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【完結済み】MOBILE FORMULA 2132 -スターライガ∞-  作者: 天狼星リスモ(StarRaiga)
第2部 MOON OF DESIRE

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【MOD-11】宣戦布告

 スカーレット・ワルキューレの艦内食堂は、戦闘艦とは思えないほどお洒落な内装に定評がある。

もちろん、防火対策や多目的室への転用といった実用性についても折り紙付きだ。

「(あら? みんなテレビの前に集まってるけど……何かあったのかしら?)」

食器類を返却しに来ていたレガリアは昼勤の乗組員たちが何やらざわついていることに気付き、自らも食堂壁面に設置されている大型液晶テレビの前へ赴く。

「あなたたち、何かテレビにかじり付くようなことでもあったの?」

「あ、レガリアさん! 衛星放送の受信状態が悪いみたいで……放送休止中のあの画面がずっと出たままなんですよ」

人だかりの外縁部にいた若い乗組員へ声を掛けると、彼女は放送休止中のあの画面――正しくは「テストパターン」と呼ばれる画像で固まったままのテレビを指し示す。

「珍しいわね。この辺りは放送衛星の電波を直接受信できるから、その手のトラブルはあまり起きないんだけど……」

しばらくテレビ画面を見守った後、回復の兆しが無いと判断し立ち去ろうとするレガリア。

「ん? 何だ、通信が回復してきた……!?」

「静かに! 音が聞こえるわ……これは人のざわめき?」

だが、乗組員たちが再び騒がしくなったことで彼女は考え直し、手近な椅子へ腰を下ろしながら衛星放送の復活を待ってみるのだった。


 待つこと数分――。

長らく表示されていたテストパターンがようやく消え、今度はベリノイズ混じりの不明瞭な映像へと切り替わる。

ワルキューレが宇宙空間(厳密にはコロニーの宇宙港)に停泊している以上、静止軌道を漂う放送衛星からの電波を上手く受信できないとは考えにくいため、今流れている映像は老朽化した放送衛星を用いた「海賊放送」である可能性が高い。

あるいは、ワルキューレのアンテナを以ってしてもデータ受信が困難なほど遠い宙域からの放送か――。

いずれにせよ、真相究明のためにはこの放送を見届ける必要があるだろう。

「(これはギャラクシア・チャンネルの視聴者に対するメッセージ? それとも、私たちに向けたモノなの……?)」

大手衛星放送サービスにしてはお粗末な手際へ不信感を抱きつつ、近くの乗組員と他愛の無い会話を交わしながら「放送開始」を待つレガリア。

リアルタイムで放送システムを調整しているのか、よく耳を澄ますとスタッフらしき人物の声がガンマイクに拾われていることが分かる。


「(ちょっと聞こえ辛いけど、私たちオリエント人が聞き慣れている言語じゃなさそう。でも、この単語を繋いでいくような話し方……オリエント語もそうだし、今朝の会議で聞いた音声データにそっくりね)」

そうこうしているうちに映像と音声は少しずつ改善されていき、やがて会見場と思わしき場所の様子がハッキリと映し出される。

「ホソウ-キクオ-イザ-ナン! アーク-サトラ-ホソウ-ヘノ-デモパ-ヨコモレ-イザ-ナン!(放送機器に異常無し! 地球の放送衛星に対する電波割り込みも問題ありません!)」

「オリヒメ-ヒメ、ヘヤァ-イルーム-ネグラオ!(オリヒメ様、入室お願いします!)」

聞き慣れない言語による指示が聞こえてから十数秒後、画面左から複数人の女性が会見場に姿を現し、カメラのフラッシュに晒されながらスタンドマイクの前へと着席する。

彼女らの顔立ちはオリエント人に非常に近いものがあったが、全員が頭から「ウサ耳」を生やしている点だけは大きく異なっていた。


「ウラ、ミラス-アキヅキ・オリヒメ-ヒメ-ノ-イクサ-カタル-スピ-ゲンシ――オリヒメ-ヒメ、ドー(では、これよりアキヅキ・オリヒメ様による宣戦布告会見を開始いたします――オリヒメ様、どうぞ)」

司会進行役と思わしき女性によるアナウンスが終わり、「オリヒメ-ヒメ」と思わしき人物は軽い会釈をしながら手元のカンニングペーパーをチラリと見やる。

薄い金髪と紫色の瞳からは皇族のような気品を感じさせる反面、少し自己主張しているアホ毛のせいで若干お茶目な印象も受ける。

「(本人の立ち振る舞いと周囲の対応を察するに、彼女はかなり位の高い人物のようね)」

言うべきことをしたためたメモを潜ませて会見に臨むのはよくやることなので、その行為を見てもレガリアは別に何とも思わなかった。

むしろ、事前準備の良さに感心さえ抱いていたほどだ。

だが……「オリヒメ-ヒメ」が第一声を発した瞬間、レガリアを含むテレビに釘付けとなっていた面々は衝撃を受けることになる。


「えー、メモを確認しながらになるけどごめんなさいね。宣戦布告レベルの長文になると、暗記するよりもカンニングペーパーを使ったほうが楽なのよ。別に不正厳禁の受験に臨んでいるわけじゃない以上、使えるものは使うのが私のやり方なの」

カンニングペーパーの使用について笑顔で白状するオリヒメ。

いきなり場を和ませにくるお茶目ぶりもアレだが、それ以上に驚きなのは彼女が極めて流暢なオリエント語を話している点だ。

スタッフたちは未知の言語で会話していたのに、オリヒメだけは地球の言葉――それも、決して話者数が多くないオリエント語を使いこなしている。

これは……一体全体どういうことなのだろうか?

「さてと、前置きはこれぐらいにして……まずは自己紹介を。私の名はアキヅキ・オリヒメ。先日スペースコロニー『ユーロステーション』を襲撃した集団の指導者――謂わば『国家元首』にして『政府首脳』、民衆からは『千年の女王』とも呼ばれておりますわ」

自らを統治者だと名乗ったオリヒメはスタンドマイクを持ちながらゆっくり立ち上がり、自らの姿を映すテレビカメラ――その奥にいるであろう地球人たちの目を見据える。

大型テレビの前に集まる乗組員たちがざわついているのは言うまでもない。

「(映像越しでこのプレッシャーとはね……この女、ただ者じゃないわ)」

映像内の立ち振る舞い及び言動だけでも感じ取れるほどの「オーラ」に驚きを抱きつつ、レガリアは未知なる者の会見を冷静に見守るのだった。

オリヒメが地球人類へ伝えたいこと――それを見極めるために……。


「では、自己紹介が済んだところで本題へ入りましょう。あなた方の旧態依然とした放送衛星にわざわざクラッキングを行い、この会見を地球圏全体へ放送している理由――それは、地球圏に存在する全ての旧き国家体制へ宣戦布告を行うためであります」

先ほどまでの穏やかな物腰から一転、表情を引き締めたオリヒメは攻撃的な単語を選びながら地球人類に対する宣戦布告を行う。

この放送を世界各国の国家主席が見ているかは定かではないが、地球圏規模の大掛かりな電波ジャックが行われている以上、少なくとも問い合わせが殺到していることは確実であろう。

「勘違いしないでいただきたい。我々『月の民(ルナサリア)』の宣戦布告――そのキッカケはあなた方にある。今から2か月前、我が国の領土へ無礼にも一隻の宇宙船が降り立った。聡明なあなた方ならその宇宙船と乗組員が辿った末路を覚えているはずです」

2か月前に月へ向かった宇宙船――それに該当する機体は一隻しかない。

約170年ぶりとなる月面着陸プロジェクト「ムーントリップ計画」に投入され、そして月面到達後に全ての通信を絶ったSSTO「エンデバー」である。

NASAの公式発表では「原因不明の事故によってエンデバーは破壊され、乗組員もその影響により全員死亡した」と云われていたが、やはり真相は異なるものであったらしい。


「……もちろん、これは正当防衛であります。被差別民であった我々の祖先は安住の地を夢見て月へ移住し、荒涼とした世界に人造の夢望郷(ヴワル)を創り上げた――これを見るがいい!」

オリヒメが力強い声を上げた次の瞬間、映像が切り替わりSFチックな未来都市の光景が映し出される。

手前側には幾何学的に設計された摩天楼がそびえ立ち、背景の宇宙空間には蒼い惑星――地球が浮かんでいた。

おそらく、この映像こそオリヒメの言う「夢望郷」の姿なのだろう。

「我々は蒼い惑星(ほし)を見上げながら静かに暮らしていただけなのです。にも関わらず、あなた方は我々が住まう楽園を侵しに来た。結局、地球人は遥か昔から何一つ変わっていない。不愉快だと感じた存在をすぐに攻撃し、自らは地球という狭い範囲で興亡を繰り返すだけ……自業自得とはいえ、残念なことだ」

未来都市から会見場へ映像が切り替わると、今度は憮然とした表情で肩をすくめるオリヒメの姿が映る。

「徹底的な差別政策により我々の祖先は母星を追放された。だが、その迫害に屈すること無く地球に居残り続ける勇者もいました。我々と共通の祖先を持つ地球人……『彼女ら』の名は――」

オリヒメが一息入れるタイミングを見計らったのように映像が切り替わった時、レガリアは口に含んでいた水を思わず噴き出しそうになる。

普段冷静な彼女がどうしてそんな事態になったかというと……。


 食堂にいる乗組員たちの視線が一斉にレガリアへと注がれる。

水を噴き出し(むせ)ていることだけが理由ではない。

彼女が情けない姿を晒していた頃、大型テレビの中ではフォーマルなレディーススーツに身を包むレガリアの凛々しい姿が映っていたからだ。

「ゴホッ……! ちょっと、なんで去年受けたフォー○スのインタビュー映像が流れてるのよ!?」

人混みを掻き分けながら大型テレビの前へと近付き、半年前の自分に対して(まく)し立てるレガリア。

世界一の億万長者である彼女の動向は経済界が常に注目しており、権威ある経済誌から取材を受ける機会も少なくない。

半年前のこの取材はアメリカ出張の一環として臨んだものであり、他にもマサチューセッツ工科大学訪問やインディカー・シリーズの現地観戦など、貴重な経験を得られた旅であったことは覚えている。

しかし、その時の映像がなぜ月の民の手に渡っているのだろうか?


「別に人に見られるのは慣れているけどさあ……映像を勝手に使うのは勘弁してほしいわね」

レガリアが疑問を抱く中、インタビュー映像は画面の片隅にワイプされ、メイン画面には再び会見場の様子が映し出される。

「今の地球は『指導者』を名乗る者があまりにも多く、統率が取れない烏合の衆と化していることはもはや明白! 今取り上げた人物――私は一目見て有能な人物であると分かった。彼女が地球圏の指導者ではない理由を私は理解できない」

高く評価してくれるのはありがたいけど、どこを見て指導者の器だと抜かしているのか――。

心の中でそう悪態を吐きながらレガリアは会見を見守る。

「そこで、我々は蒼い惑星の正当な後継者として旧き国家体制を打ち砕き、迫害を耐え抜いた勇者たちの末裔『ホモ・ステッラ・トランスウォランス』と共に真の夢望郷を築き上げるであろう!」

やらせのために集めた民衆から湧き上がる歓声。

オリヒメが企図したこの演出は地球人類へ動揺を与え、国家間の不信感を煽って月の民が付け入る隙を作ることを目的としていたのだ。


 一方その頃、ここはスカーレット・ワルキューレの最下層部に置かれている懲罰房区画。

本来は自室謹慎では済まされない規則違反を犯した者を収容するための部屋だが、今は先の戦闘で捕虜になった月の民の女性兵士が入れられている。

彼女はあくまでも「捕虜」なので地球の条約に基づいた扱いを受けており、規則違反者と異なり読書やラジオ視聴といった娯楽が認められていた。

「――この会見を地球圏全体へ放送している理由――それは、地球圏に存在する全ての旧き国家体制へ宣戦布告を行うためであります――」

ラジオから聞こえてくるのは宣戦布告放送を行うオリヒメの声。

故郷の星は遥か遠く――そう諦めかけていた時、看守と思わしき人物の足音が近付いて来る。

「ココ-デ? ダラゥ、ルー-ゲン-ホソウ-ミンミ-ヒア-ヨ(気分はどう? どうやら、あなたも今の放送は聞いていたみたいね)」

「エ……? ワイト-ルナサ-オン……!?(え……? どうして月の言葉を……!?)」

その看守が流暢な月の言葉(ルナサリア語)で話し掛けてきたことに驚いていると、彼女は上着のポケットから一枚のカードキーを取り出し、穏やかな笑顔を見せながらこう告げるのであった。

「キユユ-ノウ、ミア-ルー-テルヨ(心配しないで、私はあなたの同胞よ)」

【ギャラクシア・チャンネル】

オリエント圏を中心に展開している衛星放送サービス。

ニュース番組やスポーツ中継、深夜アニメなど様々な独自チャンネルを持つ。


【ヒメ】

月の言葉における敬称の一つで、皇族を呼ぶ時にだけ使われる最高位の敬称。

地球の言葉では主に「様」と翻訳される。


夢望郷(ヴワル)

オリエント神話及び月の伝承の双方に共通する理想郷のこと。

オリエント連邦最大の都市であるヴワル市はこの伝説に由来している。

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