【MOD-5】非公式戦闘(後編)
「全機、攻撃タイミングは俺の指示に合わせろ!」
所属不明機たちが迫り来る中、操縦桿のトリガーに指を掛けながら一斉射撃の時を窺うライガ。
編隊を維持したまま突っ込んで来るか、それともギリギリのところで散開に転ずるか――。
スターライガの次の一手は相手の動きに合わせて決めることになる。
「(フッ、正面から俺たちのフォーメーションを食い破るつもりか……面白い! 無傷で切り抜けられるとは思うなよ!)」
相手がヘッドオン勝負を仕掛けてくると確信し、ライガのパルトナは敵編隊の先頭を飛ぶ隊長機へ狙いを定める。
おそらく、相手のほうもライフルの銃口を「野蛮人ども」へ向けているはずだ。
レーザーライフルの有効射程に入るまで1000、900、700、500、300、100……!
「今だッ! ファイア! ファイアッ!」
次の瞬間、ライガの合図とほぼ同時にスターライガ側の機体から蒼い光線が放たれ、戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
二つの大編隊が交錯した直後、所属不明機たちの中から数機が黒煙を噴きながら落伍していく。
一方、スターライガ側には特に目立った被害は見られない。
「やったぜ! へへッ、動体視力と射撃の腕には自信があるのさ!」
直撃弾を与えた敵機からドライバーがベイルアウトするのを確認し、グッとガッツポーズを決めるマリン。
「抜からないで、マリン! あのベイルアウトしたドライバーの身柄を確保しなさい!」
それを見たレガリアは何か良いアイデアが思い付いたのか、喜ぶマリンを窘めつつ彼女へ敵兵の回収を指示する。
「何だって!?」
「所属不明機がどこからやって来て、何の意図を持って私たちの警告を無視したのか――それを直接聞き出したいのよ」
そう、レガリアはずっと気になって仕方なかったのだ。
自分たちと酷似した技術体系を持ちながら、あらゆるデータベースに引っ掛からない謎の敵の正体のことが……。
「得体の知れない敵を生け捕りにしろとは、レガリアさんらしい大胆不敵なアイデアだな」
大胆というか無茶苦茶というか、マリンは師匠の「作戦」に皮肉交じりの称賛を送る。
別の組織に所属する人間である以上、レガリアの指示に従うか否かはマリンの自由だ。
同業他社の業務へ干渉するほどスターライガも鬼ではないし、獲物の横取りに代表される営業妨害は後々遺恨を残すことになる。
しかし、マリン個人としては敵の正体が気になるのも事実であった。
「……いいぜ、最大限の努力はしてみる」
「そうそう、ハリウッド映画にもよくあるでしょ? 捕らえた敵兵から重要な情報を引き出し、それが伏線として機能する展開とかね」
「相手がちゃんと口を割ってくれるタイプだと良いんだがな……まあいい、ちょっくら回収を試みてくるぜ。レガリアさん、できればその間の援護を頼む!」
結局、師匠の「作戦」に乗ったマリンはスロットルペダルを踏み込み、愛機ストレーガを加速させながら宇宙空間を漂流する敵ドライバーの近くへと向かうのだった。
「分かったわ……でも、直掩をやるのは私じゃないわよ。ガンマ小隊、キリシマ・ファミリーの援護をお願い!」
弟子直々に援護を頼まれたのに、何を思ったのかそれをサニーズ率いるガンマ小隊へ押し付けるレガリア。
「それは貴様が任された仕事だろう?」
当然、サニーズは呆れたように肩をすくめながら「お前がやれ」と反論する。
別に引き受けても構わなかったが、同時に自分がやる仕事でもないと彼女は考えていた。
「私の機体、インターセプトは得意だけど纏わりつく敵機を引き剥がすのは苦手なのよ。それに……」
「それに?」
「……未知なる相手の実力、確かめてみたいと思ってね」
そう答えながらレガリアは狭いコックピットの中で拳を鳴らす。
MFドライバー……いや、元来は狩猟民族であったオリエント人としての闘争本能が、彼女の闘志に火を点けていたのだ。
「チッ、いくら歳を取ってもお前はMF乗りというわけだな。ああ、分かったよ! 宇宙海賊どもの援護、私たちがやってやろうじゃないか!」
戦友の思いに一定の理解を示し、彼女の「お願い」を聞き入れたサニーズは小隊各機を引き連れキリシマ・ファミリーを追い掛け始める。
「頼んだわよ、サニーズ!」
それを見届けながらレガリアは編隊を整え直し、先ほど撃ち漏らした敵機の追撃態勢に移行するのであった。
アルファ小隊とベータ小隊が他の敵機を相手取っていた頃、マリン率いるキリシマ・ファミリーのMF部隊は漂流中の敵ドライバーを「保護」しようとしていた。
キリシマ・ファミリーはRMロックフォード・RM5-20 スパイラルをスターライガが独自発展させた「RM5-20C スパイラルC型」の供給を受けており、マリン以外のメンバーは主にこの機体に搭乗している。
「暴れんなよ……下手に動いたら拾い損ねて殴っちまうからな!」
宇宙空間を漂う敵ドライバーへゆっくりと近付き、マニピュレータで優しく受け止めるマリンのストレーガ。
確保できたところでマニピュレータの指を折り曲げ、逃げられないように上半身をしっかりと拘束しておく。
宇宙海賊と揶揄されることもあり、キリシマ・ファミリーはこういった「壊れ物」を扱う作業には手慣れていた。
「親分、敵機に見られてるぜ! こっちに迫って来る!」
「分かってる! あんまり飛ばしたら握ってる奴が潰れちまうんだよ!」
部下の報告よりも先にマリンは敵機の姿を確認していたが、捕らえている敵ドライバーの安全を考慮すると機体の動作を制限せざるを得ない。
いつもの感覚で加減速や旋回を行った場合、その時に掛かる強烈なGでうっかり殺してしまうかもしれないからだ。
また、右手で人を確保しているため携行武装を使用することができず、ストレーガの攻撃手段は固定式機関砲と脚部ミサイルポッドに限られていた。
「カリン、ナイナ、マリータ! ボクの周囲をカバーしろ!」
「「「おぅッ!」」」
子分たちのスパイラルを自機の周囲へ集めつつ、マリンは戦場からの離脱を試みるが……。
「クソッ、このままじゃ追い付かれる! スターライガ! どうにかしろよ!」
子分の援護や防御兵装を駆使して必死に逃げ回るマリンのストレーガだったが、敵機との距離は少しずつ確実に詰まっていた。
「先に行ってください、親分! 追っ手の相手は私たちが……!」
「ダメだ! ボクの援護に集中しろ!」
早まって敵機を迎え撃とうとするマリータを窘め、あくまでも自身のカバーだけを行うよう命ずるマリン。
彼女は分かっていたのだ、スターライガによる援護攻撃がじきに飛んで来ることを。
「5時方向より複数の飛翔体接近! これは……味方機の攻撃だ!」
レーダーで味方機――スターライガの攻撃を確認したナイナが叫んだ次の瞬間、キリシマ・ファミリーと所属不明機たちの間に複数発のマイクロミサイルが撃ち込まれ、蒼白い閃光を炸裂させる。
「うッ! 眩しいッ……!?」
「狼狽えるな! 計器飛行で追跡を続行しろ!」
至近距離で目潰しを食らった所属不明機たちはさすがに怯まざるを得ず、その隙を突いてキリシマ・ファミリーの4機は一気に距離を引き離す。
「へッ、ありがたいぜチルドさん! キリシマ・ファミリーよりスターライガへ、これより本機は戦闘宙域を離脱する!」
先ほどのマイクロミサイルがチルド機の攻撃だと見抜いたマリンは感謝の言葉を述べ、無事に戦闘宙域から離脱していく。
「いいのいいの! 困った時はお互い様でしょ?」
「油断するなよ、チルド! アンノウンどもには既に撃墜命令が出ている! やるぞ!」
「わ、分かってるわよ!」
一人ドヤ顔を決めているであろうチルドに注意しつつ、サニーズは最も手近な敵機へ攻撃を仕掛けるのであった。
サニーズ率いるガンマ小隊の戦術は至ってシンプルだ。
遠距離攻撃を得意とするチルドのスーパースティーリアが濃密な弾幕を形成し、敵部隊を撹乱したところへサニーズのシルフシュヴァリエが素早く切り込む――基本的にはこれだけである。
大抵の場合はサニーズが敵を一掃してしまうが、万が一仕留め損ねた時は中衛のロサノヴァとランが対処することになる。
なお、今回はロサノヴァ不在且つランの実戦経験にも不安要素があるため、中衛を廃した「前衛1・後衛2」のフォーメーションを採用している。
4機編隊はMFの世界では主流とは言い難いが、スターライガがあえてこの形式を選んでいるのはフォーメーションに柔軟性を持たせやすいからであった。
「お前らの相手は宇宙海賊ではなくこっちだ!」
キリシマ・ファミリーの追跡に戻ろうとしていた敵機のバックパックへドロップキックを叩き込み、その反動で後方宙返りをしながらレーザーアサルトライフルを構えるシルフシュヴァリエ。
無重力状態という前提があるとはいえ、機動兵器でここまでアクロバティックな動きができるのはサニーズの高い操縦技量のおかげだ。
「剣を抜くまでも無い……これでチェックメイトだ!」
彼女は敵機が反撃態勢へ移るよりも先に操縦桿のトリガーを引く。
次の瞬間、スパイラルに酷似した謎のMFは蒼い光弾で蜂の巣にされてしまう。
レーザーアサルトライフルの射撃が止まった時、コックピットを破壊された敵機は物言わぬ屍と化していた。
一方その頃、ガンマ小隊へ仕事を押し付けたレガリアも敵部隊との交戦を開始していた。
彼女が率いるベータ小隊は4機中3機が可変機であり、機動力を活かした一撃離脱戦法で相手を封殺する戦い方を得意としている。
ただし、ニブルスのベルフェゴールは支援機なので直接的な戦闘力が低く、ソフィに関しては実戦経験という不安要素があるため、実際にダメージソースとして期待できるのはシャルラハロート姉妹と彼女らの機体だけだ。
もっとも、レガリアが駆るバルトライヒとブランデルの愛機「FR-HC9300 プレアデス」はパワフルな機体であり、特に格闘武装に関しては高い攻撃力を有している。
「ニブルス、ソフィ! あんたたちは後衛に回って! 相手の実力が分からない以上、深追いは避けるように!」
「ベルフェゴール、了解!」
「こちらフォルテ、分かりました! ブランデルさんについて行きます!」
経験豊富なドライバーであるブランデルの指示を素直に聞き入れ、シャルラハロート姉妹の後方へと配置に就くニブルスとソフィ。
ちなみに、スターライガは戦闘中はメンバーを機体名で呼び合うことが多いが、同一機種に乗るドライバー(ソフィとクローネとランなど)を区別するためのTACネームも決められており、ソフィの「フォルテ」はその一例である。
「(何かしら……少し悪い予感がするわ。これが杞憂で済めばいいんだけど……)」
その光景を静かに見守るレガリアであったが、彼女は長年の経験に基づく「前兆」を感じ取っており、未知なる敵の動向に少なからず不安を抱いていた。
戦場を包み込みつつある「異常な空気」を感じ取っていたのはレガリアだけではない。
「(何だろう……この感覚が来る時に限ってロクなことが起こらないのよね……)」
そう、リリーもまた同じような不安を抱いていたのだ。
彼女の直感は的中率が比較的高く、それに人生経験が加わることで申し訳程度の未来予測が可能となっていた。
……もちろん、100年も生きているとヤマ勘が外れることは決して珍しくないし、悪い方向に予想が当たりまくることもあるのだが。
「リリー、お前だ! 後方に注意ッ!」
「ッ! 大丈夫、気付いてるから!」
ライガの警告よりも先に敵機の存在を感知し、リリーは愛機フルールドゥリスの上半身だけを素早く振り向かせる。
機体の左手にはスターライガ製MF共通の標準レーザーライフルが握り締められていた。
「当たれぇ!」
正確に狙いを定めている時間は無い。
敵機の姿とHIS上のレティクルが重なった瞬間、彼女は操縦桿のトリガーを引く。
「なッ……! かわし切れ――!」
銃口が向けられていることに気付いた敵機はすぐに回避運動へ移ろうとしたが、残念ながらコンマ数秒ほど遅かったらしい。
そう、リリーのフルールドゥリスが反射的に放った一撃は、謎のMFの腹部を見事貫いていたのだ。
「ふぅ……」
敵機撃墜を確認し、一息入れるリリー。
「やるもんだな。シミュレータ訓練じゃ平均程度の命中率なのに、実戦ではキッチリと当てられる――本番に強いというのは良いことだ」
ライガの指摘通り、訓練ではやる気が出ないのか妹のサレナに後れを取りがちなリリーだが、実戦の戦果に関しては彼女のほうが上回る傾向が見受けられる。
「そうそう! いくら訓練の成績が良くても、実戦で結果を残さなきゃ……ねぇ?」
幼馴染に褒められたリリーは上機嫌になり、ドヤ顔をしながら黒いMF――サレナのクリノスを見やる。
「……ゴホン! 悪かったわね、技量と結果が伴わなくって!」
姉から完全にナメられているサレナはわざとらしい咳払いで誤魔化し、これ以上煽られないよう話題のすり替えを図る。
無駄な口論を避け、穏便な姉妹関係を維持するやり方はさすが心理学者と言うべきか。
「二人とも、避難民を乗せたシャトルが――って、何よあれは!?」
クリノスのコックピットからサレナが指差しているのは避難用のシャトル。
だが、彼女の蒼い瞳はシャトルではなくコロニー自体へと向けられていた。
「コロニーが壊れていく……いや、ブロックごとに分解しているというの!?」
ユーロステーションの異変に気付いたスターライガ及び防衛部隊の面々は呆気に取られていたが、落ち着きを取り戻したレガリアはすぐに新たな指示を下す。
「ッ……! 全機、シャトルの安全確保を優先して! コロニーの崩壊及び敵機の攻撃から何としてでも守り抜くのよ!」
「こちらアルファ小隊、了解した!」
「ガンマ小隊、了解」
「コロニー防衛部隊よりスターライガへ、微力ながら我々も協力する! 敵機の誘引ぐらいなら任せてくれ!」
非戦闘員を守るため、各々に最も近いシャトルへと近付くスターライガ及びコロニー防衛部隊だったが……。




