お題「踊り子」
近所の騒がしい声や拍手で、俺はほとんど強制的に目が覚めた。
「……うるさい」
寝ぼけ眼のふらつく足取りで窓際へ向かって外を見る。カーテンのない窓から差し込む光に目を細め、張り付いた埃にふっと息を吹きかけた。
一面に見える人混み。
何かを囲うように集まっているが、あまりの数に中心が見えない。
でも、よく見れば母さんまでいる。妹も、ペットの犬まで。……俺は?
「置いてくなって……」
何にでも興味を示す母さんはともかく、可愛いものしか眼中にない妹まで、興味津々に何かを見ていた。
流石に気になる。
俺はパジャマの上から適当にパーカーを羽織って部屋を出る。少し冷える廊下を横切り、玄関から人混みへ向かう。
「すみません」と謝りながら人混みをかき分ける。少しして見えた母さんに、俺は呆れたように声をかけた。
「何かあるなら起こしてくれよ」
「……綺麗ね」
会話が成立しない。
母さんの横顔は完全に何かに虜のようで、頬をかすかに紅く染めていた。
隣の妹も、はたまた犬まで。
何がそんなに綺麗なんだよ。そう思って俺は少し背伸びをする。母さんたちは人の隙間から見えてるっぽいけど。
そうして見えたのは、一人の女性。
「……っ」
息が止まる。景色も、音も。
女性は淑やかに踊っていた。
この質素な町を、その華奢な四肢で精一杯に表現しているよう。
ふわっと回る踊り子の女性に人々が息を飲む。
音楽なんてない。だからこそ、視覚に全神経が集中していた。でもそれ以上に、見えない迫力をパーカーの上から肌で感じ取れる。
ふわり、ゆらり、シュッ。
右手に持った花束を、まるで体の一部のように扱う。
「そぉれっ!」
そんな可憐な声が聞こえて、俺は肩を跳ねさせた。
宙に舞う花束。
人の上を通り過ぎて、自然とそれを目で追って。キャッチしたのは俺だった。
色とりどりの花から香る甘さ。顔を上げて踊り子を見る。
「どうぞ」
そう言ってはにかむ彼女を、俺はただ呆然と眺めることしかできなかった。