刈りの真っ赤なジャージの男。体格は小さいが、肩幅や腕周りは太く、梧桐を少し小さくコンパクトにした様な感じだ。ホームレスだった善吉を梧桐が組に入れた。当時の事は、覚えていないのか、話したくないのかは謎だが、語ろうとしない。名前も梧桐が与えた。
東海林 貴美は驚くほどの猫背で、髪は白髪混じり長髪のボサボサ頭。顔が隠れて良く見えないが、髪の間から、きらきらと瞳の光が時折覗く。笑っている様にも見えるし、歯を食いしばり憎悪に満ちた表情にも見える。袖から出る手は、骨ばって長く、不気味に揺れていた。男だが、魔女の様だ。
坂井 卓美彼の髪も長髪だが、綺麗に後ろで束ねられており、東海林の横に立つと、清潔さがより際立っている。が、格好は群を抜いて奇抜だった。スーツの下に、カラフルだが、素朴な麻織りの民族衣装の様なものを着ていて、苔の様な、香木のような柔らかい香りを漂わせる。首には厚手の深緑の長織りが巻かれており、金色のいくつかの円と中心にばつ印の様な形が組み合わさった、複雑なネックレスをしている。これが、一般市民だったとしても、とても風変わりに見える。表情は穏やかに、微笑んではいるが、何を考えているか読みにくい。
とにかく三人とも、アクの強い個性を歪に形作っていた。
自分を含め、齋藤、梧桐、磨蛇の四人に、善吉、東海林、坂井が加わった。
揃ったことを確認した齋藤は
齋藤「では、親父の部屋に移動しましょう。こちらへ」
と秋月を誘導した。
玄関に入ると、左右正面と木目と光沢が美しい廊下があり、左の廊下がとても真っ直ぐ正直に伸びている。建物の中から、中庭を二等分する形で外に続いており、淡い光が差し込んでいた。
松傘の部屋は、この廊下の先にある、離れだ。
中庭は竹の他にも、ハナミズキや牡丹が、苔の生やした岩岩に囲まれ、それぞれが美を咲かせていた。芝や小さな石、砂利や白砂といった細かなところまで、全て計算されて組み合わさり、見事な作品になっていた。
秋月はこの庭の風景に、廊下を歩く数十秒間、意識を全て預けてしまう。
部屋の前まで来たことに、気がつかないほどだった。
齋藤が、
齋藤「秋月さん、ここが親父の部屋になります。我々も正直なところ、しっかりとした説明は受けておりませんから、一緒に聞く形になりますので。」
と困った様に告げた。
一枚目の襖を開けると、一段上がった形で離れの床があった。杉の良い香りが漂ってくる。
齋藤「ここで、スリッパを脱いでください。ここからは、畳なんですよ。」
と説明する。
すると、シュルルルと滑らかに襖が 開かれた。
先程の着物の女性が開けてくれた。近くで見るととても綺麗だ。整えられた眉と、目尻がすっと尖った黒のアイシャドウの乗った鋭い目、通った鼻筋がバランス良くあった。女優みたいだ。女性は、
晶「松傘の妻です。晶と申します。」
と、三つ指をついて流れるように頭を下げた。秋月も名乗って、頭を下げる。
晶「どうぞ、中へ。」
と言い、道を譲るように身を引いた。
その先には、何帖あるのか見当もつかない広いお座敷があった。一斉にい草の香りが舞い上がる。
秋月はこんな部屋が本当にあるのだなと改めて、松傘組の規模を知る。
正面奥に舞台のような空間があり、そこに、松傘が肘掛にもたれかかって、膝を立て座っていた。
左右には人が三人は入りそうな、大きな丸々とした、紺色と灰色、二層に色が別れた壺が堂々と立ち並んでいる。中には蕾や小さな赤い花をつけた枝木が飾られていた。
松傘の後ろには、これ又大きな屏風が置いてある。
銀色の毛並みの角の生えた、見たことのない獣がこちらを睨んで構えている。とても迫力がある屏風絵だ。
天井には、真っ赤な鱗に包まれた見事な龍が、雷黒雲と共に渦を巻いて、天を泳いでいた。
この部屋だけでも、文化遺産になりそうな、贅沢な造りをしている。
中程まで入ると、金糸で刺繍されたボリュームのある座布団が横一列に七枚敷かれていた。
このまま座って良いものなのかと、立ち尽くす秋月。
すると、後ろから晶が
晶「どうぞ、お座りになって下さい」
と促した。
秋月は一番端に座ろうと端に寄って行ったが、梧桐に襟首を掴まれる。
梧桐「兄ちゃんは、客人だろうが。ここに座れぃ」
と真ん中に押し込まれた。そして、隣にドスンと梧桐も座る。
他の者も左右にドカドカと腰を下ろしていく。
あっという間に、挟まれる形に落ち着いてしまった。先程の中庭に見入っていた時の気持ちが一気に押し潰され、緊張感が部屋を満たす。
正座をして背筋を伸ばす秋月に、先程から静かに笑い、沈黙していた松傘が口を開いた。
松傘「そんな固くなるな、客人よ。そいつらみたいに崩してくれ。俺はかしこまった席は、苦手なのよ。」
と言いった。
周りを見ると、各々が楽な姿勢で座っている。ほとんどは、あぐらをかいているが、磨蛇と善吉は違った。ジャージの善吉はぎちっと正座をしている。背中が丸まってるせいか、なんだか硬そうで小さな岩の塊のようだ。
磨蛇に関しては、右膝を立て、そこに手をかける。後ろに反る形でもう片方の手を支えにして気だるそうに座っていた。なんとも対照的だ。
秋月はそれじゃあと、あぐらになった。それを見ながら松傘は、煙管に葉っぱを詰め、脇にある火鉢から赤々と火の入った草塊から少しだけ火箸で掬い、煙管に移す。それを咥えて深く吸い込む。
ふはぁと口を離すと、口と煙管の頭から煙がたった。そしてまた、にやりと口元が笑う。
たちまち秋月達の方にも煙が寄ってくる。いくつもの漢方薬と秋の枯葉が入り混じったような不思議な香りがした。
秋月は嫌いではなかった。
煙に巻かれた磨蛇は、ゲホゲホと咳き込み、
磨蛇「マジで駄目、この匂い、、死ぬ」
と相当に苦手なようだった。
それを見て楽しむように、もう一度深く吸って、今度は明らかにこちらに煙を吐いた。視界が白く濁る。
右隣から、
磨蛇「あーもう本当無理っていってんじゃん!晶さん窓開けるっすよー」
と、スタスタと襖窓の方へ駆け寄ってガタガタと開けていく。
その間、松傘はあははと笑う。晶も口に手を当てクスクス笑っている。そして、
松傘「あんたは、匂い大丈夫かい?」
と秋月に問いかけた。
秋月は、
秋月「俺は、この匂い嫌いじゃないです。なんだか懐かしい気がします。」
と答えた。
松傘は満足したようにまた、あははと笑った。
隣にいた齋藤は、
齋藤「あいつ等は、いつもコレで、からかわれてるんです。」
と一通りの流れで説明をくれた。
秋月は(あいつ等)という言葉が気になり、隣をみた。
激しく咳き込み、文句を言いながら窓を開ける磨蛇。その隣の善吉を見ると、硬そうな正座が力んでいるのか、更にガチガチになりプルプルと震えていた。顔を見ると提灯のように真っ赤に染まっている。
息を止めているのだ。
善吉もこの匂いが苦手のようで、毎回こうして息を止め、頑張っているのだという。
左右の窓が開けられ、程よい風が部屋を行き来する。ゆっくりと煙が薄く溶けて消えた。
ぶはあぁあと息継ぎを始めた善吉は何とか乗り越えたらしい。
窓を開けて、戻ってきた磨蛇は、
磨蛇「オメーも駄目なら、窓開け手伝えよ」
と、善吉の頭を小突いた。
善吉は、
善吉「組長さんの前でジタバタできない!親父にも恥をかかせる」
と強い意志をハキハキと大声で言った。どうやら、松傘を組長さん。名付け親の梧桐を親父と呼んでいるらしい。
磨蛇「俺が窓開けなかったら、オメーは一生息止めてんのかよ。それで死んだ方がよっぽどアホだろ」
と正論を言って腰を下ろした。
このカタギの人達らしからぬ和気藹々とした雰囲気に、少し気が緩んでいたが、秋月はこの空気を切った。
秋月「松傘組長、どうして、ここに連れてこられたんですか?俺がここにいる理由を教えてください。お金を貸していただけるのであれば、我慢は出来ます。」
と真っ直ぐに伝えた。
その意志を聞いた松傘の目は、最初見たときの鋭く嫌儲な目に変わっていた。そして、
松傘「我慢ね、、」
と切り取って呟く。甚平の懐から、何やら紙を出した。
少し大きめの白い便箋だった。
それを、パンと目の前にメンコのように叩きつけ、秋月に言った。
松傘「お前さんには、俺たちと一緒にコレに参加してもらいてぇんだ。」
事情を詳しく知らない他の六人も、封筒に目をやる。
松傘は顎に手をやり、思い出すようにぽつりぽつりと説明を始めた。
通知が届いたのは二ヶ月前の事。消印も押されていない、白色ベースの少し大きめの封筒に、金の飾り模様が隅に縁取ってある手紙が、郵便受けに他の請求書なんかと混ざっていたという。
昔、西洋で重要書類などを閉じる際、真っ赤なロウを垂らして、紋章が付いた鉄印を押し付けて封をするやり方で閉じてあった。なので、複数枚の中で、際立って目立っていた。
秋月もこんなロウで封された手紙を見るのは初めてだった。
この見た目だけでも、明らかに奇妙だ。日本で、配達される類の手紙ではなかった。
秋月は何も分からないが、少し前に出て、その手紙を手に取った。
表には-from 姫一 松傘-とだけ、中心に書かれている。インクをペンにつけて書いたのか、文字の太さが箇所箇所で異なっていた。大きさは整っており綺麗な文字なのだが、丁寧に慎重に書かれた感じがした。まるで、覚えたばかりのものを書いたようだ。
続けて、裏を見ると右下隅に-desire game-"M"と走り書きしてあった。こちらは手慣れた、いつも通りのサインといった感じだった。
中身を見ようと開けた箇所を探す。
ロウで閉じられた所からではなく、その上をカッターで綺麗に切り開かれていた。
封筒の口を開け覗き込む。
一枚半分に折りたたまれた厚みのある高級な便箋が入っている。取り出して広げる。
〜Invitation to theMeaningless game to be sent to the lucky those who〜
と書かれていた。
秋月はよく意味が理解できない。横からすかさず齋藤が、
齋藤「幸運な者達へ送られる意味のないゲームの招待状。まぁ直訳するとこうなりますね。封筒のdesireは欲望とか、強く望むとかですかね。Mはイニシャルでしょう。我々も知らされているのはこれだけで、後はさっぱりなんですよ。」
と教えてくれる。日本語訳を聞いても、分からない。というより、更に謎が謎を引き連れてきた感じだ。
秋月「欲望、、ゲーム」
と口の中で繋げて呟いてみても、疑問が膨らむだけだった。そんな様子を見て松傘は、
松傘「まぁそうなるわな。詳しい事は、今から東城が説明するからな。おい、東城」
と自分達へ向かって呼ぶ。
違った。その更に後ろの隅に、東城が綺麗な正座をして、小さな座卓の上にあるノートパソコンを打って作業していた。
音もなく立ち上がり、歩き出す。歩くたび畳にギシギシと足が沈む。
先ほども見てはいるが、遠目でも大男だと分かる。近づいてくると、それを遥かに上回る巨漢だ。
松傘の隣までくると、
東城「失礼します。」
と頭を下げ、静かに正座した。
そして一泊おき、話を始めた。
東城「親父に変わって、私が話をする。まずは一通り話しをする。黙って聞け。特に磨蛇、善吉は、いちいち浮かんだ疑問を叫ぶのは禁止だ。話の腰をおるのはよせ。分かったか?」
と二人には特に釘を刺した。
磨蛇は、
磨蛇「了解っすー」
とケラケラと笑う。
善吉に関してはブンブンと頭を上下に振り合図を送る。どうやら、もう黙り始めたようだ。
それでは、と話し始める。
東城「まず、二カ月前、親父の離れの郵便受けにこの手紙が投函されていた。差出人、不明。どこから届いたのかも不明。そして、重要な内容だが、これもよく分からなかった。しっかりと理解はできていないが、簡単に言うと-ディザイアゲーム-というものに、参加をしてくれないかという頼み状だと考察した。今から、手紙に入っていた残りの二枚を読む。」
と言い、背広の内ポケットから、のこりの便箋を取り出した。手紙は全部で三枚あったようだ。
それを開き、話を続ける。
dear 姫一 松傘
1.この手紙は-desire game-の招待状になります。
1.この手紙は、会場入りするためのチケットになります。
1.この手紙は、エントリーする為のIDとなります。
1.この手紙は、選ばれた幸運な者に送られます。
貴方様の救いの手があります事を、スタッフ一同、心より願っております。
"M"
と、淡々と一枚目を東城は読み上げた。それだけ?と誰もが思った。
磨蛇「それだけっすかぁ?」
彼は声に出てしまった。東城が静かに磨蛇を見る。
「あっ」と苦笑いをして、黙る。
東城は、三枚目を上にして続けた。
【報酬額-スケジュール】
*参加表明
[同封されているポストカードを投函して下さい。エアチケットが返送されます。]
[$ 4,500]
*会場入り
[終着空港にて、案内係が待機しておりますので、指示に従って会場へお越し下さい。手紙をご持参ください。]
[$ 10,000]
*-desire game-の説明
[ここから先はゲームクリアされるまで御帰りになれませんので、ご了承下さい。説明を聞かずに、会場入りのみでも、可能です。手紙をご持参ください。]
[$ 10,000]
*TEST
[ゲーム参加資格取得テストを行います。いくつかの実地が行われますので、動きやすい服装をお持ち下さい。尚、テスト不合格の場合、ゲーム終了まで拘束させて頂きます。御理解お願いします。]
合格者[$20,000]
不合格者[拘束]
*-desire game-
[チュートリアルは終了です。ここからは、あなた様のご活躍に期待しております。]
ゲーム内での報酬額は変動します。
[$50,000〜]
報酬はその都度、お振り込させていただきます。
ゲームクリア後は現地解散となります。
幸運なあなた様に更なる幸運があることを願って。
"M"
東城はふぅと強く重たいため息をした。
東城「これが手紙の全文だ。」
全員が黙った。磨蛇が唯一答えがわかった問題に元気よく手をあげる小学生のように、手を伸ばして東城に、アピールする。
東城「良いぞ、何だ?」
磨蛇は嬉しそうに、
磨蛇「話、大体分かんなかったっすけど、その何ドルってやつはもらえるって事っすよね?幾らなんすか?ねぇ齋藤さん」
と、齋藤の方を見る。齋藤はメンドくさそうに、
齋藤「まぁ今の為替が分からないから、正しくは言えないが、一番安い4500ドルは大体、日本円で五十万くらいか。」
磨蛇「えっ!五十万!?まじっすか?やるって伝えただけで五十万貰えちゃうんすか?」
と興奮している。
磨蛇「東城さん!やりましょっす!参加しなくても良いんすよね?とりあえず、五十万貰うんすよ!」
横槍を入れたのは梧桐だ。
梧桐「あほぅ。そんなうまい話あるわけないじゃろ。だからお前は、どーでも良いもんに金使って、いっつも金欠なんじゃろーが」
何事にも梧桐側につく善吉は、
善吉「さすが、親父!その通りだ!」
大きな声で背中を押す。
それに対して磨蛇も答える。
磨蛇「梧桐さん、変なとこ慎重っすよねー人生は、冒険すよ。ぼ、う、け、ん。後、テメーは黙ってろ」
善吉に言う。そこに齋藤も話し始めた。
齋藤「正直言って、何かのいたずらか、松傘を潰そうとする誰かの罠というのが、妥当ですよね?勿論、親父も東城さんも、こんな見え透いたものに関わるつもりはないんですよね?」
隣にいる坂井が口を挟む。
坂井「いやいや、齋藤君。その質問は答え出てるでしょう?答えのわかっている事を、他人を通して再確認しても、何にも変わらないよ。色も形もさ」
ニコニコと畳の目を指で引っ掛けながら齋藤を見ずにい言う。
齋藤「いや、しかし」
言いかけて黙る。松傘 姫一が、この場に関係のない秋月や自分達を呼び集めた時点で、それだけで参加表明なのだ。齋藤は分かりつつも、理解ができず、この問いを投げて確かめたかった。
そんなやりとりの中、磨蛇はまだ五十万の話をしている。松傘が声を出す。
松傘「まぁ、落ち着けよ齋藤。お前の言いたい事は十分に分かってる。わかってるんだがな、俺は、こいつに参加する。もう返答はした。東城頼む。」
続きを引き渡す。齋藤は見たこともない、間抜けな顔をして、固まってしまった。
東城「添付されていた、ポストカードを返信した3日後に新しい手紙が届いた。中には航空チケットと4500ドルの小切手、追加の指示書が入っていた。小切手っては問題なく換金できた。」
磨蛇「えっマジで金貰えたんすか?」
目がキラキラしている。
齋藤「そんなもの、益々怪しさが増しただけじゃないですか!親父!」
齋藤は組みや、松傘の身を案じて感情を出す。
松傘「まぁとりあえず、最後まで話を聞けよ。齋藤」
とこちらは、腹をくくったのか、元より芯が強いのか、とても冷静だ。
東城は続けた。
東城「二通目の指示書には、参加する人数と参加方法がかいてあった。どうやら、チームで動くらしい。まず代表として親父。これは、向こうの指示で決まっていた。残りの枠は八人。俺を含めてここにいる、齋藤、梧桐、坂井、東海林、磨蛇、善吉、そして秋月さん。この八人に決まった。」
秋月は堪らず、
秋月「これに参加しろってことですか?でも、どうして僕なんですか?」
当然の疑問をぶつける。すると、横の齋藤が、
齋藤「それも、指示書に書いてあったということですか?」
東城がそうだ。と言って続ける。
東城「だか、秋月さんが指名されていたわけではない。指示書には、[必ず組織以外の一般人を1人、メンバーに加える事]となっている。秋月さんを選んだのは、親父だ。」
秋月は半分理解ができたが、残り半分の答えを求めるように、松傘 姫一を見た。その視線に答える如く松傘が口を開く。
松傘「一般人ちゅー事だったからなぁ。思い当たる伝手もなけれりゃ、こんなもんに、巻き込んでも大丈夫な奴なんて、俺ぁ知らねぇ。どうするかって考えてた時、お前さんをなびき町の商店街で見つけたのよ。」
(なびき町の商店街、、、)
場所を思い浮かべた秋月は、すぐになんのことか理解した。自宅と妹のいる病院から、3ブロックも離れた商店街だ。松の原では、治安が悪い事で有名で、よっぽどがない限り足を運ぶことがない。
数週間前に金を借るのに、指定された場所だった。
その時、喧嘩の仲裁をしたのだ。
喧嘩といっても、ホステスの女性が複数の男達に囲まれ、何やら言い合いをしていた。店での飲食代を巡って揉めているようで、どうやら客の男が支払いを無視して帰ろうとしているところを、女が止めていた。男達は如何にもな見た目のチンピラだった。
必死に頼み込む女を馬鹿にするように、ケタケタと笑いながら、「うるせぇな馬鹿」だの「競馬が当たったら払う」だの全く当てにならない返答をしてからかっている。女は既に泣くのを我慢しているのは明らかで、目元には涙が溜まっている。
すると、唐突に一人の男が突然、女に強引にキスをした。もちろん精一杯に抵抗しているが、酒も入っていたのだろう。一気に盛り上がる男達。その中に呑まれていく、力のない女。当然敵うはずもない。ジタバタはしているが男達は気にも留めず、更に熱が上がっていく。拒絶の言葉が悲鳴に代わる。しかし、騒ぎは治らず、口を塞がれ路地裏に担がれ、連れていかれそうになった。
それを止めたのが秋月だった。
(あれを見られていたんだ)
その憶測通り、その現場に松傘と東城がいたのだ。
松傘は嬉しそうに、
松傘「その顔は思い出したな。こいつは、チンピラ四人をあっちゅー間に沈めたのよ。そん時、こいつだってココが、ざわつきやがったってわけだ。」
そう言って、心臓辺りをぐっと掴んで、口の端をあげ笑う。
秋月は必死に否定をする。
秋月「あれは、たまたまあの場にいて、たまたま運良が良かっただけで、、」
そんな無理がある偶然話しを押し通そうと頑張ったが、松傘が追い込む。
松傘「そうかい?俺はそんな風には見えなかったなぁ。運良く、一人一発で沈められるとは思えねぇ。偶然じゃ全く不可能だろうな。あの動きは、相当に鍛えた野朗の身体の使い方だった。磨蛇、善吉、おめぇ等おんなじ事、出来るか?」
と、二人に質問する。
磨蛇と善吉は少し考えて、
磨蛇「一発で意識飛ばすって事っすよねー?ワンパンってのは、俺は無理っすねー。膝狙って、動けなくするとかならよくやるんすけど」
と、自分の実力を素直に分析した。
善吉は、
善吉「自分は対一だったら、可能性はあると思います。しかし、相手が四人となると自信がありません!」
と、なんだかとても悔しそうに答えた。
松傘は秋月の方を見て、ほれみろというような顔をして、頬づえをつき
松傘「だよなぁ」
と呟く。
松傘「うちでそんなこと出来そうな奴は、東城と梧桐くらいなもんだな」
と二人の名前をあげる。梧桐は、がははと笑い、
梧桐「わしだってそう上手くはいかんぞ、姫一よ。」
と意外にも謙遜する。すかさず、善吉が、
善吉「親父なら、一撃で四人まとめて薙ぎ払えます!」
と太鼓判を押す。無茶言うなと、嬉しそうに梧桐が答えた。
東城は、
東城「あの場を見ていた者の意見としては、彼の動きは一喜一憂にできるものではなかったと言う事です。もし、突然あの場面が訪れたら、私には、難しく思います。」
はっきりと松傘を見て言い切った。
磨蛇「いや、いや。東城さんだったら、睨み効かせただけで収まるっしょ」
と磨蛇が笑いながら指摘する。
同じく、笑いながらもう一人。変わった装いの坂井が、
坂井「親父さん、それなら僕が出来るじゃないですか」
と磨蛇のサッパリとした笑い方とは違う、怪しさを隠しきれないニコニコ顔で名を挙げた。それに対して、
松傘「おめぇは毒だなんだって、使うんだろ?そちらさんのは、全然に別物なんだよ。」
と、坂井を切る。
坂井「結果は一緒なんですけどねー」
とニコニコかわした。
さらりと飛び交う物騒な会話に、今いる場所を思い知される。
松傘が話を戻す。
松傘「まぁ一目惚れってやつよ。それで、東城に色々調べさせたら、うちの名前使って金貸ししてる奴等から金借りてるって話じゃねーかい。あいつ等は芋づるで掛かったのよ。まぁオマケだな。それから、月子ちゃんの事も悪ぃけど調べさせてもらった。」
妹の名前が出た瞬間、秋月の目が尖る。東城が少し腰を浮かせて、いつでも間に入れるように身構える。
松傘はまぁまぁといった風に続けた。
松傘「別に月子ちゃんで脅すなんてことはしねぇよ。病気、難しいモンなんだろ?今も手術が止まってるって話じゃねーか。それを何とかしてやろうって事だよ。うちが管理しとる病院がある。大黒病院。知ってるかい?あそこで月子ちゃんを引き取って、必要な治療受けさせてやる。そん代わり、お前さんが、俺達とこれに参加してくれって事だ。どうだ?悪ぃ話じゃねとは思うがな。この、何とかって言うゲームは危ねぇ匂いしかしねぇが、あんたの目的に対する意志の強さと、その格闘センスがありゃあ、何とかなる気がするんだわ。勿論、こいつで稼いだ報酬って奴はきちんと山分けだ。後の生活に使やいい」
この申し出は、秋月にとっては最高の好条件だった。月子の手術費用はこのままの稼ぎでは一生かかっても、賄えない事は自分が一番よく分かっているからだ。
秋月は正直、直ぐにこの条件を飲んで、月子の手術を再開させたかったが、一つ不安要素があり返答に困っていた。それをゆっくり言葉にする。
秋月「松傘さん、、ありがとう、ございます。この話、受けます。やらせて下さい。」
松傘「おぉそうかい。そりゃ有難いんだがなぁ、本当に良いのかい?どうなるかは、誰にも想像つかねぇ危ねぇ綱渡りだぞ?」
秋月の即答に少し虚をつかれた松傘は、つい揺さぶるような事を言ってしまった。
松傘「それにお前さん、その決断と表情が全く噛み合っとらんぞ。何かあるのかい?」
浮かない表情の秋月が口を開いた。
秋月「お願いがあるんです。」
松傘「頼み事かい。なんだ?」
秋月「俺が、もしこのゲームで死ぬような事があっても、月子を見捨てないと約束してください。最後まで治療して下さい。お願いします。」
土下座をして頭を下げた。
そこに熱い男、梧桐が叫ぶ。
梧桐「そんな投げ出すような事は、絶対にせん!させん!だから、安心せい」
何だかこの人の言う事は、真っ直ぐて信じられるような気がした。松傘も、
松傘「まぁそう言う事じゃ。俺達がいない間、妻が通って面倒みるからな」
晶は秋月にニコリとするが、何処と無く悲しそうな表情をする。やはりこの参加が不安のようだ。松傘も承知の上で思いを話す。
松傘「正直、こんな得体の分からんもん俺は関わりたくねぇ」
齋藤は(じゃあどうして)と言うような顔を向ける。
松傘「だか、参加しなかきゃなんねぇ理由がてきちまった。中西がコイツで飛んだ。」
と、封筒を足蹴にしる。
松傘「金なんかにゃ興味がねぇ。況してや、こんなゲームなんてモンには目も送るつもりもねぇんだよ。ただ、中西を助けてやりてぇ」
そう言って、手紙を一通ポンと投げた。
先程の招待状とは異なり、薄緑の封筒だ。一度握りつぶされたようにクシャクシャで黒いインクが擦れたような跡が所々ある。右の角には小さな穴まで空いている。よくこの状態で届いたなという印象を受けた。
松傘の言った、中西を助けると言う言葉の意味がわからないまま封筒の中身を見た。
中には濃い土気色の厚みのある布が一枚入っていた。見た目はボロボロだが、綺麗に正方形に採寸されている。(何だこれ?)そう思いながら、秋月はつまむ形で取り出した。
松傘が言った。
松傘「それなんだがよ。」
スッと声のトーンが変わる。
松傘「人の皮、、なんだとよ」
秋月「は?」
空気が一気に避けた。