【BOG-71】BRAVE OF GLORY
嵐吹き荒れ、雷雲唸る。
天で生まれし巨星はこの世に災いをもたらすべく、火の塊となって蒼い惑星へ墜ちる。
災いの星を打ち壊すため、大いなる決意を胸に勇者たちは立ち上がる。
母なる星、生まれ育った祖国、大切な友人――そして、愛する人を護るために。
蒼き勇者は往く、心に槍を掲げ……月明かりが照らす星空へと!
※「新訳オリエント神話-第8章 疾風編-」より抜粋。
「プロキオン1からポラリスへ、これより俺たちもコロニー攻撃に参加する。現況を報告してくれ――ああ、それとデータリンクもな」
南の空より飛来するMFの大部隊――その集団の先頭を飛ぶプロキオン隊のフェルナンドはAWACSへデータリンクを要請する。
所属不明機たちを無事に退け、彼らはある程度戦力を温存することができていたのだ。
「悪くはないが良くもない。コロニーは自壊が進んでいるが、こちらも敵増援が暴れ回ったせいで随分と戦力を削られてしまった」
データリンクの更新作業を行いつつMF部隊へ厳しい現実を伝えるポラリス。
ゲイル隊とブフェーラ隊がいなかったら、ルナサリアンの4機に本当に壊滅させられていたかもしれない。
「あのコロニーの近くでやり合っているのが『最後の敵』かしら?」
デアデビル1――ニュクスが愛機タイガーリリーのマニピュレータで指し示す先には、激しい高機動戦闘を繰り広げる二つの蒼い光の姿があった。
「そこか! 確実に仕留めるッ!」
「良い太刀筋だが……甘いぞ!」
コロニーが大量の破片を撒き散らしながら崩壊していく中、熾烈なドッグファイトを続けていたセシルとユキヒメ。
「凄い……同じ機体に乗ってるはずなのに、あそこまで動きのキレが違うなんて……!」
「あの人は特別なのさ、スレイ。私たちがどんなに頑張ったところで、同じレベルにはなれても追い越すことはできない」
スレイとアヤネルは隊長機への援護を一度は試みたものの、他者の介入を許さないハイレベルな戦闘と途方も無い気迫に圧倒され、傑出したエース同士の一騎打ちをただ見守ることしかできなかった。
「……ふむ、潮時か」
大量の敵増援とコロニーが燃え墜ちていく姿を見たユキヒメのツクヨミは武器を下ろし、戦闘続行の意志が無いことをセシルへ示す。
勝敗は決した、この作戦は我々月の民の負けだ――。
それがユキヒメの下した結論であった。
「何だ? 終わったのか……?」
敵機が突然戦意を見せなくなったことを訝しみ、逆に警戒心を強めるセシル。
世の中には降参すると見せかけて騙し討ちをしてくる愚か者もいる以上、用心に越したことは無い。
しかし、その一方で彼女は「ユキヒメはそんな卑怯なマネはしない」と信じていた。
「セシル・アリアンロッド……貴様にこれを預ける」
そう言いながらユキヒメは先ほどまで使用していたカタナを鞘に収め、自機よりも少し下方にいる蒼いMFに向かって放り投げる。
「おっと!」
突然の出来事だったがセシルは愛機オーディールMの両手で何とか受け取り、ルナサリアンの高い技術力の結晶をまじまじと観察する。
ユキヒメにとっては命よりも大事かもしれない、丁寧に鍛え上げられた銀色の刃。
それをなぜ彼女は敵であるセシルへと託したのだろうか。
「勘違いするなよ、セシル。そのカタナはあくまでも貴様に預けるだけだ。もし、貴様が死線を潜り抜け月までやって来たら……その時に返してもらう」
敵増援の集結を確認し、踵を返すように東の方へ飛び去って行くユキヒメのツクヨミ。
「マンガやアニメのキャラクターみたいなことを……!」
一目散に逃げていく彼女へセシルの愚痴は届かない――と思いきや、オープンチャンネルの通信回線はまだ繋がっていた。
「フッ、伊達や酔狂でこんなことをしているわけではない。貴様が月に辿り着く日を待っているぞ」
その言葉を最後に通信は途絶え、ユキヒメ機の機影もレーダー上からロストしてしまう。
今更追い掛けても間に合わないし、そもそもセシルはそんなことをしている場合では無い。
「(アキヅキ・ユキヒメ……お前ともいずれ決着を付けねばならないか)」
預かり物を背部ハードポイントへ無理矢理はめ込みつつ、彼女はスレイとアヤネルを集合させ指示を下す。
「ゲイル各機、あのコロニーを食い止めるぞ! 理由は明白だ!」
「ゲイル2、了解! ここで……ここで奇跡を起こしましょう!」
「ゲイル3了解! あれも人が造った物……ならば、人の手で壊せるはずだ!」
ゲイル隊の3機を先頭に大勢のMFが集結し、真っ二つに分裂しつつあるコロニーへと向かう。
国籍も人種も性別も越え、彼女らは未来を掴むための戦いへ挑むのだった。
人類史上最大級のメガストラクチャーであるスペースコロニーは計画当初から「スペースデブリの衝突やテロ攻撃に対する脆弱性」が指摘されており、宇宙移民反対派はこの欠点を批判材料として度々利用していた。
もちろん、その問題は宇宙移民計画の推進派も重々承知していたため、現在実用化されているコロニーは戦艦の主砲一斉射でも簡単には貫通されない外壁を採用している。
また、テロ攻撃に関してはコロニー毎に防衛部隊を駐留させることで24時間監視体制を整え、不審者を簡単には近付けさせないようになっている。
……ただし、この堅牢さはあくまでも外壁に限った話だ。
居住区域を構えるコロニー内部はどうしても脆い部分があり、万が一テロリストの侵入を許してしまうと致命的な結果を招く可能性が高い。
「――つまり、内側から攻撃すれば効率良くダメージを与えられるということだな?」
リリスからコロニーの構造について教えられたセシルはこう聞き返す。
彼女は純粋な地球生まれの地球育ち――所謂「テラリアン」であり、コロニー内の生活環境などについては疎いところがある。
一方、同じ地球生まれでもリリスは親の都合で宇宙に住んでいた期間が長いため、コロニーの構造をある程度熟知していたのだ。
堅牢な外壁がダメなら、多少は脆い内側から食い破ればいい――。
これこそがコロニー暮らしの長いリリスが導き出した結論であった。
100機近いMFが炎上するコロニー内部へなだれ込み、一斉攻撃を行うために集結していく。
オーディール、スターメモリー、タイガーリリー、スパイラルⅡ、ピーコック――。
様々な機種が雑多に集まったこの大群の目的はただ一つ、スペースコロニーの完全破壊である。
「攻撃タイミングは誰が出すんだ?」
「ゲイル1でいいんじゃないか?」
「よし、じゃあ彼女に伝えてくれ。『攻撃タイミングの指示はあんたに任せる』とな」
アメリカ空軍ドライバーたちに端を発した「提案」は他の部隊へバトンのように回され、徐々にゲイル隊のもとへ近付いていく。
元々は混線を恐れゲイル隊への直接通信ができなかっただけなのだが、これが結果として攻撃部隊の連帯感を高めることに繋がった。
「アメリカ軍機より通信文が……ええっと、『攻撃タイミングはゲイル1へ一任する』とのことです」
「了解した、その通信はセシル中佐まで伝わっているのか? 念のために送信しておいてくれ」
十数もの部隊の間を転々としていった末、最終的に「提案」はブフェーラ隊のもとへ流れ着く。
「『攻撃タイミングはゲイル1へ一任する』――か。おい、セシル!」
通信文を確認したリリスはすぐ近くにいるセシルを呼び、彼女の機体へ「提案」を直接送信する。
「みんながお前の指示を待っているぞ。最後ぐらいはキッチリと締めてくれよ……蒼き勇者!」
そう言いながらサムズアップで激励するリリスに対し、全く同じハンドサインでそれに応えるセシル。
「セシル姉さま……!」
「セシル中佐!」
「隊長!」
「セシル!」
ローゼル、ヴァイル、スレイ、そしてアヤネル――。
彼女らに対しても力強く頷いて見せ、セシルは「勇者」として全軍へ指示を下すのだった。
「ゲイル1より全機、ありったけの火力を叩き込めッ! 銃身が灼け付くまで撃ち続けるんだッ!!」
設計当初の想定を大きく上回るダメージを受け、為す術無く崩壊していくスペースコロニー。
リリスの予想通り、内部からの攻撃は効果覿面だったのだ。
しかし、あまりにも強烈な一斉攻撃は新たな問題を招いてしまうことになる。
「マズいぞ! 今の攻撃で破片が一気に落ちてくる!」
MFよりも巨大な鉄の塊を間一髪のところでかわすリリスのオーディール。
一斉攻撃であちこちに風穴を開けた結果、コロニーはもはや自重を支えることさえできなくなり、自壊が一気に進み始めたのである。
「チッ、破片なんかにぶつかりはしない!」
アヤネルは使い切ってしまったレーザーライフルを投げ捨て、ビームソードで破片を切り払いながら離脱を試みる。
スレイやブフェーラ隊の面々も彼女に続くが、セシルだけはそれについて行くことができない。
「クソッ……なんて巨大な破片――いや、壁なんだ! これが最後の試練なのか!」
なぜならば、彼女の行く手を阻むかのように巨大な外壁の残骸が落下し、コロニー内部を文字通り分断してしまったからであった。
「(困ったな……外壁をビームソードでくり抜くのは少し厳しいか)」
機体のエネルギー残量を確認しながら心の中で嘆くセシル。
彼女の愛機オーディールMはユキヒメとの激闘でエネルギーを消耗しており、低出力モード以外は使用できない状況にまで陥っていた。
ビーム刀剣類は機体から供給されるエネルギーで刀身を形成するため、エネルギー量が足りないと使い物にならないのだ。
この危機的状況でエネルギー切れを誘発し、機体の制御システムをシャットダウンさせるわけにはいかない。
「セシル、聞こえるか!」
その時、外壁の向こう側にいるであろうリリスの声がセシルの耳へと入って来る。
一刻の猶予も許さない状況であるためか、リリスは応答を確認するよりも先に親友へ「打開策」を告げるのだった。
「お前が取り残された区画には船舶用の宇宙港がある! まだ潰されてなければそこから外へ出られるかもしれない!」
リリスが示している宇宙港はスペースコロニーの後部――太陽光リフレクター兼用ソーラーパネルのヒンジ部に建設されており、完成状態のコロニーであれば通常時における唯一の出入口となる。
未完成状態なら隙間から強引に抜けられるかもしれないが、いつ崩壊するかも分からない状況でそれをやるのはリスクが大きすぎるだろう。
もちろん、肝心の宇宙港が既に破壊されている可能性も否定できない。
「もし、宇宙港がダメになっていたらどうする?」
それを懸念していたセシルは「プランB」について聞き返すが、リリスの答えはあまりにも無責任で――しかし、同時に親友への信頼を感じさせるものであった。
「その時はその時だ。まあ、お前の腕なら突破口ぐらい切り拓けるだろ?」
「フッ……結局、最後はノリと勢いでどうにかしろというわけか」
リリスの無茶振りのおかげで少しだけ肩の力がほぐれ、自嘲気味に笑い始めるセシル。
彼女は月まで持って行かねばならない「預かり物」を託されたのである。
だから、こんなところで朽ち果てるわけにはいかなかった。
「(やるぞ、オーディール……! 今こそ『G-FREE』で翔け抜ける時だ!)」
荷重制限を解除しつつセシルは機体をファイター形態に変形させ、スロットルペダルを思いっ切り踏み込み宇宙港の方を目指す。
彼女以外にもコロニー分断に巻き込まれた機体が十数機いるが、今は味方へ構っている暇は無い。
自らの生き残りを最優先し、余裕ができた時に手を差し伸べる程度でいいだろう。
自分の身すら守れない者が他人の命を守ることなどできないのだ。
「(破片が降り注いでくる……ええい、このまま突っ切るしか!)」
細かな破片なら避けるまでも無いと判断し、蒼いMFは針路を変えずにデブリの雨を翔け抜けていく。
一つ一つは小さいとはいえ音速に近い速度で突っ込んだため、破片が機体へぶつかるたびに「ガンッ!」という心臓に悪い衝撃音が聞こえてくる。
機体と同程度以上のデブリだけをかわしながら進んで行くと、やがて宇宙港らしき構造物の一部分が姿を現した。
一見したところ、まだMFが通過できる程度には持ちこたえているように見える。
「(あそこさえ抜ければ、外に広がるのは星の海――か)」
建設途中の宇宙港を突破する以外に脱出口は無い。
人生で最も慎重且つ大胆な操縦が必要とされる瞬間――失敗したらあの世逝きの一発勝負に備え、セシルは深くゆっくりと息を吸い込むのであった。
崩壊が進みつつある宇宙港の内部へ意を決して突入する蒼いMF。
パナマックスを超えるような超大型貨物船の入港を想定した港は非常に広大だが、所々に落下している瓦礫のせいでお世辞にも飛びやすいとは言えなかった。
事実、場所によってはMF1機が辛うじて通過できるような隙間しか残されておらず、セシルは小回りが利くノーマル形態と機動力に優れるファイター形態を使い分けながら外の世界を目指す。
「(さっきから警告音が鳴りっ放しだ! それは分かっているから、もう少しだけ我慢しろ!)」
対地接近警報、エネルギー残量、推進剤残量、変形機構過剰使用警報――。
ありとあらゆる警報装置が表示するエラーメッセージの数にうんざりしたセシルは、操縦に全神経を集中させるためこれら安全装置の電源を全て落とす。
本来なら始末書ものの問題行動だが、今はそんなことを気にしている場合では無い。
そもそも、ここで死んでしまったら始末書さえ書けないのだから。
永遠にも感じられるほどの長い時間。
先に脱出したスレイたちやブフェーラ隊の面々は「最後の一人」を辛抱強く待ち続けていた。
「見ろ! コロニーがバラバラになっていくぞ……!」
その時、持ち前の視力で宇宙港部分を見守っていたアヤネルが声を上げる。
大気圏突入前の攻防とその後の空力加熱、そして地球側の迎撃戦闘による攻撃――。
これらのダメージが溜まりに溜まった結果、コロニーは文字通り「バラバラ」になってしまったのだ。
それによって生じる大量のデブリはとても小さく、仮に地上へ降り注いだとしても都市が消滅するほどの被害は起きないだろう。
……そう、完璧とはいかないまでもコロニー破壊作戦は成功に終わったのである。
「セシル姉さまは? 彼女の機体はまだ確認できないの!?」
「落ち着いて、ローゼル。識別信号はちゃんと捉えているから……!」
幼馴染が帰って来ないことに焦りを抱くローゼルを窘め、自分たちの隊長が健在であることを伝えるスレイ。
次の瞬間、流星雨と化しつつあったコロニーの中から1機の蒼いMFが現れる。
彼女は傷付き疲れ果てながらも力強く星空を翔け、その姿と生存報告を以って自らの無事を誇示するのだった。
「ゲイル1より各機、全員無事だな? さあ、みんな帰るぞ!」
嵐止み、雷雲消ゆ。
天より降りし「凶兆の星」は勇気ある者たちの手で打ち砕かれ、闇夜を彩る空の欠片としてアメリカに降り注いだ。
私はあの戦いを管制した瞬間を一度も忘れたことは無いし、これからも記憶の中に留め続けるだろう。
いつしか、人は勇気ある彼女らをこう呼ぶようになった。
――「蒼き勇者」と。
(シミオン・エイムズ氏の回顧録『こちら空中管制機ポラリス』より抜粋)
【テラリアン】
対義語は「スペーシアン」。
宇宙移民開始から数十年経っているため、オリエント連邦には宇宙で生まれ育った人も数多くいる。
【変形機構過剰使用警報】
変形機構の乱用は機体に相応の負荷が掛かり、最悪の場合動作不良を起こす可能性がある。
そのため、機体の保護を目的に可変機の変形には一定のインターバルが設けられている。
この警報は変形機構へ規定以上の負荷が掛かっていることを知らせ、トラブル発生を未然に防ぐことを目的としている。




