【BOG-64】コーヒーブレイク
シーモア・ジョンソン空軍基地――。
ノースカロライナ州ゴールズボロに所在するこの基地は、先月まで「ドラゴン」撃墜作戦やケネディ宇宙センター(KSC)奪還作戦の拠点として機能していた。
超兵器が墜ち、KSC奪還作戦も無期限延期となったことで、多くの兵力が首都に近いアンドルーズ空軍基地へ移動したため、今は最低限の防衛戦力しか残されていない閑散な基地と化している。
「やあ、セシル。アメリカ空軍の制服はどう?」
「ちょっとぶかぶかしてるが……裸よりはマシだ」
医務室に近い休憩スペースでコーヒーを飲んでいたリリスと落ち合うセシル。
彼女らはアメリカ空軍の女性士官用制服を借りており、見慣れない服装を互いにからかっていた。
MF搭乗時に着用するコンバットスーツは日常生活を想定したものではないうえ、検査の結果放射能に汚染されていることが判明したため、この基地で廃棄処分してもらうことになったのだ。
それを着ていたセシルたちも当然放射能汚染が疑われたが、健康診断では特に異常が見つかることは無かった。
とはいえ、核爆発に間近で遭遇したことは紛れも無い事実なので、医者からは「気になることがあったら、すぐに医療関係者へ相談するように」と忠告を受けている。
ちなみに、セシルに関しては鉄拳制裁のダメージのほうが大きかったため、鎮痛剤を処方してもらっていた。
今回の戦闘に関する情報を一通り交換し合ったところで、リリスはいよいよ本題を切り出す。
「『天に凶兆の星は満ちる』――」
「ん? 何だそれは?」
「私の隊と戦ったルナサリアンが去り際に残した言葉よ」
素っ頓狂な声を上げていたローゼルよりは落ち着いているが、やはりセシルもこの言葉の意味は理解しかねているようだ。
彼女が抱く疑問に答えるため、当時の状況を交えながらリリスは話を続けていく。
「奴は最後に『《天空の星の都》は最終兵器となり、再びこの星へ墜ちる』と言っていた。これは私の予想なんだけど、『天空の星の都』とはスペースコロニーを指してるんじゃないかな」
「スペースコロニーが再びこの星へ墜ちる――まさか、ルナサリアンは一度ならず二度も『コロニー落とし』をやるつもりなのか……!」
ルナサリアンの意図を察したセシルは怒りを抑え切れず、飲み物を入れるつもりだった紙コップをグシャっと握り潰していた。
オリエント人が広い宇宙へ希望を見い出し、そこで生きるために造ったスペースコロニー。
それを大質量兵器として転用した挙句、人口密集地へ落とすという無差別攻撃――祖国の宇宙開発を踏みにじるような行為など、到底認められるハズが無かったのだ。
「隊長……どうしたんですか? そんな怖い顔をして……」
その声を聞いたセシルが顔を上げると、そこには医務室から出てきたスレイが心配そうに立っていた。
「スレイか……身体のほうは大丈夫みたいだな」
「ええ……それよりも、コロニーが何とかって話をしてたみたいですけど……」
そう言いながらスレイはセシルたちが座るベンチの左隣へ腰を下ろす。
「気にするな。コロニーも最早安全ではないという話をしていただけだ」
コロニー落としの可能性――。
部下へ伝えるべきか否かを迷った末、セシルは伝えないことを選んだ。
端的な情報では本当に起こり得るのか確証が持てず、デマゴーグで翻弄するわけにはいかないというのが一つ。
そして、核兵器の使用というショックが残っている中、追い打ちを掛けるような不安を与えたくないという理由も大きかった。
「コロニー落とし……」
「! 聞いていたのか……!」
しかし、セシルのそういった配慮も空しく、スレイは彼女らの言いたいことを察してしまっていた。
「この基地、結構声が反響するみたいですから」
「……そうか、ならば隠す必要もあるまい。これはリリスからの情報筋なんだが、どうやらルナサリアンは最終手段として2度目のコロニー落としを決行する腹積もりらしい」
隊長の話に相槌を打ちながら耳を傾けるスレイ。
「ああ、そういえば一つ気になることがあったんだ」
ここで傍聴者に徹していたリリスが突然何かを思い出し、セシルとスレイの会話へ割って入る。
「核爆発が起きた時、うちの隊と戦っていたルナサリアンは明らかに動揺していた。おそらく、核弾頭の使用は現場まで伝わってなかったのかもしれない」
大量破壊兵器の運用を巡る意思疎通のトラブル――。
そういえば、セシルとアヤネルが戦っていた相手も核爆発の際に混乱し、何やら言い争っていたのを彼女らは覚えている。
残念ながら内容自体は分からなかったが、タイミング的に考えて核爆発を巡るものであったことは想像に容易い。
「まあ……私たちが考えても仕方ないことだよ。内情を探るのはプライベーターにでもやらせればいい。スターライガもそのために宇宙へ上がったんでしょ」
紙コップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、身体を伸ばしながら立ち上がるリリス。
それを見たセシルは先ほど握り潰してしまったコップを慌てて戻し始める。
「Hey,It is hard to put it back. Here,this is for you a young lady.(おいおい、それを元に戻すのは面倒だぜ。ほらよ、これを差し上げるよレディ)」
彼女が変形したコップに悪戦苦闘していた時、アメリカンな英語と共に淹れたてのエスプレッソが差し出される。
気さくに話し掛けてくるアメリカ人の男友達など知らないが、その声と話し方だけは明らかに聞き覚えがあった。
「……お前、『ポラリス』か?」
差し入れのエスプレッソを冷ましながら、目の前に立つ白人男性へこう尋ねるセシル。
スレイとリリスも「彼」が誰なのかは既に察していた。
「ああ、俺はアメリカ空軍所属のシミオン・エイムズ少佐だ。パイロットやドライバーの連中からは確かに『ポラリス』と呼ばれているよ」
白人男性――「ポラリス」ことエイムズは二っと笑い、セシルたちへ握手を求める。
「あんたたちがゲイル隊だな。噂には聞いていたが、本当にカワイ子ちゃん揃いだったとはな……!」
「……悪いが、デートの誘いなら断らせてもらう。スレイ、リリス、行くぞ」
社交辞令的な握手を交わした後、仲間たちを連れてセシルはその場から立ち去ろうとする。
彼女の親戚には男性が全くおらず、単に男との付き合い方が分からなかったからだ。
別に男嫌いというわけではない。
「待て待て、ゲイル1。俺はナンパしに来たわけじゃないんだ」
逃げるように退散していくセシルたちをすぐに呼び止め、誤解を解こうとするポラリス。
「ブリーフィングルームに来てくれ。あんたたちが所属する母艦から通信が入っていて、今後のスケジュールについて話すそうだ」
そこまで説明したところでセシルはようやく立ち止まり、ポラリスの方を振り向く。
「……その話、本当だな? こう言っては申し訳ないが、我々オリエント人は同胞以外には人見知りしがちでね」
声音こそ少しだけ笑っていたものの、どちらかと言うと険しい表情がセシルの偽らざる本音なのだろう。
俺がホンモノの「ポラリス」か試しているな――。
やましいことは何もしていない以上、シミオン・エイムズが動揺する理由は無かった。
「俺が嘘を吐く意味なんてあるか? それに、オリエント人にアメリカン・ジョークが通じないことぐらい、俺だって知ってるぜ」
ポラリスは彼なりの言葉で「俺は本当のことを言っている」と示してみせた。
すると……。
「……そうだな、ポラリス。疑って悪かった。お前は確かに私たちが知っているAWACSだ」
それを聞いたセシルは後ろを振り返り、他人には滅多に見せない笑顔で答える。
「ブリーフィングルームまで案内してくれ。いつまでも相手を待たせるわけにはいくまい」
「フッ……ブリーフィングルームはお前から見て方位3-5-2にある通路を右へ曲がった後、コントロールタワーに上がる階段の手前にある部屋だ」
いつもの調子でポラリスが目的地への道程を教えてあげると、セシルたちは手を振りながら通路の曲がり角へ消えてしまう。
「(そこは『お前もついて来い』という流れじゃないのかよ……ま、俺は気にしちゃいないけどさ)」
心の中でそう愚痴りつつ2杯目のエスプレッソを買い直し、ポラリスは逆方向にある格納庫へと向かうのだった。
セシルたちがブリーフィングルームへ入室すると、そこには既に3人の先客がいた。
「あ……セシル姉さまにスレイさん!」
「健康診断はどうだった、隊長たち?」
朝食のドーナツを食べていたローゼルとアヤネルはすぐに立ち上がり、セシルたちの方へと歩み寄る。
特にローゼルはセシルとスレイのことを心配し、朝食をとっている間も落ち着かない様子だったのだ。
「もう少し経過を見る必要があるかもしれないが、でもまあ騒ぐほどでもない」
幼馴染を安心させるために笑顔でそう答え、子どもの頃と同じようにローゼルの頭を撫でてあげるセシル。
「ええ、セシル姉さまは放射能汚染にも負けないって信じてましたから」
「フッ……私だって放射能を浴びすぎたら死ぬぞ」
会話の内容自体はともかく、その姿はまるで本当の姉妹のようであり、スレイたちをドギマギさせるには十分なモノであった。
ゲイル隊の面々とローゼルがじゃれ合っていた頃、ヴァイルはそれに加わること無く一人でブラックコーヒーを飲んでいた。
「ヴァイル、ドーナツを一つ貰ってもいいか? 出撃前に流動食を飲み込むだけじゃ物足りなくてね」
調子が悪そうな部下の様子を見かねたのか、「ドーナツが欲しい」という名目で彼女の隣の席へ腰を下ろすリリス。
「お好きにどうぞ。別に私が作ったものじゃないので」
「そうか。それじゃ……このチョコレートがタップリかかったヤツを頂こうかな」
ヴァイルがまだ手を付けていなかったチョコレートドーナツを取り上げ、リリスは美味しそうに頬張り始める。
いつもならクスリと笑えそうな仕草だが、今のヴァイルにそのような精神的余裕は無かった。
もちろん、リリスはチョコレートドーナツのためだけにヴァイルの隣へ座ったわけではない。
「なあ……あのルナサリアンに言われたこと、まだ気にしてるのかい?」
あのルナサリアン――アキヅキ・ユキヒメの言葉がキッカケで迷いに囚われていることぐらい、傍から見ていてもすぐに分かる。
逆に言えば、今のヴァイルはそれほどまでに苦悩していたのだ。
「あの女は心理戦で優位に立つためにわざわざオープンチャンネルを使い、お前を挑発していたんだ。奴の戯言など気にするな」
食べかけのドーナツを一旦紙皿へ置き、部下の肩を優しく叩くリリス。
「……」
それに対して無言のまま目を瞑り、あくまでも沈黙を貫くヴァイル。
「……迷ってもいいんだよ、ヴァイル。迷いに迷った末、自分なりの答えを見つけることができるのなら、ね?」
リリスは「迷い=悪」という固定概念を押し付けるつもりは無かった。
思索、試行錯誤、トライ&エラー――。
人間は答えを得るために迷い、その過程で成長していく生き物なのだから。
「(私の戦う理由……か)」
シーモア・ジョンソン空軍基地のブリーフィングルームには、テレビ会議用の大型モニターが設置されている。
壁に掛けられている時計が9時15分を指した時、その大型モニターの電源が自動で入った。
どうやら、基地関係者が予め機材をセッティングしてくれていたらしい。
「――あー、あー、聞こえているか諸君。私はオリエント国防海軍第8艦隊司令のサビーヌ・ネーレイスだ」
モニターの砂嵐が少しずつ収まり、映像が鮮明になってくる。
そこに映っているのは、第8艦隊旗艦「アカツキ」の艦長席に座るサビーヌ中将の姿だった。
「ハッ、よく聞こえております中将。私、セシル・アリアンロッド中佐以下ゲイル隊3名及びリリス・エステルライヒ少佐指揮下のブフェーラ隊3名は……全員健在であります」
セシルからの生存報告を受けたサビーヌは笑みを浮かべ、軍帽を脱ぎながら息を吐く。
核兵器が使用されたという情報がノーフォーク海軍基地まで届いた時、彼女は真っ先にゲイル隊及びブフェーラ隊の安否を心配していたのだ。
「ああ……君たち6人の姿をまた見ることができて、本当に良かった」
そう語るサビーヌの青い瞳には少しだけ涙が浮かんでおり、それに気付いた彼女は指で目元を軽く拭っていた。
「生きていてくれてありがとう――と言いたいところだが、君たちを『史上最も重要な作戦』へ再び動員しなければならないことを心苦しく思う」
私物と思われる可愛らしいハンカチで涙を拭き、軍帽を被り直しながらモニター越しに告げるサビーヌ。
「『雷雲がニューヨークを覆う時、天空の星の都が宇宙より降るのを見たり』――アメリカ統合参謀本部からの入電だ」
セシルたちが巡航ミサイル迎撃に躍起になっていた時、宇宙ではコロニー落としを巡る死闘が繰り広げられ……阻止に失敗していたのだ。




