【BOG-7】ヘラクレスの柱(前編)
2132/03/27
05:21(UTC+1)
Gibraltar,British Overseas Territories
Operation Name:PERSEUS
ここはジブラルタルの国際空港を接収して建設された、ルナサリアンの前線基地。
彼女らは偵察作戦や地球側の「裏切り者」がもたらした情報から敵襲が来ると察知しており、防空態勢の構築を急ピッチで進めていた。
「(偵察機が撮ってきた空撮写真にはモンツァの基地を潰した艦隊が写っていたらしい。もしかしたら、私の機体に傷を付けた精鋭も今回の作戦に参加しているかもな……)」
ローマ包囲戦と同時に行われていたヴェネツィア制圧戦を成功させたスズランの部隊は休む間も無くジブラルタルへ帰還、オデッサ作戦からのトリプルヘッダーで防空戦に臨む。
「各機、相手にするのは基地へ向かってくる敵だけでいい。今日は撃墜数稼ぎをしている余裕は無いぞ」
部下たちにそう言い聞かせるとスズランは愛機ツクヨミを滑走路へ進入させ、発進の時を待つ。
「ヨミヅキ隊、離陸を許可します」
「了解、ヨミヅキ隊全機出撃する!」
E-OSドライヴとメインスラスターの甲高い音を轟かせながら多数のツクヨミが明け方の空へ飛び立っていくのだった。
その頃、北の方角からは多種多様な可変型MFで構成された編隊がジブラルタルへ向かっていた。
もちろん、これらはオリエント国防軍の部隊ではない。
ジブラルタル攻略にあたり共同作戦を行うこととなったスターライガの機体である。
「バルトライヒより各機、状況を報告しなさい」
ジブラルタル方面隊の指揮を任されたレガリアは僚機に機体のコンディションを確認させる。
不調の機体がいたら引き返させなければならないし、数が多ければ作戦中止もやむを得ないからだ。
「こちらプレアデス、少々ずれているけど問題無いよ」
全高5mを超える大型MF「FR-HC9300 プレアデス」を駆るのはレガリアの義妹であるブランデル・シャルラハロート。
姉と同程度の実戦経験を持つブランデルは本作戦における要となるだろう。
「こちらベルフェゴール、機体に異常はありません」
可変型支援機として開発された「AKN-X4000 ベルフェゴール」のドライバーはニブルス・オブライエン。
彼女は元々ブランデルの専属秘書にすぎなかったが、自らMFに乗って戦うことを志願した。
「こちらクオリア、大丈夫大丈夫!」
オーディールに近いフォルムの「KI-QS514 クオリア」にはコマージ・ハルトマンが乗っている。
空軍在籍経験を持つコマージは10年前にレガリアのヘッドハンティングを受けて移籍し、優秀な可変機乗りとしてバルトライヒやクオリアの開発に携わっていた。
「こちらトリアキス、私もOKよ」
そして、スマートなシルエットが特徴の「ZHN-X89 トリアキス」を操るのがヒナ・リントヴルム。
彼女もオリエント国防空軍からスターライガへ移籍してきたドライバーであり、ベテラン勢からお墨付きを貰うほどの技量を持つ。
スターライガがジブラルタル攻略のために抽出した戦力は以上の5名だけだ。
それ以外の人員と母艦スカーレット・ワルキューレは大規模作戦が予想されるドーバー海峡方面へ向かっている。
「東の空に明るみが……朝が来る」
「この朝焼けはできれば平和な時に見たかったわね」
感慨深げに呟くヒナを肯定するようにレガリアが答える。
レーダーによる捕捉を避けるため彼女らは低空を超高速で翔け抜けており、その甲斐あって強襲前に見つかるという事態には至っていない。
「作戦開始まであと15分。このペースなら時間ピッタリに『会場』へ到着しそうだね」
補助計器盤に設置されているアナログ時計で現在時刻を確認するブランデル。
おそらく、ジブラルタル基地が目視できる頃には戦闘が始まっているだろう。
「ええ、早すぎず遅すぎずといったところかしら」
妹の軽口に反応しつつレガリアはHISで作戦の最終確認を行うのだった。
「敵襲! 敵襲! 対空射撃急げッ!」
ジブラルタル基地に配備された無数の対空兵器が火を噴き、野蛮人たちの兵器を狙い撃つ。
先陣を切ったのはタイフーン及びEF-18 ハイパーホーネットといった全領域戦闘機で構成されるスペイン空軍の部隊だ。
母国の空と大地―そして愛する人や友人を奪われ尽くした彼らのルナサリアンに対する憎悪は凄まじいモノがあった。
「くたばりやがれ、スペースインベーダーッ!」
憎しみを乗せた一撃が地上施設や迎撃に上がってきたツクヨミを撃ち砕く。
だが、憎しみに呑まれた者が辿る末路は……。
「突っ込み過ぎだ! カルロス!」
味方が叫んだ時にはもう遅かった。
カルロスという名のパイロットが乗るタイフーンは蒼い光線に貫かれ、燃料や兵装への誘爆により一瞬で火の玉へと変わっていた。
「ゲイル2、もっと周りを見ろ! 囲まれるぞ!」
「くっ……空が狭い!」
爆装した戦闘機が対地攻撃を行う中、ゲイル隊は多数の迎撃機を相手取っている。
ルナサリアンのエースと互角以上に戦えるゲイル隊の存在は敵味方双方に知れ渡っており、ヨーロッパのパイロットたちからは「ゲイル隊がいれば勝てるかもしれない」という声さえ聞かれた。
一方、ルナサリアンの間では「墜とせば勲章ものの相手」と認識され、迎撃部隊には「蒼いモビルフォーミュラを優先的に狙え」という命令さえ出ている。
それが理由なのかは分からないが、今日のゲイル隊は何かと敵に纏わりつかれることが多い。
「こいつら、落としても落としてもキリがない! どこから湧いて来るんだ!?」
敵機と鍔迫り合いを繰り広げながら叫ぶアヤネル。
彼女は元々射撃を得意とするドライバーだが、貴重な実戦経験を積んだことで格闘戦もそれなりにこなせるようになった。
とはいえ、初めて経験するであろう敵味方が入り乱れる混戦はさすがに苦しそうだ。
「待ってろ、こっちに何機か引き付けてやる!」
部下を助けるためセシルは兵装をレーザーライフルへ持ち替え、アヤネル機の近くにいる敵機に対してちょっかいを掛ける。
「お前らが探している相手は私だ!」
試しに牽制射撃を行ったところ、予想以上の数の敵機が反応してくれた。
「蒼いモビルフォーミュラの隊長機……スズラン様が言っていた奴だな」
「野蛮人の間では最強だとしても、我ら月の民に敵うものか!」
どうやら、彼女らにはセシルが大将首に見えるらしい。
……命の見積もりがあまりにも甘いことを証明する必要がありそうだ。
1機のツクヨミが光線銃を連射しながら距離を詰めてくる。
「(攻撃行動に躊躇が無い。これがルナサリアンの戦い方か……だが!)」
敵機の動きを見極めたセシルのオーディールは最小限の回避運動で攻撃をかわし、素早く反撃態勢を整える。
地球上には「重力」と「大気」があるということを忘れてはならない。
この2つの要素をモノにできるのが真の実力派ドライバーといえる。
「ホームグラウンドでの空戦なら負けはしない!」
敵機が反転するよりも早くセシルは操縦桿のトリガーを引き、ツクヨミが無防備に晒していた腹部をレーザーライフルで撃ち抜く。
「まずは1つ! 次の相手はどいつだ!」
撃墜確認を行いながら周囲を見渡していると、別の敵機が後方から迫って来るのが分かった。
それを察知したセシルはすぐにビームソードへ持ち替え、機体を素早く方向転換させる。
「こいつ……背中に目でも付いているのか!?」
相手の反応速度にツクヨミのエイシは驚きを隠せなかったものの、躊躇うこと無く突撃を敢行する。
速度を乗せた刺突に対してはついつい身構えがちだが、それは模範解答とは言い難い。
正しい対処法は「切り払って受け流す」である。
「(回避? いや、反撃で落とすべきか!)」
次の瞬間、オーディールのビームソードとツクヨミの光刃刀が交錯する。
数秒間の鍔迫り合いの末、わずかながら高出力なオーディールが敵機の光刃刀を弾いた。
「なにィ!? 野蛮人の機体如きに出力が負けているのか!?」
渾身の一撃を受け流されたことで体勢を大きく崩すツクヨミ。
その隙を見逃さなかったセシルはビームソードを敵機のバックパックへ突き立てるのだった。
「これで2つか……まだツワモノが出て来ていないな」
セシルは不思議に思っていた。
彼女自身としては結構大暴れしているつもりなのだが、以前戦ったルナサリアンのエースをまだ見かけていないのだ。
「(オデッサで戦った奴かアキヅキのどちらかがいるはずだ!)」
そんな事を考えながら戦っていると、敵機の斬撃を受け止めた角度が悪くビームソードを落としてしまう。
左手首のビームソードを抜刀するための猶予は無い。
そこで左腕のビームシールドを用いて物理的に敵機を押し返し、握り拳を作った右手のマニピュレータで反撃の鉄拳を叩き込む。
「兵器で殴り合いですって!? おのれ野蛮人!」
最新兵器が繰り出す原始的な攻撃に驚くルナサリアンには目もくれず、セシルのオーディールは連続パンチとトドメの前蹴りでツクヨミを大地へ叩き落した。
「2分で3機撃墜なら上出来……いや、これで満足するわけにはいけない」
機体をファイター形態へ変形させ、セシルは部下たちの所へ合流するのだった。
一方、対空砲火を潜り抜け敵基地への突入に成功したスターライガは驚異的なハイペースで地上施設を破壊していく。
ブランデルやコマージは本当は空戦に参加したいのだが、給与に関わってくるので黙々と「仕事」に取り組んでいるのだ。
とはいえ、死角から突然敵機が湧いてきたり友軍の爆撃に巻き込まれそうになるため、意外にスリリングではある。
「うがぁっ!? 近くにマーベリックを撃ち込むなよ!」
対空車両を狙っていたブランデルの目と鼻の先に空対地ミサイル「AGM-65L マーベリック」が着弾し、危うく彼女のプレアデスも爆撃されそうになった。
「マーベリック? うわぁ!?」
知らないミサイルの名前に気を取られていたニブルスは敵機の奇襲に対応できず姿勢を崩してしまう。
偶発的とはいえ、MFで尻餅をつくなど彼女もなかなか器用なものである。
「あわわ……撃たないでください!」
実戦経験の少なさが混乱を呼び、操縦桿を上手く動かせないニブルス。
光線銃の銃口がベルフェゴールに向けられた時、一つの紅い影がツクヨミへと襲い掛かった。
「ニブルス! 機体を立て直して!」
紅い影―バルトライヒは速度を乗せたシールドバッシュで敵機を弾き飛ばし、仰向けに倒れ込んだところへ固定式機関砲の集中攻撃を浴びせる。
腹部や操縦席を蜂の巣にされたツクヨミは沈黙し、二度と立ち上がることは無い。
敵エイシの惨状を見たレガリアはあえて何も語らなかった。
「やれやれ……ニブルス、漏らしてない?」
「いい年してお漏らしはしませんよ……!」
彼女にしては珍しい冗談で旧友を気遣い右マニピュレータを差し伸べるが、その必要は無さそうだ。
「さて、この包囲網をどうやって切り抜けようかしら」
戦闘機による空襲は確かに効果を挙げているものの、対空兵器や地上施設を狙ったものであるため敵機の数はあまり減っていない。
撃ち漏らした敵機が向かう先は―そう、空中またはレガリアたちがいる地上である。
見た目からして強そうな機体に乗っているためか、あるいは大暴れして目立ち過ぎたせいか―。
レーダーディスプレイでは敵機を示す赤い光点が自分たちを示す緑色の光点を取り囲んでいた。
「各機、私の所へ集合! 一点集中で強行突破を―」
レガリアが指示を出そうとしていた時、3機編隊のMFが地面を薙ぎ払うような対地攻撃と共に上空をフライパスしていく。
「危ないなぁ、誤爆したらどうすんのさ!」
何処かへ飛び去った編隊に向かって抗議するコマージ。
愛機クオリアの両手を使った迫真のジェスチャーまでみせている。
だが、彼女らの正確無比な攻撃により包囲網が大きく崩されたのも事実だ。
「蒼い機体、例のマーク……」
「どうした、姉さん? 上を通った連中が分かったのか?」
仲間たちが思わず防御態勢を取っていた時、レガリアのバルトライヒだけは直立不動の姿勢で真上を通過するMFの姿を見極めていた。
「ブラン、特等席を活かせなかったわね。あれが噂のゲイル隊だと思うわ」
それを聞いたブランデルは一転して嬉しそうな表情を浮かべる。
「へぇ……あれが今時の国防空軍のエース部隊ってわけね」
オリエント国防空軍第3航空師団第85戦闘飛行隊「ゲイル」。
彼女らは味方の士気を高め敵の戦意を打ち砕く、言うなれば「戦況を変えるチカラ」を徐々に芽生えさせつつあった。