【BOG-58】矢は放たれた(前編)
アメリカ軍の主力巡航ミサイル「トマホークⅡ」にはいくつかのバリエーションが存在するが、今回セシルたちが迎撃するのは地上発射・対地対艦攻撃型の「LGM-117」と呼ばれるモデルである。
これはマッハ1以上での巡航能力を有しているものの、G-BOOSTERを装備したオーディールなら問題無く追い付ける。
決められたルートを飛ぶだけなので、エースドライバーにとっては楽な相手だ。
……その代わり、撃ち漏らした時の代償も極めて大きいが。
「全機、ヘッドオンで無理をする必要は無い。ミサイルの後ろへ回り込み、確実に撃墜しろ。近付きすぎて爆発に巻き込まれるなよ」
一旦巡航ミサイル群とすれ違った後、セシルのオーディールMはUターンしてから改めて攻撃位置に就く。
相手はプログラム通りにしか飛べないうえ、阻止限界ラインまでは余裕がある。
まだ慌てるような時間ではないだろう。
「ブフェーラ1よりゲイル1、こちらは攻撃位置に就いた。もう撃っていいのか?」
「ああ、さっさと片付けるぞ」
「了解! ブフェーラ1、ファイア!」
とはいえ、いつまでもミサイルの尻を追い掛ける趣味は無い。
リリス機のレーザー発射を皮切りに6機のオーディールは攻撃を開始。
6本の蒼い光線が6つの飛翔体を貫き、暁の空に次々と綺麗な爆発を咲かせていく。
「へッ、簡単な仕事だぜ。これだけで給料が貰えるのなら、苦労はしないんだがな……!」
アヤネルの言う通りだ。
巡航ミサイルを差し向けたのは、何の躊躇いも無くスペースコロニーを落とすような連中である。
とてもじゃないが、この6発で終わりだとは誰も思っていなかった。
「ッ……! 巡航ミサイル群の第2波を捕捉した! 方位2-4-4、機数12!」
ポラリスがそう報じた直後、戦闘空域に新たなミサイルたちが現れる。
「本当かよ、ポラリス!? お前らはどれだけのミサイルを隠し持ってたんだ!」
「そのミサイルでワシントンを確実に潰すつもりなのさ! 全機、すぐにインターセプトしろ!」
敵の数――アメリカ軍の巡航ミサイル保有数に驚くリリスを落ち着かせ、AWACSはすぐにミサイル迎撃を指示する。
第1波の倍のミサイルが飛来しているため、1人で2機撃墜するぐらいの気持ちで行かないと間に合わない。
「ブフェーラ3、了解! 無差別爆撃だけはさせない……絶対に!」
戦う理由を見い出せたためだろうか。
先ほどまでションボリしていたヴァイルは迷いを振り払い、異国の一般市民のために巡航ミサイル群を撃ち落とす決意を固めるのだった。
先ほどと同じように6機の蒼いMFはターゲットの後方へ回り込み、確実に攻撃を当てられる位置を陣取る。
数自体は倍になったが、セシルたちがやるべきことは変わらない。
亜音速で飛ぶ巡航ミサイル群を叩き落とす――それだけだ。
だが、敵も第1波が迎撃された際の「プランB」を用意していたらしい。
「ブフェーラ2、ミサイル撃墜! ――って、ターゲットが二手に分かれた!?」
「二重三重にも対策を施してる。悔しいけど、この作戦を考えた人は相当の切れ者ね……」
ローゼルとスレイが敵を1機ずつ撃墜した直後、残る10機の巡航ミサイルは突然散開を開始。
針路を維持するグループと北寄りへ変更したグループに分かれ、奴らはワシントンD.C.を目指し飛行を続けていた。
「狼狽えるな、こっちも分散して対抗すればいい」
巡航ミサイル群が二手に分かれるのは想定外だったが、この程度で取り乱すセシルではない。
「リリス、お前の部隊はそのまま目の前のミサイルを仕留めろ! もう片方の集団は私たちが引き受ける!」
「了解、ゲイル1! そっちは任せるぞ!」
彼女は親友の部隊に「針路を維持するグループ」の処理を任せ、自ら率いるゲイル隊には「北寄りへ変更したグループ」の撃墜を命ずる。
多少知恵を付けたとはいえ、所詮はオーソドックスな巡航ミサイルだ。
第1波の時と同じやり方で容易く処理できるだろう。
正直なところ、セシルたちにとって巡航ミサイル群が5機ずつに分かれたのは幸運だった。
仮にこれが2機×5みたいな散開パターンだったら、ハッキリ言って相当面倒臭かったに違いない。
5機×2であれば1グループあたりの敵は多くなるが、その分散り散りにならないので今回は対処しやすい。
もちろん、これは相手が巡航ミサイルだからこそ成り立つ戦術であり、普通は敵戦力を徹底的に分断し各個撃破するのがセオリーだ。
「こっちが『ドラゴン』を落とす時に使った三段構えの戦術を、違うカタチで奴さんも真似てくるとはな。アメリカ軍の戦略兵器を無断拝借するところと言い、ルナサリアンは結構焦っているらしい」
敵の出方に対する独自分析を交えつつ、正確且つ素早い射撃で2機の巡航ミサイルを撃墜していくアヤネル。
「三段構え? ということは、こいつらを落としても本命が出てくるの?」
「さあな、そうならないように祈ろうぜ」
一方、同僚の発言に対しスレイは一抹の不安を抱いていた。
……まさか、彼女の悪い予感がまもなく的中することになろうとは。
「よし、これでラストだ!」
セシルのオーディールMから放たれたレーザーが巡航ミサイルを貫き、莫大な熱エネルギーによる過熱で誘爆を引き起こす。
人が乗ってないうえに一撃当てれば大抵は落ちる――なんて気が楽な相手だろうか。
もっとも、彼女の実力からすれば全く手応えが無いのも事実ではあるが。
「ゲイル1よりポラリス、こっちのミサイルは全て片付けたぞ」
「こちらブフェーラ1、私たちもOKだ」
HISのレーダーディスプレイで確認した限り、巡航ミサイルらしきアンノウンの機影は確認できない。
MFよりも強力なレーダーを搭載する、AWACSの方はどうだ。
「ポラリスより全機、今のところ新たな巡航ミサイル群は――いや、待て!」
「どうした!? まだ来るのか! もう来ないのか!?」
これまでの経験から「敵が来る」と直感し、急かすように声を荒げるセシル。
しばしの沈黙の後、データ解析を終えたポラリスは第3波の襲来を告げるのだった。
「新たな敵機影をレーダーで捕捉した。奇妙だ……今度は1機しかいない」
リスク分散のために複数の巡航ミサイルを発射するのは合理的な判断だ。
しかし……1機だけを送り込むとはさすがに大胆過ぎる。
敵の采配の意図を察することができず、ポラリスは首を傾げるしかなかった。
「くッ、低空飛行をしているせいでこちらからは捕捉し辛い。前線にいるお前たちのほうが追い掛けやすいはずだ」
彼が管制官として乗り込んでいるE-787のレーダーは確かに高性能だが、あらゆる敵味方を探知できるわけではない。
レーダーの有効範囲から外れやすい低空や地上に逃げられた場合、完全にロストしてしまうこともある。
何より、後方から戦域を監視するAWACSは「目視確認」という手段が使えないのだ。
「結局、最後に頼れるのは肉眼というわけか。まあいい、こちらではそれらしき機影を捕捉している。発見次第攻撃に移るぞ」
珍しく悪態を吐きつつもセシルはスロットルペダルを踏み込み、「それらしき機影」との距離を詰めていく。
当然、ゲイル隊の部下やブフェーラ隊の面々も一緒だ。
「こちらブフェーラ2、巡航ミサイルを視認しました。ポラリスの言う通りね……本当に1機しかいませんわ」
巡航ミサイルの姿を確認したローゼルは不思議そうに呟く。
彼女だけではない。
誰もがこの状況をおかしい――いや、不吉であるとさえ感じていた。
まだ次の手を隠し持っているんじゃないのか、と。
この時点ではセシルたちもポラリスも知らなかったが、最後の巡航ミサイル「トマホークX」はじつはトンデモないシロモノだったのである。
なぜなら、トマホークXに搭載されている弾頭は……。




