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【BOG-6】地中海クルーズ

 ルナサリアンの周到な作戦に翻弄されたイタリア軍は首都ローマを放棄、シチリア島まで後退し過酷な戦いを強いられているという。

一方、包囲網が形成される前に西方へ抜けることに成功したオリエント国防海軍第8艦隊は現在リヨン湾の洋上を航行している。

ここから先はルナサリアンに制空権を掌握されているため、迂闊に空中を飛ぶと狙い撃ちされる可能性があるからだ。

ちなみに、第17高機動水雷戦隊の活躍で攻め落とされたモンツァの前線基地は同艦隊の撤退後自爆し、サーキットの歴史的建造物もその多くが失われてしまった。


 ローマ防衛に関する報告はサビーヌ中将が上層部へ行うとして、メルトは無茶をしでかしてくれた航空隊を叱責しなければならない。

「―気持ちは分かるわよ。あなた、『自分よりも強い奴と戦いたい』って大学の頃から言ってたもんね」

今回の命令違反に関する報告書を見たメルトはセシルだけを艦長室へ呼び出し、スレイとアヤネルはとりあえず不問に付すこととした。

アドミラル・エイトケン所属の航空隊はゲイル隊しか存在せず、3人全員を謹慎処分にすると飛ばせる艦載機が無くなってしまうからである。

もっとも、スレイたちは指揮官としての教育を受けていないため、どちらにせよセシル抜きだと軍事作戦に参加できないのだが。

「だけど、私の撤退命令だけは守って欲しかったな……」

セシルに対して背を向けているので彼女は気付かなかったが、メルトの表情はどこか悲しそうであった。

「……次からは気を付ける。だから、お前に命令されなくても必ず生還してやるさ。無論、部下たちも私の目の黒いうちは死なせはしない」

そう言うとセシルは立ち上がり、かつての級友の左肩へ優しく右手を添える。

「はぁ……無茶はしないでよ、本当に……」

結局、自ら殿を務めた意欲や敵のトップエースを追い詰めたという実績も考慮された結果、セシルに対し下された裁定は「執行猶予付きの謹慎処分」にとどめられた。


 命令違反に対する裁定を聞き終えたセシルは自室へ書類を置き、今度は格納庫へと向かう。

「ミキ、次の作戦までに機体の修理は間に合いそう……じゃなさそうだな」

上半身と下半身に分けられている愛機オーディールMの姿を見たセシルの表情が曇る。

修理が必要な状況に陥ったのは機体性能を限界以上に引き出す操縦スタイルのせいである。

「ああ、次の作戦とやらの日程がこっちまで伝わってないんだが、いずれにせよ簡単には直せそうにないね」

ミキによると目に見えるダメージを受けているのは脚部だけであり、両腕含む上半身は整備だけで問題無いらしい。

だが、その脚部が修理よりもスペアパーツに交換したほうが手っ取り早いほどの状態であるため、実際の交換作業及び再調整に少し時間が必要だという。

幸いアドミラル・エイトケンには作戦用の機体に加えて予備機が3機搭載されており、予備機の脚部をセシルが乗っていた個体へ一時的に移植することになる。

予備機へ乗り換えないのはセシル用に調整し直す手間を省くためだ。

「ま、機体が直ってもドライバーが謹慎処分じゃ―」

「執行猶予付きだ。しばらく大人しくしていれば帳消しになる」

それを聞いたミキは何か納得したような表情でセシルを見つめる。

「ふーん、『お姉さん』の口添えでもあったのか?」

「姉さんは関係無い……! 機体の状況を確認したし、私はもう戻るぞ」

姉の存在を出されたセシルは唇を尖らせ、若干不機嫌そうに格納庫から立ち去るのだった。


「―はい、セシル・アリアンロッドです……って姉さんか」

その日の夜、軍から支給されている通信端末に一本の電話が掛かってくる。

相手はカリーヌ・アリアンロッド大佐。

オリエント国防軍ヴワル空軍基地の司令官にして優秀なテストドライバー。

……そして、セシルの実の姉である。

彼女が空軍へ入隊したのは7歳年上のカリーヌの影響も大きい。

「ローマが落ちたって聞いたから心配で電話してみたけど、少なくともあなたは問題無さそうね」

「ああ、私はもっと北の方にいたからな」

「……それはそうと、メルトちゃんに『お姉さんから少し叱りつけてくれ』って頼まれてるのよ」

そう言うとカリーヌは「佐官としての自覚」「まだ若いのだから無理するな」という趣旨で妹の命令違反を窘める。

時に頑固者と化すことで有名なセシルだが、さすがの彼女も姉の説教は大人しく聞いていた。


「―とにかく、腕に自信があるとしても無理し過ぎないように! あまりメルトちゃんを心配させたらダメよ!」

「姉さん、どうしてメルトの名前が出てくるんだ?」

それを聞いたカリーヌは頭を抱え、電話越しでも分かるほど深いため息を漏らす。

「はぁ……ここまで鈍感とはね」

「え?」

「何でもないわ。それよりも、戦況が落ち着いて帰国できたら家に帰って来なさい。たまには父さんと母さんへ元気な顔を見せてあげなくちゃ」

カリーヌが暮らしているヴワル市とアリアンロッド家の屋敷があるリバールトゥール市は高速鉄道で結ばれているため、その気になれば日帰りで行き来することも十分できる。

一方、海軍へ派遣されているセシルはヴワル空軍基地の独身寮の自室をほとんど空けている状態であり、クリスマスや年末年始を除くと故郷にはほとんど帰っていない。

「そうだな……クリスマスまでに戦争が終わるといいんだが」

子どもの頃、当時空軍の将官だった父ペローズとクリスマスを過ごせるよう毎年流れ星に願っていた日々を思い出しつつ、セシルは通話を終えるのであった。


 翌日、ゲイル隊の3人とミキは艦内食堂で昼食をとっていた。

オリエント国防軍は食中毒発生時の指揮系統崩壊を防ぐため、佐官以上(または指揮官クラス)とそれ以外(尉官、下士官、兵)では食事メニューを分けており、同じテーブルに着いている4人の中でセシルだけがパスタ主体の食事にありついている。

スレイはマッシュポテト、アヤネルとミキはパンを主食に選んでいた。

「そういやさ、みんなは次の作戦でジブラルタルに行くんだって?」

黙々とライ麦パンをかじっていたミキが誰ともなしに質問する。

「ああ、西ヨーロッパ各国の軍と共同で一大反攻作戦を行うらしい。第8艦隊は彼らの代わりにルナサリアンの大きな基地を潰しに行くそうだ」

カルボナーラを食べながらセシルはこう返答する。


 イベリア半島とフランスを完全攻略し、ドイツの首都ベルリンまで陥落させたルナサリアンはその勢いに乗じてイギリスへ攻め込もうとしている。

危機感を抱いたイギリス政府は今も徹底抗戦を続けるスペイン軍やドイツ軍の戦力を掻き集め、ドーバー海峡を最終防衛ラインとした撃滅作戦を実行する予定だという。

成功すればヨーロッパ奪還に向けた重要な一歩となるだろうが、もし失敗すればヨーロッパは完全にルナサリアンの手に落ちてしまう。

つまり、ヨーロッパ諸国からすれば絶対に勝たなければならない戦いということである。


 一方、ルナサリアンは緒戦で制圧したジブラルタル海峡沿岸部に極めて大規模な基地を構えている。

制圧直後にイギリス軍を中心とした乾坤一擲の攻略作戦が決行されたが、この時は戦力差や悪天候が重なったことで歴史的惨敗を喫しており、制空権の喪失などもあってそれ以来ジブラルタルに対する攻撃は行われていない。

だが、オリエント国防軍は1個艦隊+αの戦力でジブラルタルを攻め落とそうというのだ。

バックアップとしてヨーロッパ諸国やロシア海軍が控えているとはいえ、上層部は相当無茶な作戦を考え付くものである。


「ドーバー海峡とジブラルタルは互いに本命と陽動を兼ねている―というわけね」

ミキの観察眼は非常に素晴らしい。

技術士官としては確かに優秀だが、仮にセシルの父のように政治将校の道を選んだとしても出世できただろう。

「今回の作戦に関しては良いニュースと悪いニュースがある」

セシルはエスプレッソを一口飲み、部下たちの目を見ながらそう告げる。

大切な話をする時は相手の目を見るのがオリエント人のマナーである。

「悪いニュースはルナサリアンが二方面に割けるだけの戦力を有していること」

ルナサリアンの具体的な総兵力は不明だが、一説ではヨーロッパ方面だけで120万人ほどの兵士が動員されているという試算が出された。

これは世界最大の軍隊であるアメリカ軍の現役軍人数に匹敵する数値であり、アフリカ大陸や東南アジアへ展開している戦力を含むと200万を超えるともいわれている。

例えるなら「アメリカ軍に匹敵する兵力及びオリエント国防軍と同等の技術力を有する軍隊」なのだ。

一国だけで闇雲に抵抗しても勝てるわけがない。


「では、良いニュースとは?」

パンを一口サイズに千切りながらアヤネルが至極当然の質問をぶつけた。

「スターライガが地球へ降下し、『心強い援軍』をジブラルタル攻略作戦に参加させてくれるらしい」

それを聞いたアヤネルたちは思わず手を止め、驚いたようにセシルの顔を見る。

「スターライガ……あの人たちも地球に降りないといけないほど、正規軍は厳しいみたいですね」

徴兵されるまで軍事に全く興味が無かったスレイでもスターライガぐらいは知っている。

セシルたちが生まれる少し前に起きた「バイオロイド事件」をわずか14機のMFと1隻の護衛空母で終結へ導いた、22世紀の民間軍事会社―所謂「プライベーター」のパイオニア的存在である。

バイオロイド事件以来様々な同業者が現れては消える中、先駆者たるスターライガは常に模範的なプライベーターとして30年ものあいだ業界をリードし続けている。

……「模範的」というのは世の中には悪徳業者も存在するからだ。

戦争の混乱に乗じて彼らが好き勝手しなければいいのだが。


 時を同じくしてここは宇宙空間。

スターライガの母艦である全領域航空戦艦「スカーレット・ワルキューレ」は既に低軌道まで高度を落としており、大気圏突入の最終準備を進めている。

艦内のブリーフィングルームでは前線指揮官のライガ・ダーステイ、事実上の総責任者であるレガリア・シャルラハロート、そしてスカーレット・ワルキューレの艦長を務めるミッコ・サロがオリエント国防軍との共同作戦の最終確認を行っていた。

「頼むぜレガリア。ドーバー海峡(こっち)は『女王陛下の軍』が本腰を入れてくれるだろうが、ジブラルタル方面はハッキリ言って戦力不足だからな。厳しいかもしれないが……お前の実力とバルトライヒの性能を信じたい」

そう激励しながらライガは旧友の肩に手を置く。

レガリアとの間には15cmほど身長差があるため、実際は彼女の肩の高さにライガの顔が並ぶ感じだ。

ちなみに、バルトライヒというのはXRM-2016 シュピールベルクに代わるレガリアの新たな愛機である。


「ええ、『コロニー落とし』の阻止に失敗した汚名はここで返上しておかないとね」

重要な役割を任されたレガリアの決意は固い。

というのもルナサリアンの巧みな戦術に翻弄されたスターライガはコロニー落としを未然に防ぐことができず、その結果SNSなどで民間人から猛烈な非難に晒されたからだ。

若いメンバーの中には困惑している者も少なくなく、このままでは士気低下に繋がってしまうかもしれない。

悪評の払拭、何かと便宜を図ってくれるオリエント国防軍への協力、コロニー落としの犠牲となった人々への贖罪―様々な思惑はあれど、月世界からの侵略者は徹底的に叩くつもりだ。


「レガリア、この艦はドーバー海峡方面に向かうからあなたたちを拾えないわ。海軍の古い知り合いと話を付けているから、作戦終了後は彼女が指揮する艦隊の空母に着艦させてもらいなさい」

ミッコが手元のタブレット端末を操作すると、HIS表示装置にオリエント国防海軍第8艦隊所属の航空母艦の3Dモデルが立体投影される。

正規空母のモデルには「Akatsuki」、軽空母のモデルには「Ronah」「Klueze」と艦名が表記されていた。

「分かりました、ミッコさん。ドーバー海峡方面はそちらにお任せします」

レガリアが敬語を使っていることから分かる通り、ミッコは彼女やライガよりも少し年上である。

3人とも近い時期にオリエント国防軍にいたのだが、ミッコだけは海軍所属だったため空軍軍人の他2人とは面識が無かった。

まあ、少し長くなるのでミッコがスターライガへ参加した経緯は別の機会に話すとしよう。


「そっちに若い連中を押し付けて申し訳ないが、ちゃんとお嬢ちゃんたちに作戦内容を伝えておけよ」

「フフッ、あなたこそブリーフィング中に居眠りされないよう気を付けてね」

ベテランの余裕というべきか、互いに軽口をたたきながら退室していくライガとレガリア。

2人の様子をミッコは微笑みながら見守っていた。

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