「後輩」
「せーんぱいっ。待ってました?」
「待ってない」
金曜日の放課後、教室のドアからひょっこりと顔を出したのは、最近知り合ったばかりの後輩だ。窓から吹き込む五月の春風にセミロングの黒を揺らし、対照的に真っ白な肌はその滑らかな質感を強調する。
俺は机の横にかけてある鞄を手に取り立ち上がる。新学期が始まったばかりと言うこともあって、鞄はまだまだ軽い。
ぴょん、と可愛らしく彼女がジャンプで飛び出し、隠れていた制服姿が露わになる。
おぼつかない純白のワイシャツに膝上の短いスカート。どうしてこう、女子は短いスカートを履きたがるのだろう。
肌に張り付くようなワイシャツから覗かせる、幼いながらも整ったスタイル。細い腰回りと、幼げな胸元。
俺の視線に気づいたのか、彼女は胸を抱くようにして一歩引いた。
「……今、ちっちゃいって思いました?」
「……いや、成長の余地があるなって」
「それ思ったってことですよね!? ……まあいいです。私は小さいのを好む人と幸せになりますから」
「なるほどなるほど。つまり俺とか?」
「んなっ……」
意表を突かれたように驚く。
やっぱり、いじりがいのある後輩は面白い。可愛らしい顔を可愛らしく歪め、早足で教室の中へと入ってくる。彼女とは対角線上にいたはずなのに、俺の目の前までやってくるのに五秒とかからなかったと思う。
俯いているせいで顔は見えないが、茹でダコのように真っ赤な耳はしっかり見える。
思わずニヤリとしてしまう俺。
すると、彼女は何気ない動作で俺の右手を取ってきた。
「馬鹿なこと言ってないで、帰りますよ、先輩」
「おう。今日はお前の家が先な」
言うと、急にガバッと顔を上げ、
「い、いつも通り、先輩の家からでいいです! どうせすぐ隣のアパートなんですから、変わらないですよ」
「じゃあ文句ないよな。可愛い後輩が隣のアパート行くまでに襲われでもしたら、俺悲しくて」
「……わざとらしく泣かないでください。ちょっと本気で期待しちゃったじゃないですか!」
「ばーか、お前の家に上り込むくらいなら、お前を俺の家に引きずり込むよ」
「…………せ、先輩のほうが、ばかです」
そう言って、また俯く。
俺は鞄を机に置き、艶のある黒髪にそっと手を置いて軽く撫でてやった。さらさらと柔らかく、毎日手入れされているのがわかる。
そのまま俺の胸に頭を預けてくるので、背中にも手を回して抱きしめてみる。
「ほんと……びっくりですよ」
「何がびっくりなんだ?」
しばらく間があって、そして彼女は聞き取るのがやっとの小さな声で呟いた。
「こんなに私の心で遊んで、奪ってくる先輩に会えるなんて。まだ私、入学してから一ヶ月しか経ってないんですよ?」
「遊んで、って言う割には、嬉しそうだな」
「……だってもう、九割九分、奪われちゃってますから」
「そっか」
なんなんだろう、この後輩は。
ステータスは可愛さ極振りかと思えば、美術や書道で賞を取りまくってたりするし。弱点なんて、強いて言えばカレーしか作れないくせにそのカレーも微妙なことくらい。
料理くらい、教えてやるか。
そう思い立ち、撫でる手を止めて声をかける。
「やっぱ俺の家からで頼むわ」
「…………」
その言葉に何を勘違いしたのか、潤んだ瞳で俺を見上げてきて、
「……はい」
ふわっと、彼女はそう微笑んだ。