スプリングエラー
近年の作品はあっと驚くような設定の物語が数多く、その魅力的な内容に引き込まれては、僕自身も何か話を生み出したいと、常日頃考えいてました。この話のジャンルはサバイバルミステリーです。
文章力が乏しいく、読みにくいとは思いますが、目を通していただけたら幸いです。
スプリングエラー
-Spring error-
「初めまして」と初対面の人を相手にした時に、あなたなら何を思うだろうか?見た目が自分の好みだとか、そうでないとか。優しそうだとか怖そうだとか。「初めまして」なのだから、第一に見た目の感想が多いのは当たり前だ。
だが、秋月は必ずその人がどういう悪人なのかと考えを巡らせてしまう。善人か悪人かではなく、どのタイプの悪人なのだと。
何を思い、自分の利益のために相手をどうやって陥れようと企んでいるのか。それを見極める為に相手を慎重に観察する。
これだけ聞くと、相当な捻くれ者か、性格が悪いのか。異常なまでの人間不信か。とにかく印象は良くはないだろう。
彼だって、少し前までは-普通-だったのだ。
しかし、今は常に考えてしまう。ある出来事で変わってしまた。
これはもう、死ぬまでそうなのだろう。
彼は、記憶から一生消えることのない体験をした。まるで、その出来事をびっしり書かれた何かを脳のあらゆる箇所に縫い付けられ、絶対に忘れることができないようにされたようだった。大袈裟だと感じるかもしれないが、表現としては適切なのだ。考えもつかないような出来事で溢れる世界。それらに触れるきっかけは、至る所に潜んでいるのだ。
-選ばれた男-
秋月が初めて彼らに出会ったのは9月の終わり頃だ。場所は彼が生まれる前からある、-ヨアケビル-の一室だった。そこはあまり人の出入りはなく、中の店舗はやっているのか、何を売っているのか定かでない店がパラパラと入っていて、残りの店舗は名前を聞いたこともないような金融会社だった。いわゆる闇金というやつだ。
その中の1店舗に-ひまわりファイナンス-がある。もちろん名前のような明るいイメージはあるわけが無い。闇金なのだ。
アルバイトの俺にまともに金を貸してくれる金融機関があるわけもなく、秋月はそこから500万もの金を借りていた。そして、返済しに来たわけではなく、借りているのに更に300万の融資を受けたいと頼みに来たのだ。
勿論、そんな頼みが受け入れられることはなく罵声、怒号が5畳ほどの狭い部屋に響く。
この部屋にいるのは秋月を省いて3人。
まさし、とし、はせさん。3人はお互いをそう呼び合っていた。偽名のようだ。3人とも上下をダボダボとしたドレスシャツとパンツで、シャツは白地や黒のベースに、真っ赤や目が痛くなるような黄色のカラフルな花やら、髑髏やらの柄が散らばっている。黒光りしている先の尖った革靴を履き、手首や首にはジャラジャラと金や銀のチェーンをぶら下げてある。典型的なヤクザの下っ端が映画から出てきたような、そんな見た目で、歳は30前後くらいだろうか。
はせさんと呼ばれている男がリーダー格でまさしととしが付き人のようだ。
はせ「秋月さ〜ん。やっと今月分の返済に来てくれたと思ったのにさ〜、何よこれ?」とダルさの中に苛立ちを混ぜてだらっと話す。
手には俺が持ってきた300万の融資希望の嘆願書を摘んでヒラヒラと見せつける。
それに同調するように左右のまさし、としもこちらを睨んでくる。としに関しては、目が落ちそうなくらい見開いて顔を覗き込む。
秋月「今月分はすいません。急な手術が入ってしまって、残すことができませんでした。今もまだ途中で、、これを払わないと続きを受けられないんです!お願いします!300万貸してください!」
頭をこれでもかとばかりに下げる。
その上で、はぁ〜と長く苛立った、たため息がタバコの煙と渦巻く。そして、はせの口調が変わる。
はせ「おい、秋月よ てめーは馬鹿か?返済も満足にできてねーやつに追加でか貸すわけねーだろ!手術なんてこっちはカンケーねーし、どうでも良いんだよ!とりあえず16時までに金持ってこい!」
部屋いっぱいに怒りが響く。
秋月「来月まとめて払います!お願いします!お願いします!」
ここで食い下がるわけにはいかないと頭を下げ続ける。それを見たはせは、更に怒りが増したようだ。ダンッ!とアルミ製の机を蹴りつける。その箇所は既にベコベコに凹んでいて、怒りをぶつけるいつもの場所のようだった。
はせ「舐めてんじゃねーぞ!こらぁ!くだらねーこと言ってねーでさっさと金持ってこい!」
更に部屋いっぱいに声が破裂する。
他の2人も続けて怒鳴る。
秋月「お願いします!」
秋月は跪き頭を床につけて土下座をして、もう一度「お願いします!」と叫んだ。
そんな最中、別の部屋ではこんなやり取りがあった。
磨陀「あーぁあいつ、土下座しだしたよ。 俺初めて見たわー」
笑いを含んだように言う男が1人。
梧桐「そりゃぁよ、妹さんの手術が止まってるってんだから、必死にもなるだろうよ!そうだろ?!なぁ!」秋月に感情移入して熱くなる男が1人。
齋藤「そもそも親父は、彼の事どこで知ったんだ?えっと、、秋月 蓮太郎くん?へー彼、格闘やってるんだ。体格良いもんなぁ。」秋月の情報が書かれたファイルに目を通す眼鏡の男が1人。
3人の男達が、秋月とチンピラ3人のやり取りを小さなモニターで見ていた。4人はカメラには気づいていない。天井にあるスプリンクラーに小さな穴が開いていて、そこから更に小さなレンズが彼らを捉えていた。隠し撮りされている。
磨蛇ケンタ-すだ けんた-はこの中で1番若く、来月で21歳になる。黒いスーツを着て、前を全開に開けている。中にはワインレッドに黒の縦ストライプが入ったシャツを第2ボタンまで開け、銀製の棘がいくつもついたネックレスをしている。
格好は歌舞伎町のホストの様だが、髪は銀髪でツンツンとあちこちに毛先が遊んでいて、ウルフカットに近い。両耳には5個ずつ、金色の先の尖ったピアスが上から下まで外に向かって生えていて、目はギラギラと獣のようだ。パンク系バンドに居そうな見た目で、簡単に言うと、きかなそうな奴だ。
梧桐 男吉は逆に1番の年長で情に熱い男だ。見た目はスキンヘッドで頭の形はゴツゴツして隕石のようだ。眉は太く白毛が所々混じっている。同じ黒のスーツを着ていて、前は開けているが、中の白シャツは上のボタンまでキッチリ止めてある。腕を捲っていて、中から大きな木の根が絡み合ったような太い腕を出している。腕には手首まで牡丹とヤモリの紋紋が彫られている。小柄だが全身筋肉の鎧で固めたような体格だ。会うスーツがないのか、体にぴっちりと張り付いている。動物に例えるならサイの様だ。
齋藤 冬海は、すらっとした体型だがスーツの上からでも筋肉質だというのがわかる。今でいう細マッチョというやつだろうか。長方形に丸みを加えた様な形の、銀の縁なし眼鏡を掛けていて、黒のスーツもキチッと着こなしているのもあり、賢そうに見える。目は笹の葉のような鋭い切れ長で、髪はツーブロックに、七三分けのオールバックにしていてテカテカと光っている。この中で1番清潔感がある。齋藤の横にある皮の鞄には、色々な資料が整理整頓されて詰まってるいる。
この3人が別室で各々の感想を言いながら、こちらの様子をモニタリングしていた。
磨蛇「ねぇコイツらっていくらで商売してるんすか?齋藤さーん」
椅子をシーソーのように傾けて、天井を見ながら問いを出す。
齋藤「トサンだな」
こちらは資料から目を離さず答える。
磨蛇「トサンっつーとー1年でー、、えーーーっと、、どーなるんだ?齋藤さーん?」
齋藤は眉間に寄ったシワを手でほぐすような仕草をしながら言った。
齋藤「トサンの年利は1441791%だ。10万借れば、1年で約1100万くらいか。それより磨蛇。きちんと敬語を使え」
磨蛇「いっせん、、、はぁーーーー?!こいつら親父の島、めちゃくちゃ荒してんなー!マジあり得なくないすかー?ムカつくなー!」
そう言って、子どの様に地団駄を踏む。そして閃く様に、
磨蛇「よし!俺もう行きますわ!あいつら潰してくるっす!」
と立ち上がった。敬語の話までは聞いていなかったようだ。磨蛇は勢いよく部屋を飛び出そうとする。そうなる事がわかっていたかのように、齋藤はドアの横まで移動していた。そして、ドアを塞ぐように足で止めた。
齋藤「待て。まだ様子を見て、こいつ等が単独か誰かの下っ端で動いてるのか分かるまで待機だ。それにお前が暴れたら後々面倒だろうが。」
半ばイライラした口調でいつもの事のように、磨蛇を制止する。齋藤の役割の1つだった。
磨蛇「大丈夫っすよー俺がゲロさせますから!」
と言い親指を立て下に向け、首を切るようなポーズをする。顔も舌を出して、実に苦しそうな表情だ。
齋藤はそれを見てハァと軽く肩を落とした。次の瞬間には下から鋭い目で、眼鏡の上から磨蛇を睨みつけたて言った。
齋藤「磨蛇、お前がこないだシメた白(麻薬)さばいてた売人、どうしたか忘れたか?」
一定のリズムで声を荒げる事なく話す姿が、鋭い眼光と相まって凄味が増す。一般人なら何もなくても、すいませんでした!というに違いない。
だが、磨蛇は慣れたようにヘラヘラと答える。
磨蛇「白の売人ー?っとー、、、」
少し考えて、
磨蛇「確か、親父の知り合いの病院に行ったんでしたっけ?」
と、うる覚えで答える。
齋藤「行ったんじゃねー。テメーが送ったんだろうが。顔ばっかり狙いやがって、口ん中ぐちゃぐちゃで数ヶ月話が出来ねーんだよ!」
磨蛇は褒められたかのように頭をかいて照れ臭そうに笑う。
齋藤「褒めてねんだよ、馬鹿」
とまた一喝。そして、
齋藤「とにかく行くのもまだだし、お前は待機だ。」
分かったか?と続けて言おうとした所に
梧桐「あーーーー!!!」
と酒焼けしたざらついた声が全てをかき消す。
2人のやりとりに目もくれず、モニターを見ていた梧桐が叫んだのだ。
それに釣り上げられた磨蛇も、
磨蛇「どうしたんすか?!梧桐さーん!」
と言って、梧桐の後ろにヒョイと回り込み一緒にモニターを覗き込む。
梧桐「あいつ等ー!頭踏みつけよったぁ!あんなにして頼んどるアンちゃん足蹴にしとるんじゃー!」
どぎつい訛りで怒りを口にする。モニターには土下座している、秋月の頭を踏みつけている、はせの姿が映っていた。磨蛇は、(チャンス!)というように、
磨蛇「梧桐さん!これ行くしかないっしょ!もう見てらんないっすよ!2人で成敗っすよ!成敗!!」
と囃し立て始めた。
これを聞いた齋藤は、やられたと諦めたようにドアから離れパイプイスに腰を下ろす。理由は、単純に熱くなった梧桐を止められないからだった。病弱な妹の為に、兄貴が土下座までして闇金からお金を借りようとしているシチュエーションは梧桐には大好物なのだ。更に時代劇や人情映画が好きで、義理や粋、情といった感情が座右の銘で、少しでもその匂いがすると、すぐに関わろうとする。むかし放送していた、人情侍-八甲田山-という時代劇が一番のお気に入りで、最後の大見せ場で「成敗!成敗ー!!」と叫び盛り上げるのだ。この事を知っている磨蛇は、この台詞を言って、梧桐を煽ったのだ。こうなったら誰も止められない。馬鹿力の梧桐が情で熱くなり、大好きな人情侍の台詞で鼓舞しているのだから。
梧桐「磨蛇!あっ俺様に続けーー!」
などと、すっかり時代劇の主人公になりきってバンッと扉を勢いよく開けて出て行く。後に続いた磨蛇は、齋藤に向かって梧桐を指差し、単純っすねーといった感じで、ニヤついた表情を見せる。それを目の端で見た齋藤はすぐに資料に目を戻して、手の甲でシッシッと払う様な仕草をした。
秋月たちの居る部屋は、2階下の南端にあった。非常階段を転がるようにして降りていく梧桐の後をヒョイヒョイと跳ねるように、軽快についていく磨蛇。
降りたらすぐに部屋めがけて勢いよく走る。まるで岩の塊が坂を転がるような、象やサイなどの大型動物が迫るようなそんな勢いと轟音だった。あながち比喩が大袈裟ではなく、元々テナントも少なく、人もまばらなビルという事もあり、とても響くのだ。斎藤の居る部屋にも梧桐が出す轟音が聞こえていた。もちろん音が近づいてくる部屋に居る4人も気がついていた。
まさし「なんだ?バタバタうるせーな」
とし「なんの音っすかね?はせさん」
はせ「俺が知るわけねーだろ!お前らいって、さっさと黙らせてこい!」
立場の弱い相手に優位に立って気持ちよくなっている所を、凄まじい音に邪魔され、また機嫌が悪くなる。これでは、とばっちりが自分たちにもくると慌てて、廊下を確認しようとドアノブに手をかけた。
次の瞬間には、ドアがまさしの顔めがけてぶつかって来た。向こうから、梧桐が体当たりをしてドアを強引に押し出した為だ。轟音がドアを突き破ったようだった。開く勢いは凄まじく、まさしはそのまま奥の壁へと吹き飛ばされ、気を失った。
梧桐は飛ばした相手を気にもせず、部屋にいる全員に向かって見せつけるように芝居をする。
梧桐「お前らの悪事は全てまるっと見させてもらったーー!あ、大人しくお縄につきやがれぇい!成敗ー成敗ー!」突然の、乱入者をとしは、ぽかんと口を開けて見る。はせは秋月の頭から、足を下ろしポケットにあるバタフライナイフをすぐ出せるよう握った。そして、梧桐が言い放った台詞を整理し始める。言い方は古いが警察の様な気がしたのだ。
はっと我に返ったとしは、仲間が吹き飛ばされた事を思い出し、梧桐に怒鳴る。
とし「な、なんだテメー!!なぐりこみか!?どこの連中だ!」
若干声が上ずっている。しかし梧桐はとしには目もくれず、はせの方へズンズン近づいて行く。としの横を過ぎる瞬間に、
梧桐「お前はいらん。磨蛇にやるわ」とぼそっと呟いた。「あん?」と、としが言ったすぐ後に
磨蛇「せーばいーー!」
と磨蛇がとしに飛び込む様な形で左ほほにフックを叩き込んだ。梧桐の言ったことは聞こえてはいなかったはずだ。だか、磨蛇はいつも通りといった感じで、自分の獲物を見極めていた。としは突然の衝撃で、殴られたのか一瞬わからない様子だったが、すぐに左頬が熱くなり激痛が湧いた。脳を揺らされ、視界がぐらぐらする。何とか立ってはいるが焦点が合わず、自分がどちらを向いているのか分からなくなっている。そこに磨蛇が、追い討ちをかける。トンっと壁を蹴り上げ跳ねると、右脚を垂直に上げ一気に、としの右肩めがけ、かかとを落とした。クッションに枝を挟んでヘシ折ったような、ペギッという曇った音と、としの「ぐぅっ!」という漏れた声が混ざった。どうやら、鎖骨が折れた様だ。
土下座した状態の秋月は横目でそれを見て直ぐに、鎖骨が折れた事と、この磨蛇という男が喧嘩慣れしていることがわかった。折れた音は、秋月も空手の試合で相手の骨を何度か折ったことがあるので聞き覚えがあった。
磨蛇が喧嘩慣れしているのはすぐに分かった。格闘慣れではない喧嘩なのだ。
それは、躊躇ない不意打ちを仕掛け、更に追い討ちをかける戦い方が、ルールがある格闘ではあり得ない行動だからだ。経験あるものは、十中八九、相手と目を合わせ正々堂々と対する。日々の鍛錬から成る自信と、ルールに従って積み重ねた経験が、体に染み付いているからだ。だから、磨蛇のやり方は、相手をとにかく戦闘不能にする何でもありの喧嘩なのだ。それと、目も良いんだなと秋月は思った。並行して、何者なのか?と思考を巡らせていたが、それは梧桐と、はせのやり取りで解決した。
はせ「あ、あんたら何処の組だ?」
落ち着いてる様だが、鼓動が口の中から、聞こえてきそうなほど動揺していた。
手には汗が滲んで、ポケットの中でバタフライナイフが滑るので、何度も持ち直している。
梧桐「どこも何も、ここら一帯は昔から「松傘組」の仕切りでやっとんじゃろーに。」
と下からはせを睨みつける。20センチ程も身長差があるにも関わらず、この気迫は、逆にはせが見下ろされているかの様だった。
「知らなかった」などと、マニュアルの様な言い訳をしようとして、息を少し吸ったところに、何を返すのか分かっているかの様に梧桐は、
梧桐「知らんかったは通用せんぞ、長谷川。お前らの売り文句は「松傘組の者」じゃったろ。うちの奴が調べとんのじゃ。」
調べられている。自分の苗字を呼ばれた時点ではせは、そうなんだと悟った。そして、自分の身の危険を察して、脂汗が全身から、吹き出す。
どうする?どうやって切り抜ける?
入り口までの距離を目で確かめる。ここで捕まれば死ぬよりも酷い目に遭わされるに違いない。何かないか?と考えようとするが、自身の心配で頭が機能しない。呼吸が上手くできない。すると梧桐が、
梧桐「そんなもん使ったところで、お前は何も変わらん。」
と言ってきた。
一瞬、何を言われているのか分からなかったが、手元を見て「あっ」と理解した。
無意識にポケットから、バタフライナイフを出して構えていたのだ。自分が不利になるとナイフに頼る癖が出てしまっていた。だが、刃は出ていない。慌てて出そうとするが、焦りと手の滑りからスルンと逃げてしまった。ナイフはカラカラと床を滑り梧桐を横切り後ろの壁へ転がっていく。
自分から離れて行くナイフを見つめながら、もう駄目だなと思った。
ところが、梧桐ははせに「拾え!」と言ったのだ。続けて、
梧桐「そんなもん持っても、強くはなれん事、わしが教えてやる。」
と言って捲くってある袖を更にあげる様な仕草をした。
はせはあまりに堂々と意見する梧桐を見て、何かあるのでは?という考えは浮かばなかった。むしろ、何も無いよりはマシだと、恐る恐るナイフを拾いに行く。梧桐を挟んで奥にあったドアが、今はすぐ目の前にある。「逃げれるか?」と考えながら、正面奥でとしに馬乗りになっている磨蛇を見る。
はせ(梧桐は、、、?シメた!背中を向けている!)
ナイフを拾おうとしている低い姿勢から、クラウチングスタートの様に出口めがけて走り出した。「あっ」という磨蛇からもれた声に、全てを察した梧桐は、バック走する形で大股3歩ほどダッダッダン!と一気に下がり、そのままクルリと向きを変え、はせの横まで移動した。
バタバタと出口に向かうはせの右脇腹めがけて、棍棒をスイングする様に太い腕をぶつけた。ラリアットだ。
そのまま腕を振り抜くと、はせは壁に吸い寄せられる様に激突して、気絶した。見えない壁で潰されたみたいに、ペシャッとなった。
見た目がゴツゴツのゴロンとした小柄なこの人も同じく、身体能力が高いと秋月は思った。と同時に大事なことを考えていた。
一体、この状況はどうなるんだろうか?金を是が非でも借りなければならない秋月は、本物の松傘組の人達が貸してくれるのか、借りた金は誰に返せばいいのか。などと考えていた。
一旦は何かが終わって、ひと段落がついた様な雰囲気の中、磨蛇は
磨蛇「さてー続き、続き!」
と言って、下にいるとしを殴り始めた。「うぅ、」「あぐっ」など殴られる度に、としの口から漏れ出てくる。握ると音の出る、ゴム製のおもちゃの様だ。しかし磨蛇は、笑いながら一向に止める気配がないばかりか、
磨蛇「お前の目が気に食わねーんだよなー」
と言って親指を両目にあてて潰しにかかったのだ。気がついた時には、秋月は立ち上がり、磨蛇の手首を掴んで止めていた。
その瞬間には磨蛇から笑顔が消え、大事なものを台無しにされたといった、苛立った表情になっていた。そして、秋月に向けて言った。
磨蛇「何?この手。」
秋月「もういいだろ。意識がない」
磨蛇「だから?」
そう言って空いている手で、目を潰そうとする。秋月はとしから磨蛇をはがす様に、力一杯に掴んだ腕を引っ張った。
磨蛇は持ち上げられる形で引き剥がされた。掴まれた秋月の手を見ながら、
磨蛇「急に引っ張ったら、腕が痛てーだろ。なにしてんの?お前。あー痛てー」
と大袈裟に言って、秋月を睨む。
明らかに敵意を移した。それを感じ取った秋月は、
秋月「悪かった。でも、そいつはもう何もできないだろ。死ぬぞ」
と謝罪と止めた理由を話し、落ち着いてもらおうとしたが、逆に火を付けてしまった。
磨蛇「それが、なに?こいつ等は、親父の島を荒らしてんだよ。松傘を馬鹿にしてんの。よーするに、俺を舐めてんの。死ぬのは当然だろうが!俺の楽しみの邪魔するんじゃねー」
もはや言っている事が、攻守混同している。ビリビリと磨蛇から怒気が伝わったくる。
数秒の沈黙。
ギラギラとした眼光でまっすぐ、秋月の目を見ながら、ごく自然に磨蛇の右足は秋月の左肘めがけて飛び出していた。秋月はこの奇襲を、
秋月 (喧嘩慣れしたこいつなら)
と読んでいた。膝を上げ、脛で受けながら左外側へ足を弾いた。磨蛇は右足を左と交差する形に弾かれた為、「ありゃ!?」と言って右にバランスを崩した。
秋月のこの反応と対応を、予測していなかったようだ。すかさず側転するように手を伸ばし、クルンと回転をする。こちら反応と運動神経が良い。
しかし、丁度逆さまになっている瞬間に、秋月は磨蛇の腹部に下から突き上げる形で掌底を打ち込んだ。ボスン!という鈍い音と「げぇ!」という苦声が口から出て、そのまま崩れるように倒れた。磨蛇は天井を煽りながら、ゲホゲホと咳き込む。
磨蛇「だ、めだ、息、、できねー」
ゲホッゲホッ
磨蛇「く、そ、が!ぜってー殺す」
立ち上がろうとするが、胸が痛みうまく呼吸が出来ない。それを見ていた梧桐は、
梧桐「おう、おう!あんちゃん!よーこの、効かんお猿止めたのぅ。コイツは、血ぃ上ると面倒でな。」
と嬉しそうに、磨蛇を起こす。
磨蛇「横隔膜打たれたな。痙攣しとるんじゃ」
と言って磨蛇の背中に膝をあてて、両肩を後ろに引っ張って、グゥーっと胸を張らせた。すると嘘のように、スムーズに空気が体の中に入ってきた。ゆっくりと呼吸を整える。秋月は直ぐにでも飛びかかってくるのではと、少し距離を置き自然体に構えた。が、磨蛇は、
磨蛇「あーびっくりしたー」
と何だか拍子抜けしたよに落ち着いてしまった。そしてポツリと、
磨蛇「横隔膜、、」
と言って、打たれた箇所をさすった。秋月は警戒を説いた。改めて2人をじっと観察する。
会話から何者かは理解していたので、自身の借金と、今すぐ必要な金の話を伝えた。それを聞いた梧桐は、
梧桐「うーん、その話はわし等の担当外なんじゃ」と頭をボリボリとかく。
梧桐「今から来るやつに聞けや」
そう言ってパイプ椅子にズンと腰を下ろした。ギィと音をたてて椅子が沈む。
そのやり取りを横目で、ちらちらと見る男がいた。開口一番、梧桐が押し開いたドアの餌食になった最初の犠牲者まさしだ。気を失っていたが、秋月と磨蛇のやり取りあたりで目を覚ましていた。狸寝入りをしながら、逃げるチャンスを伺っているのだ。少しずつ体を滑らすようにドアに近づいてはいるが、梧桐や磨蛇の素早い動きを目の当たりにしたので、中々動き出せず身動ぎしている。だが、その時が来た。一旦落ち着いた雰囲気になり、梧桐が椅子に腰を下ろし、磨蛇は床に寝そべっている。(今しかない!)まさしはそろりと中立ちになり、スススっとすり足で部屋を出る。(成功だ!)
直ぐさま階段へ走り出そうとした時、奥からスラリとした弁護士風の強面の男がこちらへ向かってきていた。
齋藤だ。まさしをちらりと見ると、資料に目を戻した。先ほどの2人とはまるで雰囲気の違う齋藤を松傘組か、そうでないか考えながら、ゆっくり近づいて階段を目指す。齋藤は資料を読みながら歩いている。
まさし (松傘組なら、この段階で何かしらのリアクションをとるんじゃないのか?)
全くの無反応だった事を考えると、コイツは関係者ではないと結論付けた。というより、そう願った。お互いにだんだんと近づく。まさしは下を向きながら壁に着くように、その一部と化してそっと歩く。10m、5m距離が縮まる。本人は気がついていないが、踏み出す足と同じ方の手を出すので、歩き方が可笑しい事になっている。漫画のような歩き方のまさしと齋藤が今すれ違う正にその時、「あっ」と齋藤が言った。まさしの肩がビクリと跳ね、止まってしまう。早く行かないと怪しまれてしまう。
まさし (動け!)
と自分に檄を飛ばし進もうとした所に、ポンと肩に手を置かれ耳元で、
齋藤「僕も松傘組ですから。鈴木 まさしさん。」
と囁かれた。自身のフルネームを告げられ体が固まる。もう動ける気がしない。手はまだ肩に置かれている。まさしは目だけを齋藤へ向ける。そこには眼鏡上からのあの鋭い睨みをした顔がこちらを覗き込んでいた。「ひょ」
喉の奥からなんとも情けない声が漏れる。冷たい汗が噴き出す。
齋藤「大丈夫ですか?鈴木さん。具合悪そうですね。」
顔はそのままに話す。表情と言葉のちぐはぐさに、違う誰かが話をしているのかと錯覚する。齋藤は続けて、
齋藤「あなた方にお話があるので、事務所まで」
と話している途中で、まさしは
まさし「あーー@#/&/&'.').」
と聞き取れない言葉で叫び、回れ右して元来た廊下を走って行く。齋藤はそれを見ながら、ハァとため息をつき
齋藤「磨蛇ぁ!」
と通る声で叫んだ。「おっ」という表情で両足を持ち上げ、振り下ろす反動で、ヒョイと起き上がると出口へスタスタ近づいた。立ち止まると何やらブツブツと口の中で何か呟いている。
磨蛇「下から突き上げてー、位置はここ、、」と先ほど秋月に打たれた箇所を摩る。バタバタと近づく足音で、トントンと人差し指でリズムをとる。そして、まさしがドアの前を走り抜けるその瞬間、磨蛇が飛び出した。
急に出てきた磨蛇に反応することができず、勢いそのまま突っ込んだ。
2人は盛大にぶつかり倒れ込んだ。
齋藤 (何だその止め方は、、)
などと思いながら、顔を潰さなかっただけでも良しとするかと1人納得していた。
ピョンと飛ぶ様に起き上がった磨蛇は、嬉しそうにまさしのところへ近寄って
磨蛇「どうだ?息、出来ねーか?」
と質問をする。何だかウキウキしている磨蛇に嫌な予感を覚えた齋藤は、2人に駆け寄る。まさしの顔を覗き込むと泡を吹いて白目を剥き、ピクピクと小さく痙攣していた。あの一瞬で、自分がやられた事を、まさしに実戦したのだ。打ち込んだ箇所は的確だったが、相手の勢いと磨蛇の加減のなさが、ろっ骨3本叩き折るという結果になった。しかも、そのうちの1本が内臓を傷つけショック状態になっていたのだ。
唯一ほぼ無傷のまさしを絞り、話を聞き出そうと思っていたが、目の前で絶たれてしまった。3人とも負傷し意識がない。結果に結びつかない、無駄な事をするのが大嫌いな齋藤は、磨蛇に文句を言ったところで、理解できないと、矛先を梧桐に向ける。
齋藤「梧桐さん、コイツヤバそうなら止めてくださいよ。」
と2人ともいい加減にしろよ!と意味を込め抗議した。満足げにこちらを見ていた梧桐は、
梧桐「あいつが、集中しとる時はなーんもいうこと聞かん。耳がなくなるんじゃ」
と、いつものことだろと齋藤に言い訳をして、ガハハと笑う。
後から磨蛇は
磨蛇「顔はやってねーすよ?」
とこちらも満足そうな顔をして言った。そんな2人に挟まれ齋藤は、床の一点を見つめ自身を沈めた。
秋月は齋藤の苦労を垣間見た。
ゆっくりと長く呼吸をして、切り替える。
それを見ていた梧桐が未だに床に張っている秋月の腰のベルトを掴んで持ち上げ立たせた。
梧桐「ほら、あんちゃん。こいつが説明係じゃ。難しい事はコレに聞けぇ」
コレという扱いにまた少し齋藤は苛立ったが、ぐっと拳を握り抑えた。秋月の真正面に1本の柱のように姿勢良く立つ。
齋藤「どうも、秋月 蓮太郎さん 」
無理矢理こしらえた笑顔には、眉間の深いシワと浮き出た血管が貼り付き台無しにしていた。
齋藤「私共は、松傘組の組員です。私、齋藤、梧桐、磨蛇と申します。」と言って掌を上に指を揃えて、一人ひとり丁寧に向けて紹介をした。次に床に転がる三人を見て、
齋藤「それから、彼等は残念ながら、うちの組のものではありません。松傘の名前を出していたようですが、一切の無関係です。本来ならば、我々が口を挟むところでは無いのですが、ココ松の原6区は、」
秋月「松傘組の、、」
被せるように呟く。齋藤はそうそうという様な表情で、
齋藤「ええ、ご存知で?」
秋月「ここらの人間なら、誰でも、、」
それならば、と話を端的にする。
齋藤「彼等が伸びてる理由はそれです。」手を大袈裟に横に振り、部屋を指す。
齋藤「そして、秋月さん。この時点から、あなたの借金は松傘組の預かる所になりました。こちらが借用書のコピーになります。」
A4版の封筒をひらりと差し出した。
それを両手で受け取る。
正直、金を貸してくれるのであれば誰でも良かった秋月は、
秋月「200万、貸してください。」
と単刀直入に頭を下げた。先ほど、はせに渡した嘆願書を突き出して。
齋藤はそれを受け取ると続けて話を始めた。
齋藤「今日、私達がここに来たのは荒らしを潰すためだけじゃないんです。むしろコレはついでで、本命は秋月さん、あなたです。」
急に空気が張り詰め、緊張感が秋月を包む。
松傘組はカタギではあるが、あまり悪評は聞いたことがなく、むしろ今回のようなタチの悪い輩を抑え込む抑止力として、笠の原住民にはありがたがられている節があったが、この件であり得ない条件を出すのではないか、自分も同じような目にあうのではないかと考えて、力を抜いて身構えた。すると後ろから、
梧桐「なんもせん。そんなキリキリすんな」
となだめてくる。
齋藤「梧桐の言うとうりです。秋月さんに危害を加える事はありません。ある条件を飲んで頂けるのであれば、お金を差し上げます。というお話ですが、如何でしょう?」
秋月(条件?差し上げる?)
今の説明で、一気に不信感が溢れる。そして、
秋月「申し訳ありませんが、俺はカタギになるつもりはありません。内臓も売りません。琴子が悲しむようなことは出来ません。すいません。」
と相手の条件を勝手に誤解して断りを入れた。
それを聞いた、梧桐と磨蛇はゲラゲラと笑った。
梧桐「だから、何もせんてゆうとるじゃろうが!」
と、バンと秋月の背中を叩く。丸太の断面でど突かれたような衝撃だ。
齋藤「それは、深読みしすぎましたね。確かに我々はヤクザですから、良い印象はないと思いますが、秋月さんが考えるような事はありませんから。」
そう言いながら、嘆願書を鞄にしまう。
秋月は余計にわからなくなって混乱した。
アルバイトを掛け持ちして、病気の妹の世話をしている自分に、何を求めたら金が舞い込むのか、その価値が一切思いつかなかった。腑に落ちない表情の秋月を尻目に、磨蛇が部屋を出て行く。梧桐も倒れたはせを、軽々と肩に乗せ続く。そして、齋藤は出口を掌で指して
齋藤「詳しい話は、親父が直接話をすることになっています。案内します。」
と進行を促す。立ち尽くす秋月を見て、やれやれと先に齋藤が部屋を出る。
齋藤「下に車、止めてありますので。」
そう言い残して去って行った。
こんな提案、普通なら逃げ出すだろう。絶対に何かあるのだから。だが、秋月は何かを選べる立場では無いのだ。選択肢は1つ。それを分かって齋藤は、一人にしても大丈夫だと確信して出て行ったのだ。
秋月は目を閉じ、すうーっと深く息を吸って、シュッと突くように息を吐いた。
覚悟は出来た。
数秒としないうちに齋藤の後に続き、部屋を出た。
この瞬間、秋月は醜悪の淵に足を掛けたのだ。