【MOD-8】星、落ちる星(後編)
「バルトライヒよりワルキューレCIC、コロニーが地球の重力に捕まるまでのタイムリミットと落下予想地点を計算して!」
崩壊したコロニーの外壁に張り付いたレガリアは核パルスエンジンの位置を僚機へ送信しつつ、「最悪の事態」が起きた場合のシミュレートをワルキューレCICに要求する。
スターライガの母艦「スカーレット・ワルキューレ」には最新鋭の量子コンピュータ――俗に言う「ハイパーコンピュータ」が搭載されており、効率的なデータリンクや戦術予測に役立てられているのだ。
「待ってください――あっ、TSGよりデータが来ました! 地球の重力圏までの到達予想時間は残り10分、落下予想地点は南アメリカ大陸の中央部――アマゾンの熱帯雨林付近です!」
ハイパーコンピュータを扱うTSG(戦術シミュレーション班)から送られてきたデータを、オペレーターのキョウカは正確且つ迅速に読み上げていく。
「アマゾン? なーんだ、それなら一安心だ。あそこには人なんか住んでいないだろうし……」
「そういう問題じゃないわよ! アマゾンは地球で一番自然が残されている場所の一つ――そこが消滅したら、地球環境に深刻な影響が出るわ!」
それを聞いたブランデルは少し安心したかのように息を吐くが、妹のあまりにも楽観的な思考をレガリアは厳しく咎める。
もはや、人が死ぬ死なないのレベルの話ではない。
下手な隕石よりも巨大なメガストラクチャーがぶつかった場合、地球が無傷で済むハズなど無いのだから……。
レガリア率いるベータ小隊が核パルスエンジンの無力化へ着手していた頃、アルファ小隊及びガンマ小隊――そしてキリシマ・ファミリーのMF部隊は、ベータ小隊を追撃しようとする所属不明機たちを相手取っていた。
敵部隊の後方にはスカーレット・ワルキューレから発艦したデルタ小隊やエプシロン小隊などがいるため、配置としてはちょうど挟み撃ち状態となっている。
ただ、所属不明機たちは如何せん戦力が非常に多い。
スターライガとキリシマ・ファミリーの総戦力だけでは辛うじて抑え切るのが精一杯であろう。
コロニー防衛部隊は自分の身を守ることで精一杯な以上、オリエント国防海軍による助太刀が欲しいところだが……。
「ライガ、遠距離から狙ってくる奴をどうにかして! 私の機体の装備じゃ間合いが足りない!」
自機が苦手とする超長距離から狙い撃たれる状況に泣き言を言い始め、幼馴染へ援護を求めるリリー。
彼女の愛機フルールドゥリスは近距離戦闘を重視した機体であり、リリー自身も格闘戦のほうを得意としているため、狙撃機に一方的に狙われる状況だと手を出せず途端に厳しくなるのだ。
「遠距離だと? スナイパー……いや、ここまで前線に出張ってくるのはマークスマンか!」
白いMFの前へ愛機パルトナを割り込ませつつ、蒼い光線の弾道から敵機の位置を探ろうと試みるライガ。
「いるのは分かるんだけど、こっちからは届かないのよ!」
「あそこか……よし、ライフルの最大出力モードなら有効打を与えられる距離だな。リリー、お前は少し下がってろ」
リリーのフルールドゥリスを後退させ、ライガはレーザーライフルを強力且つ弾道が安定するモードへと切り替える。
彼は狙撃技術を学んだスナイパーではないが、精密射撃に関しては並のエースドライバーよりは自信を持っている。
「もう少し――今だ! ファイアッ!」
HISのレティクルに敵機と思わしき点が入った瞬間、ライガは操縦桿のトリガーを引くのであった。
蒼く太い光線がコックピットの真横を掠めていく――!
「くッ、この距離から正確に狙ってくるだと……!?」
ヘルメット越しにレーザーの熱さを感じたニレイは思わず冷や汗を流し、自分の身体がドロドロに溶けていないことを確かめる。
「隊長! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……だが、今私に仕掛けてきた奴は桁違いに強いぞ。侮って掛かったら一方的に嬲り殺される!」
心配する副官の声に対してはハンドサインで「大丈夫だ、問題無い」と答えるニレイだったが、内心ではそれ相応の焦りを抱いていた。
地球やコロニーに潜伏している工作員の情報では「地球人の文明及び民族性は原始的にして時代遅れ、言葉にするなら『野蛮人』と称しても差し支えない」とされており、ニレイたち「月の民」の脅威にはなり得ないと考えられていたからだ。
だが、実際には「野蛮人」と呼ぶには怪しいレベルの敵がこの戦場にはたくさんいる。
先遣隊を壊滅寸前まで追い込んだ連中――スターライガに限っては率直に言って「月の民」より強いかもしれない。
「白部隊各機、相手はなかなかに手強いが状況は我々のほうが有利だ。帰艦限界線まではしっかりと戦え。コロニーが阻止限界を超えればこちらの勝ちだからな」
「「「了解!」」」
ニレイの指示に対し力強い返事で答える隊員たち。
敵は工作員がもたらした事前情報以上に強大な存在なのかもしれない。
しかし、国に仕える職業軍人がその程度のことで臆するわけにはいかないのだ。
……ましてや、幼少期から「国家への忠誠」を叩き込まれる月の民なら尚更のことだった。
「あっちから来てくれたか……アルファ各機、集合! おそらく、あの部隊が敵戦力の中核と見た! あれは俺たちで相手取るぞ!」
「フルールドゥリス、了解!」
「クリノス、了解」
「こちらクイックシルバー、了解」
ラヴェンツァリ姉妹及びクローネとフォーメーションを組み直し、敵エース部隊――白部隊との交戦に備えるライガ。
戦力差はあまり無いが相手の実力が分からない以上、用心に越したことは無いだろう。
全く機種が統一されていない4機のMFは各々の射撃武器を構え、アンノウンたちが射程距離まで近付くタイミングを待ち続ける。
「今だ! 全機攻撃開始!」
敵部隊がHIS上のレティクルに入った瞬間、ライガの指示に合わせて4機のMFの射撃武器が一斉に火を吹く。
それと同時に敵部隊から反撃が飛んで来るが、アルファ小隊各機は冷静な回避運動でレーザーの雨をかわし、逆に白部隊の背後を奪うことに成功した。
「逃がすな! 相手が立て直す前に仕留めろッ!」
相手の回避運動が僅かに遅いことを見抜き、ライガは僚機たちと共に再攻撃を試みる。
アルファ小隊の俊敏な動きに翻弄された白部隊は不意打ちを食らうカタチとなり、一気に劣勢へと追い込まれるのであった。
白部隊に対し攻撃を仕掛ける間、ライガはHIS上の擬似スコープ越しに敵機の特徴を観察していた。
素人目には全部一緒に見えるかもしれないが、彼やレガリアのようなスーパーエースならば何気無い動きから相手の「個性」を見抜けるのだ。
「(1機だけ良い動きをしている奴がいる……おそらく、あれが隊長機と見た。気になるのはスパイラルのような機体に乗っていることだが……それは捕虜から聞き出せばいい話だ)」
その中でもライガが注目していたのは敵部隊の隊長機――ニレイと彼女が駆る謎のMFである。
アンノウンが運用するMFは全てスパイラルに酷似した機体なのだが、ニレイの搭乗機は他とは少し異なるカスタマイズが施されているように見える。
また、それを操るドライバーの操縦技量も決して低くはなく、少なくともスターライガの前に出て戦う権利は持ち合わせていそうだった。
「随分と上から目線ね。そんなに自分よりも強い奴と戦いたいの?」
ライガがそんなことを思っていると、リリーは幼馴染の考えていることをズバリ言い当ててみせる。
「そうだな……エースとしての誇りが弱い者いじめは許さないし、効率的な観点からも雑魚の相手をするのは考え物だ。エースにはエースをぶつけなければ勝てないぞ」
「ふーん、そういうものかなぁ」
自分から話を切り出してきたのに興味無さそうな反応を示すリリーは放っておき、注目に値する敵機へと狙いを定めるライガ。
「クローネ、俺のバックアップに就け! リリーとサレナは2機で1機を追い込むんだ! 相手の素性が分からん以上、単独戦闘は禁止する!」
「クイックシルバー、了解。隊長の援護に就きます」
実戦経験が皆無なクローネに援護を任せ、ライガは彼女と共に謎のMFへと襲い掛かるのだった。
「回避運動が遅い! 直撃させる!」
「お願い、当たって!」
相手の動きの甘さをすぐに見抜き、偏差射撃を仕掛けるライガとそれに追従するクローネ。
「ッ! 外れてくれ!」
それを察知したニレイは反射的に操縦桿を動かし、間一髪のところで蒼い光線をかわしていく。
あと1秒反応が遅れたら直撃していたかもしれなかった。
「(あの白いサキモリ、他の連中よりも明らかに射撃精度が高い……! 少しでも動きを鈍らせたら間違い無く狙い撃たれる!)」
相手が自分と同じ戦闘スタイルだと判断したニレイは、自らがそこまで得意とはしていない近距離戦闘による応戦を試みる。
ちなみに、サキモリというは彼女ら「月の民」が運用している、MFに酷似した機動兵器のことだ。
月の民は最近実用化されたサキモリ「アメハヅチ・モ-01 ツクヨミ」以外の機動兵器を知らないため、彼女らにとっては「サキモリ」が搭乗型ロボット全般を指す新しい言葉となっている。
「敵の精鋭に格闘戦を仕掛ける! 後方から援護射撃を頼む!」
「「了解!」」
副官たちに援護攻撃を任せ、ビームソードによく似た光学格闘武器「光刃刀」を抜刀しながら突撃するニレイのツクヨミ。
だが、彼女が思っている以上に白いサキモリ――ライガのパルトナ・メガミは強力な機体だったのだ。
「もらった! この間合いならかわせまい!」
パルトナの動きを捉えたニレイは必中を確信し、ツクヨミが握っている光刃刀を思いっ切り振り下ろす。
開戦前に何度もこなしてきた訓練では敵役の防御態勢を切り崩し、確実にコックピットを抉り取れるとされているほどの至近距離だ。
「チッ!」
しかし、ライガの常人離れした反応速度はツクヨミの攻撃を一瞬で見切り、最小限の回避運動で鋭くも大味な一閃をかわしていく。
反射的に発した舌打ちも「しまった!」というより、「無粋な攻撃だな!」といった程度の意味合いにすぎない。
彼はパルトナのコックピットを狙った一撃を、僅かコンマ数秒の間に抜刀したビームソードで完璧に切り払っていたのだ。
「なッ……弾かれただと!?」
「勢いは買うがそれだけだ! 迂闊に攻めに転じたことを後悔しろ!」
必中を期した斬撃を切り払われたことで少なからず動揺するニレイに対し、ドッグファイトの主導権を掴んだライガはここから猛烈な反撃へと移る。
相手が遠距離戦を得意としていることは既に見抜ているため、間合いを取られないよう彼は素早い連続攻撃でニレイが採れる選択肢を封じていく。
「(この強さ……ユキヒメ様と同等かそれ以上だ……!)」
月の民最強と云われる上官に匹敵する戦闘力を目の当たりにし、戦慄を抱かざるを得ないニレイ。
もし、帰艦限界線が無かったら猛攻を捌き切れず撃墜されていたかもしれなかった。
「隊長! 後方より新たな敵部隊が来ます!」
「ッ、目の前の連中の相手だけで手一杯だというのに!」
刻々と悪化していく状況に対し、ニレイは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
一方、援軍の登場を待ち侘びていたアルファ小隊の面々――特にライガはこの状況を歓迎していた。
「遅いですよ、ルナール先輩! 付き合ってた頃は10分前には待ち合わせ場所に来てたのに」
「悪い悪い、歳を取ると大雑把になってしまってな。それに、ここはデートスポットとしては些か騒がしい場所のようだ」
スターライガ側の援軍――エプシロン小隊を率いているのはルナール・オロルクリフ。
シャルラハロート家と並ぶ名門オロルクリフ家の次期当主にして優れた実力を持つエースドライバー。
……そして、ライガの元恋人である。
「それはともかく……騒がしい所はあまり好きじゃなくてな。雑音は始末するまでだ」
戦場の状況を見たルナールはすぐに愛機「LP700-RM ストラディヴァリウス」のレーザーライフルを構え、その銃口をニレイのツクヨミへと向けて警告射撃を行う。
まるで、「2発目はコックピットを撃ち抜くぞ」と言わんばかりに。
「(どうする、ミナヅキ・ニレイ? このままでは全滅必至だぞ……)」
「隊長、帰艦限界線が近付いています! ここは撤退すべきです!」
自問自答していたニレイが副官の報告を受けレーダー画面へ視線を移すと、確かに戦闘行動半径を示す赤いラインと自機の位置が重なりつつあるのが分かる。
これ以上変な意地を張って粘るべきではない。
「ああ……白部隊各機、戦闘中止! すぐに撤退を開始しろ! 『星落とし』はもはや誰にも止められまい!」
「「「了解!」」」
貴重な機体と兵士の損耗を避けるため、僚機に戦闘を中止させ撤退を指示するニレイ。
彼女が率いる白部隊だけでなく、月の民の残存戦力全てが戦闘宙域から離脱していく。
戦う意志を収めた以上、スターライガが彼女らを追撃する必要性は無かった。
「退いてくれたか。だが、本番はここからだな。あのコロニーをどうするべきか……」
戦闘自体はとりあえず収束へと向かい始め、ホッと一息吐くライガ。
しかし、彼らにはまだやるべきこと――コロニーの落下阻止という前代未聞の大仕事が残されていたのだ。




