【BOG-60】矢は放たれた(後編)
暁の空を翔ける2機のツクヨミ指揮官仕様。
一見すると普通の指揮官仕様だが、その中身は高度なチューニングが施された「個人専用機」である。
合理性と効率化を重要視するルナサリアンでありながら、そのポリシーに相反するサキモリを持つことを許されたエイシとは……。
「ユキヒメ様、正面方向より3機のモビルフォーミュラが高速接近中! 距離50!」
肩部装甲を紺色で縁取ったツクヨミのエイシ――ヨミヅキ・スズランが上官へ敵部隊接近を告げる。
「例の『蒼い悪魔』か?」
「いえ、そこまでの識別は……」
部下からの報告を聞いたユキヒメは、「蒼い悪魔」ことゲイル隊との再戦を待ち望んでいた。
イタリア・モンツァで初めて戦った時は乗り慣れた機体ではなかったうえ、明確な決着が付かず消化不良に終わったからだ。
次に戦場で会ったら必ず叩き落とす――その思いを胸にユキヒメは埃臭い地球上で戦ってきた。
……もちろん、「地球侵攻軍総司令官」としての仕事もこなしてきたつもりである。
「そうか……まあいい、空戦で確かめれば分かる話だ。ヨミヅキ、状況を開始するぞ。私から特に指示すべきことは無い。お前の自己判断で好きなように戦え」
臣下の行動を一挙一動まで決めたがるルナサリアンの指導者オリヒメに対し、その妹であるユキヒメは大雑把な指示で済ませることが多い。
彼女の本質はあくまでも「強敵との戦いを望む戦士」であり、総司令官という役職自体が不本意なものであった。
指揮官として有能なのは事実だが、ユキヒメ自身がその仕事を楽しめてないようにも見える。
やはり、彼女が本当に欲しがっているモノとは……。
「地球人の好きな殺し合いで『強者』を決める。強大な力に屈服させられるのであれば、文句の一つも言えまい」
スズランに向かってこう語りつつ、スロットルペダルを強く踏み込むユキヒメ。
「(姉上が地球人の科学者に唆されて起こした、国力を消耗するだけで誰も幸せになれない、最低最悪な腐った戦争。だが、その中でも貴様なら私の闘争本能を満たしてくれるはずだ……セシル・アリアンロッド!)」
「相手は2機……真っ向から突っ込んで来るとは、相当の手練れと見た」
馬鹿正直に自分たちの方へ向かって来る敵機を確認し、リリスは警戒心を強める。
ヘッドオン対決は相手に攻撃を当てやすい分、自分たちも同じリスクを背負うことになる。
常に相手よりも早く行動することが求められるため、オリエント国防空軍ではルーキーは可能な限りヘッドオンを避け、味方機との連携攻撃を重視するよう指導されているのだ。
高等技術であるヘッドオンを何の躊躇いも無く仕掛けてくる敵機――。
リリスの予想通り、彼女らはルナサリアンで一二を争うトップエースであった。
「ブフェーラ1より各機、気を引き締めて行け! 最初のコンタクト後は自己判断で増加装甲をパージし、敵機とのドッグファイトに備えろ!」
「「了解!」」
次の瞬間、3機のMFと2機のサキモリが蒼い光線を放ちながら交錯し、何事も無かったかのようにすれ違っていくのだった。
おそらく、ヘッドオン勝負を繰り返すだけでは埒が明かない。
「(少々もったいないが、身軽になってドッグファイトへ持ち込む……!)」
G-BOOSTER内に僅かに残っていたマイクロミサイルを全て撃ち尽くした直後、リリスのオーディールから増加装甲が切り離される。
機体本体とG-BOOSTERは分離ボルトで接続されているため、ドライバーの操作だけで即座にパージできるのだ。
そして、「余計な追加装備を強制排除し運動性を向上させる」という考え方はルナサリアンも同じらしい。
「(こちらに格闘戦を仕掛けるつもりか……ならば!)」
蒼いMFの行動に反応したユキヒメも愛機ツクヨミのブースターポッド――「ブ-01 単分離式補助推進装置」を切り離し、「蒼い悪魔」との高機動戦闘に備えるのであった。
最初に攻撃行動に出たのはリリスのオーディールだ。
「ブフェーラ1、ファイア!」
レーザーライフルによる牽制を仕掛けつつ、機体をノーマル形態へ変形させ左手首からビームソードを抜刀する。
「よし、もらったぞ!」
スロットルペダルを踏み込み、リリスは愛機の加速力を活かしツクヨミとの間合いを一気に詰めていく。
牽制射撃から格闘戦へ移る戦い方は、基本に忠実ながら有効に働く場面が多い戦法である。
だが、ユキヒメのツクヨミは右手に持っていた実体剣「カタナ」で斬撃を切り払い、素早い連続攻撃で反撃へと転じる。
「(腕は良いが、堅実でつまらない戦い方だな……あいつ、セシル・アリアンロッドとは別人か)」
彼女は最初の一手だけで自身が待ち望む好敵手ではないことを見抜き、正直に言うと落胆さえしていた。
リリスはこれまで戦ってきたMF乗りの中では上位を争う実力者だったが、如何せん「面白くない」のだ。
好敵手ことセシルと同程度の実力であるはずなのに、こうも印象が異なるとは……。
「(やはり、私の心を躍らせてくれるのはあの女だけらしいな……!)」
つまらん兵士はさっさと切り伏せ、私や姉上より強いかもしれない戦士に会いに行く――。
ユキヒメにとってはブフェーラ隊など「強いわりに倒しがいの無い相手」にすぎなかった。
「(こいつ、今まで戦ってきたエースとは段違いに強いッ……! まるで、模擬戦の本気のセシルを相手しているみたいだ!)」
一方、かつてないほどの強敵を前にリリスは苦戦を強いられていた。
ビームソードによる鍔迫り合いだけでは素早い連撃に対応できず、ビームシールドでしっかりと防御しなければやられてしまう。
しかも、演習の時のセシルは「本気でやると死人が出る」という理由で少しだけ手加減してくれるが、今回は異星人を相手取っての実戦である。
お世辞にも手を抜いてくれるとは思えなかった。
「(チッ、格闘戦では相手の方が一枚上手か!)」
このままで分が悪いと判断し、リリスは一撃離脱戦法への切り替えを決断。
右手に持っているレーザーライフルを弾切れになるまで連射した後、愛機オーディールをファイター形態へ変形させつつ後退。
ツクヨミとの間合いを取り、ノーマル形態へ戻りながら蒼いMFは反撃態勢を整えるのだった。
ツクヨミ指揮官仕様――特にユキヒメやスズランの機体はベース機よりも一回り以上高性能化されているが、それでもオーディールと同程度のレベルでしかない。
いや……より正確に言うと、オーディールが量産機としてはオーバースペックなのである。
ゲイル隊やブフェーラ隊といった実力者のおかげで戦果を挙げているものの、並のドライバーでは到底扱えないモンスターマシンだろう。
もちろん、ツクヨミと「蒼い悪魔」の性能差はユキヒメたちが最もよく理解しており、そこは技量でカバーしようと努めていた。
「距離を置いて戦うつもりか! 無粋な……セシル・アリアンロッドのほうがもっと愉しませてくれていたぞ!」
堅実な戦い方に終始するリリスのオーディールを目の当たりにし、ついに失望感を隠せなくなったユキヒメ。
彼女は地球人を野蛮で未開で……そして、猛々しい戦いをするものだと思っていたが、それに当てはまらない「優等生」もいることを初めて知った。
「セシル・アリアンロッド? あんた、どうして彼女の名前を知っている?」
一方、リリスは混線で聞こえてきた親友の名前に驚き、思わず相手を問い詰めるのであった。
この頃の地球人の大半はまだ知らなかったが、ルナサリアンは無線装置に内蔵可能な超高性能小型翻訳機を既に実用化していた。
月の優れた電子技術の賜物である。
地球上に現存する全ての言語に対応しているわけではないものの、英語や日本語といった国際標準語ならば意思疎通は問題無い。
ちなみに、月の言語に最も近いオリエント語はより正確な翻訳が可能であり、使いこなせばネイティブスピーカー並みの会話ができるらしい。
「奴とはヨーロッパで一度戦っているのだ。その時に『戦士の礼儀』として互いに名乗りを上げたから、あの女の名前はよく覚えている」
リリスからの追及に対し、無視するかと思いきや意外なほど素直に答えるユキヒメ。
「名乗りだって?」
「うむ、奴は地球人ながら『戦士の本懐』というものをよく理解し、礼儀も弁えていた。面白い女だよ。仮に同胞だったら、私の副官としてその才能を遺憾なく発揮していただろう」
ユキヒメが具体的に何を言っているかは分からなかったが、断片的な単語から内容を察したリリスは激怒する。
この女はセシルのことを全く分かっていない、と――。
「ハンッ、まともに会話したことの無い相手の何を知っている! ルナサリアンというのは随分と人を見る目があるようだな!」
敵機と何度も切り結びながら皮肉を浴びせるリリス。
彼女は戦闘中とは思えないほどの饒舌を発揮しているが、並のドライバーなら声を上げる余裕すら無いだろう。
「伊達や酔狂で人の上に立つ役職へ就いているわけでは……ないッ!」
お返しだと言わんばかりに蒼いMFの腹部へ蹴りを叩き込む、ユキヒメのツクヨミ指揮官仕様。
「ッ……なんとぉ!」
激しい衝撃でシートに固定された身体を揺さぶられるが、それに臆することなくリリスは仕切り直しを試みる。
「その隙を逃がすものかッ! ――おのれッ、ちょこざいな!」
追撃を仕掛けるためにユキヒメは愛機ツクヨミを加速させたものの、固定式機関砲とレーザーライフルの一斉射撃に動きを阻まれてしまう。
実体盾で弾幕を掻き分けながら突き進む中、彼女はビームソードを構えながら突撃してくる蒼いMF――そのコックピットに座るエースドライバーを睨みつけていた。
「直撃させるッ!!」
「その首、もらったッ!!」
蒼いMFと白いサキモリの刃が交錯する。
ビームソードはツクヨミの右肩を貫いているが、カタナはオーディールの右腕を斬り落としていた。
互いに前へ突き出した右腕が引っ掛かり、これ以上は押すも引くもできない。
胸部がぶつかり合うほどの密着状態にも関わらず、全く引く気配を見せない両者。
これは軍人同士の「業務的な」戦闘を逸脱している。
……意地と誇りを懸けた、リリスとユキヒメによる女の「闘い」がここにあった。
「これほどの至近距離ならば、無粋な射撃武装も使えまい!」
「ああ、それは地球と月の共通認識らしいな! 『密着状態で射撃はしない』はMF乗りの基本だ!」
ユキヒメの自慢げな発言にはリリスも頷かざるを得ない。
左手に持ったままのレーザーライフルを構えるか、あるいは固定式機関砲を発射すればツクヨミの胴体を撃ち抜くことができるだろう。
だが、それは巻き添え覚悟の最終手段だ。
この戦争の終わりを見届けるため、リリスは無茶なやり方などするつもりは無かった。
膠着状態が続く中、蒼いMFは突然左手に持っていたレーザーライフルを手放す。
「……ッ!」
落ちていくライフルの方を反射的に見やるユキヒメ。
動体視力の良さが仇となり、彼女は取っ組み合っている敵機から意識を逸らしてしまう。
1秒にも満たない出来事であったが、これはリリスが意図的に作ったチャンスなのだ。
「バカめ! 目の良さが命取りだッ!」
「なにィ!?」
ユキヒメが視線を戻した時、彼女に目に映ったのは自らへ迫り来る蒼い光の刃だった。
並のドライバーなら反応できず光に焼かれてしまうだろう。
しかし、ユキヒメは違う。
考えるよりも先に操縦桿を動かし、左腕に装備している実体盾でオーディールの左手を食い止めていたのである。
右腕どころか左腕まで絡まってしまい、どうしようもなくなってしまったオーディールとツクヨミ指揮官仕様。
この2機はパワーがほぼ互角なため、力業で振り払うことも難しい。
足技なら状況を打破できるかもしれないが、推力のバランスが崩れて意図しない高度低下を起こす可能性もあった。
「フッ、どうやら貴様への認識を改める必要があるらしい。優等生気質でつまらん奴だと思っていたが、なかなかに愉しませてくれる」
予想外の強敵に出会えたためか、カオスな状況にも関わらず余裕の表情を見せるユキヒメ。
「貴様、セシル・アリアンロッドの知り合いらしいな。名を名乗れ」
「来訪者から名乗るのが礼儀というものだ」
一方、「優等生」たるリリスは毅然とした態度で「侵略者」へ地球のマナーを突き付ける。
「ほう……それがこの星の流儀か。いいだろう、一度しか言わないからよく聞けよ――」
ユキヒメは思わず笑いそうになるが、それを我慢しつつ若者の指摘へ応えるのだった。
「――我が名はアキヅキ・ユキヒメ。月の民の指導者であるアキヅキ・オリヒメの妹にして地球侵攻部隊の総司令官……そして、貴様を墜とし名声を得る者だ」
敵軍の総大将が直々に前線まで出てくるとは――。
彼女の行動力の高さにリリスは驚きを隠せなかった。
地球人の常識で言わせてもらえば、総司令官クラスの人間が軽い気持ちで戦場へ出張るなど、お世辞にも許容できることではないからだ。
「どうした、私は名乗りを済ませたぞ? 早く貴様も自己紹介をしたらどうだ?」
「……オリエント国防空軍所属のリリス・エステルライヒ少佐だ」
敵であるユキヒメに急かされ我に返ったリリスは、軍の規則に従い名前・所属・階級の三項目だけを述べる。
これら以外の情報を漏らすことは許されない。
「ふむ……地球人の名前には相変わらず統一感が無いな」
リリスが嫌々ながら名前を教えてあげたのに、唐突に不満を述べ始めるユキヒメ。
国によって使用言語が異なる以上、致し方無いだろう。
それを言うならルナサリアンの名前も順番や発音が日本人とごっちゃになり、オリエント人からすれば大変紛らわしいのだが……。
「まあいい、ここで墜とせば貴様の名前などすぐに忘れる。私は弱者と敗者に興味は無い」
人に名乗らせておいて結局それか!――と、ユキヒメに対し心の中で思わずツッコむリリス。
「仕切り直しだ、リリスとやら。互いに離れんと何にもならんぞ」
「む……あんたの言う通りだな」
押すも引くもできない密着状態から解放されるため、ユキヒメのツクヨミとリリスのオーディールは「紳士的」に後退し、互いに間合いを取りながら第2ラウンドに向けて態勢を整える。
とはいえ、リリスの機体は右肩から先の腕部を既に失っていた。
このままで彼女のほうが明らかに不利だ。
「ん? 何だ……!?」
頭の中で策を練っていた時、ローゼルと2人掛かりで別の敵機と戦っているヴァイルの声が通信で聞こえてきた。
2対1なら大丈夫だと思い散開させていたが、何かあったのだろうか。
「どうした、ヴァイル――!?」
僚機のいる方角を向いた直後、リリスは……いや、この戦場にいる全ての者が人生で最も衝撃的な光景を目の当たりにする。
まだ夜の余韻が残っている北の空。
そこで輝いていたのは太陽よりも遥かに眩しい、人の手で造られた破滅の光。
栖歴2132年6月4日午前5時48分――。
186年ぶりに地球上で「禁忌の炎」こと核兵器が起爆した瞬間であった。
【186年ぶりの核爆発】
実戦用核兵器が実際に起爆されたのは、1946年7月1日に行われた核実験「クロスロード作戦」が唯一である。
この実験の終了から約1か月後、研究目的及び平和利用以外の核開発を禁ずる「クロスロード条約」が締結され、原子爆弾など核兵器は作れなくなった――はずだった。




