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【BOG-8】ヘラクレスの柱(後編)

「隊長、戦線が後退しています!」

「分かっている! どうやら、野蛮人どもは意地でもこの基地を潰す気らしいな」

部下からの報告を聞いたスズランが唸る。

今回の戦闘において彼女は25機の戦闘機と16機のMFを既に撃墜しているが、それでも地球側の猛攻を止めるには至らなかった。

そもそも、1人の撃墜王が大局に与える影響など微々たるものであり、重要なのはスズランの奮闘が戦友たちの士気を高めているという点だ。

「諦めるな、まだ負けてはいない!」

「撃てば当たる! それぐらい敵は密集しているぞ!」

「新兵は突出しないで。我々はヨミヅキ隊の撃ち漏らしの掃除に専念するわよ」

防衛線を崩されつつある状況下でもルナサリアンの士気は高く、戦況は膠着状態に陥っている。

「(オデッサの蒼い奴……お前もこの空にいるはずだ)」

不用意に突っ込んで来たハイパーホーネットのコックピットを潰しつつ周囲を見渡すスズラン。

地表の方へ視線を移したその時、見覚えのある3機の蒼いMFが上昇して来るのを捉えた。

「見つけた……! 全機、蒼いモビルフォーミュラは我が隊で引き受ける! それ以外の者は雑兵の相手に注力しろ!」

ヨミヅキ隊は一糸乱れぬフォーメーションを維持しながら蒼いMF―ゲイル隊のオーディールへ狙いを定めるのだった。


 一方、ツクヨミの編隊が向かって来る様子はゲイル隊からもしっかりと確認できていた。

「やはり来たか……各機、今日はエース部隊との戦いに付き合ってもらうぞ」

ヨミヅキ隊の機数を見たセシルは即座にスレイとアヤネルを追従させることを決める。

単純に数のハンデを補いたいのが一つ。

だが、最大の理由は部下を目が届く範囲に置いておきたいからだ。

150機ほどの航空機が飛び交う戦場で彼女たちを放任するとどこに行くか分からないし、「目を離したスキに落とされました」ではそれこそセシルの責任問題に繋がる。

自分の立場と部下の身を守るためにも、今回はスレイたちをエース部隊と戦わせることにした。

生き残ることができれば貴重な経験として今後の戦いにも役立つだろう。


「ゲイル2、了解! 訓練の成果を見せつけてやりますよ!」

「こちらゲイル3、了解。私は隊長機の援護に就きます」

最低限の操縦技量を認められ嬉々とした反応を見せるスレイ。

あまり感情を出さないアヤネルはよく分からないが、自ら援護を申し出た点は評価に値する。

「オデッサで使った強襲戦法はおそらく見切られる。最初の一手は『トライアングル』で仕掛けるぞ!」

「「了解!」」

セシルが指示を下すと同時に2機のオーディールはノーマル形態へ姿を変え、各々が装備する射撃武装の攻撃準備を整えた。

切り込み役を担当する彼女の機体はまだ変形しない。

「(もっと引き付けて取り巻きを排除し、隊長機に一撃を叩き込むか……!)」

敵編隊の動向に注意しながらセシルは一斉射撃のタイミングを窺う。

2つの部隊の距離がどんどん詰まっていき、双方の操縦者たちは操縦桿を強く握り締める。

「今だッ! ファイアッ!!」

「撃てッ!」

セシルとスズランの号令が交錯する時、ゲイル隊とヨミヅキ隊の直接対決が幕を開けた。


「トライアングル」とはオリエント国防空軍の部隊長が学ぶ基本的なフォーメーションの一つで、少数の前衛に対し多数の後衛が援護攻撃を行う戦術である。

機数の割合は前衛1:後衛2のパターンが多く採用され、上から見ると三角形のような配置をしているためこの名が付いた。

ゲイル隊はセシルが格闘戦、それ以外の2人が射撃戦を得意としているうえ操縦技量にも差があることから、近距離型且つ腕利きのセシルが突出するトライアングルは相性が良いのだ。

後衛の機体は露払い及び隊長機のカバー、自機の守りに集中すればいい。

実戦でこのフォーメーションを使用するのは初めてだったが、スレイたちの命中精度は予想以上に高かった。

「やったー! 敵機撃墜!」

ヘッドオンからのマイクロミサイル発射で華麗に敵を落とし、ガッツポーズを決めるスレイ。

彼女と違いセシルが初めて有人機を撃墜した際は手の震えが止まらなかったのに、なんと無邪気なものか。

「クソッ……! ゲイル3、被弾した!」

一方、レーザーライフルで迎え撃ったアヤネルはマークスマンばりの正確な射撃で複数機を撃墜していたが、攻撃が向かわなかった敵機から反撃を受けてしまう。

幸い相手の攻撃は左肩の装甲を破壊するだけにとどまり、機体その物へのダメージは無きに等しかった。

「ここは……私の距離だッ!」

僚機の濃密な援護攻撃を背にセシルは敵部隊の隊長機―スズランのツクヨミへと襲い掛かる。


 オーディールのビームソードとツクヨミの光刃刀は何度も切り結び、その回数だけ明け方の空に蒼い閃光が生じる。

「私のツクヨミを同胞の物と一緒にしてもらっては困る!」

スズランのツクヨミ指揮官仕様は他の機体に比べて高度なチューニングが施されており、オーディールに力負けしないだけのパワーを誇る。

「あれがゲイル隊の隊長か……噂通りの実力だ」

「あまり戦場を荒らすな。ヨミヅキ隊の邪魔になる」

「あの蒼いMFに乗っているのがゲイル隊ってヤツか」

「僚機が良い動きをしている。そちらにも注意を払え」

エース部隊同士の戦いに敵味方双方の将兵が見とれていた。

あらゆる操縦技術と装備、機体性能、そして集中力を引き出してのドックファイト。

セシルとスズランは戦士として現時点で持ちうる全力を尽くし戦う。

両者が戦場で学んできたことは全く違うはずだが、その実力は完全に拮抗していた。

彼女たちの部下も隊長同士の真剣勝負へ横槍を入れようとはせず、決闘の行く末を見守っている。


「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

スズランの気迫に応えるようにツクヨミは光刃刀を振りかざし、蒼き一閃がオーディールのビームソードを弾き飛ばした。

「ッ!」

ここまで追い込まれたことで、さすがのセシルも焦りの色をみせる。

本来オーディールには標準装備のビームソード2基以外にいくつかの格闘武装がオプション装備として用意されているが、今回はそれらを持って来なかったのが仇となった。

僚機から貸してもらおうにも結構遠い位置にいるため、辿り着く前にバッサリ斬られてしまうだろう。

「隊長……! どうしよう……」

セシルの危機を察したスレイがシリアスな声を漏らす。

既に推進剤も少なくなっているオーディールは地上へ着地し、それを追い掛けるようにツクヨミも大地へ降り立った。


「(こうなったらライフルとカラテで立ち回るしかないか……!)」

意を決してファイティングポーズの構えを取るセシルのオーディール。

だが、その姿を見たスズランのツクヨミは左手で柄のような物を差し出す。

「お前、刀を扱ったことはあるか?」

ツクヨミのマニピュレータが握っていたのは光刃刀の柄。

予備武装として右腰に装備されていたものである。

「カタナ? ああ、『セブン・サムライ』で少しは知っている」

「? ……とにかく、使いこなせるならこれで勝負を続けろ。刀を失った相手に勝っても意味は無い」

そう言うとスズランは半ば強引に光刃刀をセシルへ押し付け、自身も改めて刀身を再出力する。

「(異星人の武器だぞ、これ。ちゃんと機能するんだろうな)」

純正品ではない武器を握ったことでHISに警告メッセージが表示されるが、セシルは正常に作動するよう火器管制システムの調整を続ける。

「……よし、認識してくれたようだ」

フォルダの配置やファイアウォールの設定を少し弄ったことで光刃刀へのエネルギー供給が行われ、オーディールは(つるぎ)を取り戻した。

その様子を見たスズランは衛士兜(エイシトウ)の中で秘かに笑みを浮かべる。

「不思議なものだな、サキモリ用に造られた刀がモビルフォーミュラでも使えるとは。まあいい、正々堂々と……!」

光刃刀を構え直したスズランのツクヨミ。

「勝負ッ!」

ビームソードと同じような構え方で迎え撃つセシルのオーディール。

蒼き光の刃が再び交錯した。


 ビームソードと光刃刀―。

素人目には同じような武器に見えるかもしれないが、実際の特性には結構違いがある。

最も顕著な違いとしては刀身の形状が挙げられる。

刺突を重視するビームソードはグリップから刀身が真っ直ぐ出力され、エネルギーに縦方向のバイアスが掛かっている。

一方、光刃刀はその名の通り日本刀のような刀身を形成し、エネルギーのバイアスを振り下ろす方向へ掛けることで斬撃に最適化している。

つまり、根本的な性質が正反対となっているのだ。

「(くっ……! やはり斬撃特化の武器は扱い辛いな)」

刺突剣を使い慣れているセシルは初めこそ光刃刀の扱いに手こずっていたが、そこはオリエント国防空軍有数のエースドライバー。

数回の振り抜きと見様見真似の模倣によって使い方を会得し、すぐにスズランと互角の鍔迫り合いを行えるようになる。

「(この女……戦いの中で更に進化しているとでもいうのか!)」

気が付けば劣勢に立たされているのはスズランの方だった。

徒手空拳や投げ技まで総動員した100回以上にわたる切り結びの末、セシルのオーディールは渾身の一撃を繰り出す。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

その斬撃をツクヨミが受け止めた時、2基の光刃刀はエネルギーを放出し切って完全に沈黙するのだった。


 剣が折れてもなお臨戦態勢を崩さない2機だったが、オーディールが光刃刀の柄をツクヨミへ投げ返したことで決闘は必然的に終了した。

「悪いな、やはり短時間で借り物の性能を引き出すことはできなかったらしい」

そう、あれほどの戦いぶりをみせながらセシルは光刃刀を使いこなしたとは考えていなかったのだ。

「それに『自らの剣で強敵を討ちたい』という私なりの拘りもある」

返却された光刃刀を愛機の右腰へ収めながらスズランが尋ねる。

「……これからも誇りだけで戦い続けるつもりか、お前は」

しばしの沈黙の後、敵前でヘルメットを脱ぎながらセシルはこう答えた。

「私はプロフェッショナル―言うなれば職業軍人だ。あくまでも任務遂行を最優先としつつ、クリーンな戦いをするよう心掛けているにすぎない」

それに応えるカタチでスズランも衛士兜を外し、あれほど蔑視していた地球人の前で素顔を晒す。

「ウサギの耳が付いている……!」


 黒いセミショートに青い瞳―その姿はホモ・ステッラ・トランスウォランスと何ら変わらなかった。

先祖からの遺伝でウサ耳を残しているオリエント人も少なからず存在するので、事前知識が無ければ異星人だとは気付かないだろう。


「なるほど、ユキヒメ様がお前に注目している理由がよく分かった。この蒼い惑星が育んだ生粋の戦士……いい目をしている」

地球人と月の民の間に一種の友情が芽生えようとしていた時、スズランに対して部下からの通信が入る。

「隊長ッ!! 今すぐ撤退を開始してください!」

「落ち着け、それは上からの命令か?」

声だけで分かるほど取り乱している部下を窘め、彼女は撤退命令が正式に下されたものかを問い直す。

「基地司令部からの暗号通信―『鉄の雨よ、抗う敵を呑み込め』って……!」

「なんだと!?」

それを聞いたスズランは思わず驚愕し、セシルに向かって叫ぶのだった。

「大勢は決した! お前も部下を連れて撤退しろッ!」

セブン・サムライ

日本の映画監督アキラ・クロサワが制作した20世紀の名作映画。

本国でのタイトルは「七人の侍」である。


衛士兜

役割はコンバットスーツのヘルメットと同じ。

HANSデバイスに相当する装備を持たない点やバイザーの開口部の広さなどが大きな違いである。


エネルギーのバイアス

作中世界(特にMF分野)におけるビームとレーザーは元々同じ技術であり、「バイアス」という制御技術によってどちらかに分かれる。

基本的には「バイアスを掛けて位置を固定するもの」がビーム、「バイアスを掛けず射出するもの」がレーザーと呼ばれる。

これはバイアスが生じるとエネルギーの減衰も極端に早まり、射程距離が低下するためである。

なお、不思議なことにルナサリアンも光学兵器に関して全く同じ技術を持っている。

※あくまでもスターライガシリーズにおける設定です。

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